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妖しい、僕のまち 〜妖怪娘だらけの役場で公務員やっています〜  作者: 詩月 七夜
第四章 逢魔が刻に宴は続く 『降神町 夏の陣』~一反木綿・赤頭・針女~
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【番外地】「まず、お前が担いでみろ」

「あ、気が付いた」


 昼下がりの激闘が終わった後。


 意識を失った打本(うちもと)大将、織部(おりぶ)シェフ、間車(まぐるま)さん(朧車(おぼろぐるま))、妃道(ひどう)さん(片輪車(かたわぐるま))と、拘束された三池(みいけ)さん(猫又(ねこまた))、戦闘放棄した摩矢(まや)さん(野鉄砲(のでっぽう))を、各々のブースに送り届けた僕達は、巡回を他の班に引き継いだ後、二手に分かれ、失神したメンバーの回復を待った。

 僕…十乃(とおの) (めぐる)飛叢(ひむら)さん(一反木綿(いったんもめん))は『玄風(げんぷう)』、釘宮(くぎみや)くん(赤頭(あかあたま))と鉤野(こうの)さん(針女(はりおなご))は『MISTRAL(ミストラル)』といった組み分けだ。

 間車さんと妃道さんは、妖怪だけあって意識を取り戻すのが早かった。

 そして、ブース奥のテントに寝かされていた打本大将が、今、ようやく目を覚ましたところだ。


「…こ、ここは…?」


 ボンヤリしていた打本大将は、瞳の焦点が定まると、そのままガバッと起き上がった。


「あ、痛てぇ…!」


「大丈夫ですか、打本さん!?」


 僕がそう声を掛けると、顔をしかめていた大将は、頭を押さえた。


「あ、ああ。何とか、な…」


「救護班は、一応怪我みたいなものはないって言ってましたけど…ご気分はどうです?」


「おお。ちょっと頭は痛むが、他は特に、な」


 さすがの頑丈さだ。

 落下してきた妃道さんの直撃を受けても「ちょっと頭が痛い」程度で済むのだから、本物の石頭なのかも知れない。


「それより、役場の兄ちゃん…ああ、十乃さんっていったけか…俺ぁ、一体どうなった?全然記憶がないんだが…」


 困惑する打本大将に、僕は一部始終を説明した。

 二人の対決が、共倒れに終わったところまで聞くと、打本大将は悔しげに唸った。


「くそ!あと一歩だったってェのに…」


「それから、今まで気を失っていた訳です」


「そうかい…そりゃあ、面倒かけたな…って、ちょっと待った!いま何時だ!?」


 突然、何かを思い出したように打本大将が叫ぶ。


「いまですか?午後三時十五分です」


 腕時計で確認し、そう告げると、


「な、何だと!?こうしちゃいられねぇ…!」


 やおら立ち上がり、どこかへ向かおうとする大将。

 だが、再び頭を押さえて、膝をつく。


「だ、大丈夫ですか!?」


 駆け寄って助け起こそうとした僕を、打本大将が手で制した。


「お、俺ぁ、丈夫だ…とにかく、いますぐステージに行かねぇと…」


 打本大将が急ぐ理由は一つ。

 午後三時から、メインステージで「第壱回降神町(おりがみちょう)グルメ選手権」の優勝者が発表されるからだ。

 宿敵・織部シェフとの直接対決では決着はつかなかったが「玄風」の店主として「MISTRAL(ミストラル)」との決着は譲れないものがあるのだろう。


「駄目ですよ。怪我は無くても、救護班からは少し安静にしておくようにと言われてます。それに、結果発表には間車さん達が行ってますから」


「そ、そうかい…」


 ベッド代わりのベンチに戻り、少し落ち着いた顔になる打本大将。

 しばし沈黙が落ちた。


「打本さん、少しいいですか?」


「…何だい?」


 僕の問い掛けに、大将は似合わない小声で応えた。


「今朝聞いた、織部さんとの因縁話です」


 無言になる大将。

 僕は構わず続けた。


「打本さんは、今も織部さんが間違っていると思いますか?」


「ああ。思ってる」


 打本大将は、間髪入れずそう答える。

 力強い否定に、その思いが汲みとれた。


「…いや…あいつが言いたいことは分かってるし、理解もできる。けどな、何でもかんでも刷新すりゃあ良いってもんじゃねぇ。降神町(ここ)には降神町(ここ)のしきたりってもんがある。昔っから住む俺達が、先祖から受け継いできたもんがな…それを(ないがし)ろにする訳にはいかねぇだろ?」


