【百四十七丁目】「皆で反撃開始じゃ!」
「骸世のじいさん…!!」
珍しく驚愕の表情になる山本(山本五郎左衛門)。
それに、阿久田…いや、骸世(塵塚怪王)がニッコリと笑う。
「おお、山本の。健勝そうで何よりじゃ。他の皆もな」
まるで、久し振りに会った知己にでも挨拶するような気軽さで右手を上げる骸世。
それに呆気にとられていた飛叢(一反木綿)が問い掛ける。
「な、何なんだ、アンタ…」
「言ったじゃろ?儂は『古王』“塵塚怪王”じゃよ」
「そうじゃねぇよ!何で、アンタは妖力が使えるんだ!?」
飛叢の指摘は、その場にいる全員…今回の事件の首謀者である太市(鎌鼬)ですら抱いた疑念だ。
その太市は、骸世が生み出した粗大ゴミで出来た巨人に捕まり、身動きすら取れない状況にある。
「古王」“塵塚怪王”…その名を知らぬ妖怪は皆無といってもいいだろう。
“塵塚怪王”はその名の通り「塵塚」…即ち昔のゴミの山にかかわる妖怪である。
彼は「遺棄されたものの王」であり、この世にあるありとあらゆるゴミは彼の支配下にあると言っていい。
それ故、人が誕生し、ゴミを生みだした時点から彼は存在する。
だから、数多の妖怪達は彼を最も古き王…「古王」と敬意を込めて呼ぶのである。
「お前さん方は、十乃さんの知り合いの特別住民かな?」
「あ、ああ…そうだが…」
逆に返された問いに飛叢がそう頷くと、骸世は飛叢に近寄った。
そして、その胸元にあった「入場許可証」をおもむろにむしり取る。
「お、おい!?」
驚く飛叢を手で制し、骸世は言った。
「まあ、安直じゃが上手い手ではある」
そう言いながら、捕縛されたままの太市を見上げた。
「誰にも気付かれず、目立たないように『妖力封じの護符』をこの入場許可証とやらに仕込み、あらかじめこの場所に設置した結界に反応し、発動するように仕込んでおったようじゃが…」
むしり取った入場許可証を、手にしたゴミ袋に放り込む骸世。
「長く生きとると鼻も効くようになっての。儂ぁ、胡散臭くて最初っから入場許可証を身に付ける気にならなんだ」
そう言うと、骸世は苦笑した。
「まぁ、お陰で会合中にこの会場に入るのに一苦労したがの。それを十乃さんの親切で立ち入らせてもらえるようになったんじゃよ」
その言葉に、ハッとなった飛叢が仲間や大妖達に振り向き、大声で告げた。
「おい!!全員、入場許可証を外せ!!それで妖力が戻る!!」
そう言うと、飛叢は空へと舞い上がった。
消えていた妖力が、身体中に満ちていくのが感じ取れる。
飛叢は空中から眼下にたむろする“木偶”の群れを見下ろした。
そして、骸世に片目をつぶって見せる。
「なぁ、じいさん。ゴミを片付けにここに来たって言ってたな…今から俺達も手伝っていいか?」
それに骸世も笑いながら片目をつぶって返す。
「おお。存分に頼むわい」
「お任せだ…!!」
言うや否や、飛叢は急降下した。
「【天捷布舞】!!」
声と共に、飛叢の両腕に巻かれた木綿のバンテージが剣のように伸びる。
「オラオラ!年明け早々、大掃除の始まりだ!!」
二刀の木綿剣を振るい、次々と木偶を切り捨てる飛叢。
飛び掛かってきた木偶は、素早く鞭のように変化させたバンテージで捉え、地面へと叩きつける。
その阿修羅のような奮闘ぶりに、山本がニヤリと笑った。
「…フッ、若い頃の俺に似てやがる」
そう言いながら、胸の入場許可証を握りつぶす山本。
そして、右足で地面を一度踏み鳴らした。
「さぁて、こっちもおっ始めるか…出てこい、野郎ども…!」
踏みしめた地面から、辺り一体に黒い波が走る。
同時に地面が黒く染まり、泥のようにうねり出した。
そして、その中から異形の百鬼が姿を見せる。
うろたえたように後ずさる木偶を顎で指しつつ、山本は告げた。
「十乃の坊主に怪我負わせた奴らだ。遠慮はいらねぇ、可愛がってやんな…!」
オオオオオオオオオッ!!
