俺より可愛い奴なんていません。7-20
葵と静は、葵の担当した水着コンテストの参加者2人から声を掛けられ、その後も基本的にはイベントについての話だったが、たわいも無い会話を交わしていた。
「よし、そろそろ私達もいこうか!」
それなりの時間会話を楽しむ、葵達に声を掛けてきた1人の女性が、携帯の時間を確認し、そう告げた。
「そうだね〜、あんまり長居するのもあれだしね〜〜。
ありがとうね! 2人とも話してくれて、それと、改めて新人君ッ!?
メイクと髪のセットありがとねッ! すごい記念になったよ!!」
「いえいえ、こちらこそありがとうございます。
凄くいい経験になりました」
葵と静は、相手が年上と言う事もあり気を使う所もあったが、それでも会話自体は楽しめ、苦なんかでは間違ってもなかった。
「あッ! そういえば、写真ッ!?
まだ、一緒に写真撮ってないよッ!!」
葵と1人目に担当した女性と会話を交わしていると、もう1人の女性が思い出したように声を上げた。
その声を上げた女性の言葉を聞き、葵もそういえばと思い出した。
声を上げた女性は葵が2人目に担当した女性であり、葵がコーディネートを終えた時に後で、一緒に写真を撮ろうと約束をしていた。
「そうですね、まだ撮ってなかったですね……。
撮りましょう」
葵は女装をしている際に、見られる事を快感としている事もあり、写真を撮られる事は嫌いでは無く、女装をしている時に鍵っていえば、寧ろ写真は好きな方だった。
葵は丁寧な口調ながらも、乗り気でその申し出を受け入れた。
「あ、じゃあ、私撮りますよ!」
女性2人が、メイクや髪のセットをしてくれた、新人スタイリストと思われている葵と、写真を撮りたがっていると、静はすぐに察すると、清く気を利かせ、自分が撮影側を申し出た。
「え……? う、うん、じゃあ、お願いしようかな〜」
静を含めた4人で、撮るつもりがあったのか少し困惑したような、申し訳なさそうに静にそう告げ、携帯を撮影モードにするとそれを渡した。
「いや、静も一緒に撮れば?」
携帯を女性が静に渡した瞬間、葵は不思議そうにしながらそう声を上げ、そして、辺りを見渡すと近場にいた若い男性2人組みに声を掛けた。
「すみませ〜〜ん! 写真いいですか〜?」
葵はいつもの中性的な声を、どちらかといえば女性らしい可愛らしい声のトーンへと変え、そう告げた。
葵が声を掛けると男性2人は、ニコニコと気前よく「いいよ〜いいよ〜」と答えながら、葵達に寄ってきた。
葵はわざと男性に声を掛けており、美人な女性3人と、女性にしか見えない美人な男性に声を掛けられて、断られることは無いとそう踏んでいた。
葵は完全に乗り気であり、少しテンションが上がっていた。
「ほら、静こっち!」
若干下心が見え隠れしていたが、静は男性に携帯を渡すと、葵に呼びかけられ、手を引かれた。
葵は女性らしい声真似をそのままに静を呼んだ。
「あ…………」
静は不意に葵に手を握られた事に、驚きながら思わず声を漏らし、葵の見た目はどこからどう見ても、女性にした見えなかったが、手を握られたその瞬間、一番葵の男性と認識した。
握られればハッキリ分かる、少しゴツゴツとした男の手に、静は視線を落とした。
葵は何気なく静の手を引き、自分の隣へと立たせると、そんな静と葵を挟むようにして、両脇に他の女性陣が位置どった。
「はいは〜い、それじゃあ、カメラ見てね〜」
カメラマン役を与えられた男性は、終始笑顔で、葵達にそう呼びかけた。
「ほら、静、カメラッ」
「え……? あ、うん……」
葵にそう言われ、静はまだ呆然とした様子で、カメラの方へと視線を向けた。
「はい! チーズッ!!」
男性のその声に、反応するようにして、四人はカメラへと視線を向け、各々のポーズ、そして笑顔を浮かべ、写真を撮った。
「んん~~? 君~~、ちょっと笑顔固いかもねぇ~?
