俺より可愛い奴なんていません。7-7
「葵く~ん、ホントありがとねぇ~!
さっきから香也と二人でどうしようかって話を、ずっとしてたんだよねぇ~」
スタイリストの一人、奈々(なな)はそう言いながら、コーディネートの準備を始めていた。
「奈々~ッ! さっき有里子さんが言ってたでしょ?
葵君じゃなくて、葵ちゃん!」
「あはは~ッ、そうだった。ごめんごめん」
二人は準備を進めながらも、楽し気に会話を交わしていた。
葵は自分も準備を進めてはいたが、二人の会話と、なによりも二人の作業が気になっていた。
何度か姉である立花 蘭のメイクをしている姿や指導は見てきたものの、やはり一人一人、準備からやり方が違い、どの作業も葵にとっては、興味深いものがあった。
「あ、あの~、葵ちゃん? ずっと見られてると、ちょっとやりずらいんだけども~」
手は止めていなかったものの、終始、葵の隣で準備していたという事もあり、観察されるように葵から凝視され、香也は少し照れ臭そうにしながら、葵にそう伝えた。
「あ、あぁ、すいません。
ちょっと今まで見てた人とやり方違うんで、面白くて……」
今は丁度、三人とも抱えている人もまだいなかったため、葵は女装をする時によく使う、女の人のような声はまだ使っておらず、しゃべりやすい素の声で受け答えをした。
「えぇ~ッ!? まだ、準備だよ!?
そんなに見てて面白いかなぁ~……」
「いや、面白いです。
これから短期間で、数多くの人をメイクするという事も考慮されてて、理にかなってると言うか、確かにそうすれば作業中に余計な手間が掛からないなとか、気づかされる事多いです」
「熱心だね~!
プロか何かでも目指してるの? ウチの事務所は歓迎だよぉ~!
人も少ないし、葵ちゃんくらい技術もあれば問題ないしねぇ~!」
「あぁ、いや、別にプロとかを目指したりって感じじゃないんです。
ほんと、趣味の延長沿いというか……」
葵の技術を学ぼうとする姿は、スタイリストとして好感が持て、香也は葵を自分の事務所に誘ったが、葵は勘違いをさせてしまった所もあり、少し気まずそうに答えた。
「趣味? えっとぉ、もしかしてそれは趣味??」
葵の言葉で香也は一瞬凍り付いたように固まり、間違いだと確認するようにして葵に尋ねた。
葵がその問いに答えようとした途端、そんな二人の会話を遮るようにして、違う方向から声を掛けられた。
「メイク担当のみなさぁ~ん! 遅れてすいません!
水着着用5名終わりです! 引継ぎお願いしまぁ~す!!」
声が上がると、葵達は小部屋がいくつも並ぶ更衣室の方へと視線を向け、そこにはイベントスタッフと思われる女性と、水着を着終えた5名の女性の姿が見えた。
「香也~、葵ちゃん~!
そっちの準備おっけ~?」
更衣室のイベントスタッフからの声を聞き、奈々は他の二人へと視線を戻し、準備が整っているかの確認をした。
奈々からの声を聞き、先ほどまで会話を楽しんでいた香也の雰囲気が変わり、表情は優しいままだったが、彼女の周りの雰囲気は少しピリついたものがあった。
香也は葵へ視線を向け、葵のデスクの状況と小声で葵に問題ないかの確認をし、了承が取れると、すぐに奈々の方へと向き直った。
「うん! 葵ちゃんも私も問題なし!」
香也は問題がない事をすぐに奈々に報告し、奈々は聞き入れると先ほどの、更衣室近くにいる、声を掛けてきたイベントスタッフへと返事を返した。
「いよいよだね!
さっき、早く着替えが終わった3人は私と奈々で終わってるから、後15人!
がんばろうねッ!!」
香也はやる気に満ち溢れた様子で、葵に笑顔でそう呼びかけ、葵もその香也のやる気に乗せられるように、少し気張った様子で頷き答えた。
そして、Bloomとはまた違った場所での、地獄の時間が始まっていった。
◇ ◇ ◇ ◇
イベント開始が近づく中で、会場裏の忙しさはどんどんと増していき、イベントスタッフ、関係者はなんとか予定通りのイベント開始に、間に合わせようと動き続けていた。
その舞台裏のなかでも一際忙しそうにしている、メイクブースに葵の姿はあった。
「はいッ! 終わりです!!