短い間ながら、巡に好意を抱いたのか。
山本の軍勢が、怒りの咆哮を上げ、一斉に木偶へと襲い掛かる。
「お館様…!」
その傍らに、馳せ参じたのは“大百足”の七重だ。
額を地面にこすりつけんばかりに平伏する七重に、山本はニヤリと笑いながら言った。
「遅刻の謝罪は後だ。それより、誰よりも多く首を取ってこい。それで帳消しにしてやる」
「御意…!!」
言うや否や、七重は手甲鞭を振るいながら、軍勢の先頭に立って駆け始めた。
その背後では、巨大な蜘蛛と化した朱闇(土蜘蛛)の背でくつろぎつつ、神野(神野悪五郎)が脇息に肘をつき、目の前で行われる惨殺に目を細める。
「何か、いくらでも湧いてくるから見飽きちゃったのよね、貴方達の顔」
木偶達を見下ろしつつ、氷のような笑みを浮かべ、手にした扇をパチリと閉じる神野。
「朱闇、いいから全部片付けて。私は汚物には塗れたくないから、少し休むわね」
(お任せを)
口から大量の糸を吐き、次々と木偶達を締め殺しつつ、朱闇が答えた。
「お嬢様、これを」
一方、迫る木偶を派手に投げ飛ばしていた紅刃(酒呑童子)の元に、白菊(茨木童子)が駆けつけた。
その手は、紅の槍斧と一本の洋酒瓶を差し出している。
「秘蔵のコニャックでございます」
「ありがとう、白菊」
二つを受け取ると、ズドンと槍斧を地面へと突き立て、瓶の口を叩き割る紅刃。
そのまま一気に酒を飲みつくすと、美貌を紅く染めながら、ハンカチで口元をぬぐう。
「素手喧嘩もいいのだけれど、やはり私はこちらが好みですわ」
そう言うと、槍斧の先端に口に含んでいた洋酒を吹き付ける。
居並ぶ木偶達を見やると、紅刃は薄く笑った。
「さぁ、お覚悟はよろしくて?この七代目酒呑童子が、その命殺ってさしあげますわ…!!」
その背後では、二匹の獣が競い合うように木偶達をなぎ払っていた。
言うまでもなく、小源太(隠神刑部)と玉緒(天狐)である。
「許さねぇ!!許さねぇぞ、テメェら!!よくも俺様の親友の右腕を…!!」
怒りに目の色を変え、巨獣や多頭の大蛇へ次々と変化しつつ、木偶達を打ちのめす小源太に、玉緒が薄く笑う。
「何か、ちょいした間に『男』の顔になったやないどすか」
言いながら、長く伸びた尾の先を剣先に変化させ、次々と木偶を刺し貫く玉緒。
その返り血で顔の隈取りを染め直しつつ、妖美に木偶達を見やる。
「それに、初めて意見合うたなぁ…うちの巡くんをキズものにして、ようも…!!」
さらに数本の尾が伸び、木偶達を次々と串刺しにする。
玉緒は絶叫した。
「おかげさんで、うちと巡くんが○○○やら×××する時に困るやないどすか…!!(激怒)」
「こんな時にまで、あの色ボケ狐が…」
目眩を抑えるように俚世(座敷童子)が片手で目を覆う。
そこに近付いた木偶が、俚世目掛けて襲い掛かるが、木偶の目の前で俚世は煙のように消えた。
Grurururu…??????
キョロキョロと見回すが、目の前にいる俚世には木偶達も気付かない。
彼女が持つ妖力【幻朧遊姿】の効果により、認識阻害に陥っているのである。
そのため、俚世は一人、乱戦の中でも平時同然に振舞っていた。
「…と、いかんな。早う十乃を何とかせんと、命に関わる」
「それならば、私が」
居並ぶ木偶達をアリ地獄と化した地面に叩きこみ、沙牧(砂かけ婆)が名乗りを上げる。
「む、何か手があるのか?」
「ええ。これならば、あの傷もものの数刻で塞がるでしょう」
たもとから取り出した小瓶を見せる沙牧。
それに俚世は目を剥いた。
「『河童の軟膏』か!成程、でかしたぞ沙牧!」
「なら、活路は…」
「僕達が作るよ…!」
そう声をそろえたのは鉤野(針女)と釘宮(赤頭)だ。
妖力が戻った今、二人とも木偶の群れとも互角以上に立ちまわっている。
その背後では、余(精螻蛄)が端末を手に親指を立てた。
「いまセキュリティシステムへのアクセスに成功したでござる!じきに秋羽殿や『木葉天狗衆』が増援で来るはずでござるよ!」
「よし…!」
俚世が手にした扇子を軍配代わりに振るった。
「皆で反撃開始じゃ!」




