俺より可愛い奴なんていません。9-9
葵に連れられるがまま、メイクルームを一旦後にし、バンをぐるりと回るようにして、今度はバンの反対側へと紗枝は来ていた。
「うわぁ……、凄い…………」
紗枝はバンの反対側へ回るとそこに設営されたものを見て、思わず声を漏らした。
紗枝が連れてこられたそこには、まるで服屋のように、ずらりとハンガーラックが並べられ、そこにはびっしりと、沢山の衣装が掛けられていた。
衣装だけではなく、ウィッグや小物なでも充実し、これだけ物が揃っていれば何者にでもなれるような、そんな気にすらなった。
「ほんとに凄いね、お姉さんの会社……」
「だよな……、ほとんど姉の趣味なのによくやるよ……」
葵は何度かこの光景を見ていた為、少し慣れ切っている節もあったが、第三者から指摘され、改めてその光景の異様さに気付かされた。
「お姉さんって会社でも相当な実力者……、重要な役職とかに付いてるじゃ……?」
「さぁな、姉のコーディネートとかは分かるけど、会社の事はよくわからん」
「えぇ……」
この光景を見たら蘭が一体何者なのか、気になるものだと紗枝は感じたが、葵は思いのほかそういった事に関心が無いように、気の抜けたような返事しか返って来なかった。
紗枝はそんな無関心な葵を見て、関心が無い葵を引くように、細々とした声を漏らした。
「なんかこう衣装が多いと迷っちゃうね?
あの時みたいに……」
「あの時の苦労はあんまり思い出したくないな」
「えぇ~~ッ! 立花君は大変だったかもだけど、楽しい思い出なのに……」
紗枝は衣装を見て回る葵の後に続き、葵と同じように用意された以上を見ながら、自然な会話を楽しんだ。
自分で着る服を選ばずに男である葵に、これから自分が着る服を選んでもらうのは少し恥ずかしいような、奇妙な状況だったが、それでも紗枝にとっては楽しい時間だった。
雰囲気がもはや服屋のようなものの為、蘭や蘭と同じ『ミルジュ』のスタイリスト、三島 結に誘われ、モデルをやることになった素人さんなどが、結や蘭に対応されるまでの間、時間を潰す為、衣装を見て回ったりしていた。
中には、偶々『ミルジュ』が行っているものに気付き、訪れた者や、既にコーディネートを終え、メイク落としまで済んだ素人さんまでも、衣装を見るのが楽しいのか、その場に留まっていた。
「なんか、完全にお店みたいだね~~。
私もこういうお店があったら、友達とかと来てみたいし」
「ありそうだけどな? こういう衣装を扱ってる店とか。
値段は高いだろうけど……」
「だよね~~」
他愛も無い会話を繰り返す、二人だったが、不意に紗枝はこの衣装スペースに訪れていた男女の若いカップルが視界に入った。
(カップルで見て回ってる人もいるんだぁ~~、
彼女さんが誘われたとかなのかな??
私達もそんな風に……って、見えるはずも無いかッ!
立花君に至っては女装してるし…………)
カップルが見えた瞬間、紗枝は妙な想像が思い浮かんだが、第三者から見て、それはあまりにも考えられず、自分のした妄想があまりにも馬鹿らしく思え、おもわず笑みが零れた。
そんな紗枝に葵が気づくはずも無く、葵は会話を続けた。
「まぁ、そういうお店はいて回るだけでも楽しいだろうし、そこまで重要なものでもないのか……。
大和もデートで服屋に連れ回されたとか、嘆いてたな……」
「デッ、デートッ!?」
何気ない会話を淡々と繰り返す二人だったが、葵が思い出したように、友人の大和が、そんな事を呟いていたと、口に出した途端、紗枝は激しく動揺し、今まで、服を探す事に集中し、紗枝にあまり視線を向けなかった葵も、様子を窺う様に振り返った。
紗枝の驚いた声を最後に二人に沈黙が流れ、紗枝は葵が、自分の事を不思議そうに見つめているのを見て、ようやく我に返ったように、取繕う様にして早口でまくし立てた。
「あ……、あッ! か、神崎君って彼女いるんだ!?
て、てっきり、いないものだと……。
――って、それは神崎君に失礼か…………」
「まぁ、前まで彼女欲しいだのなんだの、うるさかったからな……」
目の前で紗枝に先程のセリフを言われ、ショックから涙目になっている大和を想像しながら、葵は紗枝の言葉に答え、そして、桜祭の二日目に、大和の彼女に会っていた事を思い出し、続けて話した。
「そういえば、二日目に会ったな……。
ちょっとイレギュラーな感じで知り合ったけど……」
「へぇ~~、彼女さんどんな感じだったの?」
「ん? ん~~。
普通に可愛かったぞ??」
「え……?」
紗枝は葵の言葉に驚き固まり、そんな紗枝の反応を葵は奇妙に感じた。
「か、可愛いかったんだ~~、ふ~~ん……」
葵は、紗枝が自分から質問してきて、意味深に呟くように答えたのを聞いて、増々妙に感じたが、それに付いてなんと追及すればいいか分からず、そもそも尋ねるような事でもない為、聞き逃した。
「大和にしては良い子捕まえたんじゃないのか?
会って話した印象と、大和の話を聞く限りでは、正確も良さそうだし……」
「た、立花君ッ!?」
葵は紗枝の異変に気付いていたが、特にその事をついて尋ねず、大和の彼女の事を思い出しながら話していると、急に紗枝が大きく声を上げた。
葵は衣装を探す為、紗枝の方は見ていなかったが、その声に反応するよう紗枝の方へ視線を向けると、そこには何故か落ち着かない様子の紗枝が、葵を見つめていた。
「と、友達の彼女だからねッ!?
そ、その……、浮気とかは良くないよ!」
紗枝の声が少し大きかった為か、衣装を見に来ている、他の人にも会話の内容を聞かれ、紗枝の発した内容が内容の為、女装をしていた葵だったが、周りからは白い目で見られた。
「はぁッ!?
なんで、そんな話になる!?」
「だ、だってべた褒めだったし。
さ、最近ニュースとかでも不倫とか、二股とか聞くし……」
「はぁ〜〜〜。
どんなとこで、テレビっ子発動してんだ…………」
「だ、だって!!」
紗枝の天然ボケに葵は、深いため息を付きながら呟き、まだ納得がいっていないのか、紗枝はでもでもだってと反論しようとしていた。
そんな紗枝をもう相手にしていられない葵は、誤解を解かず、そして、紗枝に1番似合うと思った衣装を手を取り、紗枝の前に突き出した。
「ほら、衣装決まったぞ。
このキャラわかるか?」
話を急に遮られた事で、紗枝は少し不満げな表情を浮かべていたが、葵の突き出す衣装を目にすると、曇っていた表情が段々と晴れていった。
「こ、この衣装を着るの?
なんのコスプレをするのかは分かるけど……」
「なら、手っ取り早いな。
キャラのイメージがあれば、モデルもなりきり易い。
今から二宮には、魔法少女になってもらう」
葵はニヤッと笑みを浮かべ、いかにも楽しそうに、既に完全に趣味の世界に入っている様子で、紗枝は葵のその笑顔を少し怖く感じ、不安が湧いてきていた。




