2.
アランさまに会う前に、工房に行ってスマホを取りに行く。既に親方に連絡して、ハイエンドモデルを用意してもらっている。
マドレーヌをお供に、馬車で工房にいつものように行く。彼女にエスコートしてもらって馬車から降りると、なんとなく視線を感じた。
うん? なんだろうと思って顔を上げると、周囲の人たちが興味深げに私の様子を伺っていた。
よくここには来るのに、どうして今日はこんなに注目を浴びるのだろう。
スマホがいよいよ発売間近だから、気にしているのだろうか。
門番の傭兵の人にいつもの通り、
「ご苦労さま」
と軽い挨拶をする。すると、何故か彼は気まずい様子で、ちょっと狼狽えてから頭をぺこりと下げた。
よく分からないながらも、工房の中に入っていく。
カードキーの外側は、いつも活気ある様子だ。
しかし、今日は私が入って行くと
「おい、アレ……」
みたいな感じで職人同志で目配せしてシンとしてしまった。
「えっ、何?」
「…………」
近くに居る職人さんに訊ねてみても、黙って目を逸らされる。
「何なの?」
「………………」
誰も何も言わない。
そして、カードキーの所まで来た。
いつも厳しい顔の、元騎士の傭兵が私たちを見た。
彼はいつになく何かを言いたそうで、口をもごもごとさせている。
この不可思議な状態について知っているのだろう。
私は彼に声をかけた。
「ごきげんよう。あの、何かあるのかしら?」
「……お嬢さまに、これを。甘いものが良いと聞きましたので。王都で評判の、滋養に良い甘味です」
そういえば、最近はちみつとハーブを合わせた健康にも喉にも良い飴が評判だと聞いたことがある。貴族でも予約が出来ないので、購入するには並ばなければいけないとか。
しかし、特に喉も傷めているわけではないのにどうして急にのど飴。
「ありがとう、でも、どうして私にのど飴を?」
「……悲しい想いをされた方には、甘いもの……っ、ぐぅっ!」
突然、マドレーヌが傭兵さんの脇腹に肘鉄を食らわせた。
いきなりの暴挙に私は、驚いて黙って見守るしか出来ない。
マドレーヌは彼を叱った。
「グレゴリー殿、突然エリザベスさまに食べ物を贈るなど! 貴婦人への礼儀に反している」
「そうなのか。すまない、俺は騎士といっても前線に出るばかりで、貴婦人への対応をしたことがなかったから……」
「それに、エリザベスさまには外部から貰ったものは食べないよう、取り決められている。それはグレゴリー殿が信用出来ないとかそういう問題ではない。決まりなんだ」
「そうか。慣れないことをして余計なお世話になってしまったな。ただ、俺もお嬢さまをお慰めした……痛いっ!」
今度はマドレーヌが彼の足を思い切り踏んでいた。
「あの、大丈夫? マドレーヌ、どうしてしまったの。それにグレゴリー? 差し入れはありがとうね。でも突然何が?」
私の戸惑いに、二人は口ごもっている。
やがて、グレゴリーが告げた。
「……マドレーヌ、この飴は貴女が貰ってくれ。そしてお嬢さまをお慰めしてくれ」
「分かった、必ず」
二人はこくりと頷きあって、何だか理解しあったようだ。
私には何がなんだか分からない。
「慰めって?」
「エリザベスさま、そろそろ中へ。お時間です」
「あ……、そうね……」
カードキーを開けて、親方に挨拶する。
「ごきげんよう、昨日お願いしていたスマホを取りにきたわ」
「おう。用意は出来てる。あー、それと、なんだ……」
「何?」
親方がもじもじとした様子を見せる。
今日は、本当に一体何なんだろう。
親方は、スマホと一緒になめし革を渡してくれた。
「これは、ブックカバーだ。前に、昔の書物を読んでいると表紙が擦れるとか言っていただろう」
「あぁ、そんなことも言ってたわね。えっ、あんな雑談のこと、覚えていてくれたの」
「まあ、オレは忘れてたが、職人の中には覚えてるヤツらも居たってことだ。これは皮をなめすとこから作っていった、みんなからの贈り物だ」
「嬉しい! ありがとう、使わせていただくわ。今日は誕生日でも新年祭りでもないのに、贈り物を頂ける日なのね」
そう言うと、親方は何故か私を気遣うような、痛ましげな表情をしたのだ。
「ま、人生長いから色々ある。今が辛くても、なんとかならぁ」
「え……?」
周囲を見渡すと、職人のみんなが私を気の毒そうな表情で見ている。
いつも気が利いて、フットワークが軽い見習い職人の若者が、しょんぼりと呟いた。
「お嬢さまは、こんなに優しい方なのにどうして悪く……」
「馬鹿! ロビン、余計なことを言うんじゃねぇ!」
親方が途中で遮って怒鳴りつける。
ロビンと呼ばれた若者の背中を、他の先輩職人が叩いて慰めるように励ましている。
一体どうした?
