俺より可愛い奴なんていません。9-10
◇ ◇ ◇ ◇
「こ、これってホントに大丈夫なのかな……」
葵に衣装を決められ、早速コーディーネートを終えると、鑑に映る自分の姿を見て、紗枝は自身の無さそうに呟いた。
「ん? 何処に心配する要素がある??
着こなせてるし、普通に可愛いぞ?」
「かッ!? かわいッ……」
葵の特に他意の無い、100%本心の言葉に、紗枝は慌てふためき、翻弄されていた。
「葵~~? どんな感じ~~??」
葵が一段落付かせ、後はアニカ少し手を加えるかどうかを考えていると、葵と紗枝が使っているメイクルームへと、一通りコーディネートを終えた様子の、姉の蘭が部屋へと入ってきた。
そうして、蘭は部屋に入るなり、ほぼ完成されている紗枝の存在に気付くと、真剣な面持ちで黙り込み、紗枝を凝視した。
急にメイクルームに入ってきた蘭に紗枝は、蘭へと視線を移し、葵も急に入ってきた事を不満に感じつつも、真剣な面持ちで、自分の仕上げた紗枝を見つめ始めた事に気付くと、喉元まで出かかった不満を飲み込み、蘭の次の言葉を待った。
そうして、静かな時間が数分流れた後、蘭は沈黙を破るように話し始めた。
「うん、上出来だね」
「当たり前だろ」
蘭はいつものようなふざけた感じでは無く、真面目なトーンで感想を述べると、葵は特に気にした様子も無く、さも当然といった様子で答えた。
「前まではただ上手いだけの猿真似だったけど……、ここ最近、プロを意識し始めてからは凄いね」
「素直に褒めろよ……」
一言余計な為、褒められても素直に喜べない葵は、不満げにそう呟いたが、珍しく違った角度からそう指摘され、褒められた事に、少し心が浮くような、そんな微かな喜びも感じていた。
「前から思ってたけど、沖縄でなんか気持ちの変化でもあった??」
「別に? 特にこれと言っては無いけど……」
「そう…………」
蘭と葵のやり取りは何度か見て来た紗枝だったが、今、目の前でやり取りしている二人は、今まで一度も見たことが無いような、淡々とした少し冷たさすら感じるやり取りであり、普段のやり取りと比べると違和感に感じていた。
姉弟と言うよりは、仕事をしている感じのような、特に姉である蘭がその雰囲気が強かった。
そして、そんな真面目な雰囲気にたじろぎ、今まで会話を邪魔しないようにしてきた紗枝だったが、ようやく二人の会話が途切れた事で、紗枝は久しぶり会う紗枝へと話を振り始めた。
「あ、あの! お久しぶりです!
お、覚えてますでしょうか? 学祭……、桜祭の時のミスコンで……」
紗枝が途中まで言いかけたところで、そんな紗枝の言葉を遮るようにして、蘭は大きな声で反応した。
「あぁ~ッ! あの子ね!!
下手くそな葵のコーディネートに付き合ってくれた!」
「へ、下手では無かったと思いますけど……、お、お久しぶりです」
蘭の再びのディスりに葵は、すかさず「おい」と、声を上げ突っ込んだが、蘭はまるで意に介す様子は無く、紗枝も苦笑いを浮かべながら、フォロー気味に答えた。
「なになに?? なんでここにいるの?
葵にお願いされた!?」
「何でだよ…………」
紗枝を見つけ、面白い事を思いついたと言わんばかりに、蘭は目を輝かせ、紗枝に詰め寄り、蘭の悪乗りに慣れ切っている葵は、ため息交じりに呟いた。
しかし、慣れ切っている葵に対し、まだそこまで蘭に体制の無い紗枝は、蘭の言葉に慌て、明らかに動揺していた。
「やっ、よ、呼ばれてないですよッ!?
