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妖しい、僕のまち 〜妖怪娘だらけの役場で公務員やっています〜  作者: 詩月 七夜
第四章 逢魔が刻に宴は続く 『降神町 夏の陣』~一反木綿・赤頭・針女~
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【二十五丁目】「ぉ往生せぇやぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

「うおぉおおりゃあ!」


 ガキィン!


 飛来した円形のピザ生地を、手にした麺棒で叩き落とす打本うちもと大将。

 持ち前の腕力を活かして、襲い来るピザ手裏剣を次々と迎撃していく。

 一方、対する織部おりぶシェフは、両手でピザ生地を同時に回転させ、戦輪チャクラムのように次々と打本大将に投げつけていた。


「こんなもんが効くかよ!」


「やりますね…なら、これはどうです!」


 同時に放たれた二枚のピザが唸りを上げ、左右から打本大将を挟み撃ちにする。

 打本さんは、手にした伝家の宝刀ならぬ伝家の麺棒を両手で引き伸ばし、こんとなったそれを勢いよく回転させた。


「何のぉ!秘技・雪崩なだれ打ち!」


 空を裂く棍の先端が、飛来したピザを絡め取る。

 そのまま振り回し、生地を織部シェフに投げ返した。


「ふん!」


 空中でひと塊りになった生地は、砲弾と化し、放った張本人に迫る。


「がはははは!砕け散れ、イタリア野郎!」


 勝利を確信した打本大将が吼える。

 …が、織部シェフは薄い笑みを浮かべ、両手を前へと突き出した。


ウーノ…」


 右手を上に挙げ、左手を下へ構える。

 空手でいう「天地上下の構え」に似た構えだ。


ドゥーエ…」


 迫る生地を恐れた風もなく、右足を後ろへ引き、身体の正中線をきれいに固定する。

 そして…


トレ!!」


 生地を両掌で包むように受け止め、その一瞬で身体ごと回転し、生地の回転を殺していく。

 五回、六回といなした後、球形になった生地が、その手に乗っていた。

 前髪を優雅に撫でつける織部シェフ。

 その両者の攻防に、観客から物凄い拍手が上がった。


「す、すげえ!今の何だ!?」


「さすが達人同士!」


「キャ~、織部さん、素敵~!」


「大将もやるじゃんか!」


 麺棒を肩に担ぎ、ニヤリと不敵に笑う打本大将。


「へっ!あれをさばくたぁな」


「フフ…イタリア帰りは、伊達ではないということです。ですが、あなたもなかなかですよ。先程の返し技、少しばかり肝が冷えました」


 応じるように笑みを浮かべる織部シェフ。

 打本大将は、力瘤ちからこぶを見せつけ、


「日々の鍛錬は欠かさないし、そうして鍛えた筋肉は裏切らないもんだ」


 …………えー、確認しておこう。


 打本大将は、老舗の蕎麦屋『玄風げんぷう』の主人。

 織部シェフは、新進気鋭のイタリアンレストラン『MISTRALミストラル』のオーナーシェフ。

 決して、格闘ゲームやライトノベルのキャラクターではない(いや、メタ的な意味はともかく)。

 加えて言うなら、イタリア料理はピザ生地で手裏剣なんか作らないし、ピザ生地も「ガキィン!」なんて硬質な音は発しない。

 蕎麦打ちに棒術は要らないはずだし、麺棒に特殊なギミックを仕込む必要はないはずだ。


 …一体、何をどう間違えて鍛えたら、こんなグラップラーな料理人が誕生するのか…


十乃とおの兄ちゃん…どうしたの?」


 ステージの端、物陰で放心していた僕を、妖怪「赤頭あかあたま」こと釘宮くぎみやくんが不思議そうに見上げている。

 ハッと我に返った僕は、軽く頭を押さえた。


「い、いや…何でもないよ…ちょっと、日本の料理界の在り方とか行く末に、激しい不安を感じていたというか、何というか…」


「…よく分かんないけど、あのおじさんたちのこと?」


「あ、いや…うん、まあ…ちょっと、フツーじゃないかなって」


 火炎をまとったLLサイズはあろうピザ生地を放つ織部シェフ。

 それを歯で受け止め、己の拳で粉砕する打本大将。


「そうかなぁ、あれくらい普通じゃない?」


 常軌を逸した攻防を見ながら、釘宮君が気に止めた風もなく、そう感想を述べる。