「…そうですか」


 僕は一息置いて続けた。


「打本さんはまるで、妖怪ですね」


 その一言に、大将は怪訝そうな表情で、顔を上げた。


「僕の上司の受け売りです…人は自然や伝統を置いて、未来(さき)に進む。対して、妖怪は人間が置いていったものを大切にし、過去(むかし)を想う」


「…妖怪(それ)じゃいけねぇのかい?古くから在って、失われゆくものが、時代に抗うのは無意味って言うのか?」


 食い下がるように、大将が問い返す。

 僕は首を横に振った。


「正直、僕にも分かりません。でも、今の仕事をしていると、そういう両者の軋轢(あつれき)は強く感じることはあります…で、それを埋めるのも、僕らの仕事なんですけどね」


「…」


 再び落ちた沈黙。

 その時、不意にテントの一部がめくられた。

 見ると、間車さんと妃道さんが帰って来たところだった。


「大将、気が付いたのか!?大丈夫かよ?」


 起き上がった大将を見るなり、間車さんが心配そうに駆け寄る。


「おう、心配掛けたな、(りん)ちゃん…それにボインの姉ち…」


「妃道な。妃道 (わだち)。次は訴えるぞ、エロ親父」


 大将の台詞を遮りながら、妃道さんが憤然と腕を組む。


「あ、ああ…悪い悪い、(わだ)っちゃん」


 苦笑していた打本大将は、ふと、真顔になった。


「…で、結果はどうだった?優勝は?」


 大将の問い掛けに、二人は顔を見合わせ、沈んだ表情になった。


「…悪ぃ、大将…あたしらじゃ、力になれなかった…」


「…………そうか…」


 ガックリと。

 打本大将は肩を落とした。


「…へへ…ざまぁねぇなぁ。何が老舗(しにせ)の名店、だよ」


 自嘲気味に呟く大将。

 そのまま、僕に力無く笑う。


「十乃さん…やっぱり、古いものは消えていくのが筋らしいや。これで覚悟が決まったよ」


「打本さん…」


「この降神町(まち)が…ここの客が、あいつの『MISTRAL(ミストラル)』を選んだんだ。なら、文句は言えねぇ…完敗ってやつだよなぁ…」


 一気に老けこんだ打本大将に、妃道さんがおもむろに切り出した。


「あー…それなんだけどさ。優勝は『MISTRAL(ミストラル)』でもないんだよ」


……


「「…………………………は?」」


 僕と打本大将の間の抜けた声が、見事に重なった。


----------------------------------------------------------------------------------


 そのブースは、メイン会場から離れた競技場の外周路の一画にあった。


「お姉さん、こっちも注文頼むよ!」


「はいは~い」

「喜んで~♪」


 “二口女(ふたくちおんな)”こと、二弐(ふたに)さんが気前良く応じる。

 着物にレトロな割烹着といった大正浪漫風の出で立ちに身を包んだ二弐さんは、同じくおそろいの衣装を着た役場の女子職員や、セミナー受講者の妖怪の女の子達と忙しそうにテーブルの間を駆け回っていた。

 ブースの外には長蛇の列が伸び、退屈しがちな待ち時間を、特別住民(ようかい)の皆さんが得意の芸でもてなしている。

 音楽に乗って紙切り芸を見せる“網切(あみきり)”の根戸(ねと)さん。

 それを手にした算盤(そろばん)を鳴らして盛り立てる“算盤坊主(そろばんぼうず)”の下添(かぞえ)君。

 向こうでは“松明丸(たいまつまる)”の火比野(ひびの)さんが、火吹き芸を披露しているかと思えば、こちらでは“泣き婆(ばばあ)”の宇礼(うれい)さんが、得意の悲恋物語で聴衆の涙を誘っている。


 妖怪喫茶「あやかし屋」


 ブースの入り口には、そう書かれた看板があった。


「こいつは…」


 間車さん達に案内され、やって来た打本大将が目を見張る。


「ここが優勝した店なのか…?」


「ああ。役場の人間社会適応セミナー受講者と職員有志でやってる店だってさ」


 間車さんがそう説明する。

 つまりはそういうことだった。

 当初の下馬評をひっくり返し、当初優勢だった「玄風」と「MISTRAL(ミストラル)」を追い抜く形で、二弐さん達有志一同の喫茶店がダントツの人気を誇り、見事に優勝を飾ったのである。


