俺より可愛い奴なんていません。8-12
「えぇ~っと、まずは今回のルートの確認な?
これ、先生たちで作ったコース用のマップだからこれを頼りにゴール地点まで行ってもらう」
真鍋はそう言いながら、自身が持っていた紙を順番に葵達へと渡していく。
葵はそれを受け取り、紙を見るとそこには可愛いイラスト付きのマップが印刷してあり、手作りにして出来が良く、初めてここへ訪れる者にわかりやすいものになっていた。
そして、葵はそれを受け取ると、気の抜けた様子で真鍋に小さな疑問をぶつけた。
「先生? このマップって今年作ったんですか??」
「ん? あぁ、まぁ、そうだな……。
去年の生徒も肝試しはやってみたいだけど、場所が違うみたいだしな」
「ふ~~ん。
今年、初めてやるコースにしては詳細書いてありますね。
去年、下見したとかですか??」
「いや、今年行く先生方の思いつき」
「はぁ……?」
何気ない質問をぶつけた葵だったが、真鍋から思いがけない答えが返ってきたことで、一気に不安を感じ、不穏な空気が立ち込めた。
「今回初めてで、去年の下見無くこの地図作ったのか??
だ、大丈夫か? 誰かここに詳しい先生がいて、その人が書いたとか??」
葵の口調は段々と砕けていき、友達と会話するような、そんな距離感の言葉遣いへと変わり、葵は迷子になる事だけを一番に恐れていたが、それが現実になりそうな雰囲気が立ち込めてきたため、不安そうに再度確認するように、真鍋に尋ねた。
「立花……。
今のツールは凄いんだぞ? ストリートビューを使えば……」
「Goo〇le Eart〇h…………」
真鍋の言葉を遮るように、葵は冷たく呟くように言葉を言い放つと、辺りの雰囲気は一層悪くなり、真鍋に葵達の冷たい視線が突き刺さった。
「い、いやいや、俺じゃないからな? これ提案したの!
新任の、しかも担任持ってない先生にそんな企画立てられないから……」
真鍋は自分で言っていて少し悲しく思えたが、そんな気持ちよりも、葵達の疑惑の視線をどうにか無くす事の方が今は優先だった。
真鍋のそんな必死な弁明に、葵は誰がこの提案をしたのか何となく察しがついていた。
「俺らの担任か……?」
自分の学年を担当する教員の姿を頭に浮かべた時、計画性の無い行き当たりばったりな事をするのは、美雪と葵の担任である山中以外に思いつかず、真鍋に答え合わせをするように呟き、尋ねた。
真鍋はそんな葵の鋭い質問に、苦笑いを浮かべ曖昧な返事をしてごまかそうとしたが、そんな誤魔化しで騙される生徒は、誰一人としていなかった。
「この地図ホントに大丈夫なのか??
いくらストリートビュー使ったとはいえ、あれは昼間の写真だろ?
夜とじゃ雰囲気変わるし、迷子になるだろ?」
「も、ももッ、問題ない! 多分……。
それに、今回の旅行は事前調査だ! 本番の旅行で、この地図で迷子にならないか検証する事も調査の一環だ!
本番で何かしらのガイドラインとかが必要になってくるか、確認する為でもある。
迷いはするかもしれないが、迷子にはならん」
「めちゃくちゃだ……」
真鍋も自分の言っていることが途中おかしいと感じながらも、事前旅行前に先輩教員である山中に、言われた事をそのまま葵達に告げた。
結果的に言えば、今回の肝試しで、葵達が迷いそうになったところを洗い出し、本番の肝試しの際、ゴールへ向かうための何かしらの案内が必要になってくるかを知るために、今回葵達にルートを回って貰るという事だった。
ストリートビューで作った地図だったが、地図はかなり明細になっており、地図が合っているのであれば迷う心配は、さほど感じられなかったが、それでも初めての道を行くことは葵を含め、生徒達には若干の不安が残った。
「肝試し本番の時に生徒達が迷わないように、まず俺たちが迷えって事かい……。
山中も抜けてんなぁ~~」
「いや、でもほら! 地図ちゃんとあるから!!
先生、それ何日も徹夜して作ったから、大丈夫!」
企画立案が山中だと知り、葵の気分は落ち込んでいたが、真鍋はそれをフォローするように、葵達に告げ、葵は再び手元に持つ地図へと視線を向けた。
真鍋の言う通り、本当によくできた地図であり、言ったことも無い場所をここまで詳細に、きちんと記してある地図を作るために、真鍋が努力を尽くしたのは、それを見れば明確に分かる事だった。
「ま、まぁ、携帯も持ち歩いたまま探索してもらうが、県外になるっていう心配もおそらくないだろう!
何かあれば、先生の連絡先を教えてあると思うから、連絡するように!!
それじゃ、順番を決めるぞ?」
今回の旅行の初日、二日目、三日目と引率である真鍋と離れることが度々見受けられていたため、旅行に来ている全員とは連絡できるように、連絡先をきちんと交換しており、緊急時の対応もされてはいた。
真鍋の一連の話を聞き、葵と同じように不安を抱える者も存在したが、どちらかと言えば、夜の探索に好奇心を持っている者も多く、そこまで深刻な問題にはなっていなかった。
「じゃあ、松野さん!
僕から離れないようにねッ!」
「おッけ~~! 私、あんまり地図得意じゃないからよろしくねッ!?」
「清水さんも大丈夫?」
「だ、大丈夫じゃない……。
基本薄目で付いてくから誘導して……」
前野と晴海、長谷川と亜紀は、それぞれコンタクトを取り、方針を決めている様子だった。
そして、亜紀の反応を見て、長谷川は再び天を仰ぎ涙を流していた。
そんな長谷川達から視線を切り、隣にいる美雪に葵は視線を向けた。
「真鍋はあんな事言ってたけど、迷子の可能性は充分あるからな?
あんま俺から離れるなよ」
「え…………?」
葵は深く考えず、自然に美雪にその言葉を送ったが、よくよく考えればかなりこっぱずかしい事を口走っており、葵が気が付いた時にはもう遅かった。
「あ……、いや、ちがッ……!」
美雪は目を点にし、驚いた表情を浮かべており、葵が咄嗟に声を上げ、弁明しようとしたが、言葉は上手く出ず、そんな葵の言葉を遮るようにして、今度は美雪が声を上げた。
「はい!」
短く一言だったが、美雪の頬を少し赤く染め、恥ずかしそうにしながらも、はっきりと笑顔で嬉しそうに答える美雪を見て、葵は弁明する事を忘れ、美雪の表情を直視できず、思わず視線を逸らした。
「わ、分かればいい……」
葵は変な空気にならないよう努め、必死に言葉を捻り出したが、無難な受け答えしかできず、結果としてその言葉を最後に沈黙が流れ、妙な雰囲気で会話を終えていた。
依然としてぎこちない距離感だったが、葵も美雪もそんな雰囲気を嫌に感じてはいなかった。