ジョーものっそりと近付いてきて、私になにやら手渡してくれた。
「これは?」
「魔石の端材を細工した、しおりだ。少しは身を護る効果もある筈だ」
見事な細工のしおりだった。魔石の欠片たちが厚紙にきらめくよう配置され、コーティングされている。この工房で使った魔石の、本来なら捨てる端っこの部分を集めて器用に細工してくれたのだろう。そして、魔石の欠片にも少々の魔力が込もっている。
持ち歩く本や手帳に挟んでおけば、知らない間に身を護るお守りになってくれるだろう。
「ありがとう。ジョーまで贈り物をくれるなんて。一体今日はどうしたのかしら」
「……他にも、何か欲しいものがあれば何でも言ってくれ」
「また作ってほしいものを思いついたら、連絡するわ。よろしくね」
ジョーは頷いて去って行った。
「なんだか、今日はジョーまで愛想が良かったわね。どうしたのかしら」
「…………」
誰も何も言わない。
おかしな雰囲気だけど、気遣いは感じるんだよなあ。
不思議に思いながらも、スマホを引き取ってじゃあアランさまの元に移動するかと振り返った時、職人の机に置いてあった新聞の見出しが目に入ってきた。
『エリザベス嬢、ついにとどめを刺されたか』
「んっ?」
私はその机に近付き、新聞を手に取った。
親方の焦った声が聞こえる。
「馬鹿っ! 誰だ、新聞置いといたの!」
新聞にはこう書かれてあった。
『他人の恋路を引き裂くエリザベス嬢が、またしてもアラン魔術伯を屋敷に呼び出し迫ったようだ。当然、アラン魔術伯はその誘惑をきっぱり断り帰宅した模様。なお、後日アラン魔術伯は宝飾店にて指輪を購入したという目撃証言が。ソフィア嬢との婚約は間近か』
はぁ~?
しかし全くの嘘ではなく、ちょくちょく真実が混じっているのが本当っぽく聞こえる。
アランさまを屋敷に呼び出して迫って、きっぱり断られたのは本当のことだもんね。
こんな風に、詳細に私のことが新聞に載ったりするんだ。
プライバシーの侵害なんだが?
私の人権はどうなってるんだ。
皆は私を心配そうに、そして気まずそうに見つめている。
私は安心させる為に明るい声を出した。
「これ、ガセネタよ」
「ガセ! そうなのか!」
「そうよ。皆が心配するようなことは無いから、あまり新聞記事を信じて真に受けないで」
そう言い置いて、私は工房を出た。
多分、みんな色々聞きたくてうずうずしてたようだから、工房に残って居たら質問責めにされただろう。意外とみんな、ゴシップ好きだな。
まあ、皆がじろじろ見る理由は分かった。
ゴシップ記事の差し止めとか、損害倍書とか、そういうの出来ないのだろうか。
家族が結婚を止めようとするのも、アランさまとの仲がいつも面白おかしくスキャンダルとして新聞に載るからかもしれない。
そういうのに詳しい人に相談してみよう。
私は久しぶりに王宮にある、アランさまの研究部屋にやってきた。
魔術伯であるアランさまは、王宮内に職場を与えられているのだ。住むおうちも、近くの官舎があるらしい。官舎にまでは流石に行ったことがないけれど、前世の記憶を取り戻す前はしょっちゅう研究部屋に行っていた。
勿論、ノーアポで。めちゃくちゃ迷惑そうにされていたのに、よく平気な顔して通い続けてたな。
そんなことするから新聞記事にまでなるのか。
でもまあ、やってしまったことは仕方ない。これからのことを考えよう。
過去のエリザベスの所業を見て見ぬふりし、前向きにアランさまのお部屋に行く。
まあやっていることは変わらないんだなあ。アプローチがちょっと変わったから、アランさまに受け入れて貰えたけれど。
「失礼します」
入っていくと、アランさまではない人が出迎えてくれた。
「あれー、君。久しぶりだね。また来たんだ」
目が覚めるようなオレンジ色の髪に縁どられた、甘い容貌。キャラメル色のたれ目に笑みを浮かべていて、いかにも女好きのタラシといった風に見える。また、そのように振舞っている。服装もオレンジとピンクが入り混じったマントを羽織っていてとても派手だ。
「…………」
「人の迷惑考えずにのこのこやって来れるのって、すごい才能だと思うよ。遊び相手が欲しいなら、俺なんてどう?」
しかし、この方の本質は女が嫌いだと思う。アランさまの同僚であり、五人しか居ない魔術伯のうちの一人。
彼がアランさまと仲良くしているのは、同族意識があるからかも?
