9 入学初日と出会い
今日3話目の投稿になります。あと1話連続で投稿します。
魔法学院に編入が決まった兄妹は以前通学していた高校の退学手続きを母親に任せて、明日から始まる寮生活に必要な生活必需品や衣類等を、せっせとアイテムボックスに放り込んでいる。
「お兄様! どうせだったら私の分も一緒に運んでください」
「服や洗面道具ぐらい、自分で仕舞え。何もかも俺に任せていると、本当にダメな人間になるぞ」
「仕方がありませんねぇ…」
自分の下着まで兄に管理させようと目論んでいた桜のわがままな考えは即座に聡史によって拒否される。そもそも高校生になっているにも拘らず何から何まで兄に頼りっ放しというのが、大きな間違いなのだ。これを機に妹の自立心をほんの少しでもいいから育てようとする兄の苦労がしのばれる。
そして、翌日…
二人は魔法学院の生徒としての初日を迎えた。
用意が間に合わなかったので、以前の高校で使用していた制服を着用して職員室へと向かう。校舎の廊下で時折在校生とすれ違うと物珍しい表情を誰もが浮かべるのは、転校の際の通過儀礼のようなもの。
「失礼します」
二人揃って職員室に入っていくと、はじめに全職員に紹介されてから担任の教員に連れられて教室に向かう。廊下を歩きながら中年の男性担任は気さくな態度で説明してくれる。
「私は、君たちが所属する1年Eクラスの担任の東だよ。クラスは入学試験の成績順に分けられていてね、特待生である君たちは本来ならばAクラスに所属するのが当然なんだけど、定員に空きがあるのは我がクラスだけなんだよ。申し訳ないが、その点は了解してくれるかな?」
「どこのクラスだろうが、特に気にしませんから」
「先生、私たちは特待生ですので、実技実習単位免除の特典を活かしてさっそく今日からダンジョンに入ってよろしいでしょうか?」
桜は今からでもダンジョンに乗り込もうかという勢いだった。彼女が口にした特待生の特典とは、実技に関する授業を全て免除するというもの。この特典は、そもそも一撃で演習室を破壊するような人間に何を教えてよいのかと散々頭を悩ませた学院教師陣が出した結論でもある。
「生憎だが今日は学科の授業が組まれている日だから、大人しく教室にいてもらえるかな。それから今週いっぱいは学院に慣れるために全ての授業に出席してもらいたい」
「とっても残念なお返事をいただきました」
教員側としても、聡史と桜の為人をある程度把握しておかなければならないであろう。初日から放し飼いはさすがに認められなかった。すぐにダンジョンに行けるものと思い込んでいた桜は思いっきり気落ちしている。
「桜、この機会に、少しはクラスの人と仲良くするんだぞ。いきなり殴ったりするんじゃないからな」
「お兄様は私をどのような目で見ていらっしゃるのですか? とっても心外です」
「気に入らないといきなり殴る人間だと真剣に心配している」
「私はお兄様とは違って誰とでもすぐに仲良くなれます。絶対に人を殴ったりしませんから、どうかご安心を」
こんな兄妹の遣り取りに一番頭を痛めているのは間違いなく東先生であろう。殊に要注意人物と試験を担当した教員から申し送りを受けていた桜に関して不安が募らないはずはなかった。
そして、ついに二人は新たなクラスに足を踏み入れる。当然クラス中の注目が集まるのは言うまでもない。
「今日からこのクラスの一員となった楢崎聡史君と桜さんだよ。二人は双子だそうだ。それでは順番に自己紹介をしてもらえるかな」
東先生に促されて、まずは聡史が自己紹介を始める。
「初めまして、今日からこのクラスでお世話になる楢崎聡史です。どうぞよろしくお願いします」
当たり障りのない自己紹介にクラスからまばらな拍手が起こる。こういう場では気の利いたことを何も言えない生真面目な性格としか言いようがないのだが、「無難」以外に形容する言葉が見つからない。
