【九十六丁目】「俺の台詞だ」
凄まじい爆音が大気を裂く。
続けて放たれた炎の礫が、押し寄せる花嫁達をけん制する様に放たれた。
地面に着弾した礫が派手に燃え上がるが、それを見ても花嫁達は包囲の輪を緩めない。
「逃がすな!」
「もう少しよ、そっちに追い込んで!」
戦場で檄を飛ばし合う兵士達の様に、連携をとって、獲物を追い詰めてくる花嫁達。
倒れてもすぐに起き上がり、退いてもすぐに押し寄せる。
他の宮が陥落した事を知り、花嫁達も残り少ない花束を何としても手に入れようと必死だった。
その様を見ながら、純白のドレスを纏い、バイクにまたがった一人の花嫁が舌打ちする。
「おいおい、まるでゾンビ映画だな、こりゃ」
「六月の花嫁大戦」
第四戦の舞台となっているのは、大きな鉄製の龍の火時計がある「火時計の庭園」だ。
「火の宮」の「守護花嫁」である妃道 軌(片輪車)は、持ち前のライディングテクニックを駆使し、雲霞の如き花嫁達から花束を死守していた。
『せっかくのイベントですし、ただサポートに回るだけでは面白くないでしょう』
二弐(二口女)から依頼され、輪達のサポート役を渋々やる事になった妃道達に、そう提案してきたのは沙牧(砂かけ婆)だった。
彼女はこうも言った。
『やはり、こうしたイベントは盛り上がりが大切です。どうせですし、私達もそのお手伝いをしながら、一緒に楽しめば良いと思いませんか?』
結局、乗り気になった篝(牛鬼)と異論を挟まなかった樹御前(彭侯)、諸手を上げて賛同した「風の宮」の「守護花嫁」に加わる形で、妃道も沙牧の案に乗ることとなったのだ。
しかし、現状は楽しむどころではなかった。
妃道のバイクの爆音が目立ったせいか、かなりの数の花嫁達が「火の宮」に押し寄せてきたのである。
“スネークバイト”の覇者にして、スピードクイーンでもある妃道にしてみれば、バイクで逃げ回れば片がつく話だ。
が「火時計の庭園」は、周囲を塀に囲まれた限定空間である。
その上、花嫁達に幾重にも包囲されてはそれも叶わない。
そしてそれ以上に、逃げ回るという事は、妃道の性格にしてみれば選ぶことのない選択肢だった。
が、それが災いした。
何しろ、相手は数が多い。
是が非にも妃道の守る「バラの花束」を手に入れようと、それこそゾンビの様にしつこく襲い掛かってくる。
妃道の妖力【炎情軌道】を駆使すれば、撃退自体はそう難しくないが、二弐からは「来場者にケガさせるな」とも厳命されている。
高い攻撃力がウリである【炎情軌道】にとって、これもマイナスになってしまっていた。
「隙あり!」
不意にそう叫びながら、妃道の背後から一人の花嫁が跳躍する。
「妖力【背面重縛】!…おばりよん!!」
どうやら、花嫁の正体は“おばりよん”のようだ。
“おばりよん”は新潟県三条市に伝わる妖怪で、夜道を行く人に「おばりよん(負ぶさりたい)」といってその背に張り付くとされる、いわゆる「おんぶお化け」の一種である。
そして、一旦背負われると、その重さは際限なく増えるといわれていた。
妃道は慌ててハンドルを切った。
いま取り付かれ、身動きできなくなればお終いである。
間一髪で避けきり、他の花嫁に誤爆した“おんばりよん”を尻目に、妃道は限られたスペースを爆走する。
「このままじゃあ、ジリ貧もいいとこだ…仕方ない。久々にいくよ!」
妃道はバイクをウィリー状態に引き起こす。
その迫力に、一瞬威圧された様に花嫁達の足並みが乱れた。
「いきな!【炎情軌道】五月雨打ち!」
妃道のバイクの後輪が、炎弾をほとばしらせる。
通常のものより、かなり小さめの炎弾は、まるで炎の雨の様に周囲に飛び散った。
