【二十五丁目】「ぉ往生せぇやぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
「うおぉおおりゃあ!」
ガキィン!
飛来した円形のピザ生地を、手にした麺棒で叩き落とす打本大将。
持ち前の腕力を活かして、襲い来るピザ手裏剣を次々と迎撃していく。
一方、対する織部シェフは、両手でピザ生地を同時に回転させ、戦輪のように次々と打本大将に投げつけていた。
「こんなもんが効くかよ!」
「やりますね…なら、これはどうです!」
同時に放たれた二枚のピザが唸りを上げ、左右から打本大将を挟み撃ちにする。
打本さんは、手にした伝家の宝刀ならぬ伝家の麺棒を両手で引き伸ばし、棍となったそれを勢いよく回転させた。
「何のぉ!秘技・雪崩打ち!」
空を裂く棍の先端が、飛来したピザを絡め取る。
そのまま振り回し、生地を織部シェフに投げ返した。
「ふん!」
空中でひと塊りになった生地は、砲弾と化し、放った張本人に迫る。
「がはははは!砕け散れ、イタリア野郎!」
勝利を確信した打本大将が吼える。
…が、織部シェフは薄い笑みを浮かべ、両手を前へと突き出した。
「一…」
右手を上に挙げ、左手を下へ構える。
空手でいう「天地上下の構え」に似た構えだ。
「二…」
迫る生地を恐れた風もなく、右足を後ろへ引き、身体の正中線をきれいに固定する。
そして…
「三!!」
生地を両掌で包むように受け止め、その一瞬で身体ごと回転し、生地の回転を殺していく。
五回、六回といなした後、球形になった生地が、その手に乗っていた。
前髪を優雅に撫でつける織部シェフ。
その両者の攻防に、観客から物凄い拍手が上がった。
「す、すげえ!今の何だ!?」
「さすが達人同士!」
「キャ~、織部さん、素敵~!」
「大将もやるじゃんか!」
麺棒を肩に担ぎ、ニヤリと不敵に笑う打本大将。
「へっ!あれを捌くたぁな」
「フフ…イタリア帰りは、伊達ではないということです。ですが、あなたもなかなかですよ。先程の返し技、少しばかり肝が冷えました」
応じるように笑みを浮かべる織部シェフ。
打本大将は、力瘤を見せつけ、
「日々の鍛錬は欠かさないし、そうして鍛えた筋肉は裏切らないもんだ」
…………えー、確認しておこう。
打本大将は、老舗の蕎麦屋『玄風』の主人。
織部シェフは、新進気鋭のイタリアンレストラン『MISTRAL』のオーナーシェフ。
決して、格闘ゲームやライトノベルのキャラクターではない(いや、メタ的な意味はともかく)。
加えて言うなら、イタリア料理はピザ生地で手裏剣なんか作らないし、ピザ生地も「ガキィン!」なんて硬質な音は発しない。
蕎麦打ちに棒術は要らないはずだし、麺棒に特殊なギミックを仕込む必要はないはずだ。
…一体、何をどう間違えて鍛えたら、こんなグラップラーな料理人が誕生するのか…
「十乃兄ちゃん…どうしたの?」
ステージの端、物陰で放心していた僕を、妖怪「赤頭」こと釘宮くんが不思議そうに見上げている。
ハッと我に返った僕は、軽く頭を押さえた。
「い、いや…何でもないよ…ちょっと、日本の料理界の在り方とか行く末に、激しい不安を感じていたというか、何というか…」
「…よく分かんないけど、あのおじさんたちのこと?」
「あ、いや…うん、まあ…ちょっと、フツーじゃないかなって」
火炎を纏ったLLサイズはあろうピザ生地を放つ織部シェフ。
それを歯で受け止め、己の拳で粉砕する打本大将。
「そうかなぁ、あれくらい普通じゃない?」
常軌を逸した攻防を見ながら、釘宮君が気に止めた風もなく、そう感想を述べる。
…何だろう。
いま、彼との間に、埋めようのない決定的な溝を感じてしまったぞ。
というより、妖怪から見ても同類に思えるくらい、あの二人が人間離れしているということなのだろうか。
