俺より可愛い奴なんていません。2-5
◇ ◇ ◇ ◇
この日は朝から不穏な空気が流れていた。
立花 葵がミスコンに出場すると決めた次の日。
いつも通りに朝、学校へと登校すると、廊下や自分の教室ですら、同じ話題で持ち切りだった。
その話をするに当たって、男子と女子では大きく反応が違った。
男子は何故かウキウキワクワクといったような、浮ついた様子で話、女子は明らかに不快そうな表情を浮かべ、愚痴のようなものをこぼす生徒がほとんどだった。
葵は、その廊下などでたむろする生徒達の話を全て聞かずとも、その話の内容が何となく分かった。
昨日の時点では、まだそこまで多くの生徒に周知されていなかった、ミスコンの話が、ついに多くの生徒の耳に入ったのだった。
そして、事件は午前中の授業、2時間目の葵達の担任が務める数学の時間に起きた。
「さて、それじゃあ聞くが、この桜祭ミスコンとデカデカと書かれたチラシを、至る所の掲示板に貼りまくった奴、手を上げろ〜」
担任の山口は、いつものようにダルそうな口調で、ダラダラと経緯を説明した後、クラスの生徒全員に問いかけた。
「チッ……なんだよ、アレ、公認じゃ無かったのかよ……」
山口の説明を聞き、葵は不機嫌そうにボソッと愚痴を零した。
山口の説明によると、昨日、葵や橋本 美雪達が話していた、桜祭ミスコンと書かれたチラシのイベントは、教師や桜祭実行委員などに、許可を取った出し物なんかでは無く、無許可でどこかの誰かが、勝手に掲示板に貼り、掲載していたと言う事だった。
最初、教員達は、その事に気づいておらず、チラシに気づいた生徒達が噂をし始め、噂は広がり、女子の間ではこのイベントに大きな批判が飛び交い、その声は次第に大きくなり、数人の本当に嫌だった女子生徒達が教員に講義した結果、朝からこんな事になっていた。
葵は、一応授業中だったが、大和とこれについて話がしたく、後ろの席に座っているであろう大和に確認するため、振り返りつつ話しかけた。
「おい、大和……、あれ、知ってたッ……って、どした? そんな震えて??」
葵が振り返ると、そこには明らかに汗をかき、ブルブルと体を震わせている大和の姿があった。
顔は真っ青で、明らかに具合が悪いようにも見えた。
「どうした? 具合悪いのか? 風邪か?」
葵は純粋に心配になり、続けて大和に尋ねた。
すると、ようやく大和から返事が返ってきた。
「ん? あ、あぁ、葵か……だ、ダメかもしれん……。急に具合が悪くなった」
大和は具合が悪いと申告したが、葵はそれを素直には受け取らなかった。
普通なら大和を気遣い、なんなら今ここで教員、山口に進言し、大和を保健室まで連れていくまでするであろう状況だった。
しかし、大和を助けるわけでなく、大和と付き合いが長く、大和の妙な癖まで把握している葵は、傍から見たら信じられない行為だが、スグに大和を疑った。
「お前……、その口数の量…………なんかあったな??」
葵が疑うと大和はゆっくりと顔を伏せていき、葵から視線を逸らしていった。
「おい……」
「やめろよ分かったよ……追い詰めるなよ……もう胃が痛くて死にそうなんだよ……」
葵が咎めるようにして呼びかけると、大和は遂に観念した。
「ほんとに腹痛いのかよ……。で? それで何があったんだ? ミスコンの件と関係あるんだろ?」
葵は、お腹を抑え痛そうにする大和に少し罪悪感を感じ、優しく聞き出すようにして、大和にたずねた。
「誰にも言うなよ?」
「言わねぇよ……さっさと言えッ」
少し顔を上げ、可愛くもない上目遣いで問いかける大和に葵は、多少イラッとしながら、催促した。
「実はあのミスコン……俺たちバレー部が無許可で貼った物なんだ…………」
大和は、教員にバレ、問題になっている事で限りなく後悔している様子で葵に告白した。
