1.
明日からランベールが主催する狩猟祭が始まる。狩猟に参加する貴族とその関係者たちは、皆王国一美しいと言われているナインヴァンス城へと向かっている。
私はヴィクトルお兄さまと馬車に同乗しながら、ちょっとガッカリしていた。
知らず知らずのうちにため息を吐いてしまって、ヴィクトルお兄さまに頭を撫でられる。
「可愛いエリー、そんなに落ち込まないで。お兄さまがずっと一緒に居るからね」
「いえ、大丈夫よ。アランさまも、すぐにお仕事を終えて参加してくださるって信じてるから」
そう、本当なら一緒に狩猟祭に行く予定だったアランさまが、急きょお仕事を入れられて行けなくなってしまったのだ。一緒に行きたかったよ~!
でも、仕事を終えたら追いかけてきてくれるって言ってたから、それを信じて待つわ。
アランさまが参加出来ていたら、馬車の中でもウキウキで楽しかっただろうに。
今、私の隣にはねっとりとした視線をこちらに向けるヴィクトルお兄さましか居ない。
私が健気にもアランさまを待つと言うと、彼はクスッと楽しそうに笑った。
「そう上手くいくかな?」
「……! ヴィクトルお兄さま、アランさまにお仕事を押し付けて来るのを妨害したんじゃないでしょうねっ」
「まさか。私にはそんな権限は無いよ」
「そ、そうよね」
考えすぎだったかな。魔術伯は、権力の構造外に居るから、本当に急ぎの仕事じゃないと拒否だって出来る筈だ。アランさまが引き受けたということは、彼でないと出来ないお仕事があるってことだ。
しかし、ヴィクトルお兄さまはまた感じ悪く笑って言う。
「でも、私以外の人が妨害したかもね」
「そんな。アランさま……」
王妃殿下であるパトラ伯母さまが私たちの仲を認めてくれて、公然と恋人同士として認められるようになった。新聞記事のスキャンダルは結局なんだったんだ? という雰囲気になっている。アランさまが堂々と私を恋人で求婚中だと宣言してくれたからだ。
でも、お父さまは全然婚約の話を進めてくれない。お願いしてものらくら避けられ、挙句の果てにはランベールの婚約も決まってないからな~、なんてことを言われた。
ランベール関係なくない?!
しかし、それならもう私が決めてしまいましょう。
この狩猟祭で、ランベールとセリーヌ姫の仲を確実なものにして、婚約どころか婚姻まで押し進めてみせる! それが今回の狩猟祭参加理由よ。
これと、未だにアランさまのお屋敷に居候しているソフィアを追い出すことが、私の目標二本柱ね。
私が一人でも参加すると告げると、アランさまはとても心配してくれた。そして護符やら守護の石やらを大量にくれたのだ。
悪意ある接触を防ぐ守護石はネックレスにしてずっと身に着けている。
魔法攻撃を防ぐ護符はドレスに仕込んであるし、大ぶりのサファイアはいざという時、身代わりの護り石となってくれる。
しかし、その時はこの高価なサファイアが壊れてしまうので、出来れば使いたくない。
まあ、ここまでしているから一人参加でも私の身は安全だろう。
その時、私の髪を撫でていたヴィクトルお兄さまの手がつつっと首筋に降りて来て、そしてパチンと結界に阻まれた。
お兄さまは驚いたような顔をして、手を空中に浮かせている。
私はハッとして言った。
「ちょっと、お兄さま! 私に悪意を持って触れようとしたわね?!」
「悪意なんて無いよ。邪な気持ちはあったけど」
「な……っ! 余計悪いわよっ! もう触らないで!」
前々から、ねっとりした視線が気持ち悪いと思っていたのだ。
それを、邪な気持ちとかッ! ありえない! 実の兄妹で!