 …何だろう。

 いま、彼との間に、埋めようのない決定的な溝を感じてしまったぞ。

 というより、妖怪から見ても同類に思えるくらい、あの二人が人間離れしているということなのだろうか。


「と、とにかく!二人から目を離さないようにしなくちゃ。飛叢ひむらさんと鉤野こうのさんが配置についたら、いつでも飛び出せるようにね」


 僕達は、ステージ上の六人を止めるために行動を起こした。

 が、時すでに遅し。乱闘が始まってしまったため、三方に分かれ、不意を突く形で取り押さえることにした。

 ステージの両端に僕と釘宮君、反対側に鉤野さん。上空に飛叢さんといった布陣だ。

 相手が相手なので、ばれたらお終いだが、幸か不幸か、各々の相手に気を取られており、今のところ、こちらに気付いた感じはない。

 一方で、このままではいつ観客に被害が出るか分からない。

 観客達は、この騒ぎをパフォーマンスとしか見ていないようで、特にパニックは起きてはいないのが不幸中の幸いだった。


「十乃兄ちゃん、あれ!」


 不意に、釘宮君が上空を指さす。

 見上げた先には、注意してみないと分からないくらいの高度に、飛叢さんがいた。

 微動だにしなかった飛叢さんが、ゆっくりと大きく旋回する。

 どうやら、鉤野さんも配置についたようだ。

 

 準備は整った。

 よし、作戦開始だ!


----------------------------------------------------------------------------------


「待ちやがれ!」


「待ったら許してくれる!?」


「許しぬ!」


「…それ、どっちなのよ!?」


 蒼い陽炎をまとって爆走する間車まぐるまさんと、決死の表情で逃げ惑う三池みいけさん。

 まあ、普通に暮らしてきた三池さんと、運び屋などの裏稼業をこなしてきた間車さんでは、踏んできた場数が違う。

 相対したのはいいものの、三池さんには逃げ惑うことしかできなかったようだ。

 しかし、今日の間車さん、えらくエキサイトしているな…

 三池さん、一体何をしたんだろう?


「二人とも、ストップ!落ち付いて!」


 僕は二人の行く手を通せんぼするように立ち塞がった。

 手筈では、僕が二人の気を引き、その隙をぬって、上空の飛叢さんが拘束することになっている。

 そのために、まず派手に動き回る二人の動きを、一瞬でも止めなければいけない。


「と、十乃君、助けて!!」


 立ち塞がった僕の背後に回り込み、盾にする三池さん。

 眼前からは、夜叉のごとき形相の間車さんが迫る!

 ホントーに!

 一体何をしたんだ、三池さん!?


「ま、間車さん、ストップ、ストーップ!落ち着いてください!」


めぐる!?」


 僕の姿を認めた間車さんが、目を見開く。


 だが…


「って、もうその手は食うかァッ!!」


「…へ?」


 減速するかと思えば、一層速度を増して突っ込んでくる間車さん。

 横に伸ばした腕が、ウエスタンラリアットの形で、僕の首に襲いかかった。

 その死神の鎌を、間一髪で避けることができたのは、単純に恐怖に駆られた三池さんが、僕の腰にしがみつき、僕がバランスを崩したからだ。

 ローラーブレードを軋ませ、素早くターンする間車さん。


「性懲りもなく、また巡に化けやがって…いい根性してるな、あーん!?」


ヤンキーも裸足で逃げ出しそうなガンつけをしてくる間車さん。

 こ、怖い…!

 これは怒ったときの黒塚くろづか主任に迫るものがある…!


「や、あの、間車さん?何でそんなに怒ってるんですか…?」


「何で怒ってるか、だと…?」


 ニィィィィィ…と笑う間車さん。


「教えてやんよ、牝猫!その体にタップリとな!」


「牝猫…!?」


 その一言に、ハッとなる僕。


「三池さん!一体間車さんに何したんですか…って、居ないし!」


 さっきまで僕の腰にすがっていた三池さんの姿は、きれいに消えていた。

 に、逃げたな!


「ぉ往生せぇやぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 完全にキレた間車さんが、再び突っ込んでくる。

 その全身から立ち上る【千輪走破】の蒼い陽炎が、一層濃くなっていた。

 ま、まずい!