アランさまも、女性が苦手だと言っていたもの。
ま、今は私以外の女性だけれどね!
ふふんと笑みを浮かべ、私は言い放った。
「どなた? ここはアランさまの研究部屋よ」
「彼は出掛けてて居ないよ」
「それはおかしいわね。今日の午後、お約束したもの。ねえ」
控えていたマドレーヌに確認すると、彼女も警戒しているようで固い表情で言う。
「はい、確かに」
「私たちは待たせてもらうわ。貴方は出て行ってくださる? って、あれ?」
気が付けば、マドレーヌが居なくなっていた。
目の前には、涼しい顔をして座る魔術伯。
「ちょっと貴方! 今何をしたの! マドレーヌは?」
「まあまあ、少し話でもしようよ。最近、アランの様子がおかしくて気になっていたんだ」
「マドレーヌ! どこ?!」
「うるさいなあ、黙れよ」
突然、身体が動かせなくなった。指一本動かせない。
「…………」
瞬きも出来ないし、口も動かせない。話せない。
オレンジ髪の魔術伯は、私の前に回り込んで顔を覗き込んだ。
「聞かれたことにだけ答えろよ。アランに何をした?」
「……アランさま、助けて!」
すると、さっきジョーから貰った魔石入りのしおり、ポシェット型のスマホケースに入れておいたのが、突然輝いた。
多分、魔石の欠片が私の魔力に反応して、この金縛りの術を解こうとしているのだと思う。
次の瞬間、私はアランさまに腕の中に居た。
「エリザベス! 大丈夫か」
「え、ええ。マドレーヌが突然消えて……」
「エリザベスさま! 私が消えたのではありません、エリザベスさまが突然居なくなったのです」
背後からマドレーヌが叫び、そして腰の剣に手をやり私の前に立ちふさがった。
えっ、そうなんだ。じゃあ魔法をかけられたのか。こんな魔法を瞬時に使えるなんて、すごいな。
アランさまが心配そうに私の顔や姿を見て、大丈夫そうだと分かってから同僚の魔術伯に声を荒げる。
「どういうことだ、ロイ」
「そこのお嬢さんが、是非俺と話をしたいって言うからさ」
「嘘よ。魔術で連れ去られた挙句、身体を動かなくされたわ」
私がチクると、アランさまは怒りの視線を向けた。
「出て行け。これからは、俺とエリザベスに近付くな」
アランさま~! 素敵……、怒った表情もクールで格好良い。
ロイと呼ばれた魔術伯は
「ちょっと話そうとしただけだし、そんなに怒らなくても。ごめんって」
等と言いながら出て行った。
しかし、彼には明確な悪意があった。私を排除しようとする意志が見えていた。
アランさまがすまなさそうに話しかける。
「急に呼び出されて、遅くなった。すまない、こんなことになって」
「いいえ。アランさまが謝ることではありません。けれど、私たちの間には引き裂こうとする障害が多いんだと実感しています」
私の家族、新聞、アランさまの同僚。
関係ない人たちまで、私たちをくっつけないでおこうとしているみたいに感じる。
「前途多難か。しかし、私はもう貴女を放す気はない」
「っ……! はぁ、かっこよすぎてキュン死しそう……」
「……? 何のことだろう」
「あ、ごめんなさい。障害が多い方が、乗り越えた後に信頼関係が深まるそうですよ。アランさま、私を離さないでくださいね」
「あぁ」
うふ。嫌なことがあっても、アランさまに庇われたという事実が、全てを凌駕するわ。




