俺より可愛い奴なんていません。8-14
葵と美雪は、足場が悪いため、走ることは無かったが、それでもなるべく早足で、叫び声のした亜紀の元へと向かっていた。
「林の中を歩いてる時は結構暗いなって思ってましたけど、ホテルはそうでもないですね……」
美雪は一応、支給された懐中電灯を持ち、辺りを照らしながらそう呟いた。
「まぁ、林の中を歩いてる時は、木々に月明かりが遮られてたからな。
ホテルの周りは開けてるし、今日の空も雲一つない星空だった。
余計に明るく感じるんだろ」
美雪の問いかけに答えながら、葵も足元や天井を照らし、安全を確認しながら探索を進めていく。
葵の言った通り、ホテルの中は室内だというのにも関わらず、窓やがれきの隙間から明るく優しい月明かりが入り込み、支給された懐中電灯無しででも探索できる程、視界が取れていた。
そんな月明かりの入り込むホテルは、とても神秘的で、どこを切り取っても美しい空間が広がっていた。
そんな神秘的な雰囲気に当てられてか、美雪の恐怖心もいつの間にかやわらぎ、周りの景色やホテルの窓から見える煌く海を、落ち着いて見られるようにはなってきていた。
ただ亜紀の事もあり、流石に立ち止まってまではその光景を見ようとはせず、足を止める事は無かった。
「おい、急ごうとするのは構わないが、足元だけは注意しろよ?」
「だ、大丈夫です!」
少しペースを上げてきている雰囲気のある美雪を制するように、声を掛けたが、美雪は返事だけで、気持ちは焦っているのは一目瞭然だった。
しかし、美雪は何度か転倒しそうな危ない場面が何度かあった。
(あぁは言ってるけど…………、俺が気を張る他無いか……)
葵は自分の忠告が上手く聞き入られていない事はわかったが、これ以上強くいっても意味がないと思い、自分だけでなく、美雪のサポートにも注意するよう心掛けた。
基本的には両壁あり、特に一階は崩落の恐れが無さそうだったが、葵がホテルに入る前に、外観を注意して見ていると壁が完全に崩落し、野ざらしになっている個所がいくつか見受けられた。
ホテルの形も遠目から見れば、□と言うより凸の形に見え、最上階がそれぞれの場所や区画で変わってくるような、そんな作りになっていた。
一階から二階へ、そして三階へと葵と美雪はどんどんと探索していき、亜紀の名前を所々で叫びながら、探索を進めていった。
そしてそんな時。
葵と美雪が三階へと上がり亜紀の名前を呼ぶと、亜紀もその声を聞き入れたのか、やっと反応が返ってきた。
「美雪~~~ッ!?
美雪なの~~ッ!?」
亜紀の声はホテル内を反響しながら、葵と美雪の耳へと届いた。
「亜紀!?
た、立花さんッ!?」
亜紀からの返事が返ってきた事で、美雪の表情は一気にパァっと明るくなり、葵と喜びを分かち合う様に視線を飛ばしてきた。
「ぁ、あぁ、多分この階層にいるだろうな」
「ですねッ! 行きましょうッ!!」
美雪の表情に、一瞬葵は心を跳ねらせたが、すぐに取り繕うように答え、葵の答えを聞くと、美雪は余計に急ぐように歩き始めた。
「あ、おいッ!」
若干、走りかけている美雪に、葵は転ばないように声を掛けようとしたが、声を上げたと同時に美雪は足元の瓦礫に足をつまずかせ、転倒しそうになった。
「あぶねッ」
美雪が転倒しかけたところで、葵は咄嗟に美雪の手を取り、転ばぬよう美雪の体を自分に引き寄せる形で止めようとした。
足元に瓦礫や物が散乱していた為、少しでも膝や手を付けば大けがにはならなくても、擦り傷や切傷になる恐れがあり、咄嗟の判断でもあったため、葵は美雪の手を必要以上に自分の方へと引き過ぎていた。
「あ……」
美雪はあまりの咄嗟の事で、自分の身に起こった事に反応できなかったが、全てが終わったその時、思考がようやく正常に廻り、自分の置かれている現状を察し、思わず声が漏れた。
