俺より可愛い奴なんていません。8-5
◇ ◇ ◇ ◇
亜紀と葵の思惑通り、美雪と真鍋は二人きりで買い物に行くこととなり、黛に買ってきてほしい物を確認し、美雪達はお店が多く立ち並ぶ、商店街へと訪れていた。
そして、そんな二人を尾行するようにして、怪しい二人組が美雪達の後を付けていた。
「ねぇ……、これで本当に分かるの??
てゆうか、距離空け過ぎでしょ? この距離じゃ全然二人の会話が聞こえないじゃない……」
「しょうがねぇだろ。
これ以上は近づけねぇぞ? 別に俺たちは変装してるわけでもないんだから……、一発で見つかる」
真鍋と美雪の後を付けるようにして、十分な距離を開けていたのは、今回の件を企てた亜紀と葵だった。
亜紀は不満げに葵に告げるが、葵の答えるように、接近は気づかれる可能性があり、とてもじゃないが、変装も何も施していない二人が、これ以上の距離を詰めることが出来なかった。
「てゆうか、アンタさぁ?
美雪達を追う時に、晴海達に言ったあの言葉、何なの??」
一度不満を漏らした亜紀は、思い出したかのように、数分前の出来事について話し始めた。
◆ ◆ ◆ ◆
巻き戻る事、数分前。
亜紀と葵は自分たちの思惑通りに、美雪と真鍋を別行動にさせることに成功した。
しかし、別行動にさせることは手段の一つであり、目標はあくまでも美雪の本音を知る事。
もちろんその為には、美雪達の尾行が必要であり、長谷川や晴海のいるこの場から、上手く抜けるための口実が必要だった。
美雪が抜けたことで、人数は奇数になり、Bloomの仕事が今日は終わっている静を仲間に入れるかどうかの相談を、晴海達がする中、亜紀はどうにか抜ける為に、思考を巡らしていた。
どんどんとこれからの予定が決まっていく中で、晴美はすぐに静に声を掛け、静もそれを承諾し、益々抜けにくくなる状況の中、声を上げたのは焦る亜紀ではなく、葵だった。
「あぁ~~、悪いけど、俺と清水は抜けてもいいか?」
葵は言いずらそうにしながらも、堂々とこの場にいる全員に聞こえる音量で発言した。
葵の単刀直入な物言いに、亜紀は驚きの表情を向け彼に、視線を向けていると、当然の質問が晴海から投げかけられた。
「え? どうして?
なんかあるの?? あっちゃんも一緒に……」
心の準備も、何を口実に抜けるかもまだはっきりと決めていない亜紀は、その質問を聞き、心臓が大きく跳ねるような感覚を感じ、ゆっくりと恐る恐る晴海に視線を向けると、晴美は亜紀にも視線を送っていた。
「あ、あはは……、ちょ、ちょっとね…………」
亜紀は乾いた微笑みと、中途半端な答えしか晴海に返すことが出来ず、亜紀のそんな反応を見て、晴美は益々不思議そうに、亜紀の目から見ても疑問がどんどん深まっている事は明確だった。
晴海の質問には、長谷川や前野、これからビーチバレーに参加する静も注目しており、葵と亜紀はその視線を一身に受けていた。
その中で、再び葵は口を開いた。
「いや、まぁ、自由時間て今日も含めて、明日の最終日しかねぇだろ??
そうするとさぁ、あんま時間取れないかなって……」
「んん??」
葵の抽象的な話し方は、晴海を益々困惑させ、依然として注目を集め、葵が何を言うか全く想像付かない亜紀も、葵に注目していた。
「いや、まぁ、なんだ……。
その、デートとかする時間がな?」
「へ……?」
「は?」
葵が頭を軽くかくような素振りで、少しけだるげに、淡々と発言した言葉に、晴美はもちろん、何も聞かされていない亜紀もまた、思わず声を漏らし、驚いた表情で葵に視線を向けた。
少しの間、葵達の間に静かな時間が流れたが、その時間は長くは続かず、すぐに多くの人の驚きの声で、沈黙は破られた。
「えぇぇぇッ!? ど、どうゆう事ッ!?
デートって言ったよねッ!?」
「おぃ……、嘘だろ? 立花…………。
俺たちは、修学旅行の事前旅行として、この沖縄に来てるんだよな??
