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俺より可愛い奴なんていません。10-3



 ◇ ◇ ◇ ◇


桜木高校 最寄り駅 喫茶店『花』


あや美雪みゆきから思わぬ話題を受けると、激しく動揺し、知り合いが多くいる学校では、とても話せる内容では無かった為、急いで帰り支度を済ませ、美雪を誘い駅近くの喫茶店へと訪れていた。


美雪も相談に乗って貰うため、いつもは親友である晴海はるみ亜紀あきと下校していたが、今日は断りを入れてここへ来ていた。


「それで……、えぇ~~と、れ、恋愛相談だっけ?」


綾は慣れていない為、動揺したように本題を切り出した。


相談されることは慣れてはいないが、やはり女性の為かこの話には、興味をそそるものがあり、自分から切り出すのはどうかとも思ったが、美雪よりも先に本題を切り出した。


「あ……、まぁ、恋愛……っていうか、少し違うかもしれないんですけど、困っていることがあって……」


「ん? 困る??」


「はい……、実は私……、感情に乏しいのかもしれないんです!」


「は??」


美雪からの拍子抜けな答えに、綾は思わず間抜けな声を出した。


「え? は? と、乏しいって……、なんで??」


綾の当然な質問に、美雪は思いつめた表情をした後、意を決したように綾の質問に答えた。


「――実は……、私は昔、おそらく真鍋まなべ先生の事が好きだったんです。

それは多分今も同じ部分もあるとは思うですけど、昔とはちょっと違うような、変な感じがして……」


「変……?」


「はい。

昔ほど気になる存在じゃないような……。

今は少し違う感じがするような……、ちょっと言葉にするのが難しいです」


「う~~ん、それは、恋愛対象から外れたって事?」


綾は何となく美雪の中で起こっている、気持ちの変化に気付いていたが、当人では無く、自分で気づかなければ、本当の答えは出ず、意味のない事でもあったため、様子をうかがう様に言葉を返した。


「――どうなんでしょうか…………。

多分、好きなんだとは思います。

今も……」


堂々巡りな様子になり、おそらくこういった感情に疎いのであろうと悟った綾は、切り込むように質問を入れる。


「そんな、難しく考えなくてさ!

真鍋先生に告白したいとか、そういうこと思ったりする?

恋人になりたいとか……」


綾の具体的な質問に、美雪は大いに悩み込み、必死で様々な思い出と、自分の気持ちに向き合った。


(一年前、クラスに中々馴染む事が出来ずにいた頃、熱心に付き合ってくれた。

おかげでクラスで孤立することは無く、真鍋先生に感謝してた。

それと同時に放課後相談に乗る必要がなくなり、寂しくも感じ、自分以外の生徒と楽し気に話す姿に妬いた事もあった。

学校に配属され間もないというのに、どんどんと交友を深めていく先生に惹かれていた時期もあった。

だけど……、今は…………)


美雪は気持ちに向き合っていく中で、自分の気持ちの変化を感じていた。


過去の思い出から最近の思い出まで辿っていく中で、ふとした瞬間に、沖縄での最後の夜を思い出す。


 「俺が協力してやる」


涼し気で、少し悲し気な、優しい表情で言われた、葵の言葉を思い出した。


美雪にとってあの瞬間は、風の音や海の匂いまでも鮮明に思い出せるほど、心に強く刻まれており、沖縄の思い出の中でも大きく印象に残っている事でもあった。


そしてその瞬間、一つ一つを辿っていき確認してきた本当の気持ちを見失う。


「分からないです。

どうしたいか……、どうなりたいか」


綾は答えは自ずと出てくるかと予想していた為、思わぬ答えに驚きもしたが、辛そうに呟くよう答える美雪を見て、考え抜いての答えだというのはよく理解できた。


「う~~ん、そっか……、分からないか……。

――じゃあさッ! 確かめようよッ!!」


綾はあくまで明るく、気休めでもポジティブな思考へ持っていけるよう提案した。


「確かめる……?」


「うん! 実はね? まなべっち、体育祭の実行員のまとめ役を引き受けるらしいよ?

クラスを持ってるわけでもないし、フットワーク軽そうだしね!

そこでさ、美雪。

体育祭の実行委員に立候補してみれば?」


思わぬ提案に美雪は呆気にとられたが、すぐに現実的ね思考を取り戻し、出来ない理由を上げていった。


「あ、いやでも無理ですよ!?

修学旅行の実行委員だってありますし、とても二つを兼ねるのは……。

立花たちばなさんにも迷惑かけてしまうだろうし」


「だ~いじょうぶッ! 大丈夫ッ!!

委員の仕事ならあたしも紗枝さえも手伝うしぃ~!

立花に迷惑なんて、掛けても問題なしだよ!!

なんせ、立花はうちらに借り、あるしねッ!」


綾は段々と自分が楽しくなってきたのか、テンションが上がっていき、美雪は不安を抱えながらも、綾の押しに負けていった。


 ◇ ◇ ◇ ◇


「じゃッ! 二人とも!! 今週の土曜日にッ!!」


そういってスーツを身にまとった田辺たなべは、明るくあおい紗枝さえにそう伝え、足早に次の仕事へと向かって行った。


葵と紗枝は、学校終わりに桜木高校の最寄り駅にて、田辺と週末の仕事に付いての打合せをしており、話もまとまった事で、田辺と別れていた。


そして、田辺と別れた事で帰ろうかと葵が思っていると、紗枝は凄く気まずそうに、落ち着かない様子で話し始めた。


「え、えっと……、私これから友達と約束があって……」


「ん? あぁ、別に変な気を使わなくても大丈夫だぞ?

