俺より可愛い奴なんていません。9-6
◇ ◇ ◇ ◇
(ヤバい……、マジでヤバイ…………)
葵はあぃこ達と別れた後、再びモデル探しに勤しんでいたが、まだ誰一人として、モデルが捕まっていなかった。
コスプレしている葵の見た目が良いからか、声を掛ければ大体は話を聞いてくれるのだが、いざ本題を伝え、依頼をすると、どうしても渋られ断られてしまっていた。
「なんでここまで捕まらないんだ……」
葵は思わず、現状を嘆くように言葉を漏らした。
(やっぱり、女装してるコスプレイヤーにコスプレさせてくれって頼まれても、不安が先行して無理なのか……。
好印象で話は聞いてくれるけど、その先にはいかない……)
葵はまだ諦めてはいなかったが、こうも何時間も成果なしの状況では、完全に八方ふさがりになっていた。
いろいろと考える葵だったが、どれも上手くいきそうに思えず、そうして考えが良きずまった瞬間に、姉の蘭が前日、葵にポロっと零した言葉を思い出した。
「葵~~、今は多分、二人、三人はモデルを確保できる憶測なのかもしれないけど、実際はそんなに甘くないよ~~?
モデルの腕ももちろん重要だけど、その前に人間、しかも女性なんだって事を、念頭にしなきゃ絶対に捕まらないよ?」
葵がこのイベントに備え念入りに準備している中で、風呂上りだった蘭は、テキトーな様子で、簡単に葵に告げていた。
当時の葵は、まったく意味が分からず、「なに当たり前な事、言ってんだ」といった様子で、姉のその言葉など、意とせず、深く考える事すらしなかった。
しかし、今の状況を思うと姉は、こうなる事がなんとなく予測でき、それを見起こしての言葉だったんじゃないかと、葵は思えてきていた。
「クソッ……、姉貴の野郎、大事な事を風呂上りにさらっと言ってんじゃねぇよ……」
葵は蘭のよくする表情、人を馬鹿にしたような薄ら笑いが、自然と頭に思い浮かび、八つ当たり気味ではあったが、蘭に悪態を付きながら、姉の言葉の意味を考えた。
イベント会場の端まで行き、壁に寄りかかり、楽な体制で必死に思考したが、結局姉の言葉の意図を汲み取る事は出来なかった。
「あぁ~~、駄目だ分かんねぇ……」
葵は数分使って考えたが、結局分からず、ただ無駄に思考する時間を使ってしまった事を少し後悔した。
そうして頭を使い過ぎた事で、フリーズしたのか何も考えず、ただぼけ~っと流れる人混みを見つめた。
特殊なイベントなため、様々な人たちが横行し、それをただぼんやりと見つめるだけのつもりだったが、葵の視界に一人、この場にいるはずの無い、意外な人物が目に映った。
その人物が目に映った瞬間に、葵は一気に現実に引き戻されたかのように、意識がはっきりとし、ほとんど反射的に、目の前を今まさに横切ろうとしている、その人物の名を呼んだ。
「二宮…………?」
がやがやと大きな音が絶え間なく流れるこのイベントで、葵が呼びかけたその声は、人を呼び止めるには、あまりにもボリュームが足りていなかったが、葵のその声は、呼び止めた人物の耳にきちんと届いた。
「立花君…………??」
◇ ◇ ◇ ◇
葵に呼び止められた紗枝は、そのまま立ち去ることは無く、葵の隣へと移動し、会話するのに自然な距離感で、その場に留まっていた。
「どうして二宮がこんなとこに……?」
葵は当然だが、素直に一番気なる事をそのまま質問した。
「あ、あははは……、まぁ、そうなりますよね…………」
紗枝は瞳に光がともっておらず、死んだ魚の目をし、声にも覇気がともらず、力なき乾いた声で呟いた。
そして、そのまま、話しづらそうにしながらも、葵の質問に答え始めた。
「ちょ、ちょっと気になる物……、欲しいものがこのイベントにありまして…………」
「欲しいもの?? 二宮が? こんなところで??」
紗枝はスクールカーストでいうところの最上位であり、本人はそう言った事をあまり気にしていない様子だったが、それでもこういった少しニッチなイベントに、来るようなタイプにはまるで見えなかった。
紗枝の事を葵は深くは知らない為、あくまでイメージの話にはなってしまうが、それでも、アニメやゲームなどといったコンテンツには、興味が無いと思っていた。
「まるで想像が付かないな……」
「だ、だよね…………、ちょっと変だよね……」
あまりの衝撃に思わず声を漏らす葵に、紗枝は再び乾いた声で笑みを浮かべながら、呟くように答えた。
傍から見れば、女装し、更にはコスプレまでしている葵の方が、圧倒的に奇妙に見える状況だったが、紗枝はこの状況から逃れたいという気持ちと、羞恥心でどうにかなりそうだった。
そんな紗枝に対して、葵は意外とは感じながらも別に、その事に対して何かマイナスなイメージを持つ事は無かったが、何か紗枝の事で引っ掛かる事があり、それが何なのかを必死に思い返していた。
そして、葵がそれを思い出すのに、そこまで大きな時間はかからなかった。
「あッ! そういえば、二宮ってテレビ好きなんだったよな?