葵は、その話を聞き、バッと勢いよく辺りを見渡すと数人の男子生徒が大和と同じように、お腹を抑え上半身を倒していた。
その内のいくつかの生徒は、横顔が見え、大和と同じように顔色が明らかに悪かった。
「お前ら、分かりやす過ぎだろ……」
葵は「こいつらバレー部には隠し事は無理だな」と内心思いつつ、そう呟いた。
(まぁ、恐らくこのチラシを貼った犯人が教員にバレ、コイツらの顧問である戸塚にバレる事を恐れているんだろうな……、そうまでしてコイツらを動かすものは何なんだ……)
バレー部の鬼顧問である戸塚に、バレー部が問題を起こしたと知られれば、バレー部員の命は無いと素早くそこまで悟ると、葵は打開策を考え始めた。
(別に、バレー部員を守るつもりも義理も無いが、ミスコンが潰れるのは不味い……。何より、俺の目的が果たせなくなる……、どうするかな…………)
深々と、思考を巡らし、どうにかミスコンを潰させず、ついでに女子の参加人数を増やし、ついでのついでにバレー部員を助ける事が出来ないか考えていると、少しずつ案が出てきた。
「なぁ、大和。そういえば、なんだが、あのチラシに書いてあった参加した時の景品とかって何なんだ?」
「え? えぇ〜と、500円分ギフトカード……」
「なんだそりゃ……お前達そんなもんで釣ろうとしてたのかよ……」
葵の不意の問いに、大和は不思議そうに葵を見つめ答えた。
大和からの答えに、高校の学祭だからしょうがないとはいえ、葵は思ってた以上にガッカリした。
「そ、そんなもんってなんだよッ!!
俺たちバレー部の前の代の先輩が、夏合宿行くためにバイトして貯めて、残ったお金で是非開いてくれって、俺たちに希望を託してくれたお金なんだぞッ!!
何も出来ずに儚く散った先輩達も見に来るんだよッ」
「わ、わかった、分かったからッ。落ち着けッ」
(バレー部は、毎年毎年頭おかしい奴しか入ってこないのか……とゆうか、異性に対してどんだけ必死なんだよ…………)
熱く語る大和に葵は内心先輩を含め、男子バレー部達を面倒くさく感じつつも、熱くなり今にも立ち上がりそうな大和の両肩を抑えつつ、熱を冷ますように葵は答えた。
「まぁ、500円ギフトカードは隠せば別に対した問題じゃない。高校生に取ったら500円も大金だと感じるだろう……それよりも、問題は女子だな…………」
葵は景品の方を明かして、参加者を釣るという方法を考えたが、スグに諦め違う案を考えた。
今回の問題は、女子が不満を零し、それが次第に大きくなり、教員にまでクレームの声が言ったことが1番の問題だった。
なんのデメリットも無い、男子だけが楽しみ、自分たち女子は男子から煽られ、下手をしたら順位まで付けられてしまう。
そんなリスクの高いことを喜んで引き受けるほど、お人好しの人間などそうそういない事は分かりきっていた。
「もっと、やる気を煽るものか……」
葵は頭をフル回転させ、必死に考えた。
「男子にも参加させるか……。だけど、それだけじゃ薄すぎるよな」
ブツブツと言葉を発しつつ、何か思いつかないかと辺りを見渡すと1人の男子が目に入った。
葵はそれが目に入ると思わず「あっ……」と声を漏らし、スグにソイツに声をかけた。
「なぁ、北川」
葵は、自分の席の1つ前の右隣に座る男子に声をかけた。
「ん? あぁ、葵、どうした?」
葵が呼びかけた生徒、北川は葵から呼びかけられた事に気づくと振り返り、呼びかけたのが葵だと気づくと、気さくに答えてくれた。
彼の名は北川 敦と言い、学年でも指折りのイケメンで、女子からかなりモテる人物の1人だった。
優しい彼は、誰に話しかけられても、笑顔で気さくに答え、その性格も相まって、彼にコクる女子はあとを耐えなかった。
北川の持つ、本来の気さくさで、葵の事を立花ではなく、下の名前で呼び、葵の事を葵と呼ぶ、数少ない人の1人だった。
「突然なんだけどさ、今、北川って彼女とかいんの?」