お前だけ、彼女のとのデートも兼ねて来てるなんて事……、ないよなぁあッ!?」
晴海は自分の耳を疑いながら、葵にもう一度先程の言葉を尋ね、前野は既に気落ちしており、テンション低く、悲観するように再度葵に尋ねた。
「ちょっ……!」
事態がどんどん悪い方向へと進んでいく中で、ようやく亜紀が声を上げたが、そんな声を遮るようにして、葵は答え始めた。
「まぁ、なんにせよ悪いな?
バレーは俺と清水抜きでやってくれ……」
葵は簡単にそう言い切り、会話を切り上げると、亜紀に一言「行くぞ……」と声を掛け、困惑する晴海達に背を向け、そそくさと歩き始めた。
葵のその行動に晴海達は、更に困惑し、亜紀はその狭間で両方にしきりに視線を、キョロキョロと向けながら、自分が今するべき最善の行動を短い間で、必死に考えた。
「あ、いや、晴海?
あのバカはデートって言ってたけど、ただの買い物だからッ!?」
「買い物って、明日もするじゃん…………」
「あぁ~~、いやぁ~~、まぁ……ね…………?
あ、後でちゃ、ちゃんと説明するからッ!?」
葵がどんどんと晴海達から離れていく中で、弁明をしてから彼を追いかけるつもりだったが、とてもじゃないが、短い間で誤解を解くことが出来ず、あの冗談をあまり言いそうにない葵が、そういう事を言ったという事が、余計に信憑性を高めていた。
晴海達は依然として困惑し、長谷川達と共に様々な論争を繰り広げた。
「葵…………」
ワイワイと声が飛び交う中、葵とその後ろ追う様にして駆け寄る亜紀の姿を見て、静はただ一人、葵の名を小さく呼ぶように呟いた。
◆ ◆ ◆ ◆
「普通さぁ、あんな理由付けないよね??
後の弁解とかめんどくさく、ならないわけ??」
亜紀は思い返しても腹の立つ先程の出来事を、依然として不満な態度で、葵に言葉をぶつけた。
「別に? お前と勘違いされるのは心外だけど、言わせたい奴には言わせれば?
噂されるのには慣れてるし、今に始まった事じゃ……」
葵は話の途中で言葉を切り、何かを見つけた様に近くのお店へと向かって行き、そんな葵に気付かなかった亜紀は、葵の文句を呟き続けた。
「無神経なアンタはそれでいいかもしれないけど、私は死ぬほど嫌なんだけど??
弁解するの手伝ってよ?
大体、さぁ…………」
亜紀の話へ耳も傾けずに葵は手早く、お店で見つけたものを2人分購入し、依然として美雪や真鍋の動向に目を光らせる亜紀の元へと戻った。
「おい、これ付けろ……」
お店も近いところにあり、一連の動作に数分しか要さなかったが、亜紀は依然として不満を零しており、そんな亜紀に葵は言葉を遮るようにして、自分が買った物を亜紀に一つ手渡した。
「――これって……、帽子と、サングラス……?」
葵が亜紀に渡したのは、柄の入ったキャップと、ピンク色の淵をした、いかにも南国といったド派手なサングラスだった。
レンズの周りハートマークになっており、女性が好みそうな見た目をしていた。
亜紀がサングラスと帽子を手にし、呟きながら葵へと視線と移すと、そこには既にド派手な黄色い淵に、レンズの周りが星のマークになっているサングラスとキャップを着用した、葵の姿がそこにあった。
葵は亜紀にこれで、外見で二人だとバレないように変装するつもりでいた。
幸いにも、旅行中はお互いに私服であった事もあり、至近距離まで近づかなければ、バレる可能性は無いように思えた。
「これで変装して、もっと近づくってわけね……」
「あぁ、そうだ。
分かればとっとと付けろ……。
近づくぞ……」
葵の意図が亜紀へと伝わったのを葵は確認すると、亜紀にせかす様にそう告げた。
「ちょっと待って…………」
「なんだ?」
先程まで一定の距離を保っていた間隔が、離れ始め、少し焦っていた葵は、その様子を声からも感じさせながらも、呼び止める亜紀へと振り返った。
「交換」
亜紀はそう一言、ハッキリと言いながら、葵のサングラスを指さし訴えた。
葵はすぐに亜紀のその言葉の意味することが分かったが、急いでいる中で指摘されたことで、葵は若干イラつきを感じていた。
(なんで俺がピンクでハート型のサングラスを……ッ!!
クソッ……、それでも今は争ってる場合じゃない!)
葵は胸の内からふつふつと湧き上がる怒りを抑えながら、亜紀の指摘に渋々従った。




