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93 八校戦の合間に

個人戦トーナメントが一段落して……

 兎にも角にも桜の優勝で個人戦は幕を閉じて、控室に一旦入った桜は防具を置いて第1魔法学院の生徒が陣取っている観客席へと戻ってくる。


 パチパチパチパチ!


「優勝おめでとう!」


「チーム戦も期待しているぞぉ!」


「桜ちゃん、優勝おめでとう!」


「さすがは桜ちゃんよね!」


 桜が姿を現すと、スタンドの一角は温かい拍手と歓声に包まれる。第1魔法学院の生徒たちが一丸となって応援した甲斐あって、オープントーナメントは魔法部門と近接戦闘部門の両方で優勝を飾れただけに生徒たちの表情は明るい。殊に生徒会関係者は目標としていた総合優勝に大きく近づいた現状に表情を緩めている。


 歓声に軽く手を挙げて応えた桜は、最前列にいるはずの明日香ちゃんに向かって一直線に進んでいく。その明日香ちゃんは厨2病認定が尾を引いて、いまだに白目を剥いている。



「明日香ちゃん、寝ている場合ではありませんわ。そろそろおやつの時間ですから食堂に急ぎますよ」


「ハッ! 私は一体どうしていたんでしょうか? まったく記憶がありません」


 白目を剥いている間だけではなくて、その原因も含めて明日香ちゃんはすっかり記憶を失っている様子。なんとも便利にできている娘だ! そして…



「そうでした、こんな場所にグズグズしていられませんよ~。桜ちゃん、食堂に急ぎましょう!」


 美鈴やカレンが体を揺すっても一向に目を覚ます気配がなかった明日香ちゃんは、桜の「おやつ」の一言でシャッキリ起き出して行動を開始。どこまで現金な性格なんだろうと周囲は生暖かい目で見つめるだけであった。





  ◇◇◇◇◇





 トントントン!



「はい」


 桜と明日香ちゃんが食堂に姿を消して、聡史たちも各自の部屋へと戻ってしばらく経過した頃。夕食にはまだまだ時間があるので、聡史が部屋に備え付けのベッドに寝転んでいるとドアをノックする音が響く。


 起き上がった聡史がドアを開くと、そこには桜と明日香ちゃんが立っている。いや、それだけではなくて二人の後ろには美鈴とカレンも一緒にいる。



「お兄様、お部屋を借りますわ」


「お兄さん、お邪魔します」


 聡史が何も言わないうちから桜と明日香ちゃんがズカズカと部屋に入り込んでくる。その後ろからは当然美鈴とカレンも一緒になって入る。一人用の狭い部屋なので、こうして5人が一度に集うと思いの外手狭に感じる。


 女子たち三人がベッドの上に腰掛けて、桜はちゃっかりと備え付けの椅子に座っている。居場所を失った聡史は膝を曲げて部屋のコーナーに体育座りするしかない。


 五人が適当に座ったところで桜が話を切り出す。



「第79回パーティー会議ぃぃ!」


「そう言いながら毎回お茶会… 今日はお茶とデザートがないじゃないかぁぁぁ!」


「お兄様、たった今デザートをいただいてきたばかりですから、今日はお茶会ではありません」(キリッ)


 毎回お馴染みのツッコミを封じられた聡史はやり場のない憤りを感じている。そんな兄のどうでもいい憤りなど無視して桜が話を切り出す。



「さて、個人戦はまあまあの結果で終えることができました」


 まあまあどころではない。桜と美鈴がオープントーナメント優勝、明日香ちゃんが学年トーナメント優勝でカレンが準優勝という輝かしい成績をこのデビル&エンジェルというたったひとつのパーティーが成し遂げている。



