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妖しい、僕のまち 〜妖怪娘だらけの役場で公務員やっています〜  作者: 詩月 七夜
第八章 暁に風哭きて、君独り去り行きし ~砂かけ婆・機尋・紙舞、遠く鎌鼬~
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【六十四丁目】「何でもねぇよ、美しいお姉さま」

「…というように『カマボコ』にはたくさんの種類があって、その作り方も味も様々ってわけ」


 降神町おりがみちょう役場の会議室の一室。

 ホワイトボードに張り出された手作りの資料を、指示棒でピシリと叩きながら、三池みいけさん(猫又ねこまた)が、熱弁を振るう。

 その資料に興味津津の特別住民ようかいもいれば、退屈そうに生欠伸をする特別住民もいる。

 今日は、先ごろ行われた「合宿旅行」に参加した妖怪の皆さんが、合宿先となった白神しらかみで見聞し、まとめたレポートを発表する報告会が催されていた。

 発表テーマは各自自由であるため、その内容も実にバラエティに富んでいる。

 今、発表をしている三池さんは「現代社会におけるカマボコの多様性とその変遷について」という内容で発表を行っている。

 それっぽいタイトルにはなっているが、白神地区にあったカマボコ工場での見聞きした内容の受け売りになっていて、内容の大部分が「味の感想」で占められている。

 要は自分の趣向を丸出しにしたものだ。

 この辺は、まったく三池さんらしい。

 他にも池垣いけがきさん(くねゆすり)による「日本庭園考察―素晴らしき生け垣の世界-」から、紋藤もんどうさん(ちんちろり)による「徹底検証!Youはどこまで“ちんちろり”?」の様な理解に苦しむ様なものまであったが、一つだけ共通している事がある。

 それは、どの妖怪の皆さんも、自分なりの熱意を持ち、人間社会を理解しようと考え、努力している点である。

 妖怪が人間と共に暮らすようになって二十年。

 両者の間にはいまだに横たわる問題は多いものの、共に歩み寄ろうという気持ちは育ちつつある。

 それは、この仕事をしている僕自身の願いにも似た、勝手な印象なのかも知れない。

 でも、こうして熱心に人間社会の勉強に励んでいる特別住民の皆さんの姿を見ていると、両者が共存する新しい未来が、すぐそこまで来ているような気がするのだ。


「以上で発表を終わります。みんな、ありがとー!」


 パチパチと拍手が起こり、三池さんが意気揚々と自席に戻る。

 代わりに、司会進行役である僕は席を立つと、司会台に戻った。


「はい。三池さん、ありがとうございました。細かいところまでよく調べてくれましたね。皆さんも、カマボコについてだいぶ詳しくなったんじゃないでしょうか」


「にゃふふふ…ちなみに今冬新発売の『コラボコ』シリーズは『ずんだ合戦!』と『チーズtoデート☆』が当たりよ。工場の試食で食べたけど、文句なしのテイストだったわ」


 余談だが「コラボコ」とは、カマボコに他の食材を「コラボレーション」させて発売している新機軸のカマボコを指す。

 得意気に情報を披露する三池さん。

 大好物について存分に語ったので、上機嫌だ。

 成程、道理で今日はサボらなかった訳である。


「では次の人に発表してもらいましょうか。次は…ええと、鉤野こうのさん?」


 そう指名するが、応えが無い。

 思わず席を見渡すと、釘宮くぎみやくん(赤頭あかあたま)が挙手をした。


「鉤野姉ちゃんなら、今日も欠席だよ?」


「え?また?」


 僕は少し驚いた。

 鉤野さん(針女はりおなご)は、服飾関連の会社を経営する特別住民ようかいだ。

 なので、社長として忙しい毎日を送っている。

 特に最近は会社の経営も好調で、対外折衝でも陣頭に立ち、様々な企業のトップと渡り合っていると聞いた。

 そんな中でも、彼女は降神町役場が開催しているセミナーにはちゃんと顔を出してくれていたのである。

 そもそも、彼女はセミナーの中でも高いステージにおり、人間社会にも高いレベルで順応している妖怪の一人だ。

 なので、本来はそんなに律義にセミナーに出席をしなくても大丈夫なのだが、鉤野さん自身は「人間社会はまだまだ深淵ですわ。会社のトップとしても、学ぶことは沢山あります」と、向学心に溢れていた。

 主催者である僕達としても、既に人間社会で活躍している鉤野さんの姿は、他の妖怪の皆さんにとってもいい刺激になるため、良いお手本として頼りにさせてもらうこともあった。