追いすがろうとした花嫁達は、その中を悲鳴を上げて逃げ惑う。
「ふっ、悪く思うんじゃないよ!」
バイクに括り付けたバラの花束と共に、包囲網を抜けだす妃道。
あっという間にスピード上げ、距離を稼ぐ。
とりあえず一度態勢を立て直すべく、妃道は庭園を駆け抜けた。
「!?」
不意に。
妃道の視界の端を何かがよぎる。
色鮮やかな色彩を纏った「それ」は、妃道のバイクと並走する様に移動していた。
その正体を目の当たりにした妃道が、絶句する。
「…ウソだろ、おい」
色彩の正体は一人の花嫁だった。
美しい桜の刺繍が入った色打掛を着た、金髪の女性だ。
しかも、驚くべきことに女性は四足獣の様に手足を使って駆けていた。
おまけにその背にもう一人の花嫁を乗せ、妃道のバイクと並走していたのである。
妃道は我が目を疑った。
間違いなくこの二人は…いや、少なくとも金髪の女性の方は特別住民だろう。
それはいい。
俊足の妖怪はいる事はいる。
だが、“片輪車”である自分が駆るバイクに追い付くことが出来る妖怪など、そうはいない。
しかも、何の乗り物も使わずに、である。
「Hey!Youが花束の所有者ネー?」
金髪の女性…リュカ(犬神)が、息の乱れも見せずに妃道にそう尋ねてくる。
「あ、ああ、そうだけど…って、何なんだ、アンタら!?」
「あの!その!スミマセン!事情がありまして!その花束をこちらに渡していただけませんでしょうか!?」
リュカの背に揺られながら、振り落とされまいと必死の形相で巴(舞首)が絶叫気味にそう言った。
突然の申し出に眉根を寄せる妃道。
「はあ!?何だよ、そりゃあ!事情ってなどういうこった!?」
「詳しくお話する時間がないのですが…その、人命に関わることでして…!」
「…悪いけど、聞けないね!」
バイクを駆りながら、妃道は鼻を鳴らした。
どう見ても胡散臭い二人組である。
まともに相手をする必要などないだろう。
「そんなに欲しけりゃ、実力でぶん取りな!」
そのまま加速する妃道。
たちまちリュカと巴を置き去りにし、疾走する。
その背中を見送りながら、巴は目をパチクリさせた。
「す、スゴイスピード…どうしましょう、リュカさん。あれじゃあ追い付けないですよ!?」
「そうですカー?」
それにリュカは首を捻った。
「あれくらいなら、あっという間に追い付けるヨー?」
「え?」
巴がその意味を問い質そうとした瞬間。
リュカが遠吠えの様に吠えた。
「Ahwooooooo!」
同時にその頭にぴょこんと犬耳が生え、お尻からふさふさの尻尾が飛び出る。
まさに。
犬っ娘そのものの外見だった。
「しっかり掴まっててくだサーイ!」
「え、ちょ、ちょっとぉぉぉぉぉぉぉぉぉ…!?」
ドン…!
巴が色々とツッコミを入れようとした矢先、急な加速が加わった。
耐えきれず、巴の上体が後ろへ弓なりになる。
恐ろしいスピードで駆け始めたリュカが、妃道のバイクに追い付くのは正にあっという間だった。
「Hey、ファイアーガール!その花束をGive me pleaseネー!武士の情けデース!」
再びバイクと並走するリュカとその犬っ娘姿に、ギョッとなる妃道。
「な、何だ!?一体何なんだい、アンタら!?」
「ただの花嫁デース」
「『ただの花嫁』が四足走行であたしのバイクに追い付くわきゃねーだろ!フカシてんじゃないよ、ワン公!」
「No!ワタシ『犬』違いマース!こう見えても、血統書つきの…」
「ああ、もう!」
不意に、妃道はバイクを一度減速させた。
一歩前を行くリュカ達の背後に付く形になる妃道。
「うざったい連中だね!これでもくらいな!」
バイクの後輪が炎を生んだ。