ほら、リラックス! リラックス!!」
カメラを持った男性は、そう言いながら、静の笑顔を指摘した。
「あ、あぁ……ごめんなさい」
「それじゃあッ! もう一枚いくよ~!」
男性の声にもう一度反応するようにして、再び4人は笑顔でカメラに視線を向け、静は少し顔を赤らめながらも、今度こそはきちんと笑顔を浮かべる事ができていた。
◇ ◇ ◇ ◇
写真を撮り終えた葵と静は、声を掛けて来てくれた二人の女性と別れ、再び二人きりの状態へと戻っていた。
しかし、最初の頃のような妙な気を使った雰囲気はもうなく、昔の幼馴染だった頃の雰囲気に戻りつつあった。
「んん~~、まだ、お店は始まるまでもう少し時間あるね……。
どうする? これから……」
静は携帯で時間を確認しながら葵へと尋ねた。
周りには、同じBloomで働く従業員の姿があったはずだったが、静と葵が話し込んでいる間に、それぞれ時間を潰すために、遊びに出て行ってしまっていた。
葵は周りに、知り合いが残っていないのを確認すると、静かに考えこんだ。
「今から海出るのもなぁ……、ていうか、俺、この格好じゃ海出れないし……。
適当に出店回るか?」
「あ……、ごめん。
今、私財布無いや……。
イベントでるからお店に置いてきちゃった……」
葵の提案に静は若干申し訳なさそうに、答えたが葵は別にその事を気にしている様子はなかった。
「あ~~、別にいいよ。
そんな高いもん買うわけじゃ無いし……」
「え!? 悪いよッ!! 後で返すからッ!!」
「そ……、それなら別にそれでもいいけど……。
それじゃ、行くか?」
「うん…………」
葵の誘いに静は小さく、葵にも聞こえるか聞こえないか、わからない程の声で、弱々しく返事を返した。
そうして、二人が時間を潰すために歩み始めようとした、その時だった。
「ちょっと……、兄さん?」
不意に呼び止めるようにして、声がかかり、その声は二人の良く知る人物の声だった。
二人は声の方へと振り返ると、そこには腕を組み、少し不貞腐れたように、不満げな立花 椿の姿がそこにあった。
「あ、椿……」
「あ、椿……、っじゃないよッ!!
なんで真っ先に、いつも私のところに来ないのかなぁッ!?
優勝者だよッ!? 妹だし!」
「あ、いや、悪い……。
撮影で来たっていうから忙しいかと…………」
「忙しくないよ! 忙しかったらイベント出ないよねッ!?
で? それで兄さんは妹ほっぽって、ご機嫌にデートですか??」
初めから椿が不機嫌なのは、分かっていたが、葵の想定よりも遥かに機嫌が悪く、椿の不満は尽きなかった。
「いや、別にデートってわけじゃ……。
それに、こいつはお前も知ってッ…………」
「葵ッ!!」
椿が静の事に気づいていなさそうなのが分かり、葵は椿に静の事を教えようと話し始めると、葵の服をくッと引っ張り、葵の言葉を静が遮った。
葵は何事かと、静の方に視線を向けると、静は無言で首を振り、葵がソレを伝えることを拒んだ。
その一連の流れに、椿は首を傾げて怪しむように二人を見つめ、沈黙が流れている事に葵が気が付くと、誤魔化すようにして話し始めた。
「えっと……、この人は小竹さんって言って、今お世話になってるお店の従業員なんだ……」
「ふ~~ん。
お店ってなに??」
椿は葵の話を聞きながらも、静から視線を外さずに、まっすぐ静の事を見つめ、葵の話に質問を返した。
「夏休みに修学両行の泊り先に、挨拶しに行くことは説明したろ?
その泊り先に、海の家を営んでる方がいて、修学旅行で民泊させてもらう代わりに、今、バイトみたいなことしてる」
「へ~~。
で? その女の人とデートって事?」
「いや、別にデートとか大それた事じゃなくて、ただ、お店が再開するまでの間暇だから、それで……」
「暇つぶしデート??」
「暇つぶしデートって…………」
葵は必死に椿が考えているようなデートではない事を伝えようと説明したが、そんな行為も空しく、椿には伝わっていなかった。
葵は「はぁ」っと深いため息を付いた後、半ば諦めた様子で、話し始めた。
「じゃあ、もうそのデートでいいよ……」
「えぇッ!?」
葵の諦めたような口調で発せられた言葉に、椿以上に静が反応を見せ、大きな声を上げ驚いた。
「一緒に近くの出店回るんだから、デートみたいなもんだろ?」
「いやいやッ! えぇッ!? そんなつもりじゃ……」
「椿も一緒に来るか?」
葵の言葉に慌てふためく様子の静を葵は無視し、椿に問い開けた。
椿のそれを尋ねると、静はより大きな声を上げ、驚き慌てていたが、もうこのやり取りを面倒に感じていた葵は、特に気に掛ける様子も無かった。
「いく…………」
葵の呼びかけに、椿は依然として不満げな雰囲気を浮かべていたが、葵と静に付いていく事を決め、小さくそれでいて力強く答えた。
こうして、葵と静、椿の三人で余った時間を過ごすことが決まっていった。