 だが、そんな鉤野さんがもう半月も姿を見せていない。

 仕事が忙しいのは分かるが、連絡一つないのは、礼儀正しい彼女にしては奇妙だった。


飛叢ひむらさん、何か聞いてませんか?」


「何でそこで俺に聞くんだよ!?」


 行儀悪く足を組み、ふんぞり返っていた当人…飛叢さん(一反木綿いったんもめん)が噛みついてくる。

 思ったより激しい反応に僕は目を丸くした。


「いえ、特に他意はないんですけど…何となく」


「…俺だって知らねぇよ」


 ブスっとした表情で、そんな投げやりな台詞を吐き、頬杖をつく飛叢さん。

 そう言えば、鉤野さんが欠席し続けてから、飛叢さんも少し元気が無い。

 日頃やり合っている喧嘩相手が居ないせいか、彼自身も調子が出ないのだろうか?


「大方、また男に逃げられてヤケ酒でもあおってんじゃねぇのか?」


「果たしてそうかしら?」


 肩を竦める飛叢さんに、そう口を挟んできたのは妙齢の女性だ。

 長い髪を束ねて左肩の前に流した、お淑やかな雰囲気のしっとり和風美人である。

 口元の黒子ほくろが、何とも艶っぽい。

 飛叢さんは不機嫌さを隠そうともせず、ジロリと彼女を睨んだ。


「何だ?何か知ってんのか、アンタ」


「まあ少なくとも、どこかの甲斐性無しよりは知っていると思いますよ」


 和服美人…沙牧さまきさんが、コロコロと笑う。

 彼女は“砂かけ婆”という妖怪である。

 “砂かけ婆”は有名な妖怪なので、知っている人は多いと思う。

 神社や人通りの少ない森などに潜み、通りかかった人間に砂をかけて驚かせる妖怪だ。

 彼女は不動産経営をしており、いくつものマンションやアパートを所有するやり手ばば…もとい、才媛である。

 鉤野さんとは個人的に付き合いも長く、プライベートでも懇意にしているらしい。

 美人だし、見た目や口調が穏やかなので人受けは良いのだが、実際に口を開くと毒舌の嵐が待っている。

 それでも見た目が「薄幸の未亡人」を連想させるため、声を掛けてくる男性は多い。


「誰が甲斐性無しだって!?」


「貴方よ、あ・な・た」


「上等だ!絞め殺すぞ、ババア!」


 気色ばむ飛叢さんに、ニッコリ笑ったまま、沙牧さんが一枚の紙切れを出す。


「文句あるなら、先月から貯めてくれてるお家賃に、素敵な色を付けてあげましょうか?」


 虫も殺さない様な柔らかい沙牧さんの微笑みに、飛叢さんはぐっと口をつぐんだ。

 ちなみに、聞いての通り、彼は沙牧さんが経営するアパートの住人である。

 そして、二人のパワーバランスは一目瞭然だった。


「…チッ!強欲ババアめ、汚ぇ手使いやがって」


「ババア?」


 しっとりしていた沙牧さんの声に、僅かな険が含まれる。

 その眉根も少しだけ歪んでいた。

 飛叢さんが慌てて視線を逸らす。


「何でもねぇよ、美しいお姉さま」


よろしい…でも、延滞金ペナルティはちゃんと付けておきますね」


 飛叢さんは何か言い掛けて、再び舌打ちをした。

 これ以上絡んでも、勝ち目はないと踏んだのだろう。


「沙牧さん、鉤野さんのこと何か知ってるんですか?」


「ええ」


 そう言うと、沙牧さんは一冊の雑誌を取り出した。


「ほら、ここをご覧になって?」


 彼女が開いたページを見て、僕は驚いた。

 そのページには、何と鉤野さんの写真が大きく載っているではないか。

 見慣れた着物姿で、まるでモデルの様な扱いでたくさんの写真が掲載されている。

 そして、ページの見出しには「業界注目!いま話題の美人妖怪社長に直撃リポート!」という文字が大きく書かれていた。


「うわあ、鉤野姉ちゃんだ!すごーい!」


「どれどれ…わ、ホントだ!おしずさんだ!」


 釘宮くんが目を輝かせてそう言うと、後ろから覗き込んだ三池さんも驚いた様に声を上げた。


「えー?どれどれ!」


「私も見たい!」


「ちょっと、押さないで!」


「見えないだろ、こっちにも回せ!」


 あっという間に妖怪の皆さんが雑誌を取り囲む。

 知人が雑誌に載っているという事で、物見高い妖怪の皆さんは大騒ぎだ。