「と、とにかく!二人から目を離さないようにしなくちゃ。飛叢さんと鉤野さんが配置についたら、いつでも飛び出せるようにね」
僕達は、ステージ上の六人を止めるために行動を起こした。
が、時すでに遅し。乱闘が始まってしまったため、三方に分かれ、不意を突く形で取り押さえることにした。
ステージの両端に僕と釘宮君、反対側に鉤野さん。上空に飛叢さんといった布陣だ。
相手が相手なので、ばれたらお終いだが、幸か不幸か、各々の相手に気を取られており、今のところ、こちらに気付いた感じはない。
一方で、このままではいつ観客に被害が出るか分からない。
観客達は、この騒ぎをパフォーマンスとしか見ていないようで、特にパニックは起きてはいないのが不幸中の幸いだった。
「十乃兄ちゃん、あれ!」
不意に、釘宮君が上空を指さす。
見上げた先には、注意してみないと分からないくらいの高度に、飛叢さんがいた。
微動だにしなかった飛叢さんが、ゆっくりと大きく旋回する。
どうやら、鉤野さんも配置についたようだ。
準備は整った。
よし、作戦開始だ!
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「待ちやがれ!」
「待ったら許してくれる!?」
「許しぬ!」
「…それ、どっちなのよ!?」
蒼い陽炎を纏って爆走する間車さんと、決死の表情で逃げ惑う三池さん。
まあ、普通に暮らしてきた三池さんと、運び屋などの裏稼業をこなしてきた間車さんでは、踏んできた場数が違う。
相対したのはいいものの、三池さんには逃げ惑うことしかできなかったようだ。
しかし、今日の間車さん、えらくエキサイトしているな…
三池さん、一体何をしたんだろう?
「二人とも、ストップ!落ち付いて!」
僕は二人の行く手を通せんぼするように立ち塞がった。
手筈では、僕が二人の気を引き、その隙をぬって、上空の飛叢さんが拘束することになっている。
そのために、まず派手に動き回る二人の動きを、一瞬でも止めなければいけない。
「と、十乃君、助けて!!」
立ち塞がった僕の背後に回り込み、盾にする三池さん。
眼前からは、夜叉のごとき形相の間車さんが迫る!
ホントーに!
一体何をしたんだ、三池さん!?
「ま、間車さん、ストップ、ストーップ!落ち着いてください!」
「巡!?」
僕の姿を認めた間車さんが、目を見開く。
だが…
「って、もうその手は食うかァッ!!」
「…へ?」
減速するかと思えば、一層速度を増して突っ込んでくる間車さん。
横に伸ばした腕が、ウエスタンラリアットの形で、僕の首に襲いかかった。
その死神の鎌を、間一髪で避けることができたのは、単純に恐怖に駆られた三池さんが、僕の腰にしがみつき、僕がバランスを崩したからだ。
ローラーブレードを軋ませ、素早くターンする間車さん。
「性懲りもなく、また巡に化けやがって…いい根性してるな、あーん!?」
ヤンキーも裸足で逃げ出しそうなガンつけをしてくる間車さん。
こ、怖い…!
これは怒ったときの黒塚主任に迫るものがある…!
「や、あの、間車さん?何でそんなに怒ってるんですか…?」
「何で怒ってるか、だと…?」
ニィィィィィ…と笑う間車さん。
「教えてやんよ、牝猫!その体にタップリとな!」
「牝猫…!?」
その一言に、ハッとなる僕。
「三池さん!一体間車さんに何したんですか…って、居ないし!」
さっきまで僕の腰にすがっていた三池さんの姿は、きれいに消えていた。
に、逃げたな!
「ぉ往生せぇやぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
完全にキレた間車さんが、再び突っ込んでくる。
その全身から立ち上る【千輪走破】の蒼い陽炎が、一層濃くなっていた。
ま、まずい!