「本来ならばこの場で乾杯の一つも行いたいところですが、それは夕食の時まで取っておきましょう」


「桜ちゃん、デザートは大盛りにしましょうね」


「明日香ちゃん、体重が許す範囲で食べてください」


「何のお話か分かりません」


 明日香ちゃんはすっとぼけて胡麻化す方向に舵を切っている。体重なんか知らんぷりを決め込むよう。本当にいいのだろうか? あとから泣いても知らないけど…



「唯一の汚点といえば、ひとりだけ決勝にも進めなかった人物がいることですが…」


「俺なのか? 俺のことなのか?」


「まあ、勝負は時の運と申しまして、運を逃す毛虫のような存在はこの際どうでもいいです」


「毛虫なのか? あっち向いてホイで負けたぐらいで毛虫扱いか?」


 兄妹のどちらかが準決勝で負ける運命だったにも拘らず、桜は負けた聡史に対して辛辣な物言いをしている。この妹は何事にも容赦という言葉を知らない。



「お兄様、ミノムシにしましょうか?」


「頼むから虫から離れてもらえるか」


 聡史の虫扱いはなおも続く。



「それはさておき、チーム戦が始まるのは来週の月曜日からです。明日と明後日をどのように過ごせばいいかをこの場で協議したいと思います」


 八校戦は今週の月曜日が移動と前夜祭で、火曜から金曜日にかけて個人戦トーナメントが開催された。土日を挟んで来週の月曜日からチーム戦のトーナメントが始まって、最終日の金曜日はチーム戦オープントーナメントの決勝と表彰式、さらには夜になって交流晩餐会というスケジュールが組まれている。


 この土日は特に予定がないため、どのように過ごすかを桜は議題としている。ここで真っ先に声をあげるのは…


 

「はい」


「明日香ちゃん、どうぞ」


「せっかく大阪に来たんですから、やはり食べ歩きをお勧めします」


「却下ですわ。引率の先生から許可が出ないのはすでに確認済みですから。他に意見はないですか?」


「はい」


「明日香ちゃん、どうぞ」


「仕方がないので葛城ダンジョンに入るのはどうでしょうか?」(棒)


「素晴らしいアイデアです! 明日香ちゃんの意見を採用してこの土日はダンジョンに入りましょう」


 毎度のお約束展開が始まったよう。周囲は生暖かい目でこの遣り取りを見つめている。



「どこかで見た展開だぞ。ここまでくると様式美になっているからな」


「明日香ちゃんは、桜ちゃんとどういう約束をしたのかしら?」


 先日のこともあって、聡史と美鈴とカレンの3人が桜と明日香ちゃんに向けてジト目を向けている。美鈴の視線に耐え切れなかった明日香ちゃんは体をブルブル震わせながらか細い声で答える。



「学院に戻ったら、1週間桜ちゃんとの訓練はなしという話で…」


「やっぱり買収ね!」


「買収だな!」


「買収ですね!」


 さすがに二度目ともなると、明日香ちゃんにも若干罪の意識が芽生えている様子。いくら明日香ちゃんでも桜のような図太い神経を持ち合わせてはいない。



「まあまあ皆さん、そんなに尖らずに。ここはどうか大人の対応で」


「桜、既に証拠は挙がっているんだ! カツ丼を食わせてやるから取り調べに正直に吐け」


「お兄様、カツ丼でしたらいつでもご馳走になりますわ! それよりも、ダンジョンに行きましょうよ~」


 兄の追及などどこ吹く風で、桜はダンジョン行きを聡史にせがんでいる。メンバーたちは優しいので、桜がこう言い始めると往々にしてまあいいかで流されていく。


 こうしてなし崩しに土日のダンジョン行きが決定。桜は希望が叶って喜色満面だが、逆に明日香ちゃんは一日ものんびりする暇がなくてゲッソリしている姿が対照的すぎ。


 