転倒しかけた美雪を救ったところまでは良かったが、勢いをそのままに美雪の体は葵の体に倒れこむように、そして葵は自ら引き寄せた美雪の体を、抱きかかえるような状態になっていた。
「なッ……!?」
葵は自ら起こしたこの状態だったが、思考が定まらず、ただひたすらに胸の鼓動を早める事しかできなかった。
美雪の柔らかな体が完全に葵に密着しており、美雪の漏らした声も妙に甘く聞こえ、色々な複雑な思いが頭の中を駆け巡り、葵は正直のところ気が変になりそうだった。
「ご、ごめんなさいッ!」
そんな完全なフリーズをしている葵に対して、美雪はすぐに冷静になると申し訳なさそうに、葵から距離を取り、失態を見せてしまった事と、不本意だが抱き合う形になってしまった事に、恥ずかしさを感じ、顔を真っ赤に染めながら、俯き気味に葵に謝罪した。
美雪のそんな声にようやく葵は正気を取り戻し、我に返ったように取繕う様に言葉を必死に捻り出した。
「あ、い、いやぁ、俺こそ悪かった。
ちょ、ちょっと強く引っ張り過ぎた」
時間にすれば一瞬の出来事だったが、葵にとってはその数秒に色々な事が情報として入り過りこみ、脳が若干パンクし、一気にドッと疲労感を感じていた。
美雪と葵はしばらくそのまま、無言で立ち尽くし何も話すことなく、視線も合わせる事は無かった。
段々と思考が定まってくる中で葵は、この状況をおかしく感じ始め、何故美雪はこのまま何も言わずに立ち尽くしているのか、不思議に感じ始めていた。
しかし、そんな葵の疑問もすぐに美雪の言葉により答えが分かった。
「た、立花さん…………、その、手……もう大丈夫です…………」
美雪のかぼそく、恥じらいのあるその声に葵は、何の事だと自身の手に視線を向けると、そこには依然として、転倒を止めるために繋いだ手が、そのままになっていた。
葵はそこで一気に再び恥ずかしさが込み上げた。
「あぁッ! わ、悪いッ」
葵はパッと美雪の手から自分の手を放し、すぐさま謝罪を美雪にした。
「い、いえ……」
葵の反応に美雪も恥ずかしそうに答えるだけで、そのか細い声のまま、「じゃあ、行きましょう……」と短く告げ、葵も美雪に従う様に、亜紀の元へと再び、歩み始めた。
◇ ◇ ◇ ◇
葵と美雪の一騒動から、美雪と葵の二人にしばらくの間会話は無く、探索を進めているとある一つの個室へと至った。
中をのぞくと、ブルブルと震えた亜紀と、亜紀のパートナーとなった長谷川がその部屋にいた。
「あッ! 亜紀ッ!?」
部屋へと到着し、亜紀の姿を見るなり美雪は親友の名前を呼び、自分の名を呼んだのが美雪だと分かると、亜紀は長谷川から離れ、美雪の元へと駆け寄り、美雪に抱きついた。
「美雪~~~~ッ!!
怖かったよぉ~~ッ!!」
美雪に抱きつくなり、亜紀は既に阪奈に状態になっており、力ずよく、安心感を感じるように抱き合っていた
葵はそんな二人を見て、つい数分前の出来事が頭にちらついたが、それを振り払う様に首を振り、そのまま長谷川へと視線を向けた。
「ずいぶんスローペースだな……」
「あははは……、理由はわかるだろ?」
長谷川は若干疲れた様子で、乾いた笑みを浮かべながら受け答えた。
長谷川の疲労は顔からも何となく感じ取れるが、それよりも何よりも、彼の来ていたTシャツが、強い力で引っ張られたかのように、よれよれになっていた。
理由は聞かずとも葵はわかったが、彼の境遇を不憫に感じると同時に、肝試しの始める直前まで、亜紀に服をしがみつかれていた事を、泣いて喜んでいた事を思い出した。
「清水は何であんなに叫んでたんだ?」
葵はずっと疑問だった事を長谷川に尋ねると、長谷川は疲れた声で「あれだよ」と短く答えながら、部屋の一角を指さした。
葵がそこに視線を向けると、そこには身の丈ほどの大きな鏡がおいてあり、これもまた、葵は事情を具体的に聞かずとも、何があったかを察した。