間車さん渾身の轢き逃げアタックなんて食らったら、人間の僕なんて即死しかねない!
だが、もう間に合わない!
「ッ…」
思わず目をつぶった僕は、次に来るであろう衝撃を考え、身を固くした。
「……………?」
だが、いつまで経っても衝撃は来なかった。
「やれやれ…だから、最初に『引っ込んでろ』って言っただろうが」
頭上から聞こえた声に、恐る恐る目を開ける。
見ると、飛叢さんが両腕のバンテージを使い、間車さんを縛りあげていた。
「飛叢さん!」
「おう!遅くなって悪ぃな。バックレかましてた猫又娘をとっ捕まえるのに、少し手間取っちまった」
ニヤリと笑いながら、背後を顎で指す飛叢さん。
見れば、きれいに巻かれたミイラが一体、微かに蠢きながら、横たわっている。
どうやら、逃げる途中で捕まった三池さんのようだ。
「さぁぁて…次はお前さんの番だ、運転係の姉ちゃん!俺の【天捷布舞】で気持ちよく逝かせてやるぜ!」
サディスティックな笑いを浮かべながら、嬉々としてバンテージを締め上げる飛叢さん。
いや、だから、逝かせちゃマズイんですって…
ともあれ、彼の妖力【天捷布舞】は、一反木綿の伝承そのままに、空中飛行と両腕に巻いた木綿のバンテージを自在に操る力を発現する。
たかが木綿と侮るなかれ、硬軟・伸縮共に自在のバンテージは、並みの力では破れもしない。
まさに「対象を捕縛する」という点では、おあつらえ向きの妖力だ。
対して、間車さんは突然現れた飛叢さんに驚いていたものの、すぐに笑みを浮かべた。
「へぇ!悪タレが律儀にお勤めしてやがんな…いいぜ、一反木綿。ちょっと遊ぼうか!」
更に蒼い陽炎を濃くする間車さん。
手足に絡みついたバンテージごと、少しずつバックしていく。
それにつれ、空中にいた飛叢さんが、引きずられ始めた。
「おお?こいつは大物だな。いい当りだぜ!」
今度は飛叢さんが上昇を始め、間車さんを引き戻す。
間車さんの笑みが濃くなった。
「は、自慢のフンドシ使ってその程度かい!?」
「言ってくれるぜ!」
飛叢さんが嬉しそうに応える。
そのまま互いに譲らず、嬉々として力比べに興じる二人。
うーん。
この二人、負けず嫌いで血の気が多いところはそっくりである。
…さて、このまま勝負の行く末を見守りたいが、そうも言っていられない。
「釘宮君、お願い」
「はいはーい」
僕の一声で、傍らにいた釘宮君が、トコトコと二人の間に近付いていく。
そして、二人を繋ぐバンテージを握ると、
「ごめんね、間車姉ちゃん」
間車さんへとニッコリ笑い、片腕で思い切りバンテージを引っ張った。
「のわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!?」
均衡を保っていた力の天秤が一気に覆される。
踏ん張っていた間車さんは、釘宮君のひと引きでロケットのように弾け飛び、地面に激突した。
「…きゅう~」
そのまま目を回す間車さん。
伝承では、妖怪「赤頭」は、指の力だけで太い柱に刺さった大釘を抜き差ししたという。
釘宮君の妖力【仁王遊戯】は、まさにそれを再現するものだ。
「てめぇ!邪魔すんな、しょーがくせー!」
せっかくの勝負に水を差された飛叢さんは、ご立腹だ。
釘宮君が、苦笑しながら頭をかく。
「えへへへ…ごめんよ、飛叢兄ちゃん。ほんのちょっと力を入れただけなんだけど…」
あれでちょっと…!?
ううむ。
見た目は可愛いし、いつもニコニコしているが、実は彼を怒らせたら誰よりも怖い気がする…
飛叢さんに頭をグリグリされる釘宮君を見て、それを肝に銘じる僕だった。
おっと?
意外に早く更新できました。
でも、まだ続きます(汗)