 土日の2日間の過ごし方は決定したが、今度は美鈴が手を挙げる。何か重大な用件を相談したいことがありそうな表情。



「美鈴は急にどうしたんだ?」


「最近気になっていたんだけど時間がなくて聞けなかった話があるの。ほら、私たちはレベルが30を超えたでしょう」


「そういえばそうだったな」


「以前聡史君と桜ちゃんが見せてくれたステータスの数字と並んだはずなのに、なぜいまだに大きな力の開きがあるのか疑問なのよ」


 聡史と桜がしまった! という表情へと変わる。事情を知っているカレンもどうしたらいいのかオロオロし始める。



「お兄様、もはやこれ以上は誤魔化しようがないような気がします」


「そろそろいい潮時かな。桜、どうやら腹を括るタイミングが来たようだ」


 兄の言葉に妹は黙って頷く。聡史は今までにない真剣な表情で美鈴と明日香ちゃんに向き合う。



「これから俺が口にする話は中々シャレにならないから心して聞いてくれ。他言は無用だ」


「明日香ちゃん、もし誰かにお話ししたら、二度とデザートはおごりませんからね!」


 聡史に続いて桜が、明日香ちゃんがポロっとしゃべらないように釘を刺す。デザートが懸れば明日香ちゃんは真剣に約束を果たしてくれるはず。



「桜ちゃん、どうか私に任せてください! デザートのためなら秘密は厳守します!」


「今一つ信頼性に欠けますが、明日香ちゃんを信じるしかないですわねぇ~」


 桜の表情は不信感でいっぱいではあるが、ここまで来たらもう明日香ちゃんを信じるしかないと腹を括る。


 そして遂に聡史が秘密を明かす。



「桜が一番最初に見せたステータスを覚えているか?」


「ああ、あの子供のイタズラみたいな数字が並んだ画面ね」


「私も覚えていますよ~。桜ちゃんが手の込んだイタズラをしたんですよね」


 美鈴と明日香ちゃんは、いまだにあれがイタズラだと信じている。二人の様子を見ているカレンは表情に不安がいっぱいの様子。そして聡史が続ける。



「あのステータスなんだが… 本物なんだ」


「「えっ???」」


 美鈴と明日香ちゃんの頭の上には大量の???が浮かんでいる。カレンは天を仰いで「ああ… 言っちゃったぁぁぁ!」状態。



「これを見てもらえるか」


 聡史は自らのステータス画面を開く。その画面を覗き込む美鈴と明日香ちゃん…



 【楢崎 聡史】 16歳 男 


 職業     異世界に覇を唱えし者


 称号     神に向けられし刃  星告の殲滅者


 レベル     376


 体力     9999


 魔力     9999


 敏捷性    9999


 精神力    9999

 

 知力      100


 所持スキル  記載不能


 ダンジョン記録 踏破レベル6



 二人の目には、このように記載されたステータス画面が浮かび上がっている。



「聡史君、これってどういうことなのかしら?」


「またまたぁ~、お兄さんまで手の込んだイタズラしてますよ~」


 正真正銘本物のステータス画面を見せられても、相変わらず美鈴と明日香ちゃんは信じる様子がない。



「これはイタズラなどではなくて本物の俺のステータスなんだ」


「えっ?」


「うん?」


 まだ二人の頭上の???は数を減らしたものの全部は取れていない。だが、聡史のステータス画面を覗き込む美鈴と明日香ちゃんの態度が次第に挙動不審となってくる。そこでダメ押しに桜が…



「前に見せた通り、これが私の本物のステータスですわ」



 【楢崎 桜】  16歳 女 


 職業      覇者を凌駕せし者


 称号      神に向けられし刃  天啓の虐殺者


 レベル      623


 体力      9999


 魔力      9999


 敏捷性     9999


 精神力     9999

 

 知力       100


 所持スキル   記載不能


 ダンジョン記録 踏破レベル11



 美鈴と明日香ちゃんは最初に聡史の顔を見つめる。その次に桜の顔… そして相次いで二人が頷く。



「も、もしかして本当なの?」


「さ、桜ちゃん… ほ、本物なんですか?」


「はい、本物ですよ!」


「「ええええええええええええ!」」


 ついに美鈴と明日香ちゃんはこの馬鹿げた数字が並ぶ兄妹のステータスを信用したらしい。というよりも二人が持っているあまりに常人から懸け離れた能力の数々を鑑みるに、信じるしかないのだろう。


 

「レ、レベルが376と623って…」


「さ、桜ちゃん、一体どこでこんなにレベルが上がったんですか?」


 桜は兄の職業欄を指さす。そこには〔異世界に覇を唱えし者〕という記載がある。明日香ちゃんは桜が指さす個所に注意深く目を向ける。



「えーと… 異世界に覇を唱えし者… ん? 異世界? い、異世界なんですかぁぁぁぁぁぁ!」


「聡史君! 本当に異世界に行ったというの?」


「ああ、二人で異世界に召喚されて3年間過ごしてきた」


 ここまで説明されてしまうと、美鈴と明日香ちゃんは二人が異世界に召喚されたという真実を信じざるを得なくなってくる。



「はぁ~… なんだかドッと疲れたわ」


「美鈴さん、私もですよ~… いまだに頭が混乱しています」


 美鈴と明日香ちゃんは揃って頭を抱えている。だが二人とも冷静になって考えてみれば合点がいく話ばかり。


 1学期の途中から急遽魔法学院に編入してきた経緯も具体的には知らされず、ダンジョンに入ったらゴブリンをワンパンで倒す始末。あまつさえダンジョンの20階層まで涼しい顔で潜ったかと思ったら、階層ボスまで倒すなど並大抵の人間に可能な所業ではない。


