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妖しい、僕のまち 〜妖怪娘だらけの役場で公務員やっています〜  作者: 詩月 七夜
第四章 逢魔が刻に宴は続く 『降神町 夏の陣』~一反木綿・赤頭・針女~
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【二十六丁目】「もう、終わったみたいだから」

 釘宮(くぎみや)赤頭(あかあたま))によって、間車(まぐるま)朧車(おぼろぐるま))と飛叢(ひむら)一反木綿(いったんもめん))の勝負が決した同時点。


 妖怪“針女(はりおなご)”こと鉤野(こうの) (しず)は、砲見(つつみ)摩矢(まや)野鉄砲(のでっぽう))と妃道(ひどう) (わだち)片輪車(かたわぐるま))の対決に介入すべく、ステージ端で機会を伺っていた。

 どちらも自分の妖力【恋縛航路(れんばくこうろ)】とは相性が良くない相手だが、ここまで来たら成り行き上、相手をせざるを得ない。

 鉤野が見守る中、妃道の放つ火炎弾を摩矢が後方宙返りで回避する。

 万国旗が張られた細いロープの上での攻防だが、摩矢は忍者のように素早く動き、妃道はスケートボードに乗りながらも、それを感じさせないバランス感覚で、渡りあっていた。

 高所が苦手という訳ではないが、あの二人の身体能力は、明らかに鉤野自身のそれを上回っている。

 無策のまま追い掛けても、無駄足だろう。


「さて、どうしたものでしょう」


 思案していたその時、不意に観客席から野太い歓声が上がった。

 見れば、高所で戦う二人を地上からカメラで激写していた男性客らが、明らかに破廉恥なアングルで撮影を行っている。

 まあ、あれだけ丈の短い着物やスカートで跳び回っていれば、あられもない姿になっても仕方がない。

 各々の属する店が、男性客向けにあしらえたものなのだろうが、日頃、着物を愛用している鉤野から見れば、二人の格好は理解できないものだった。

 妃道は下からの激写に気付いて、慌てて動きを止めたが、摩矢の方はどこ吹く風だ。


「これは…好機(チャンス)ですわね」


 鉤野は、自分の美しい黒髪を一房握り、鎖分銅のように振り回し始めた。

 すると、毛先が一瞬で(かぎ)状の針に変化する。

 そのままステージの支柱に投擲(とうてき)し、鉤針が引っ掛かったことを確認すると、髪の長さを戻した。

 人知れず、滑るように一気に高所へ移動すると、鉤野は再び身を潜めた。

 眼前の摩矢と妃道は、再び追い駆けっこを始めている。

 カメラ小僧達の激写をものともしない摩矢はともかく、着物の裾を押さえたままの妃道は明らかに動きが鈍っていた。


「まずは、貴女から確保させていただきます」


 半分涙目の妃道に同情しつつも、鉤野は鉤髪を放った。

 投網のように広がった鉤髪が、妃道の四肢を絡め取っていく。


「な、何だい、コイツは!?」


 真下よりの遠慮のない激写から身をかばっていた上、完全に不意を突かれた妃道は、あっという間にミノムシのようにグルグル巻きにされてしまった。

 同時に、走行を阻まれたせいで【炎情軌道(えんじょうきどう)】の炎が一気に消失する。

 何とか髪の毛を外そうと、懸命にもがく妃道。

 だが、走行中ならともかく、止まってしまえば、妃道もさしたる力は出せない。

 こうなっては、さすがに打つ手が無かった。


「くっ…放せ、このぉ!」


「残念ですが、それは無理な相談ですわ。先にお引き取りあそばせ」


 片手で髪を掻きあげるような仕草をする鉤野。

 すると、妃道を捕らえた髪がスッパリ切れ落ちる。


「畜生ぉぉぉぉぉぉ…!」


 喚きながら落下していく妃道を一瞥した後、鉤野は摩矢と正対した。