俺ももうこれから帰るつもりだったし」


「あぁ~~……、そ、そっかぁ……。

うん、そうだよね……」


葵は気遣う紗枝にこれ以上気を遣わせないようにそう伝えたつもりだったが、何故か紗枝の目から光が失われ、呆然としたように低いトーンで呟いた。


その紗枝の真意は葵には分からなかったが、紗枝は少し落ち込んだ後、すぐに調子を取り戻した。


「そ、それじゃあ、ここでお別れだね。

今日はありがとね?」


「別にお礼を言われる筋は無いだろ……。

金曜は良く睡眠をとれよ? 肌も万全に」


「うん! じゃあね、葵君!」


紗枝は最後にそう告げると、急ぐようにその場から離れていった。


紗枝が暗い表情になった瞬間、葵は少し心配をしたが、すぐに元の調子へと戻ったため、特に気にすることなく、家に向かって葵も歩き始めた。


そんな時だった。


葵のズボンに入った携帯が忙しなく振動した。


葵はそれが着信だと気付くとすぐに、その通話へ出た。


するとすぐに明るい声が葵の耳へと聞こえて来た。


「やッ! 久しぶり~~!

沖縄ぶりだね!」


「20日ぶりです」


「細かッ!?」


葵は電話の声の主で誰だかわかり、最近ちょくちょくと連絡を取ることもあったため、気さくに嫌味っぽく返事を返した。


声の主は、沖縄二日目に出会ったスタイリストの藤原 奈々(ふじわら なな)だった。


「奈々さん、電話なんて珍しいですね……。

なんかあったんですか?」


「あ、あぁ~~、葵さぁ、あの沖縄旅行の後から熱心に、スタイリストになる為に、連絡とってくれてたじゃない?

今、丁度さ北海道に香也かやとウチのお師匠がいるんだ。

今年から来年丸々地元に居るらしくて。

それで、葵の話をしたんだけどさ、お師匠興味持っちゃって……」


「はぁ……」


葵はまだ上手く話を飲み込めていなかったが、合図地を打つと、奈々は一息置き、真剣な声色で話し始めた。


「葵って、どこのレベルまでを目指してるの……?」


奈々の真剣な声色に、葵も気が引き締まった。


「どこまでのレベルって……どういう意味ですか?」


「う~~ん、どの職業でも同じだとは思うけど、スタイリストと言っても種類や仕事の重要さはそれぞれだし、葵くらいの技術があれば、多分簡単になれるんだとは思う。

だけど、慣れたとしても芸能人のスタイリストとか、雑誌のモデルのスタイリスト程度のレベルだと思う。

特に国内でなるなら…………」


葵は奈々の話に集中し、合図地を打つことも忘れ始め、いろいろな事が頭の中で想像された。


「葵はまだ若いし、なれると分かってるところにわざわざいく事もないと思うの……。

まぁ、端的に言うとうちらのお師匠がそれを体現してて、国内はおろか国外でも活躍する有名なスタイリストなんだよその人。

国外でも活躍するからあまり日本にも居る事は無くて……。

葵もスタイリストを目指すなら、この人の教えや技を一度は見ておいた方がいいと思う。

できるなら、丸1年」


「――確かに、奈々さんがそこまで言われるなら会ってみたいです。

ただ、俺は都内で丸1年は……」


「うん。それは知ってる。

それを知っててなお、人としては絶対にお勧めできないけど、学校を…………。

いや、ごめん! やっぱり今の無し!

流石にあり得ない提案だった」


奈々は言いかけた言葉を必死に飲み込み、取繕う様に笑い、発言と取り消した。


奈々は誤魔化すようにそう電話越しに答えたが、葵は何となく、奈々の言いたかったことを理解できていた。


普通では絶対に考えられない案だったが、奈々がそれを言いかける程に、奈々や香也の師匠は凄いのだと、凄さをより実感した。


「電話いただいてありがとうございます。

一先ずは、家族に相談します」


「ちょ、ちょっとまって!!

私が言っておいて、こんな事言う資格ないけど、やめておいた方がいい。

リスクは大きいし、これからの人生を大きく変えることになるよ?」


「大丈夫です。

元々、興味はあったんです。

国内の世界よりも、そっちの世界が」


「わ、わかった……。

家族に話したら、今後、より密に連絡を取ろう。

今までのような、ただスタイリストになる為の連絡量じゃ不安だし、足りないから……」


奈々の言葉を最後に葵は電話を切り、大きく深呼吸をした。


「転校……だろうな」


葵は小さくそう呟いた。


葵は奈々の気持ちもよく理解できた、自分の年齢を考慮し、出来るだけ早くその業界に入り、実績と能力、才能ある人に教えを乞えるのであれば、その道に進んだ方がいい。


ただ、まだ高校生という身分で世の中の事はよく知らず、もしその世界に入り、自分に合わなかったり、能力が無かった時、そしてそれに気づいた時、引き返すのは絶望的だった。


年齢も重ねるだろうし、何より大学にも入らない為、選択肢も狭まる。


挑戦するにはあまりにも大きい代償があった。


しかし、葵はそんな常識的に考えても分かる事を知っていながらも、その挑戦する道を、一瞬でも勧めてしまう程の能力を持った、師匠に興味も持っていた。


話は奈々や香也からもちろん聞いており、名前も知り、自分で調べた事もあった。


その人は、噂通りに凄い人であり、調べればすぐにヒットし、沢山の情報がネット上にあふれかえる程だった。


「気に入った人を付き人にして、世界中引きずりまわすとか、香也さんと奈々さんは愚痴ってたっけ……」


葵は苦笑いをしながら、隠せない程の大きな不安を感じ、それと同時に今すぐに走り出したい程の強い衝動に駆られるほど、大きな胸の高ぶりを感じていた。


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