もしかして、それ関連??」
葵は今どき、様々な動画配信サービスが潤っている中、紗枝がテレビをよく見るという話を覚えており、それが印象的だった為、すぐにそれを思い出すことが出来た。
「え……? そんな事覚えて…………」
名実ともに、あんまり他人に興味無さそうな葵が、自分の小さなふとした話題を覚えていた事に、紗枝は目を丸くし驚き、声小さく呟いた。
「意外だったからな……、今どきみんなyout〇beだろ?
二宮はそのテレビ好きが起用して、アニメを見たりとかなのか??」
「うん、そうだね……。最初はあんまりだったけど、見てみたら面白くて……。
でも今日はちょっとそういうんじゃないんだ…………」
紗枝は恥ずかしそうにそう言いながら、大きなイラストの絵が描かれたビニール袋へと手を忍ばせ、今回、このイベントに来た理由である物を葵に見せた。
「漫画……?」
葵はちらりと少しだけ、恥ずかしそうに見せたその物を、確認するかのように声を漏らした。
「う、うん……」
葵の言葉に、紗枝は増々恥ずかしそうに、細々とした力ない声で答え、葵はそんな紗枝の反応を素直に疑問に思った。
「ん? 別に漫画だったらそこまで恥ずかしがる必要はないんじゃ……」
「――――ちょこっとだけ…………、えっち……なんだ」
葵はその言葉に驚愕し、驚いた様子で紗枝に視線を向け、すぐに上手く言葉が出てこなかった。
紗枝が恥ずかしがるように少しだけしか漫画の表紙が見えず、漫画かすらも怪しい程度にしか、物が見えていなかった葵は、何もそこまで素直に答えなくてもいいのにと思ったが、純粋に興味から追及してしまった事を後悔し、申し訳なく感じた。
葵が意表を突かれ、二人の間に沈黙が出来てしまった事が不安だったのか、紗枝は静かな時間をなくすように、捲し立てるように話し始めた。
「い、いやねッ!? この漫画の本編は、少女漫画として売られてて、完結もして、大人気でドラマ化もされた物なんだけど、先生が本当に書きたかった最終巻後の話は、少女漫画誌には載せられなくて……。
いろいろと出版社と協議した結果、漫画本編とは一切関係なく、書いている先生は同じなんだけど、二次創作として、こういうイベントで売っていい事になってね!?
ど、どうしても読みたくて……、それで…………」
紗枝は、必死に弁明をしようと、詳細を葵に説明したが、それでも最後の方には、弁解できたか自信が無くなったのか、再び声が細々としていた。
「な、なるほどな! わ、分かった……、言わんとしてる事は、すごく……」
葵は自分がいらん質問したせいで、こうなってしまった事に罪悪感もあったため、紗枝にそれ以上、追求する事は無く、素直に変な気持ちは無く、ファン心理でそれを求めにここに来たのだと、そう心で仮定し、決めつけた。
「さっき、ドラマって言ってたけど、入りはそこなのか?」
「うん! け、結構連載している時期も有名だったんだけど、私はドラマでやってるのを見てかな~。
ハマっちゃって、漫画も揃えちゃった!」
葵は先程の話には触れず、紗枝を気遣い、普段通りの雰囲気を作るよう心掛け会話を再開させると、紗枝もその意図に気付いてか、ぎこちなくなりつつも徐々に、普段の落ち着きを取り戻していった。