 間車さん渾身のき逃げアタックなんて食らったら、人間の僕なんて即死しかねない!

 だが、もう間に合わない!


「ッ…」


 思わず目をつぶった僕は、次に来るであろう衝撃を考え、身を固くした。


「……………?」


 だが、いつまで経っても衝撃は来なかった。


「やれやれ…だから、最初に『引っ込んでろ』って言っただろうが」


 頭上から聞こえた声に、恐る恐る目を開ける。

 見ると、飛叢さんが両腕のバンテージを使い、間車さんを縛りあげていた。


「飛叢さん!」


「おう!遅くなって悪ぃな。バックレかましてた猫又ねこまた娘をとっ捕まえるのに、少し手間取っちまった」


 ニヤリと笑いながら、背後を顎で指す飛叢さん。

 見れば、きれいに巻かれたミイラが一体、微かに蠢きながら、横たわっている。

 どうやら、逃げる途中で捕まった三池さんのようだ。


「さぁぁて…次はお前さんの番だ、運転係の姉ちゃん!俺の【天捷布舞てんしょうふぶ】で気持ちよくかせてやるぜ!」


 サディスティックな笑いを浮かべながら、嬉々としてバンテージを締め上げる飛叢さん。

 いや、だから、逝かせちゃマズイんですって…

 ともあれ、彼の妖力【天捷布舞てんしょうふぶ】は、一反木綿いったんもめんの伝承そのままに、空中飛行と両腕に巻いた木綿のバンテージを自在に操る力を発現する。

 たかが木綿と侮るなかれ、硬軟・伸縮共に自在のバンテージは、並みの力では破れもしない。

 まさに「対象を捕縛する」という点では、おあつらえ向きの妖力だ。

 対して、間車さんは突然現れた飛叢さんに驚いていたものの、すぐに笑みを浮かべた。


「へぇ!悪タレが律儀にお勤めしてやがんな…いいぜ、一反木綿。ちょっと遊ぼうか!」


 更に蒼い陽炎を濃くする間車さん。

 手足に絡みついたバンテージごと、少しずつバックしていく。

 それにつれ、空中にいた飛叢さんが、引きずられ始めた。


「おお?こいつは大物だな。いい当りだぜ!」


 今度は飛叢さんが上昇を始め、間車さんを引き戻す。

 間車さんの笑みが濃くなった。


「は、自慢のフンドシ使ってその程度かい!?」


「言ってくれるぜ!」


 飛叢さんが嬉しそうに応える。

 そのまま互いに譲らず、嬉々として力比べに興じる二人。

 うーん。

 この二人、負けず嫌いで血の気が多いところはそっくりである。


 …さて、このまま勝負の行く末を見守りたいが、そうも言っていられない。


「釘宮君、お願い」


「はいはーい」


 僕の一声で、傍らにいた釘宮君が、トコトコと二人の間に近付いていく。

 そして、二人を繋ぐバンテージを握ると、


「ごめんね、間車姉ちゃん」


 間車さんへとニッコリ笑い、片腕で思い切りバンテージを引っ張った。


「のわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!?」


 均衡を保っていた力の天秤が一気に覆される。

 踏ん張っていた間車さんは、釘宮君のひと引きでロケットのように弾け飛び、地面に激突した。


「…きゅう~」


 そのまま目を回す間車さん。

 伝承では、妖怪「赤頭」は、指の力だけで太い柱に刺さった大釘おおくぎを抜き差ししたという。

 釘宮君の妖力【仁王遊戯におうゆうぎ】は、まさにそれを再現するものだ。


「てめぇ!邪魔すんな、しょーがくせー!」


 せっかくの勝負に水を差された飛叢さんは、ご立腹だ。

 釘宮君が、苦笑しながら頭をかく。


「えへへへ…ごめんよ、飛叢兄ちゃん。ほんのちょっと力を入れただけなんだけど…」


 あれでちょっと…!?

 ううむ。

 見た目は可愛いし、いつもニコニコしているが、実は彼を怒らせたら誰よりも怖い気がする…

 飛叢さんに頭をグリグリされる釘宮君を見て、それを肝に銘じる僕だった。


おっと?


意外に早く更新できました。


でも、まだ続きます(汗)

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