私は距離を取って、気持ち悪い虫を見る目でお兄さまに嫌な顔を向けた。
するとヴィクトルお兄さまはニコニコしながら口を開く。
「エリーが可愛すぎるのがいけないんだよ。今日から二人で過ごせるのは、とても楽しみだね」
「二人では過ごさないから。お兄さまとは離れて過ごすから」
「そんなに冷たくされると、お兄さまは悲しいよ」
ずっと可愛がってもらって、甘やかしてもらったのは感謝している。でも、ちょっとな~。
「ヴィクトルお兄さまも、妹離れをしてください」
「嫌だよ。可愛いエリー、お兄さまにももう少し優しくしておくれ」
それこそ嫌だよ。甘やかしたら付けあがりそうだし。
「…………」
私は出来るだけお兄さまと離れて、窓の外から遠くを見る馬車の旅を、目的地まで続けたのだった。
ノインシュタイン城に到着すると、独身の男女では宿泊棟が別れることになる。
それを懸念してヴィクトルお兄さまは、知り合いの女性を私の付添人に指名したようだ。
先に到着して私たちを出迎えてくれた女性を、お兄さまが紹介してくれた。
「可愛いエリー、彼女はミリセント。ウォルター伯爵家のご令嬢だ」
「エリーさま、ミリセントです。よろしくお願いしますね」
とても知的で大人な感じのする、美人さんだった。こんな人と知り合いだなんて、ヴィクトルお兄さまもなかなか隅に置けない。
「はい、ミリセント。私のことはエリーとでも、エリザベスとでも呼んでくださいね」
私がにこやかに挨拶すると、ヴィクトルお兄さまが一つ頷いて言う。
「エリー、今回は騎士の帯同は認められなかったから、いつもの護衛が居らず不安なことだろう。私が傍に居られない時は、ミリセントと行動を共にするように」
「はーい」
狩猟祭では、騎士たちも狩猟する方に回るので護衛はしない。大体、騎士もどこかの貴族の子息だし。ここで活躍して腕を認めてもらったり、身分ある女性に見初めてもらったり、というのを狙うのである。
だから、マドレーヌを連れて来られなかった。それに、セリーヌ姫にマドレーヌは辞めたと言っちゃった手前、堂々と護衛騎士としては傍に置けない。
今のマドレーヌはグレゴリーと結婚して貴族籍から抜け、平民になっている。私の侍女として傍に居てもらうのも突っ込まれるだろうから、代わりにシーラに同行してもらった。
シーラは頭と記憶力が良くて礼儀作法も完璧なので頼りになる。シーラにも、アランさまの護符や宝石を渡している。騎士や狩猟の為の武装した貴公子たちがたくさん居る城内は、そんな不埒な人も居ないだろうけど。
シーラと共に、割り当てられた部屋に行こうとする私に、ミリセントが声を掛けてきた。
「私のお部屋に遊びにいらっしゃいませんか。エリザベスさまとは、色々お話したかったの」
「ええ、勿論。ミリセントとお兄さまのお話を聞きたいわ」
二人がどういう関係なのか、興味はある。
すると、ミリセントは小首を傾げてから微かに笑った。
「あら、ご存じなかったの」
「え……?」
「私たち、婚約しているんですよ。もう八年になるかしら」
「えーっ!」
八年も婚約したままで結婚していないなんて。
ヴィクトルお兄さまは二十八歳だった。ミリセントも二十代半ばにはなっていると思う。
花の盛りは短いというのに、そんな鬼のような所業を許せるわけがない。
一体、兄は何をしていたのだ。
私が驚いて、色々話そうとしたが、ミリセントは小声で囁く。
「続きは、お部屋で話しましょう」
「そ、そうね。シーラ、私、ミリセントのお部屋に先に行っておくわ。後から来てちょうだい」
「かしこまりました」
私とミリセントのお部屋は、同じフロアにあってすぐ近くだ。
そこは公爵家と伯爵家の格差があって、私のお部屋の方が広くて奥まった場所にある。
荷物の運び込みと整理はシーラに任せて、私はミリセントの部屋に招待された。
ソファに向き合って座って、ミリセントの侍女がお茶を淹れてくれる。
ミリセントが下がるよう合図したので、侍女は一礼してしずしずと退室していった。
部屋には二人きりだ。
私は、気になって仕方ないことを先ず訊ねた。
「あのっ。ミリセントは、お兄さまと結婚しなくても、良いの……?」
「ふふ。普通なら、八年も婚約したまま放置っていうのは酷いですよね。私ももう立派な嫁き遅れになってしまったわ」
「本当に、酷いと思うわ! お兄さまは一体、どういうつもりなのかしら。それを許している、お父さまも」
私が憤ると、ミリセントは小首を傾げて言った。
「エリザベスは何も知らなかったのね」
「ええ。家では全然、お兄さまの婚約者の話も聞いたことがなくて。もう三十近いのに、なかなか結婚しないなとは思っていたんだけれど」
「度を越したシスコンだから仕方ないわ。珍しく呼び出されたと思ったら、狩猟祭で妹の面倒を見ろって言うんだから」
「なんか……、申し訳ないわ……」
兄に付き合わされて、八年も若い時を捧げさせられ、私の面倒を見させられる。
ミリセントにすれば、私はにっくき女だと思う。でも、彼女は私を睨みつけたりもせず、上品に微笑んでいる。ただ、じっくり眺めてきてはいる。
私への感情は決して悪いものではなさそうだけれど、興味深く観察しているように感じられた。
彼女は微かな笑みのまま口を開いた。
「それは気にしなくて良いわ。ある種の契約だもの。婚約期間中も、援助は受けているの。うちの領地、八年前は本当に危機的状況だったのよ。でも、公爵家からの援助で随分持ち直したわ」
「それだったら、良いんだけど……」
随分割り切った関係のようだ。でも、結婚するにしてもしないにしても、もう少し早く決断すべきではなかろうか。八年は長すぎる。
私が煮え切らない返事で口をもごもごさせると、彼女はフフッと笑って言う。
「今、二十五歳なんだけれど。でも、この世界では結婚していないとおかしいって早すぎると思うわ。前世なら、三十歳独身でも全然平気だったのに」
「え……?」
「領地では、結構改革出来たと思うんだけれど、あんまりチート能力とかは無くて残念だったわ。魔法で、なんとかなれ~ってやっていったらなんとかなったけど。でも、私がそんなことをコツコツしているうちにあっという間にスマホが出来るんですものね。すごいわ、スマホって」
「あ……」
私は、私のような存在が他に居るという可能性を全然考えていなかった。
彼女も、そうなんだ。
異世界転生者なんだ!
私は驚きで目を見開き、微笑を浮かべるミリセントをまじまじと見つめたのだった。




