俺より可愛い奴なんていません。7-26
「昨日の事ってなんだ?」
葵は美雪に昨日、静に尋ねると話した内容が思い浮かばず、美雪に素直に聞きなおし尋ねた。
「え? まさか忘れたんですか??
今日の朝もわざわざ私はアシストしたのに……?」
「悪い……。ホントに覚えてない……」
葵は美雪に尋ねられるまま、当時の事を思い出そうと思考を巡らせたが、答えは出ず、検討すら付かなかった。
何度も尋ねた美雪は葵の反応に対して、一瞬固まった後。「そうですか……」と元気のない声で一言呟くと、明らかに落胆したような暗い雰囲気を漂わせていた。
「な、なんだ?
そんな重要な話、昨日したか??」
美雪の落胆ぶりに葵は、急に不安になり、美雪を気遣うように再度尋ねると美雪はゆっくりと話し始めた。
「昨日小竹さんに聞くって言ってたじゃないですか……。
ほら、昔、立花さんと仲が良った方と同一人物なのかって…………」
「あ、あぁ~~、その話か……」
「あぁ~~って、忘れてたんですか??」
葵は昨日の夜の時点では、尋ねるのにそれなりの覚悟をしていたが、いざ当日のその時になると覚悟するまでも無く、意外にもすんなりと事の真相を尋ねることができ、今の今まで、昨日の夜に美雪と尋ねると、約束していた事を忘れてしまっていた。
「いや、別に忘れてたわけじゃない。
きちんと聞いたよ?? まぁ、俺からってわけじゃなかったけど……」
「聞かれたんですか!?
それで!? どうだったんですか!?」
葵がポツポツとその時の事を話すと、今まで暗い雰囲気だった美雪は興味津々で話に食いつき始め、葵に言葉を促す様にして、話の続きを尋ねた。
「どうだったって……、まぁ、想像通りだよ。
俺の知ってる静だった」
「え……? それだけですか??」
「は?」
葵は特に美雪の喜びそうな、とゆうよりもそもそも誰かに話しても面白そうな出来事というのは、その時には起こってはおらず、質問要件だけを素直に答えた。
しかし、美雪は納得がいっていない様子で、お互いに聞き返す形で、頭の上に?を浮かべるように、首を傾げた。
「いやいや、数年ぶりに出会う幼馴染ですよッ!?
それだけなはずがないですよねッ!?」
「そんなもんだろ? 普通……。
大体、久しぶり会う友達になんて大体が、お互いに上手く距離感を掴めないものだろ??
男女なら余計だし…………」
「いや、おかしいですッ!
もっとなんか色々話したはずです!
小竹さんも話したがってる雰囲気でしたし……。
私は幼馴染だって事知ってるんですから、隠さなくてもいいじゃないですかッ!?」
葵は思い返しても、わざわざ美雪と話題にするような事は思い当たらず、再度その当時の詳細を語ろうとはしなかったが、珍しくその事に対して美雪は引き下がる事は無かった。
そしてそんな美雪に対して初めて葵は、ムッとした表情を浮かべ、少し彼女に苛立ちを感じていた。
「だから何も無いって……。
そっちこそなんかあったんじゃないのか??」
「え…………?」
葵の思わぬ反撃に、美雪は思わず声を漏らし、葵が何の事を言っているのか分からないという表情で、葵の事を見つめたまま固まった。
そして、葵はそのまま言葉を続けていった。
「恩師なんだろ? 真鍋……。
清水から聞いたぞ。
前に真鍋が赴任してた時は、慕ってたって…………」
葵はおそらく出会って初めて美雪に負の感情をぶつけた。
今まで一度も美雪には取らなかった、そして、葵が以前まで殆どの女性に向けていたような雰囲気を纏いながら、美雪に不満感を持ちながら追求した。
「いや、それこそ何も大したことは無かったですよ…………」
葵の雰囲気が変わったのを感じたのか、美雪は少し声のトーンを落とし、小さく呟くように答えた。
「でも、久しぶりに結構会話を交わせたんじゃないのか?
この旅行に来てからもそうだったけど、なんだかんだであんまり会話出来てなかっただろ??