 今まで騙されていたという思いよりも、美鈴と明日香ちゃんにはそれを上回る混乱と当惑のさなかに置かれているという気持ちのよう。



 やや時間を置くと、彼女たちには冷静になって考える余裕が生まれてくる。



「そうなのね… 聡史君と桜ちゃんが異世界に召喚されていたなんて、私が知らない所で色々とあったのね」


「どおりでゴールデンウイークまで桜ちゃんと連絡が取れなかったわけですよ~。まさか異世界に行っていたなんて…」


「とはいえ、聡史君と桜ちゃんは今までと変わりないわけよね」


「桜ちゃんは元から変な人ですから、きっとあれ以上変わりようがないんですよ~」


「明日香ちゃん、誰が変な人ですか?」


「いやだなぁ、惚けてもダメですよ。桜ちゃんが変な人に決まっているじゃないですかぁ!」


「これから先の明日香ちゃんとの付き合い方を見直さないといけないですねぇ」


「それよりも桜ちゃん、1週間訓練なしの件は約束ですよ~」


 聡史と桜の二人が異世界から戻ってきたと知っても、美鈴と明日香ちゃんはこれまでと全く変化のない態度を示している。兄妹を特別な目で見るようなことは一切ない。この点に関しては聡史と桜は心から胸を撫で下ろしている。


 するとここで美鈴がとある事実に気が付く。



「ところでカレンはなんで全然驚いていないのかしら? これほどの衝撃の事実が明かされたのに、まるで最初から知っていたみたいよ?」


「えっ! えーと… どこから説明したらいいやら…」


 今度はカレンの番がきたらしい。しどろもどろになっているカレンに聡史がアドバイスを送る。



「カレン、こうなったら仕方がないから学院長の件を二人に説明したらどうだろうか?」


「えっ! ああ、そうですね。実は私の母は神崎真奈美と申しまして、魔法学院の学院長を務めております」


「「ええええええええええええ!」」


 衝撃の告白アゲイン! カレンが学院長の娘だという件はこれまで生徒には一切知らされてはいない。中には姓が同じということで何らかの関係があるのかと勘繰る人間もいたが、カレンは否定も肯定もせずにこれまで過ごしている。


 このようなカレンの態度と西洋人とのハーフのような外見と相まって、彼女は表立って学院長との関係を疑われる経験はほとんどなかったと言えよう。


 だからこそ生徒会役員である美鈴にもこの事実は寝耳に水。その結果として、カレンが異世界の人間とのハーフであるというさらに驚くべき事実はこの場では包み隠されたままとなっている。母親が学院長という件を上手くカムフラージュに用いた聡史の咄嗟の機転が功を奏している。



「ビックリしたわ。聡史君と桜ちゃんの秘密に匹敵するインパクトがあったじゃないのよ。学院長の娘だったら聡史君たちの秘密を耳にしていても当然よね」


「私もビックリですよ~。あんまり驚いたので急に甘いものが欲しくなってきました」


「明日香ちゃんはいつでも甘いデザートが食べたいだけですわ」


「桜ちゃん、バラさないでください。これは私の重大な秘密なんですから」


「明日香ちゃんの最大の秘密は体重ではないでしょうか?」


「ムキィィィィ! 桜ちゃんはとっても失礼です! 罰として夕ご飯の時に私のデザートを運ばせてあげますから覚悟してください!」


「やっぱり話のオチは明日香ちゃんでしたわね。さて、そろそろいい時間ですから食堂に向かいましょうか」


 こうして、パーティーの間で重大な秘密を共有した一同は普段と何ら変わりない様子で夕食へと向かうのであった。 


 

この二日間で金曜日までの原稿を何とか書き上げたぁぁ! トータルで3万字を超えたので、もう抜け殻のようになっています。自分に鞭打って頑張った結果、今週は毎日投稿ができる目途が立ちました。はぁぁぁ~、肩の荷が下りたぁぁ!



常に自分の限界に挑んでいる作者に対する応援をお待ちしております!


ということで皆様にいつものお願いです。ランキング浮上のために、どうか以下の点にご協力ください!


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[気になる点] 1話において >>実はこの二人は、ゴールデンウイークに異世界に召喚されて、この日2か月ぶりに日本へ戻ってきた。 上記のように2か月と言っていますが今回の話では >>「ああ、二人で異…
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