路上に炎の軌道を残しつつ、妃道のバイクが咆哮する。
「いきな!【炎情軌道】!」
バイクの後輪から放たれる炎弾。
リュカはそれを左右にかわしながら、何とかやり過ごす。
そして、目を輝かせながら、
「What!?日本のバイクにはそんな機能もあるんですカー!?さすが、日本の技術力は侮れないネー!どこで売ってるノー?ワタシも一台欲しいデース!」
「ふざけてんのかい、アンタ!」
更に追撃する妃道。
迫り来る炎弾を、再びかわしながら、リュカは背中の巴に声を掛けた。
「Hey、巴!このままではピンチねー!何か手はないノー?」
しかし、返答は無言。
「巴、どうしたネー?」
疾走しながら背後を振り向くリュカ。
そこには。
リュカの背に馬乗りになったまま、泡を吹き、完全に目を回している巴の姿があった。
どうやら、恐ろしいまでの急加速に耐えられず、あっさり気絶したようである。
「No!寝てる場合じゃないヨー、巴!?」
「トドメだ!」
妃道のバイクが再び咆哮を上げた。
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「いかん…!」
本部テント内部。
モニターの一つに転送されたオーロラビジョンの映像…リュカ達の窮地を見た秋羽(三尺坊)が、思わずそう叫びながら立ち上がった。
五つの花束を手に入れるべく分散した黒塚達とは分かれ、圓(目目連)と共に会場内の映像チェックに専念していた彼女だが、部下の危機に飛び出そうとする。
それを圓が引き止めた。
「どこに行く気です、日羅戦士長」
彼女は自らの妖力【万照冥眼】を展開中だった。
現在、彼女を取り囲む空間には、無数の映像が浮かび上がっている。
いずれも会場内の様子を映し出しており、圓はその全てを眼隠しで覆われた視覚でチェックいるのである。
「決まっているでしょう。彼女達の増援に…!」
「無用です」
冷静にそう告げる圓に、秋羽は思わず振り返った。
「しかし、あのままでは二人共やられてしまいます!」
かつて、雉鳴山で乙輪姫(天逆毎)を相手どり、共に戦った妃道の実力を知っているだけに、秋羽は自らの采配ミスを悔いた。
「他の部署」より派遣されてきたリュカの実戦経験はともかく、巴は完全に実戦経験ゼロだ。
そのため、単独行動を避けるように指示し、敢えてリュカと組ませたのだが、相手が悪過ぎた。
せめて、妃道と相性の良い自分が出ていれば、こんな事態にはならなかっただろう。
「その心配も無用です」
「何故です!?三ノ塚は完全に失神してるんですよ!?リュカ一人で彼女を庇いながらの戦闘は無理です!」
食い下がる秋羽に、圓は向き直った。
「気を失ったから、心配無用なんです」
「…どういう事です?」
圓の言葉の真意を汲みかねて、秋羽がそう問いただす。
圓は気にした様子も無く、再び映像チェックを行いながら言った。
「日羅戦士長は、彼女…三ノ塚さんをどう評価されていますか?」
唐突な質問に、秋羽は怪訝そうな表情になる。
「どう…と申されましても…まあ、忌憚なく言えば『ずぶの素人』でしょうか」
「では、もう一つお伺いします。『ずぶの素人』風情が、特別住民対策室に採用されるとお思いですか…?」
ハッとなる秋羽。
特別住民対策室は圓や秋羽、その配下である「木葉天狗衆」をはじめ、様々な分野のプロフェッショナルが集うエリート部署である。
そのため、採用試験は難関で知られ、決してまぐれで突破できるものでもない。
秋羽はモニターを注視した。
当の巴は、だらしなく失神したままだ。
それを睨みながら、秋羽は顎に手を当てた。
(三ノ塚 巴…こいつは一体何者なのだ…?)
