俺より可愛い奴なんていません。9-4
葵は、軽く休息を取った後、あぃこに連れて行かれるがまま、あるコスプレの一角へと訪れていた。
葵が最初に人を集める場所もそれなりに、コスプレイヤーとそれを見る来場者で多く溢れていたが、あぃこに連れられてきた場所も、多くの人が訪れ、各々コスプレを楽しむ人たちで溢れていた。
ただ、葵がいた箇所と少し違うのは、そのあぃこが連れて来た場所は、雑誌に載る事の多い、いわゆる大物コスプレイヤーが多く見えた。
葵のところにも居なかったわけではないが、今来た箇所の方が、全方位囲う形で、撮影できる箇所が多く、その為、少しこちらの方が、有名なコスプレイヤー多く見られた。
「凄い人だな…………」
コスプレをして人を集める立場でありながら、人混みが嫌いな葵は、集まる人々を見て、怪訝そうな表情を浮かべ呟いた。
「なに言ってんのよ。
さッ! 行くわよ!!」
葵の言葉にあぃこは苦笑いを一瞬浮かべた後、葵の手を引くように中でも一際、人が集まる集団へと向かい始めた。
葵があぃこから頼まれた内容は、コスプレイヤーの中でも特に有名な、えにことの撮影だった。
あぃこは雑誌に載るようになって、その道でも先輩な有名コスプレイヤーのえにことも写真を取る機会もあり、その際にあぃこ、面白いコスプレイヤーの一人としてAoの事を話していた。
それからというもの、えにこは珍しい女装のコスプレイヤーのAoに興味を持ち始め、あぃこは機会があれば紹介する事をえにこに約束していた。
(はぁ……、こんなことをしてる場合じゃ無いんだけどな…………)
葵は心の中でそう呟きながらも、有名コスプレイヤーから何か盗めるものあるかもしれないと、自分を言い聞かせ、えにこを囲む集団へと入っていった。
「あッ! あぃこちゃ~~んッ!!」
えにこをより囲む集団は、他よりも一際大きな集団だったが、集まる人々の中で、一瞬であぃこの事を見つけ、笑顔を浮かべ、手を振りながらあぃこの名前を呼んだ。
あぃこは集団から抜け、えにこに更に近づく事を一瞬、躊躇っていたが、えにこに呼びかけられたことで、彼女に近づきやすくなり、憧れの存在という事もあり、目を輝かせながら、駆け寄った。
葵は、そんな駆け寄るあぃことは違い、ゆっくりと集団を抜け、あぃこの後に続くようにえにこに近づいていった・
「えにこさん! お疲れ様です!!
相変わらず可愛いですッ!!」
あぃこは同業者と言うよりもはや、えにこを取り囲む彼女のファンと同じような眼差しで、彼女を見つめ、えにこの衣装を絶賛した。
「え~~、そう?
今回は、あんまりやった事無いジャンルのキャラクターだから、反響がどうなるかちょっと不安だったんだよねぇ~~。
ありがとッ! 褒めてくれて嬉しッ!!」
「いや、流石です! えにこさんは、いろんなキャラのコスプレを完璧にこなすからホント凄いです!!」
「へへへ……」
あぃこの熱い絶賛で、えにこは少し恥じるように、照れ臭そうに微笑んだ。
葵はそんな二人を少し離れた位置で、邪魔をしないように見つめいたが、えにこは、あぃこの後ろに立つ葵の存在に気付くと、話しかけ始めた。
「えっと、ごめんね? 置いてきぼりにしちゃって……。
君は??」
「あ、俺は……」
気を使い、声をあげなかった葵の気遣いに、えにこは気付き、申し訳なさそうな表情を浮かべ、葵に尋ね、葵が彼女の問いに答えようとすると、そんな葵の声を遮るようにあぃこが声を上げた。
「あッ! えにこさん! この子が私がこないだ話していた、コスプレイヤーのAoです!!」
答えようとした葵は、内心あぃこに「おい」と思ったが、そんな些細な事が気にならない程に間髪入れずに、今度は、えにこが少し興奮したように話し始めた。
「あ、この子がッ!? すご~い!!
ホントに女の子にしか見えな……、てゆうか、普通にコスプレもレベル高くないッ!?
どこかの芸能事務所に入ってないの!?」
えにこの追及に、葵は少し押され気味で、圧倒され答えをすぐに返さなかった。
「あ、いや、そうゆうのは入ってないです……」
「うわ! ホントだ声が男の子だ!!
背は低いんだね!」
葵はえにこの質問に答えたが、彼女は興奮からか受け答えがおかしくなっており、完全に会話のドッチボールと化していた。
(な、なんなんだ……、この人は…………)
葵は褒められて悪い気はしなかったが、彼女の気迫に押され、少し苦手なタイプに思えた。
「いや~~、やっぱりどこにも所属しないなんて勿体ないよ……
えにこさんもこんなに認めてくれてるし……」
「いや、その話は何回もしたろ?
