俺より可愛い奴なんていません。7-22
葵と静、椿のお土産選びは、所々不穏な空気も流れる事もあったが、比較的には楽しい雰囲気のまま、蘭のお土産を選ぶことが出来た。
しかし、食べ物以外でのお土産を上手く選ぶことが出来ず、葵達は無難にご当地のお菓子をお土産として選んだ。
「結局、お菓子になっちゃったね……」
静は苦笑しながら、少し残念そうにそう呟いた。
「まぁ、食い物なら姉貴も文句言わないだろうし、問題ないだろ……。
一応、お菓子の箱もそれなりに可愛いらしくて、使いやすい物を選んだし」
葵は、少し癖のある姉な為、食べ物のお土産でも、柄の良い箱を使用している物を選び、二段構えで姉の期待に応えるようとしていた。
「うん。
私も兄さんの考えで間違いないと思うよ。
お姉ちゃんの好きそうな物は何個か見つけられたけど、どれもお土産としては異色だったしね……。
お姉ちゃんの期待は外さないと思えても、常識が邪魔して買う勇気は出ないよ…………」
「酷い言い様だけど、否定はできないな……」
椿も最初に訪れたお土産屋さんで、蘭の好みそうな物をいくつか挙げてくれたが、変な物過ぎて中々葵は購入にまで踏み切れず、結果、お菓子の箱を椿に選んでもらったりしていた。
センスの良い椿が選んだという事もあり、お土産の箱ではあるものの、小物入れとして使いたくなるような、そんな素敵な箱だった。
「唯一、あのシーサーマスクだけは、買おうか迷ったけどな」
「買えばよかったのに~~。
地元のちょっとした名物だよ?」
「また、今度な……」
葵はお土産を選ぶ際に、静の使用した事のある美容マスクだけは購入しようか、悩んでいた。
葵が言葉をこぼす様に、迷っていた事を告げると、静は勿体ないと言わんばかりに葵に訴え、そんな静を見て、葵は苦笑いを浮かべながらそう呟き、答えた。
「それより、兄さん?
時間は大丈夫なの??」
椿に諭されるように告げられると、葵はポケットから携帯を取り出し、時間を確認した。
「あ、あぁ~……、もう時間的に厳しいな……。
ごめんな、椿。
そろそろ戻らないと……」
「別に良いよ、いつでも会えるし。
それより、一つ気になってるんけど、お店ってどこ?」
「ん? えっと~。
あそこら辺にある、Bloomっていうお店」
「ふ~~ん」
葵はBloomのある浜辺の方角を指さすだけで、雑な説明だったが、椿はその説明で文句を言うわけでなく、自分から聞いておいて、興味無さそうなそんな返事を葵へ返した。
葵はそんな椿を不思議に見つめながらも、時間も差し迫っていたため、特に何故そのことを聞いたのかの追及はしなかった。
「あ、ごめん葵……。
ちょっと、お手洗いいいかな??」
お店に戻ろうと葵が思ったところ、静が声を上げ、顔を少し赤らめ、恥ずかしそうにしながら葵にそう伝えた。
「ん? あぁ、トイレか……。
わかった、ここで待ってる」
「もうッ! わざわざ言い換えなくっていいよッ!!」
葵のデリカシーの無さに、静は少し怒ったようにそう告げ、駆け足で近くの公衆トイレへと向かって行った。
「お兄ちゃん……、相変わらずそういうところは、空気読めないね……」
トイレへと向かって行った静を、姿が見えなくなるまで見送った後、椿は一つため息を付きながら、呆れた様に、葵に告げた。
椿は二人っきりになると、葵の呼び方を変え、家でいつも呼んでいるように、葵の事をそう呼んだ。
これは椿の癖で、よくある話だが、幼いころ、椿がまだ中学生だった頃に、自分の周りの友達が、自分の兄の事を「お兄ちゃん」などと呼ばなくなっていったのを皮切りに、椿も周りに合わせるようにして、葵の呼び方を変えていった。
椿の中では、周りの恥ずかしいからという理由で変えていく事を、上手く納得する事が出来なかったが、それを原因にバカにされることも嫌だった為、周りに合わせるようにして、人前では、葵の事を『お兄ちゃん』とは呼ばなかった。
ただ、椿の中で葵の事をカッコよく『兄貴』とは呼べず、妥協した上での呼び方が椿の言う『兄さん』だった。
「別にこういうところは空気とかじゃないだろ……。
こればっかりは、男の子だからしょうが無いんだ」
「お兄ちゃんの今の恰好で、男の子とか言われてもねぇ……。
女の子にしか見えないよ……、もう変態だよ…………」
葵の女装には、家族であるため他の人よりは、耐性があるとは言え、葵の女装をこの世で一番認めていない椿は、やはりよく思っていない様子でそう答えた。
「ねぇ、それより、お兄ちゃん……。
ずっと気になってたんだけど聞いていい??」
椿は少し間を置いた後、落ち着いた声ではっきりとした口調で、葵に尋ねた。
椿の口調から、これから真面目な話をするのは顔を見ずとも感じ取れ、葵はその内容が静に関係してくる事なのだというのは、すぐに理解することが出来た。
「なんだ?」
葵は、静が椿に自分が昔馴染みの友人だという事を、伝えられるのを嫌がっていた節が見え、この件に関しては自分からばらす事ではないと、しっかりとした考えを持っていた。
その考えは揺らぐことなく、葵は椿に質問の内容を尋ねながらも、なんと答えようかと思考を巡らせていた。
「あの小竹さんって、お兄ちゃんのなんなの??」
椿の質問は、葵の思っていたよりもストレートで、長々と質問をいなしながら、はぐらかそうと考えていた葵は、少し面をくらっていた。
「なんなのって言われてもなぁ~~。
ただの友達としか……」
「お兄ちゃん、女の友達いるの?