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「無流…」
腰に差した刀の柄に左手を掛け、リュカが「コォォォ」と呼気を整える。
「剣伝『天つ風』!」
瞬間。
居合抜きの要領で抜刀された刃から、不可視の何かが放たれる。
それは迫り来る妃道の炎弾を透過し、そのまま真っ二つにした。
二つに断たれた炎弾は、リュカの左右後方に着弾し、鮮やかな炎の華を咲かせた。
「…Huuu、ぶっつけ本番、大成功ネー」
額の汗を拭いながら、ズリ落ちそうになる背中の巴をおんぶし直すリュカ。
その一幕に、観客が興奮したように歓声を上げる。
「な、なんとぉぉぉッ!『守護花嫁』妃道さんの炎を、謎の犬っ娘が刀一本で両断したーッ!」
「まさに絶技!謎の剣術『無流』がいまここにそのヴェールを脱いだーッ!!」
興奮を隠さず、二弐がそう実況する。
隣りにいる鉤野(針女)も着物の肩をズリ落とし、茫然と呟いた。
「そ、そんな、漫画じゃあるまいし…」
「さあ、今まさに最高潮を迎えつつある『六月の花嫁大戦』!ここ『火の宮』での激戦は、文字通り白熱の展開へ!」
「モニタリング異常を起こしていた『木の宮』では、未確認ながら既に勝者が確定した模様!残りの花束は残すところあと二つとなっております!」
そんな実況もよそに、妃道は唖然とした表情で固まっていた。
「…ホントに何者なんだ、アンタら」
手加減したとはいえ【炎情軌道】を刀で真っ二つにするなぞ、そうそう出来る芸当ではない。
それにリュカがウインクで応える。
「ムッフー、これぞ『東洋の神秘』ネー!」
「そうかい…一つだけだが、よーく分かったよ」
バイクの爆音を轟かせながら、妃道は不敵に笑った。
「速さも火力も、アンタ相手なら手加減はいらない…ってね!」
そう言いながら、再びバイクをウィリー状態にする妃道。
“片輪車”である彼女にとっては、この形態こそが本領発揮となる。
それを証明するように、妃道はあり得ない加速状態に移った。
それを見たリュカが瞠目する。
「OH!?」
突進するバイクの後輪が炎に包まれる。
同時に妃道が鋭く叫んだ。
「いきな!【炎情軌道】!」
その瞬間、凄まじい熱量を放つ炎弾が放たれた。
先程までの炎弾とはスピードも明らかに違う。
「くっ…!」
迎え撃とうとしたリュカだったが、背中の巴を支えつつ、回避するのが精一杯だった。
「ほらほら、まだまだいくよ!」
再度放たれる炎弾。
しかも、今度は二つだ。
慌てて身を翻すリュカ。
「No、おかわりはいりまセーン!」
「遠慮すんな!もっと喰らってきな!」
妃道のバイクに描かれた炎の模様が、実体を結ぶ。
下半身を業火に包みながら、妃道は三度炎弾を放った。
「Shit!せめて、両手が使えれば…!」
歯噛みするリュカ。
と、不意にその足を滑らせる。
背中の巴を支え直そうとして、バランスを崩したのだ。
「No!」
そのまま、リュカは派手に転倒した。
そこに妃道の炎弾が迫る。
ハッとなって、投げ出された巴に覆い被さるリュカ。
「ええい、こうなったら『心頭滅却すれば火もまた寿司』ネー!」
巴を庇いつつ、リュカが絶叫する。
ドォォォォォォン…!!
直撃だった。
その光景に、静まり返る観客。
さすがに二弐や鉤野も声が無い。
「…チッ。少しやり過ぎたか」
立ち昇る爆炎を見詰めながら、後味悪そうに妃道がそう呟く。
誰もが、最悪の結末に声を失った。
だが…
「いいや、そいつはあんたの台詞じゃないな」
妃道がその声に反応する。
そして、見上げた龍の火時計の上に、一人の女が自分を見下ろしているのに気付いた。
紅い髪をなびかせたその女は、妃道に向けて、酷薄な笑みを浮かべて告げる。
「俺の台詞だ」
瞬間、女は跳躍しながら、自らが纏ったウエディングドレスのスカートの中から、黒く短い棒を引っ張り出す。
そして、そのまま妃道へと襲い掛かった。
「…!」
咄嗟にハンドルをきり、回避する妃道。
ドゴォォォォン!!
女性の一撃を受け、石畳が派手に陥没する。
砂埃が巻き起こる中、手にした短い棒をダラリと下げる紅い髪の女。
それは三節棍と呼ばれる武器だった。
「よくもやってくれたな、テメエ」
三節棍を一閃し、一本の棍に変化させる女。
そのまま、溢れ出る殺気を隠そうともせず、妃道へと歩み寄る。
荒事に慣れた妃道だったが、女の放つその気迫に思わず呑まれそうになった。
「…誰だ、アンタ」
女を睨みつけながら、そう尋ねる妃道。
紅い髪の女が、不敵に嗤う。
「俺か?」
嗤いながら、女は爆炎を背に告げる。
「俺は翔燃。三ノ塚 翔燃。“舞首”の一つ『二の首』だよ」