俺は別にそういうのでやってるわけじゃ無いし……」
葵のコスプレを下から上へと、ジロジロ見渡すえにこを横目に、勿体ないと嘆くあぃこにため息交じりに葵は答えた。
あぃこは何度か葵を、プロの道に誘った経緯があり、そのたび葵は断り、結局あぃこは雑誌デビューを飾ったが、葵はただの趣味で行う素人のままだった。
もちろん、葵はそこに付いて何か思う事は無かったが、あぃこは未だAoとして雑誌に出ない事に、未練を感じていた。
「うん……、勿体ないよ!
Ao君、凄くクオリティ高いし、それに女装のコスプレイヤーなんて凄く珍しいし!」
葵達はそのまま、しばらく話し込んでいたが、ハイクオリティのコスプレイヤー、更にはそのうち二人はプロのコスプレイヤーが集まっていながら、ポーズも取らず談笑しているのを周りの撮影者はもどかしく思っており、目の前に絶好のモデルが揃っていながら、お預けを食らっている状況にそう長く我慢は出来なかった。
「あ、あのすみません……。
目線良いですか? できれば三人でお願いします……」
一人の撮影者は遂に、申し訳なさそうに声を上げ、えにことあぃこはその声を聞き逃さず、一言謝ると、すぐにその声を上げたカメラマンへと笑顔を向けた。
葵はえにこに聞きたいことがあったが、今は二人に続くように撮影の空気を壊さぬように、協力するように撮影に交じった。
(や、やばい……、こんな事をしてる場合じゃねぇのに…………)
葵はそんなことを思いながらも、コスプレを始めてからずっと感じてきた、周りが自分に夢中になっている感覚を心地よく感じ始め、例年と同じように写真を撮られた。
◇ ◇ ◇ ◇
えにこの撮影に交じり、30分程が経過し、葵達は再び小休止を挟んでいた。
いくら撮影が盛り上がろうとも、季節は夏という事もあり、こまめな休憩が撮影には必要だった。
コスプレの衣装も、大胆な衣装も中にはあるが、基本的には蒸れたり、体内に体温が籠るような衣装がほとんどであり、えにこは葵達が訪れる前から撮影していた為、体温が上がりつつあった。
えにこの休憩に合わせるように、葵もあぃこも話したりない事もあったため、日陰へと移動し、休憩を取った。
「いや~~、今日は暑いね~~」
えにこは販売機で買った飲み物を頬に当てながら、声を上げた。
えにこのいう通り、気温はどんどん上がっているように感じられ、来場者の殆ども冷た飲み物を求め、販売機は売り切れが相次いでいた。
「よかったですね、たまたま飲み物残ってて」
「ねぇ~? ホントだよ……。
まぁ、贅沢を言えば、お茶かスポーツドリンクが良かったけどねぇ~~」
えにこはそう恨み節を言いながら、手に持った缶コーヒーを悲しそうに見つめた。
「私が販売機に行ったときはまだあったんですけどね……」
「まぁ、仕方ない……。
残ってた事に感謝しないとねッ」
えにこはそう言ってにこっと微笑み、勢いよくプシュッと音を当て缶コーヒーを開けた。
えにこのそんな何気ない姿だったが、葵はそれを見て、彼女がコスプレイヤーとして最前線を走る理由を感じたような気がした。
「えにこさんって、笑顔が素敵ですよね……」
「へ……?」
葵は思わず思ったことがポロっと口を付いて出、葵のそんな言葉にえにこは驚いた表情を浮かべ、そして少しずつ顔を赤く染めていった。
夏の暑さのせいか葵は、ぼぉーっとした様子で何気なく、思った事を呟いたつもりだったが、えにこの表情を見て、しまったとすぐに気づいた。
「あ、えっと、変な意味じゃなくてですね。
何と言うか、笑顔が柔らかいっていうか自然と言うか……、笑顔が上手いと言うか……」
葵は必死に取り繕ったが、上手くごまかせず、余計にえにこやあぃこから奇妙に見えた。
そして、そんな葵がおかしく見えたのか、今度はえにこが笑い始めた
「プッ……、フフフッ
Ao君って変だね」
「あぁ~~、えにこさんも分かります??
Aoって急に変な褒め方するんですよ……」
ケラケラと笑うえにこにあぃこは似たような経験を葵から受けていたのか、ため息交じりに、えにこに同意するように話した。
初対面のえにこに対してはまだしも、接点のあるあぃこの物言いには、葵はㇺッと感じたが、反論はしなかった。
「なるほどね……、あぃこちゃんが気にかけるわけだ」
「はッ!? い、いや、別に気にかけては無いですよッ!?」
葵を会話の置いてきぼりにし、えにこはにやにやとあぃこを見つめながら、呟くように話し、あぃこはそんなえにこの言葉を強く否定した。
「まぁ、それの話は追い追いするとして、Ao君に一個質問いいかな?」
えにこは今まで笑みを浮かべていた表情を、ほんの少しだけ引き締め、葵を正面から見つめ尋ねた。
「Ao君はさ、一体何を目的にどこを目指してコスプレをしてるの?」
えにこのその純粋な問いに、葵は何故が身が引き締まり、すぐさま返事を返せず言いよどんだ。