「…一体、どんなメニューを出してんだ…」


「ごく普通のメニューですよ」


「織部さん!?」


 呆然と呟いた打本大将に応えたのは、いつの間にか背後にいた織部シェフだった。

 激闘の傷跡もそのままに、しかし、しっかりと自分の足で立っている。

 その傍らには、摩矢さんと三池さんもいた。


「…普通のメニューだって?」


 宿敵(ライバル)の登場に激昂するかと思いきや、打本大将は冷静にそう聞き返した。


「ええ。珈琲コーヒーや日本茶などのありふれた飲み物に、サンドイッチといった軽食…特殊なメニューは全くありません」


 ゆっくりと歩き出し、打本大将の隣りに立つ織部シェフ。

 その視線は、喫茶店に向けられたままだ。


「そんなバカな…なら、何で俺達が負けたんだ?」


「私はそれを見定めに来ました」


 打本大将の言葉に、織部シェフは静かにそう告げた。

 その時だった。


「あー、来た来た!十乃兄ちゃん、ここ!席取っておいたよ!」


 店の中から、釘宮くんが顔を覗かせる。

 見れば、飛叢さんと鉤野さんもいた。


「遅ぇぞ、巡。チームのリーダーが居なきゃ、打ち上げが始められねぇだろ!」


「ちょっと!休憩だけならまだしも、打ち上げなんて…実務時間は終わってなくてよ?」


 騒ぐ飛叢さんを、鉤野さんがそうたしなめる


「固ぇコト言うなって!せっかくの祭りなんだからよ!」


 ひとしきり暴れてスッキリしたのか、飛叢さんはいつになく上機嫌だ。


「ほれ、送迎係の姉ちゃん達も来いよ。もう勝負は終わったんだろ?なら、ノーサイドだ。一緒にやろうぜ!」


 飛叢さんの誘いに、顔を見合わせる間車さん達。


「ちぇっ、しゃあねぇなぁ。同僚がやってる店だし、ちょいと売上に協力するか…妃道はどうする?」


 間車さんがそう訊くと、妃道さんがジト目になる。


「あのな…もともと、あたしはこっちの手伝いで呼ばれてたんだよ。誰かに拉致られるまではな」


 一方、三池さんは胸を張って、


「ま、今日はもう十分働いたし?少しくらいの休憩はいいわよね?ね?」


 それに織部シェフが苦笑しながら、頷く。


「いいですよ。ランチタイムも働きづくめでしたしね」


「やった!そうと決まれば…ほら、アンタも来なさいよ!」


 三池さんが、摩矢さんに声を掛ける。


「いいけど、今日は財布ない」


 いつもの調子で、そう答える摩矢さん。


「…~あーもう!分かったわよ!おごればいいんでしょ、おごれば!」


 摩矢さんの背中を押しながら、三池さんがヤケ気味に声を上げた。

 そして、四人は賑やかな輪の中に紛れていく。

 後には僕と打本大将、織部シェフが残される。

 しばし立ち尽くした後、僕は遠ざかる四人の背中を見ながら、呟くように言った。


「正直、僕には昔からのしきたりのこととか、料理のこともよく分からないんですが…」


 打本大将と織部シェフが、振り返って僕を見る。

 僕は笑いながら、二人に言った。


「新しいとか古いとか…人間とか妖怪とか関係なく、みんなが一緒に楽しく過ごせるあのお店なら、どんな平凡なメニューが出てきても『美味しい』って思える気がします」


 再び店に目を向ける二人。

 店は変わらず賑わいを見せていた。

 人も妖怪も、笑いさざめき、同じ輪の中にいる。

 そして、この宴は、まだまだ続く。

 それこそ、かつて人妖が巡り合っていた「逢魔(おうま)(とき)」が巡り来るまで。

 ふと、間車さんがこっちに振り返った。


「おーい、何してんだ巡!お前も早く来いよ!」


「はい…!」


 僕は迷わずに駆け出した。

 あの楽しそうな輪に中に、少しでも長く居られるように。


----------------------------------------------------------------------------------


 打本は織部と二人、駆け抜けていった若者の背を見送った。

 同時に、彼が残していった言葉を、胸の内で反芻(はんすう)する。


「…おい、イタリア野郎」


「何です?」


「お前『神輿の担ぎ手の制限を止めて、人を募ったら』って言ってたな…その考えは変わってねぇのか?」


「…ええ」


 横に並ぶ織部の顔は見えない。

 だが、声には意思がこもっていた。


「俺ぁ、そいつには反対だ」


「……」


神輿(あれ)を担ぐのはそんな楽なもんじゃねぇ…肩も()れるし、足腰にもくる。経験のねぇ奴には、そんなことも分かんねぇだろう」


「…何が言いたいんです?」


 打本は、初めて織部に顔を向けた。

 織部もまた、打本を見ていた。


「だから、な」


「ええ」


「まず、お前が担いでみろ」


 織部の目が見開かれる。

 打本はニヤリと不敵な笑みを浮かべた。


「まず、お前が担いでみて、()()()()()()()()って証明してみせろ」


 少しの間、呆気にとられていた織部は、挑発するように笑い返し、優雅に前髪を撫でつけて見せた。


「いいでしょう。望むところです…!」


「へへ…よーし!ガッツリ鍛えてやるぜ。後で吠え面かくなよ?」


 織部の背中を叩き、前に歩み出るよう促す打本。

 二人の行く先には、妖怪喫茶「あやかし屋」…大きく賑やかな輪が待っていた。

第四章、校了です!


いやぁ、長かった!


今日を迎えるまで、半年近くかかってしまいました


年内に終わらせるつもりが、ここまで遅れるとは…


お付き合いいただいた皆さんには、本当に感謝です


ありがとうございました!

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