三章 4.交渉の余地無し
マリナと共にセロルの魔剣を取り戻す為、俺はリムフォの元へやって来た。
勇者一族同士が激しく火花を散らす中、俺は邪魔をしないように黙って見守っている。
「変な言いがかりはやめてもらいたいな。我々はただ、身内を裏切った者に相応の処置を行ったまでだ」
「あなた達アインディア家の噂はよく耳にします。力を求めるが故に、肉親すらも簡単に切り捨てると」
「そんなものはただの噂だ。確かに力は求めるが、家族を蔑ろにしたつもりは無い。あれはむしろ家族を思ってこその訓練だ。セロルが、我々を裏切ったんだよ」
マリナがどれだけ言葉を紡ごうとも、リムフォはそれらを全てのらりくらりと躱していく。
セロルの話題を出しても一切の動揺を感じられない。もう本当にあいつのことを家族とは思ってない様だ。本物のクズだな。
「セロルは優しい奴だ。余程のことが無い限り仲間や身内を裏切るなんて真似はしない!お前達本当にこのままとことんセロルを追い詰めるつもりか?」
「ふん、勇者でもないガキが口を挟むな。これはアインディア家の問題だ。部外者は黙っていろ」
「クソ親父が……!」
さすがに黙っていられず俺も反論するが、リムフォは一切聞く耳を持たない。この石頭の中では勇者一族というのは相当上位に位置するらしく、一般人を完全に格下と思っている。
「ならセロルに行っていた虐めはどうなんです?あれを世間に公表すれば、あなた達もタダでは済まないですよ」
「根拠も無しに噂を振り撒こうが、誰も信じはしない。追い出された奴と伝統のあるアインディア家、世間はどちらを信じるかな?」
マリナも負けじと様々な策を講じて攻めていくが、リムフォはそれらを容易く跳ね返してくる。まるで最初からこうなることを予想していたかのように、周到に言葉を連ねていた。
しかし何よりもムカつくのは、こいつがセロルに行われていた虐めを否定しなかったことだ。否定もせず、ただ証拠を持ってこいと口にするこいつは、セロルの心配など微塵もしていない。それは今も昔も変わらずにな。
「おい、実力で勝てないからって汚い手を使って勝った気になりやがって。お前達の様なゲスがよく勇者を名乗れるものだな」
「……なに?」
「勇者ってのは、弱きを助け強きを挫く誇り高き戦士のことじゃないのかよ?」
「……その通りだ。だからこそ我々は、未だ弱者であるセロルに優しさをもって引導を渡したのだよ」
こんなクズ共が勇者を名乗っていい筈がない。勇者ってのは、人類を守る為、世界を守る為に本物の悪と戦う偉大な戦士のことを言うんだ。
初代勇者と戦いこの目で見てきた俺だからこそ、こいつらの存在は間違っていると断言出来る。
「小物が、セロルは弱者なんかじゃない。あいつこそ真の勇者になるべき存在だ。お前らの様なコソコソと裏で汚い手を回すことしか出来ない人間が名乗っていいものじゃない!」
「……先程から随分と我々アインディア家を侮辱してくれるな小僧。偉そうな口を叩いて何様のつもりだ?」
「俺はセロルの師匠だ」
リムフォは部外者である俺の言葉は基本無視していたが、ここまで侮辱されては黙っていられなくなったらしい。
こいつは勇者一族というブランドに随分と執着しているみたいだったからな。そこを突けば絶対に無視は出来ないと思ったが、まさに予想通りだ。
「なるほど……貴様だったのか、セロルにあの下らない戦法を教えたのは。あの程度で師匠づらとはいいご身分だな」
「その下らない戦法にあなた達は負けたんでしょ。いい加減意地張ってないで、セロルの強さを認めたらどうなんですか?」
「ふん、強さなら認めてるさ。だがあんな戦い方は勇者では無い。まともに魔剣も出せないのなら、魔剣を持つ意味も無いだろう?真正面から戦えない貧弱者に勇者は相応しくない。だから奴から魔剣を取り上げたまでだ」
「ふざけるな!セロルは人より魔力が少ないから、通常の戦い方は出来ないんだ!それでも強くなろうと必死に足掻いて、ようやく編み出したセロルの強さを馬鹿にするのは許さねぇぞ!」
もはや我慢の限界だった。どこまでもセロルを認めようとしないこのクズ人間に、これ以上何を言っても無駄だろう。
こうなったら力づくでも魔剣を奪い返すしか――
「あなた達アインディア家の考えはよく分かりました。今日のところはこの辺で失礼します」
「その小汚いガキには色々と言いたいことはあるが……まぁいい、ここは本家の娘を立てて黙認してやろう」
「それはどうも、ほら行くわよアカリ」
「なっ、ちょっ、まだ話が――」
リムフォへ襲いかかろうとした刹那、マリナの発言によって俺の行動は止められてしまった。しかもこのまま黙って引き下がるとは、一体何を考えているのか。
まさか、諦めて負けを認めるつもりか?