「えッ!? えぇッ!?」
単刀直入に聞く葵に、北川はなんでそんなことを不意に聞かれたのか分からず、慌てて、答えることが出来なかった。
「いや、いないのであればちょっと協力して欲しいんだけど……」
葵は真面目な表情で、北川を見つめ、説得するように話しかけ、北川も葵の真剣さが伝わり、取り乱すのをやめ、素直に答えた。
「ま、まぁ、今はいないけど……っていうか、知ってるよね? 葵は……こないだ別れたの」
「ん? な、あぁ……アレな……、聞いた聞いた、お前からと噂で…………」
北川の答えに今度は何故か葵が少し取り乱し、バツの悪そうに歯切れ悪く答えた。
北川の言う件とは、2年生に上がる少し前、1年生の頃、たまたま、街でデートしていた北川は、そこで女装をし、男を誑かす事を楽しんでいた葵の標的になり、見事カップル破綻していた過去があった。
もちろん、北川がその時あった女装をしていた(北川は女装だという事にも気づいていない)のが葵だとは知らず、葵もその街でデートしていて、誑かした相手が北川だったという事を知ったのは、後日の事だった。
「ま、まぁ、あの女はやめて正解だったよ。お前と別れてからもあんまいい話聞かないし……なッ?」
「葵、そんなひどい事言っちゃダメだよ……、傷つけたのは僕なんだから……」
葵は必死にフォローを入れたが、根が優しい北川はスグに葵の言った事を指摘した。
葵は内心、北川には少し悪い事をしたなと感じたが、相手の女には少しもそんな感情は芽生えなかった。
事実、北川とその当時付き合っていた女は、見た目は北川につり合うほど美人ではあったが、あまりいい噂は無く、葵が女装して北川に近ずいたのも、その女に屈辱を与えるためだったのと、北川と別れさせる事が目的だったりした。
そのため、当時、葵はその女しか目に入っておらず、付き合っていた、一緒にデートしていた相手が北川だと気づくのが遅れ、後日になってしまっていたのだった。
「それで、なんだけどさ。 今、彼女いないのであれば、ちょっと紹介したい子がいたりするんだけど……どう?」
葵は北川に話を持ちかけたが、これは賭けのようなものだった。
常にモテる北川は自分から危険を侵さずとも、女性は寄ってくるし、選びたい放題である北川に、その話を持ちかけた所で、相手にされるか微妙なところだった。
「えぇ? 葵が?」
北川は葵から持ちかけられた話に、驚き、目を丸くし、葵に聞き返した。
それもそのはず、女子嫌いが認知されている葵から女子を紹介すると言われても、紹介できる女子と交流とある事が意外であり、何よりも葵からそんな話が出ると思っていなかったからだった。
「まぁ、そこはあんまし気にすんな……。それで、コレなんだけどさ。どう?」
葵はそう言って、自分のスマホを操作し、ある人物の写真を画面に映しだし、北川に見せるようにして、手を持っていった。
「ッ!! こ、これッ」
北川は先に声にならないほど驚き、スマホを指差し、葵に説明を求めるような様子で、声を上げた。
葵の作戦は、ひとまず成功といって良かった
。
葵が北川に見せた写真は自分が女装した時に撮影した写真であり、それは、北川に1度、街で言い寄った人でもあった。
「この娘なんだけど、どう? 1度あってみたいらしいんだけど……」
北川の「どうして」という表情に、全てを分かっている葵は、卑怯な手だと思いつつも、北川に畳み掛けるように答えを促した。
「ぁ……会いたい……」
明らかに何か女装した葵と遺恨があるような様子で、切なげに呟く北川に、葵は今日1番で彼に罪悪感を感じつつも、上手い方向に話が進んだ事をひとまず喜んだ。
(とりあえず、これで北川は確保か……だけど、北川だけじゃ、ちょっと足りないよな……よしッ)
葵は念には念をと、更なる助っ人を考えた。
