2.
さて、では公国に詳しい誰かに状況を教えてもらおうかな。商会だったら公国とも商売しているかも。ロナルドに聞いてみよう。お母さまも知っているかもだけど、家族ぐるみで反対されてるなら聞きにくいかなあ。
王宮の馬車寄せに向かって歩いていると、背後から駆け寄ってくる足音がした。
「エリさまっ! エリさまー!」
振り返ってアッと思う。声を掛けてきたのは、ランベールに押し付けたヤバ侍女のステイシーだったのだ。
「ステイシー……、ここで働いていたのね……」
「そうなんですよー! エリさま久しぶりです! 私、奥向きの仕事が出来る身分じゃないから、お掃除ばっかりしてるんですよ! 誰とも喋るなって言われるし~。エリさまの侍女に戻りたいなー、なんて」
「全然心入れ替えてなさそうだからダメ! 黙って掃除出来るようになりなさい」
私が突き放すと、ステイシーは不満そうだったけど返事をした。
「はーい。でもエリさま、こっちってアランさまの研究棟から離れてますよね? 王宮に何か御用だったんですか」
すごい目敏い。この鋭い視線を、仕事に活かして上役とか主人に気に入られるように働いたらいいのに。
懇親会の担当役人に先に会いに来たから、馬車もいつもの研究棟の置き場ではない場所に置いていたのだ。
私は適当に誤魔化した。
「ま、色々ね」
「ひょっとして、王妃さまに呼ばれたっていう噂の一件ですか」
「えっ。ちょっと~。何の噂になってるって言うの」
「王太子妃候補に入るとか入らないとか? 侍女のみんな、噂してますよ」
大体、侍女なんて口が軽くて噂好きなのである。
私はきっぱりと言った。
「違うわよ。私はアランさま一筋なんだから」
「じゃあ、王太子妃候補の筆頭はヴァランシ公国の公女セリーヌさまが本命なんですかねえ」
「えーっ!」
ということは、セリーヌ姫にこの国に好きになってもらうっていう命令は、ランベールのお妃さまにするってことか。
なるほど理解。
そして、目の前には色々噂に詳しそうで口が軽い侍女。
「そうですよ。エリさま、知らなかったんですか」
「そっちには興味はないわ。でも私、ヴァランシ公国のことちょっと知りたいわ。ステイシー、知ってることを教えてくれたら欲しいもの買ってあげる」
「いいんですかー! 私、肌着の類が全然無くて! 実家から差し入れて貰えないし、すごく肩身が狭いんですよ!」
ステイシーの訴えに、私は鷹揚に頷いた。
「肌着も普段着も差し入れるわ」
「ヴァランシ公国のこと、私もよく知らないんですけど公女さまが月に一回、王宮にいらっしゃって~」
ステイシーは聞きたいことをばっちり教えてくれた。
彼女によると、公国でもお芝居は盛ん。そして公女さまは明るく楽しい恋愛劇を好まれるらしい。悲劇を観劇された後は反応がイマイチで、クラシックコンサートや古典芸術の時は目を瞑って深く考え事をされていたとか。
ということは、爽やかでベタな恋愛ものを上演すれば良い。
問題は、今から二十日後に演じてくれる役者なんて見つかりそうにないことだけか。
私はステイシーにお礼を言って、屋敷に戻る馬車の中で唸っていた。
前世の記憶では、役者のスケジュールを押さえるのなんて一年も二年も前からやっていた。脚本演出や他のスタッフ手配だって年単位で考えなきゃだし、役者のお稽古期間だって二か月や三か月取る。
朗読劇という形で、ほとんど台詞を覚えなくて良いなら稽古期間はぐっと短くなるので、その方向でいくか。
役者は、素人に毛の生えた程度の町の劇団とかでもいいので、一生懸命さが光ってくれたらそれで。
そんなことを考えながら屋敷に戻ると、爺やに耳打ちされた。
「リーシャ商会のライナスさまが商談でいらっしゃっております。是非エリザベスさまにもお目通りを願いたいとのことです」
「……! 会うわ!」
これは、ひょっとして、ついに機が合ったのかもしれない。今まで全く噛み合わなかったライナスと、ついにタイミングが合ったのかも。
私は彼が待つ応接室に入っていくと、ライナスと彼の護衛の黒い騎士が居た。
黒騎士は相変わらず、私に反感を持っているっぽいけど静かに立っている。
ライナスは如才なくにこやかに挨拶をした。
「お嬢さま、お久しぶりでございます。ご機嫌はいかがでしょうか」
「いつも通りよ。ねえ、さっそく本題に入りたいんだけれど、良いかしら」
「勿論でございます」
私は前置きと雑談をすっ飛ばして要望を口にした。
「劇団……、役者や演出家なんかに伝手はないかしら」
「ございます」
「あるんだ!」
「はい。二十日後のヴァランシ公国公女さまが出席される会での演目、ですよね」
私は舌を巻いた。
何も言っていないうちに、目的までちゃんと把握されている。
「どうして分かったの?」
「この時期に劇団を探されるのは、それしかないと推測いたしました」
「でも、こんなに急に紹介してもらっても、本番に間に合うのかしら?」
「その点は問題ございません。実は、その劇団は今回の懇親会に出演するつもりで予定を開けていたのです」
なるほど。スケジュールを取っておいたのに、声が掛からなかったのか。