 騒ぎの輪から逃れた僕は、沙牧さんに尋ねた。


「沙牧さん、あの雑誌は一体…」


「『月刊マドンナ』という女性誌ですよ。彼女、新進気鋭の妖怪女社長として、いま業界でも注目の的みたいですね」


「そうか。それで忙しくて、セミナーにも…」


「そういうこと。ま、それだけじゃないみたいですけどね…」


「えっ?」


 沙牧さんの言葉に僕が聞き返そうとした時、


「方々、席に戻るでござる!」


 突然。

 大きな声で、そう告げた人物が居た。

 静まり返る室内で、その人物が立ち上がり、分厚い眼鏡のブリッジをクイッと押し上げた。


「まだセミナーの途中でござるよ。騒ぐのは、終わってからにするでござる」


 一転、静かな声で告げたその人物は、あまりさん(精螻蛄しょうけら)だった。

 普段あまり見せない様な厳しい表情で、一同を見回していた彼は、ふと穏やかな表情で続けた。


「それが人間社会でいう『マナー』というものではござらんか?」


「余さん…」


 僕は普段の様子とはかけ離れた彼の言動に、思わず言葉を失った。

 いつもは問題行動を起こす彼だが、不思議とセミナーへの出席率は高い。

 そうだ。彼の見た目や言動で全てを判断するのは決して良くないことだ。

 僕は彼のこういうちゃんとした部分を見落としていた。


「さ、十乃とおの殿。発表を続けようではござらんか」


「あ、そ、そうですね!それじゃあ皆さん、席に戻ってください」


 僕がそう告げると、皆さんはざわつきながらも席に戻った。


「ええと、それでは鉤野さんの次の人は…と」


 スッと挙手をする余さん。


それがしの出番でござるな」


 張り出し用の資料を手に、皆の前に進み出る余さん。

 その表情は真剣そのものだ。

 凄い気合いだな、余さん。


「では、某の発表を披露させてもらうでござる。十乃殿、進行を」


「あ、はい。ええと、では余さんの発表テーマですが…え…え?なん…何ですか、コレ!?」


 手元にある司会用の資料を見た僕は思わず絶叫した。


「どうしたの、十乃君?何かあったの?」


 三池さんが不思議そうに聞いてくる。

 僕は彼女と目が合って、真っ赤になった。


「い、いやその…何というか、これは…」


「…よく聞こえませんよ、十乃さん。あと、顔が鬼灯ほおずきみたいに真っ赤になっていますけど…?」


 沙牧さんも小首を傾げてそう聞いてくる。

 僕は彼女の目も見る事が出来なかった。

 そんな僕に、余さんが告げる。


「ささ、十乃殿。早くタイトルコールを」


「あ、余さんっ!貴方何を考えてこんな…!」


「『テーマは自由』といったのは十乃殿でござる」


「そ、それは…確かにそうですが…」


「十乃殿は、我々妖怪の自主性を認めようとしてはくれないのでござるか…!?」


 真剣そのものの顔で、余さんが詰め寄る。

 それに妖怪のみなさん達も騒ぎ出した。


「よく分かんないけど、早く始めてください、十乃さん」


「そうよ。本人もやる気なんだし、早くしてよ」


「勿体ぶらずにさあ」


 僕は妖怪の皆さんを見回した。

 特に女性陣の目が痛い。


「十乃殿、お早く!」


 余さんが急かしてくる。

 ああ。

 貴方を信じた僕がバカでした。


「…で、では、余さんの発表です…タイトルは…」


 僕は唾を飲み込んだ。


「『美の探究者 余 見三けんぞうが選ぶ妖怪美女名鑑』…」


 それを聞いた一同が、嘆息混じりで「やっぱりね」という表情をする。

 しかし…タイトルには続きがあった。

 僕は震える声で続けた。


「ち…『乳比べ編』…」


「「「「「「またか、余ぃいいイイイイイイイ!」」」」」」


 その日。

 女妖一同による集団暴行事件が降神町役場の一室で発生した(未確認情報だが、役場の女性職員の一部も加わったとされる)。

 被害者は妖怪の男性「K・A」

 一連の報告を受けた降神町役場上層部は…


 「ほっとけ」という意見で満場一致したという。

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