本当に偶然……」
「ふ~~ん……、偶然ねぇ~~」
慌てる紗枝に、蘭はニヤニヤと不敵な笑みを浮かべ、わざとからかう様に話、完全に紗枝の反応を見て楽しんでいた。
「そのへんにしとけよ。
俺のクラスメートいじめて楽しいか?」
「だって、可愛くって!」
「理由になってねぇよ……」
葵はため息交じりにそう呟くと、メイクルームに用意しておいた小道具を持ち出した。
「悪いな二宮、こんなメイクだけの馬鹿はほっといて、これ持ってくれるか?」
蘭のだる絡みを流石にうっとおしく感じた葵は、蘭の話題を強制終了させ、コスプレの本題の話へと話題を戻し、メイクや衣装を見にまとい、ほぼほぼ完成されている紗枝に、持ち出した小道具を渡した。
「これって……」
「まぁ、コスプレだからな。
アニメで出て来てたろ? それを持って、コスプレは完成」
葵が渡した小道具は作中でも登場した、紗枝のコスプレしているキャラが使っていた小銃と、魔法少女として衣装が変わった際に、左腕に付いている装飾の施された、小さな盾のような道具だった。
紗枝が声を漏らす程にその道具は再現度が高く、小銃に関しては作中に登場した際のモデルガンな為、似ているのは当たり前と言っても過言では無かったが、盾に関しては完全に自作であり、その出来栄えに驚きを隠せなかった。
そして、葵が渡した小道具の出来の良さに、紗枝は元となったキャラクターも知っていた為、感動するように思わず声を漏らし、自分が仕上げたコスプレイヤーを見て、葵は自慢げにニヤリと笑みを零した。
「葵~~、いくら紗枝ちゃんが可愛いからって、その笑顔はキモイよぉ~~」
「うるせッ」
葵は自分の出来栄えに悦に浸っていたが、葵の自慢げな表情に、蘭は気づくと、ニヤニヤと笑みを浮かべ、すぐにそれを邪魔するように葵に悪態を付いた。
「これって、ミルジュで用意されてるんですか?」
小道具に夢中で葵と蘭のやり取りに気付いていなかった紗枝は、蘭に気になる質問を投げかけた。
「ん~? あぁ、まぁね。
有名どころ? 特に流行りのキャラクターの物なら大抵は用意してるよ」
「す、すごいですね……」
蘭はあまりにも軽く、まるで「当然、常識でしょ」と言わんばかりな様子で答え、紗枝は蘭のその言葉に衝撃を受け、再び自信が持つ小道具へと目をやり呟いた。
そして、呟きながら小道具を見つめる紗枝は、何処か目がキラキラと、輝いているように葵は見え、何かを期待するような、少し興奮しているようにも見えた。
「他のも見るか?」
「え…………?」
葵は若干当てずっぽうではあったが、何となく紗枝が小道具に興味を示し、『ミルジュ』が用意する他の道具も見てみたいと、思っているかのように見え、思わず紗枝にそれを尋ねた。
葵の提案に、紗枝は驚いたように顔を上げ、声を漏らし、そんな紗枝の反応を見て葵は、自分の思った事が当たっている事を確信した。
「まぁ、一応白井さんに許可取らないといけないとは思うけど、多分断られることも無いだろうし」
「ほんとッ!?」
葵は紗枝がまさか小道具にここまで興味を持つとは思わなかったが、衣装選びに様々なコスプレ衣装を見た際にも、少し興奮した様子で衣装を見て回っていた為、こういった衣装や小道具、コスプレ自体に興味があるのだと葵は思った。
「いいんじゃない?
あたしから白井には言っておくから見といでよ!」
「ありがとうございます!
じゃ、行こ! 立花君!!」
紗枝が見たがっている事を察すると、蘭は紗枝の好きなように見てくるように促し、不思議とテンションが上がっている紗枝は、まるで遊園地に訪れたばかりのはしゃぐ子供のように、清々しい程の明るい笑顔を葵に見え、そう声を掛けた。
葵はそんな紗枝を見るのは初めてに近かった為、珍しいものを見る様に呆気にとられ、紗枝にせかされるまま、小道具などが用意されている場所へと向かって行った。