「さて…次は貴女ですわね。会場の安全管理を任された身として進言いたします。今すぐ、騒ぎを止め、大人しく縛につけば良し。さもなくば…」


「悪いけど、これも仕事」


 どこまでも業務に実直な摩矢の一言に、溜息を吐く鉤野。


「貴女は、比較的冷静で良識のある方だとお見受けしておりましたのに…残念ですわ」


「君はやっぱり狂暴」


「な、何ですって…!?」


「この前『MISTRAL(うち)』で、若い男とモメてたのを見た」


 ぐっ、と言葉に詰まる鉤野に、やれやれと摩矢が首を振る。


「うちのウェイトレスが、皆怯えていた」


「あ、あれは!(わたくし)というものがありながら、あの方がお店の()に色目を使うから…!」


「だからって、店内で逆さ(はりつけ)はやり過ぎ」


「お、お黙りなさい!女性を弄ぶような殿方に人権など無いのです!」


 鉤野が大きく両腕を広げると、ざぁっと髪の毛が広がる。

 その毛先が鉤針と化し、四方八方から摩矢に襲い掛かった。


()りましたわ!」


 逃げ場のない鉤毛針の雨に、鉤野は勝利を確信する。

 だが、次の瞬間、摩矢はありえない行動に出た。

 降り注ぐ鉤針の中心…鉤野の懐に飛び込んだのだ。

 摩矢の戦法は「距離を取っての射撃」…完全にそうイメージしていた鉤野にとって、正に不意を突かれた形となった。


「なっ!?」


零距離(ここ)なら、鉤毛針(それ)も使えない」


 懐に入った摩矢が、冷酷に告げる。

 特別住民支援課保護班に属する摩矢は、役場側の交渉・説得にも応じず、見境なく危害を加えようとしたり、逃走する妖怪に対し、限定的にだが威力行為を行う任に当たっている。

 つまり、それだけ荒事の経験が豊富な、いわば精鋭だ。

 鉤野の鉤毛針を一見し、その特性を把握したのも、その鍛え抜かれた直感と生来の狩人としての本能だった。


「またのご来店を」


 姿勢を低くし、地を這う鋭い回し蹴りで、鉤野の足を払う摩矢。


「えっ、あっ、きゃあっ!」


 高所でバランスを崩した鉤野は、成すすべなく妃道の後を追うように落下する。

 が、それを空中で受け止めた者がいた。


「何だよ、苦戦してやがんな」


 鉤野の身体を抱きかかえるように受け止めた飛叢が、浮遊しながらそう言った。


「…あ、貴方、いつの間に…」


 落下のショックで茫然となりながら、鉤野が眼を見開く。

 飛叢は間車と三池を捕縛する役目があった筈だ。


地上(した)が片付いたんでな。ちょいと様子見に来ただけなんだが…いきなりお前が降ってきて驚いたぜ」


 ニヤリを笑う飛叢に、鉤野は自分が飛叢の腕の中に居ることに気付く。


「と、とにかく!早く降ろしてくださいまし!大体、女性の身体にみだりに触るなんて、非常識ですわよ!?」


「…ったく、冗談でも一回くらい『ありがとう』って言えねぇのか、お前」


 呆れながら、喚く鉤野を降ろす飛叢。

 そのまま、二人は摩矢に対峙した。


「よう、野鉄砲の姉ちゃん。あんたに恨みはねぇが、会場の安全を守るため、取り押さえさせてもらうぜ」


 両手のバンテージを一閃させ、不敵な笑みを浮かべる飛叢。

 対する摩矢は、二対一の状況にも関わらず、動じた風もない。

 代わりに、何か思い出したように、


「針女に一反木綿…ということは、あの子の班の…」


「あの子って…(めぐる)か?おう、下に居るぜ」


 そう言われて、地上に目をやった摩矢は、そのまま告げた。


「…分かった。降参する」


「「…はぁ?」」


 あっさりと投降した摩矢に、飛叢と鉤野が思わずハモる。

 摩矢は眼下のステージ上を見たままだ。


「もう、終わったみたいだから」

迫る年の瀬。


進まない筆。


頑張れ、自分!


目指せ、年内完結!


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