次の方どうぞッ!」
「こっちも終わりです! 次の方お願いします!!」
香也と奈々は葵が来てからの、3人目のメイクと髪のセットを終え、並ぶ次の参加者へと呼びかけた。
香也と奈々が三人目を終える中、葵はまだ二人目のコーディネートに入ったばかりだった。
単純計算で、香也と奈々が二人終えたところで、葵がようやく一人目を仕上げるといった形だった。
二人の速さはさることながら、出来栄えも素晴らしく、彼女たちのメイクやセットを終えた女性は自然と笑顔で、満足げにしていた。
葵はそんな二人の速さと正確さにはついていけず、ついていけば出来栄えが中途半端になることは明確だった。
(流石に速いッ! 手際もいいし、難しい髪型であっても手早く綺麗にセットし終えるし……。
桜木高校で、やったミスコンでは他のスタイリストの仕事を見れなかったからなぁ。
こんなに違うとは…………)
葵は速さではプロに敵わないとは分かってはいたが、自分の力量とここまでの違いをみせられて、自分の腕にも自信があった分、若干ショックを感じていた。
しかし、まだまだ先の見えない忙しさから、落ち込んでいる暇などなく、とにかく目の前の参加所を仕上げるしかなかった。
葵の一人目に担当した女性はロングで、今担当している女性はセミロング程の長さの髪の女性だった。
一人目は髪を綺麗に編み込み、後ろ髪を上げて、まとめる形で仕上げていた。
葵はメイクは得意で、速さ的にも香也や奈々の二人に、付いていけるまではいかなかったが、二人のスピードに迫るほどの速さで行う事が出来た。
だが、髪のセットに関してはあまり得意ではなく、女装の関係上ウィッグで処理することが多く、ウィッグをアレンジしたりなどはしていたが、それでも圧倒体に経験不足だった。
ましてや、今回扱っているのは地毛であり、一人一人の髪質の違い、髪の癖は出てくるため、セットだけでも、かなりの苦労を要した。
「大変そうですね……」
葵の真剣な顔と周りの忙しなさからか、葵の担当していた参加者から、不意に声を掛けられた。
葵は一人を仕上げるときは黙々と行い、基本的には何もしゃべることなく、セットしていたため、奈々達と先ほどしゃべっていたように、一瞬素の声で答えそうになった。
すぐに危ないと気が付いた葵は、口から出かけた声を飲み込み、一呼吸おいてから答え始めた。
「そうなんですよねぇ~。
ちょっとスタイリストが足りなくて……、少し困ってます」
葵は可愛らしく声を作りながら、しゃべり方もいつもとは変えて話し、苦笑するように笑顔を作りながら答えた。
普段の葵を知る者が見たら、その振る舞いっぷりに、間違いなく驚いた表情を浮かべる程の演技だった。
葵にとっては朝飯前であり、いろいろと仕草や話し方を研究してきていたため、葵のその振る舞いはまさに女性のそれだった。
「フフフッ、お疲れ様。
ちょっと、思ったんだけど君って、結構若いよね?
でも、こうしてスタイリストやってるって事は、まだ社会に出たばかりなの?」
葵は目の前の彼女の言葉に、一瞬ドキッとしたが、正直に自分の年齢を答えるよりは、彼女の話に合わせるほうが楽だと決断した。
「専門学校出て、今年に拾ってもらったばかりです。
まだまだ全然慣れないんですけどね……」
「そっかそっかぁ! 社会人一年目かぁ~。
私も一年目の時はそんな感じだったけなぁ~、ちょっと懐かしい」
葵に話しかけて来てくれた女性は、会話をしやすい雰囲気を自然と作り、葵もまったくというわけではなかったが、そこまで気を遣わずに、年上であろう彼女に接することができた。
「でもねッ、社会一年目でも大丈夫!!
君がさっき担当してくれた女の子いたでしょ?
彼女ねぇ、実は私の友達なんだぁ~、ここには一緒に旅行に来た仲なの」
「え……? そうだったんですか……」
楽し気に話す彼女は先ほど、葵が担当した一人目の参加者の、友達であり、葵は一生懸命自分の持てる技術を使い、一人目を仕上げていたが心のどこかに、その方が喜んでいるかどうかの不安があった。
そのため、一人目の人と友達だと聞かされた葵は一瞬驚いた。
そして、そんな葵の不安を拭うかのように、葵の目の前の女性は続けて話した。
「そんな不安そうな顔しなくても大丈夫だよッ!
ここに座る前にすれ違いざま、一瞬だけ会話できたんだけどね?
私の友達ねぇ~、君やってもらって喜んでたからッ。
スタイリストは選べないけど、私も君にやって貰えたらいいなって、思えたし、結構出来栄えに期待してるんだ!」
鏡に映った葵の表情が読めたのか、心配しなくてもいいと一言告げた後、彼女は楽しげに、葵の担当した自分の友達との話を話した。
それを聞いた葵は驚き、すぐには返事を返すことができなかった。
「一緒に優勝、掴もうねッ!」
目を丸くし驚く葵に、目の前の女性はくすくすと笑った後、笑みを浮かべたまま、小声で葵にそう告げた。
「……はい、必ず優勝させます!」
別に誰か一人に大きく肩入れするつもりはなかったが、葵はその言葉からより気合が入り、自分が担当した女性全員を優勝させようと、本気でそう思えていた。