第一、仮にいたとしてもなんで下の名前で呼んでるの??」
葵はとぼけた様に言いながらも、思考を巡らせ、静がトイレから戻ってくるまで、時間稼ぎをする事も作戦として視野に入れ、そんな葵に対して、椿は余計な質問はしない姿勢で、素直にズバズバと質問を投げかけた。
そして、葵は初っ端の質問から、いきなりたじろいだ。
葵も静も、お互いに一緒に時間を過ごしていく事で、すっかり昔の距離の近い関係へと戻っていき、葵も注意はしていたが、椿の前で何度か、静と呼んでしまっていた。
対して静の方はと言えば、椿に自分が安藤 静だとバレたくないと、態度に現していた割には、椿の前で葵を下の名前で呼び、注意をしないというよりは、意図的に呼んでいるようにも見えた。
葵は内心、そのことを思いつき、不思議に感じそちらの方に思考が移り始めたが、グッと堪え、いかに弁明するかの方に思考を戻した。
「最近は交流的になったんだよ……。
確かに、俺で考えたら友達は言い過ぎたけど、別に嫌い合ってる仲じゃないよ。
下の名前に関しても、フレンドリーな人だったら呼ぶ人は呼ぶだろ??」
「ふ~~ん。
まぁ、確かに最近のお兄ちゃんは、少し変わってきてるとは思うからね……。
お兄ちゃんの文化祭の時も、なんか女の子連れてたし…………。
なんて言ったっけ……? 橋本さんとかなんとか……」
葵はちょっと苦しいかと思ったが、椿は少しは納得してくれ、嘘だと突っ張ってくることは無かった。
しかし、椿の思い出したように言った最後の言葉で、葵は少し驚き思考が乱された。
確かに葵は、桜祭のミスコンの発表が終わった時に、蘭に会いに行く際、美雪も連れて姉の元へと訪れていた。
「そういえば、あの女の人も旅行来てるの?」
「ん? あ、まぁ、実行委員だから来てるな…………」
椿は葵の顔から視線を逸らさず、一挙一動を見逃さないように、観察する様子で、葵に尋ね、葵は感情を表面には出さないに務めていたが、思わぬ方向に会話が飛んだ事で、動揺していた。
「ふ~~ん、まぁいいや……。
で、さっきの話に戻るけど、お兄ちゃん、あの小竹さんって人を何回か、静って呼んでたよね??」
椿は、これで決め手と言わんばかりに、依然として葵の様子を見ながら、一番尋ねたかった事を尋ね始めた。
椿は高い確率で、先程の静が椿もよく知る安藤 静なのでは無いのかと疑っており、椿の質問で葵は椿がある程度目星がついているのだと、改めて理解した。
「静って呼んでたな……」
葵は冷静に務め、決して動揺している様子は見せず、淡々として事実だけを答えた。
「あの小竹さんが、お兄ちゃんを葵って呼ぶのは、理解できるけど、なんでお兄ちゃんも下の名前で呼んでるの??
ずっと、思い当たる節があったんだけど……。
さっきまで一緒に買い物していたのは、静お姉ちゃんじゃないの?」
椿は真剣な表情のまま、葵に真摯にそう告げた。
そして、葵は覚悟していたが、ついにその質問が来たかと、身構えながらも、何年かぶりに聞く、椿の静への愛称を聞き、懐かしくも感じていた。