続いて桜の番がくる。
「皆様、楢崎桜です。女子の皆さんは親しみを込めて『桜ちゃん』と呼んでください。男子は、そうですねぇ… 敬意を込めて『桜様』と呼ぶことを許可します」
クラス中がポカンとしている。いきなりの上から目線の自己紹介にどう反応してよいのか、全員が絶賛戸惑っている最中。
パシッ
「お兄様! 痛いです。いきなり後頭部をひっぱたかれました」
「調子に乗るんじゃない。普通に挨拶しろ」
「お言葉ですがお兄様、クラスをシメるには、最初にガツンと…」
「しなくていいから。バカな妹で本当に申し訳ありませんでした」
桜に代わって聡史がクラスの全員に頭を下げている。妹のしでかしに謝り慣れているので、ついつい条件反射的に頭を下げる癖が身に付いているよう。
一瞬緊張が走ったクラスのムードが聡史のフォローでなんとか和やかさを取り戻す。
「それでは二人は一番後ろの空いている席に座りなさい」
東先生の言葉に促されて、こんな感じで聡史と桜は1年Eクラスの一員となるのだった。
朝のホームルーム後…
聡史は、数人の男子生徒に囲まれている。
「同じクラスの一員として、これからよろしく頼むぜ」
「それにしても、楢崎の妹の自己紹介には、驚かされたな」
「でも、すごい美人だよな。俺、お友達から始めようかな?」
好意的に聡史を取り巻いて話をしているが、もっぱら話題の中心は桜についてであった。パッと見は人目を惹く美人なので、すでに男子の間で話題の中心になっている。聡史はあくまでも、桜と仲良くなる手段扱いされている模様。
聡史は彼らに対して同情がこもった目を向けている。何も知らないのは本当に幸せなことなんだと…
同じ時間、桜は女子たちに取り囲まれている。
「桜ちゃんは、冗談が上手いわね」
「それにしても、すごくスタイルがいいわ。羨ましい」
「どうしたら、そんなに細いの?」
女子の間では、もっぱら桜のスタイルが話題の中心だった。センセーショナルなデビューを果たした美少女として、意外と好意的に受け取られている。だが女子たちから聡史について触れる話題は、一切なかった。聡史が知ったら涙目になって、おのれの影の薄さを心から嘆くかもしれない。
適当に相槌を打って取り囲む女子としゃべっている桜は、ふと自分の右袖が引っ張られる気配を感じてそちらに顔を向ける。なんと! そこには見慣れた人物が立っているではないか。
「まあ、私の中学校以来の親友の明日香ちゃんじゃないですか。また同じクラスになるとは奇遇ですね~」
「なんで説明口調なんですかぁぁ! 桜ちゃん、電話をしてもメールをしても全然返事がなかったし、一体どこに行っていたんですか?」
高校に入学してからこうして二人が面と向かって話をするのは久しぶりであった。殊にゴールデンウイークから昨日まで、桜は異世界にいて音信不通だった。
「ちょっと海外に短期留学していました」
これは兄からの入れ知恵だった。思ったことをそのまま口にしてしまう桜に、事前にこのように答えるように教えていたのだった。
「それならそうと、なんで教えてくれなかったんですか? いつまで経っても連絡がつかなかったから本当に心配だったんですよ~」
「まあまあ、その話は、放課後に甘い物でも食べながらゆっくりしましょう」
「桜ちゃん、それはナイスアイデアです! それじゃあ、放課後また」
桜の親友の明日香ちゃんこと、二宮明日香は甘い物に目がない。体重を気にしつつも、ついつい手が伸びてしまい、食べた後から後悔する毎日を送っているのだ。
こうして久しぶりに親友と顔を合わせた明日香ちゃんは桜の誘いに二つ返事をして、自分の席へと戻っていくのだった。
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