俺より可愛い奴なんていません。5-17
葵は内心焦っていた。
良かれと思い提案し、他意は全くなかったソレだったが、周りから見れば葵が美雪とデュエットしたがっているように、見えなくもないこの状況で一人、心の中で心配ばかりを募らせていた。
実際、葵の提案したソレは、傍から見ても特に違和感のない、真っ当な意見であり、完全な葵の思い過ごしで、葵が故意に美雪とのペアを狙ったのでは無いかと思っている者は誰もいなかった。
(な、なんでこんなに焦ってるんだ俺は……。
別に普通だっただろ……。普通だったよな? 普通だった……、普通だったはず……)
葵は自分でも驚くほどに動揺しており、周りの反応と、何よりも美雪の反応が気になっていた。
葵が珍しく内心、取り乱していると不意に明るい、葵にとってはうっとおしい声が掛けられた。
「なんだぁ? 立花。
美雪とデュエットしたいからってそんな宣言しなくてもいいのに……」
「あ……、がッ……!」
綾は本心ではなく、ただからかうために葵にそう発したつもりだったが、葵はまさか気にしている事をどストレートに言われるとは思っていなかったため、内心の動揺が遂に表面上にまで現れ、言葉に詰まり上手く返せなかった。
葵の妙な反応に、綾は不振そうな表情を浮かべ葵を見つめ始めた。
そしてそんな綾の表情に耐えられず、葵はまだ気持ちが落ち着いていないにも関わらず、答え始めた。
「そ、そんな訳ないだろッ! 変な事言うなよ……」
葵は言葉に詰まりながらも、普通に綾の答えを否定した。
そんな葵の答えはますますおかしく、いつもならば嫌味の一つや二つを入れながら、憎たらしく答えを返す葵だったため、罵倒される事も少し覚悟していた綾だったため、違和感があった。
「知ってるよ……。 冗談だよ」
何故か、いつものコミュニケーションが噛み合わない事に、綾は違和感を覚えつつも、答えを返した。
「じょ、冗談なら、変な事言うな……」
「う、うん……」
いつもと違う反応をする葵を不気味に思いながら、綾は少しバツの悪そうに答え、それ以上葵に突っかかったりする事は無かった。
(な、何だったんだあのアホは……。
誤魔化せたか? 誤魔化せたよな?? いや、あの変顔は微妙だな〜…………)
怪訝そうな表情を浮かべながら、紗枝の方へと戻っていく綾を見つめながら、葵は内心ヒヤヒヤとしながら、色んなことを考えていた。
葵が思考を巡らせる中、隣で未だに次の曲を歌う事を不安そうにしている美雪に、河野が声を掛けた。
「あ、もしかして、美雪ちゃんもサビしか歌えないクチ??
俺も俺も〜ッ!」
不安そうな美雪とは対照的に、河野は同じ状況であったはずだが、明るく美雪にそう言った。
河野の明るい声に美雪はもちろん、思考を巡らせていた葵も視線を向け、葵は内心「いつから名前呼びになったんだよ」と、よく言えば人懐っこく、悪く言えば無神経な河野にツッコミを入れた。
「え、え? あ、はい……。知ってはいるし、聞いたことも勿論あるんですけど、フルで歌えと言われるとちょっと難しいです」
「そっかそかッ! じゃあ、俺と一緒にサビだけ歌おッ!
1番は立花君と歌って、2番は俺と歌お〜ッ」
河野の絡みに面倒くさがるような様子は無く、美雪は丁寧に答え、河野も気さくに誘った。
これまた対照的に、不本意ながら一緒に歌う事を誘ったようになって、余計な事を考え込み悶絶している葵とは違い、河野は凄くスムーズに、少し強引にも見えるが、極々自然な感じに美雪を誘った。
葵がそんな簡単に誘う河野をマジマジと見つめていたが、美雪の答えでスグにその目線の先の人物は変わった。
「そうですね……。分かりました、2番も不安ですけど頑張りますッ」
美雪は河野のようなタイプが苦手だと思い込んでいた事もあって、美雪の答えには凄く驚いた。
最近はマシになってきつつあるが、美雪は本来、人見知りであり、同性の友達が出来るのも他の者に比べれば遅い方だった。
そんな美雪がどちらかと言えば、チャラ男に分類される河野の誘いに簡単に受けるタイプではなかった。
「えぇッ!? マジでッ!?
よっしゃッ! 歌おッ、歌おッ!」
美雪の答えに河野も、賛同してくれると思っていなかったのか、少し驚いた表情を浮かべた後、一気にテンションが上がって喜んでいた。
「だ、大丈夫か……?」
そんな中、今まで驚愕の表情を浮かべていた葵が動揺しながらも、心配そうに美雪に尋ねた。
「え? 大丈夫って何がですか?」
「いや、お前、あんまりこうゆうノリ得意じゃねぇだろ??
1回了承すれば、この後もこういったノリに付き合うことになったりさ……」
葵の心配に、美雪は至極当然と言った様子で不思議そうに葵に尋ね、美雪のそんな態度に一瞬ドキッとしながらも、色々と理屈っぽく答え、最後の方は葵も自分でなんでこんなに心配してるのかよく分からなくなっていた。
知らない仲ではもちろん無く、色々と縁がある相手であったが、よく良く考えれば、そこまで干渉する程仲が良かった訳でなく、傍から見れば葵のこのお節介のような心配は、何らかの理由が無ければ不自然だった。
「ま、まぁ得意では無いですけど……。別に嫌いって訳ではないですよ??
私はこんな感じで自分からは行動は起こせないですし、誘ってくれるのは有難いです!」
「そ、そっか……。
いや、まぁ、お前がそれで良いのなら別にいいけど……」
美雪にそう答えられ、葵はそれ以上追求するようなことは無く、美雪の意見を尊重するように引いていった。
心の中に色んなモヤモヤとした感情を持っていたが、葵はそれを表に出す事は一切なかった。
そして次の瞬間だった、本当に不意に、自然に、やり慣れてるのだろうか、河野は美雪の肩に手を回し、抱き寄せるような行動を取ろうとした。
河野は本当に特にコレといって大きく悪気は無かった。
彼の性格で人懐っこい彼が、あまり誘いに乗りそうの無い美雪が、誘いに乗ってくれたことで、予想以上にテンションが上がったために出た咄嗟の下心も無くは無かったが、どちらかと言えば友好的な行動だった。
河野の手は美雪の背後から反対の肩に伸びていき、美雪は特に気づいている様子は無く、そして、美雪の肩に手が触れそうになった瞬間、部屋に軽い破裂音が響き渡った。
その音は予想以上に大きく、部屋にいる者の全員の耳まで届き、音のした方向へと視線を向け、美雪も例外でなく、自分の近くでなった音に反応した。
するとそこには、置こうとした手をはね飛ばされ驚いた表情を浮かべる河野の姿と、腕を振り抜き、河野の手を払った葵の姿があった。
一部始終しか見ていない者が多くいたが、河野は払われた手をそのままに固まり、葵も払った手をそのままにしていたため、一部始終だけでも何となく何があったかは分かった。
そして、2人に沢山の注目が集まりながら、その部屋に静寂が流れた。