「おいマリナ!いいのかよこれで?」
「今のあいつには何を言ったって効果は無いわ。それにあなたの我慢も限界だったみたいだし、ここらが潮時なのよ」
「いや、確かに我慢は限界だったけど、まだ勝負は分かんなかっただろ!」
「いいえ、もう無理ね。あの男はこうなることを想定して、きっちり対策もしてあるって顔をしてたわ。これ以上口で何を言っても時間の無駄よ」
説得を諦めたマリナに何を言っても無駄だった。それに、確かにリムフォからはどことなく余裕も感じられ、このまま言い争いを続けても埒が明かないのも明白である。
だが、それでもここで諦めたら本当にセロルは勇者では無くなってしまう。本当にそれでよかったのだろうか。
「一応代案は考えてあるから安心しなさい」
「代案?何だよそれ」
「まぁ着いてくれば分かるわ。ほら行くわよ」
「……ああ、分かったよ」
このまま諦めるだけかと思ったが、どうやらマリナはきちんと代案も用意してくれていたらしい。
まだ諦めていないのなら、俺がごちゃごちゃ文句を言う必要は無いだろう。
そうして俺は、黙ってマリナの案内に従ってどこかへと向かっていく。
――
マリナに案内されてやって来たのは、街の端にあるそこそこな広さの修練場だった。
恐らく兵士が訓練する為に用意されたと思しき修練場には、人影はほとんど無く、一人黙々と魔剣を振っている男が居るのみだ。
ここがマリナの目的の場所なのだろうか。
「お兄さん、今少しいいですか?」
「マリナ、何の用だ?」
魔剣の素振りをしている人物にマリナは声を掛ける。
マリナそっくりな金髪を肩上まで伸ばした艶々なストレートヘア。そして威圧感のある赤眼が特徴的なその人物は、マリナの兄マルク・ブレイディアであった。
「実は、ある勇者一族のことなんですけど――」
そうして、素振りを遮られ若干不機嫌なマルクを相手に、マリナは淡々と事の顛末を説明する。
最初は機嫌悪く聞いていたマルクも、セロルの処遇を説明される中、段々と不快感を露わにしていた。表情に大きな変化が無いから分かりにくいけど、あれは絶対にイラついているな。怒ってる人間の顔はよく見るから分かりやすい。
「なるほど、アインディア家があの後輩をか……」
「はい、あの家族には説得しても無駄でした。ですので、セロルを家の養子に引き入れられないでしょうか?」
「養子……!?」
マリナの思いもよらぬ提案に、俺は声が裏返る。まさかセロルを養子に取ろうとは、なんて大胆な作戦を考えを提案してるんだ。
確かにそれなら、上手くいけばセロルは勇者のままでいられる。だが、そんな簡単にいくだろうか。
「養子か……いいだろう。俺から父上に進言しておく」
「いいのかよ!」
絶対無理だと思ったのにまさかの二つ返事で了承とは、まさかマリナはこうなることが分かっていたのだろうか。
「え、本当にいいんですか……!?」
「構わん」
いや、どうやら違ったようだ。マリナのあの驚きよう、絶対ダメ元で頼んでたに違いない。
ちょっとマリナを尊敬しかけたのに、ただのまぐれとはあいつらしいな。
「やったわねアカリ!」
「あ、ああ、ありがとうなマリナ、助かったよ」
こちらに振り返り満面の笑みを向けてくるマリナに、俺も親指を立ててグッジョブを返す。何はともあれこれでセロルの勇者残留は確定となる。
中々に波乱の連続だったが、ようやく一息つけそうだ。
「ただし、それには一つ条件がある」
「え、じょ、条件ですか……?」
「そうだ」
しかし喜んでいたのもつかの間、マルクはまさかの条件を提示してきた。
後出しで条件を提示してくるとは、いい性格をしているな。ぬか喜びさせやがって。
残念ながら、まだまだ一息はつけそうもない。