「北川、この娘と後数人、この娘の知人も呼ぶよう手配するからさ、お前がいつもツルんでる里中達も呼べよ。ほぼ初対面で二人っきりで話すよか、何人かいる方が気が紛れるだろ?」
葵は、北川に続き、里中も介入させ、必然的に北川といつもツルんでいる残り2人のメンバー、計4人に協力させようと話を持ちかけた。
もちろん、里中を含めた他の3人も、北川に負けず劣らずのイケメンであり、それぞれが違った魅力を持っていた。
「う、うん。分かった……」
北川は遂に、葵の思い通りに承諾し、動くことを決意した。
「まぁ、協力して欲しい事はそんな対した事じゃない。男からしたらむしろご褒美だと思うやつもいる」
葵は北川の肩をポンポンと軽く叩くと、北川との話をそこでやめ、北川から視線を逸らした。
(よし。これで、まぁ景品は少し豪華になったな……。後は、上手いこと女子を乗せられるか……)
葵はちゃくちゃと手札を用意し、どんどん自分が有利になるように協力者を増やしていった。
葵が再び、何か思いつかないかと考えていると、後ろから肩を指でつつかれた。
葵は咄嗟に何故か嫌な感じがしたが、後ろからつつかれた事で誰かからつつかれたか一瞬で分かり、振り向きざるを得なかった。
振り向くとそこには、案の定、大和が何か物干しげな表情をし、葵を見つめていた。
こういう表情をする時の大和は大体面倒だと分かっていたため、葵は正直、相手をしたくなかった。
「なッ、なんだよ……」
葵は明らかに嫌そうな表情を浮かべ、大和に話しかけた。
「さっきの娘……誰? お、俺にも紹介して欲しい……な……」
大和は頬を赤らめ、人差し指と人差し指をくっつけては離しを繰り返し、古臭いその明らかに照れている態度を取りながら、しどろもどろに話した。
(き、キメェ……)
葵は口には出さなかったが、大和の反応は少し、いや大分気色悪く感じていた。
「お前……見てたのかよ……」
葵は若干、大和に引きつつ、盗み見していた大和に怯えながらたずねた。
「見てたって言うか……その〜……見えたって言うか……エヘへ……」
「キメェよッ!!」
大和の不気味な笑いを聞いた葵は遂に我慢しきれず、本音が爆発した。
「なッ、キモイってなんだよッ!! こっちは必死なんだぞッ……それに、あんなに可愛い娘……滅多にいなし……」
葵の暴言に大和は強く反発した後、再び、ニヤニヤと笑いながら、照れつつ話した。
そんな、大和を見て、葵はゾクゾクっと体中に鳥肌が立ち、長年ツルんだよく知る友人の、大和の好意が自分に向けられているという事で益々、気色悪く感じた。
「ほ、ホントにやめてくれ…………」
葵は、珍しく大和に降参したが、あの写真の娘が葵だと知らない大和は葵の言葉がよく分からず、理解しようともせずに再び、写真の娘の話をした。
「た、頼むよ! 葵ッ!! 1回ッ!! 1回合わしてッ!!」
大和は手を大きく鳴らし、両手を合わせると、拝むように葵に頼み込んだ。
ここまで必死に頼み込む、大和には悪いが、葵には女装して大和に会うことなど微塵も考えられず、酷な話だが、全力で断る文言を考え、そして伝えた。
「大和、お前の頼みもよく分かる……だが、やめとけ。 後悔するだけだぞ……」
「なッ! 俺にはつり合わねぇって言うのかッ!? やってみなきゃッ……」
優しく諭すように葵は大和に答えたが、大和はまだ諦めきれず、続けて講義をしようとしたが、大和が全てを言い終える前に、葵は大和の肩に手を軽く置き、話を遮るようにして続けて話した。
「分かるだろ? 相手は北川だ……お前が出る幕じゃない。
お前なんか北川の大きな印象に消し飛ばされて終わりだ……涙を流すだけだぞ?」
葵の内心、必死の説得に、大和は遂に諦め、顔を机に伏せた。
「なんだよ……俺だって……俺だって……バレーの時はちょっとぐらい……うぅぅッ………」
大和は、机に伏せ、泣きべそをかき、挑戦せずとも彼は涙を流した。