「それで、その劇団って?」
「はい、モンペール劇団と言います。モンペールが書く脚本は王都でも評判ですし、看板女優のヴィヴィアンは素晴らしい演技をします」
何だか聞いたことある。
どこで聞いたか思い返して、ハッとした。
ずっと前に、お母さまが言ってたんだ。王都で流行っていて、チケットが取れにくいって。
でも、悲劇が評判って言ってたような気がする。
私は一応言っておいた。
「聞いたことはあるわ。でも、悲劇が得意な劇団なんでしょう? 私、見た後に明るい気持ちになれるようなお芝居を希望したいんだけれど」
「勿論、悲劇のみではありません。主役の二人が結ばれる恋愛劇なんかもございます」
「それなら良いけれど」
すると、ライナスはいつになく急いだ様子を見せた。
「それでは今から、モンペールの予定を確認いたします。もう二十日、明日から始動しても十九日。すぐにでも始動しなければ本番には間に合わないでしょう」
「そうね……」
「では、失礼いたします」
ライナスと黒い護衛騎士は風のように去って行った。
ステイシーの肌着のことを頼む隙も無いほどだった。
本当は、モンペールがどんな人か話してみたかったけど、そんなことをしている時間は無いのかもしれない。
でも、合間にライナスとリーシャ商会が入ってくれるなら、彼らが紹介の責任は請け負ってくれるだろう。
その日のうちにライナスから使いが来て、モンペール劇団の都合がついたことを教えてくれた。そして、明日顔合わせをしてさっそく稽古に入りたいとのことだった。
本番まで時間が無いので、王宮内の舞台をそのまま稽古場に使うとも聞いた。
流石にいきなり王宮内で顔合わせは断った。どんな人かも分からないまま王宮に招くわけにはいかない。
そう主張して、モンペール劇団がいつも稽古場に使っている場所で顔合わせすることになった。
ライナスの使いは
『お嬢さまに足を運んで頂くような場所ではありませんが』
と恐縮していたけど、いきなり王宮よりは良いと思う。
というわけで、私はいつもの如くマドレーヌを引き連れてモンペールに会いに行った。
「これはこれは、お嬢さま。またお会い出来て光栄でございます」
「貴方は……」
出迎えた、無駄にキラキラした顔のイケメンに見覚えがあった。
「はい。以前、リーシャ商会でお目にかかったテレンスと申します」
ステイシーにハニトラを仕掛けようと声を掛けた、リーシャ商会の男だ。役者みたいだなって思ったのは間違いではなかったらしい。
それでこの劇団をリーシャ商会が紹介してきたのかと思い当たった。彼らもずぶずぶの関係らしい。
テレンスと話すことは特にないので、私は話をぶった切った。
「それで、劇団主宰はどちらかしら」
「はい、こちらに」
彼が導いた先には、五十がらみの細くて小柄だけど、すごく偉そうなおじさんが居た。
「私がモンペールです。貴女さまが芸術を理解してくださる御方ですとよろしいのですが」
「私の要望は、楽しく観られるお芝居よ。観終わった後で、幸せな気持ちになれるような、観劇して良かったと思えるお芝居を貴方は創ることが出来るかしら?」
「勿論でございます」
一応はへりくだっているけれど、尊大な芸術おじさんといった感じに見える。
私は更に重ねて尋ねた。
「その上で、ヴァランシ公国との友好を描くようなお話に出来ると良いのだけれど」
「それも勿論です。ブリジット、来い!」
「はい!」
体育会系みたいに、モンペールが命じるとブリジットと呼ばれた女性が走ってやってきた。女優だけあって目鼻立ちのぱっちりとした、赤髪の二十歳くらいの人だ。
モンペールは彼女を指して言う。
「このブリジットは、シュルマン王国とヴァランシ公国の混血です。彼女を二番手にします」
「なるほどね。主役は誰がするの?」
「主役はうちの看板、ヴィヴィアンです。相手役はテレンスにします」
「……ということは、恋愛劇になるのかしら?」
私が確認すると、モンペールは当然とばかりに頷いた。
「二人の愛と苦悩、その上で結ばれる物語にします。観客は良かったと思うことでしょう」
「そう。では、脚本が出来上がったらすぐに見せてちょうだい」
ぴくり、とモンペールが反応したような気がした。
うん?
見返すと、彼は愛想笑いをして説明する。
「はい、出来上がり次第に。しかし、まだ出来あがらないうちから練習に入ったりしますので、完成は直前になりそうです」
「出来上がっている部分まででいいわ。完成していなくても、見せてもらうわ」
「勿論です」
出来るって言ってるなら任せるべきだろう。ただ、一抹の不安はある。
私は声を抑えてモンペールに尋ねた。
「テレンスは、リーシャ商会と組んで美人局のようなことをしているわ。そんな人を主役にして大丈夫かしら?」
その問いかけに、モンペールは笑って答えた。
「彼の演技力はリーシャ商会も認めているということでしょう。何も問題はありません」
「そう。では脚本、お願いね。人をやって取りに行かせるわ」
しかし、全く脚本は上がってこないのであった。