学校でだって真鍋は女子生徒に人気だからな……、そうそう話せないだろうし」
葵は美雪の方へ視線もくれず、自分でもなぜこんな事を言ってしまっているのか分からなかったが、それでも一度口を付いた言葉は止まることは無かった。
そして、葵が全てを言い終えると、二人の間には静寂が流れた。
今まで何を言っても、レスポンスが返ってきたはずの美雪から、何も返事が返ってこず、葵はすぐにその異変に気付くと美雪に視線を向けた。
すると、そこには悲しい表情を浮かべた美雪の顔がそこにあった。
「本当に…………なにも無かったんですよ……?」
美雪は葵と視線が合うと、柔らかい口調でそれでもはっきりと、葵から視線を外すことなく、その一言を答えた。
葵はその言葉と、美雪の悲し気に、それでいて柔らかく微笑む美雪の表情を見て、何も答える事が出来なかった。
美雪のその言葉の真意や背景は、葵には想像も予想も付かなかったが、ただ美雪の「信じて欲しい」という気持ちだけは、痛い程伝わった。
そして、美雪にこんな表情をさせ、こんな言葉を言わせてしまった事に対しての、激しい後悔が葵を襲った。
「あ、いや……」
葵は何とか必死に言葉を出すが、上手く言葉は出ず、そんな葵の言葉を遮るように、美雪は続けて声を上げた。
「今日はもう部屋に戻りますね……。
今日も付き合ってくれて、ありがとうございました」
美雪は腰を掛けていた椅子から立ち上がり、その一言を告げると葵に優しく微笑み、その場から立ち去るように、部屋へと戻っていった。
そして、葵はそんな美雪を止める事が出来ず、別れを告げた美雪の声が少し震えていたのを、葵は聞き逃すことが無く、ずっと耳に残り続けていた。
「何やってんだ……俺は…………」
数分前までの楽しかった雰囲気を、今では微塵も感じられず、葵はただ誰もいないその中庭で、1人虚しく呟いた。
◇ ◇ ◇ ◇
桜木高校 修学旅行組 女子部屋。
美雪は葵と別れた後、1人部屋に着き、部屋の扉をゆっくりと、なるべく音を立てないように開け、暗闇の部屋の中へと入っていった。
部屋では、決められた就寝時間を守り寝ている、同じく事前旅行に来た亜紀と晴海が部屋で寝ていた。
その2人を起こさず、最新の注意を払いながら、美雪は部屋の1番奥にある、自分のベッドを目指し、部屋を入って2つ目のベッドである、亜紀が寝ているベッドを通過した。
自分のベッドがすぐ前へと来ると、美雪は不意に他の女子生徒から呼び掛けられた。
「なに? 美雪?
今日も夜更かし……??」
「え!? 亜紀?
あ、ごめん、起こしちゃった??」
こっこりと部屋へと戻ってきていた美雪に、声を掛けたのは亜紀であり、美雪は自分が起こしてしまったと思い、すぐさま亜紀へと謝罪した。
「あぁ、いや別に謝んなくてもいいよ。
アタシ、眠り浅いけどすぐに寝付けるし……。
とゆうか、美雪は夜の旅行を満喫してるね〜?」
亜紀はニヤニヤと笑みを浮かべながら、美雪へとそう告げた。
昨日から美雪が、夜な夜な部屋を出ていっていた事を亜紀は知っており、それでも初日は、部屋に帰ってきた美雪がニコニコとしており、誰がどう見ても楽しそうに見えた為、2度目だったが、亜紀は今日も部屋から出る美雪を止める事はなかった。
「え? あ、ま、まぁ……ね??
旅行に脱走は付き物だからね!」
亜紀のニヤニヤとした表情からからかうような一言に、美雪は少しぎこち無い返事を返し、美雪のその反応を亜紀は見逃さなかった。
美雪は昨日とは違い、顔は笑ってはいるが、心から笑っているようにはあまり見えず、笑顔に影があるように見えていた。
「どうしたの?
何かあったの??」
「え? な、なんでもないよ〜ッ!
それじゃ、私は寝るねッ!?」
気丈に振舞ってはいたが、亜紀の目は誤魔化す事が出来ず、美雪が無理をしているように見え、またその原因は、初日は笑顔で戻ってきたはずの、夜の散歩が原因だとすぐに突き止めた。
話を切り上げられてしまってはいたが、美雪の様子がおかしいのは亜紀の目から見て、一目瞭然だった。
「立花か…………」
美雪は何があったか、まるで何の情報も与えなかったが、亜紀は原因が誰なのかすぐ分かっていた。
初日に関しては、美雪が葵と仲良くしていた事は知っていたが、美雪が楽しそうだったのを見て、亜紀は葵が嫌いでも何かを答えることなかったが、美雪の今日の表情や雰囲気を見て、亜紀の考えは180度変わっていた。




