8 編入試験
施設見学が終わるといよいよ編入試験の時間となる。兄妹は筆記試験は免除となっており、実技の一発勝負で合否を判定されると昨日学院長から説明を受けていた。
第3屋内演習室にやってきた兄妹に三人の試験担当教員の注目が集まる。
正式な規則ではないが、魔法学院は原則として途中編入を過去に認めてこなかった。その原則を破ってまで学院長が無理を通そうとする二人の受験者。それがどのような能力を所持しているのか、興味津々な目で二人を見ている。
もちろん教員には、ダンジョン対策室での話し合いなどは伝えられてはいない。兄妹の背後には、政府の強い意向が働いているなど、この時点では教員といえども知る由もなかった。
殊に担当教員の一人は反学院長の派閥に属しており、今回のゴリ押しを学院長糾弾のタネにしようと虎視眈々と狙っている。
「試験は簡単だ。ここからあの的を目掛けて魔法を放ってもらいたい。威力と発動時間と正確性が、評価の基準となる」
「ひとつ確認してもいいですか?」
ここで聡史が担当教員に質問を投げ掛ける。
「なんだね?」
「この部屋の周囲には対魔法防御シールドが展開されているようですが、俺の目から見ると強度が不足しているように映ります。自分で補強していいでしょうか?」
「な、なんだって」
担当教員は聡史の斜め上の提案に絶句するしかなかった。試験を実施するフィールドは、魔石から取り出した魔力によって透明な対魔法シールドに包まれている。その強度は通常の魔法では絶対に壊れないレベルとされているだけに、「強度不足」という発言は教員たちの想像の外であった。
「い、いいだろう。評価のポイントとはならないが、好きにして構わない」
「わかりました。結界構築」
対魔法シールドと結界魔法は形と効果が似ているものの、術式の中身や構築の難易度はまったくの別物。
物理シールド、魔法シールドともに、言ってみれば魔力で作った使い捨てのバリアに過ぎない。対して結界とは、自分の領域を指定して外とは明確に区切る魔法である。したがって後からでも自由自在に魔力を込めて強化できるし、範囲そのものを拡大縮小が可能だった。
「なんという高度な魔法」
「えっ、この程度の初級魔法なんて誰でも使用可能じゃないんですか?」
「こんな簡単に結界を構築する術式のどこが初級なんだぁ」
担当教員の魂の叫びがフィールドに響くが、まだこの時点でも聡史は気が付いていなかった。
何千年もかけて魔法を発達させた異世界と5年前にようやく魔法の存在が明らかになった現代日本では、そもそも根本的な魔法技術が三段階ほど違っているのだ。
すなわち、異世界の初級魔法は、現代日本の上級魔法か、もう1ランク上の超級魔法に当たる。聡史が何気なく使用した結界魔法は、いまだに日本では実現不可能な超高難度な術式であった。
「お兄様、ナイスです!。これで印象点を大幅に稼ぎました。スイートルームに一歩近づきましたわ」
試験のポイントには加味しないと言われてはいるが、桜が指摘するように担当教員の印象は大幅にアップしているのは間違いない。
ただし「スイートルームが近づきました」は、逆に印象を悪くするかもしれない。だが目の前にぶら下げられている餌に周りが見えなくなっている桜は、そんな些細な点など一向に気にしてはいなかった。
「それでは改めて魔法を撃ちます」
結界魔法に度肝を抜かれた教員たちも、仕切り直しとばかりに開始戦に立つ聡史に注目する。そして…
「ファイアーボール」
その声とともに、バスケットボール大の火球が聡史の手から勢いよく飛び出していく。コンマ何秒で的に着弾すると…
ドガガーーン
想定を大幅に上回る激しい爆発音が演習場に響き渡る。その轟音に教員たちは耳を押さえて蹲っている。しばらくは何も聞こえない状態だろう。
当然ながら日本の魔法界でもファイアーボールは最もポピュラーな術式として初級魔法に認定されている。だがそれは飛翔する炎を作り出す術式であって、的にぶつかった瞬間に大爆発する代物とはまったくの別種であった。
聡史が放った自称ファイアーボールは、いまだ日本で扱える者は誰もいない飛炎爆裂に相当する超級魔法術式であった。
「お兄様はいい感じに魔法を放ちましたわ。これは私も負けていられません」
今度は桜が、気合を漲らせて開始戦に立つ。体中から闘気を噴き出して、その勢いでスカートや肩まで伸びた黒髪がヒラヒラと舞い上がっているが、本人は精神を集中しているので一向に気にする様子がない。
今の彼女の頭にあるのは、兄を上回る威力を叩き出すという一点につきるのだった。ところで桜は物理一辺倒で、本人が認めているように魔法は扱えないはず。それでも自信満々な態度で30メートル先にある的を見つめている。
一体どうするつもりであろう?
的を見つめたままの桜は、オーラのように体に纏い付く闘気を右手に集めるとさらに凝縮していく。これは体内の闘気を撃ち出す桜の必殺技のひとつだ。その最大威力は、異世界において山を一つ消し去った記録が残されている。いわゆる〔かめは〇波〕系の技である。
「いかぁぁぁん、桜、待つんだぁぁぁ!」
その様子に、聡史は大声を張り上げながら慌てて結界を強化する。
だが、すでに手遅れであった。桜は闘気で出来上がった塊を腰をわずかに落とした姿勢から思いっきり撃ち出していく
「太極破ぁぁぁぁぁぁぁ!」
音速を超えて撃ち出された闘気は衝撃波を伴いながら100分の1秒後に的に到達する。
ズゴゴゴゴゴーーン!
聡史が強化した結界もろとも吹き飛ばして演習室の壁と屋根の一部を崩壊させながら、桜の編入試験は終了した。もしも聡史が咄嗟に結界を強化していなかったら、さらなる大惨事に発展していたことであろう。
「お兄様、これで合格間違いなしですわ」
「俺なら不合格にするわぁぁ」
こうして決して無事とは言えないままに兄妹の試験は終了する。被害は室内演習室半壊、骨折した教員1名、打撲2名であった。
試験を終えた二人は母親が待機している応接室へと向かう。やってしまったと気落ちする兄と、晴れ晴れとした表情の妹が並んで応接室に戻って来る。
「二人とも試験はどうだったのかしら?」
心配顔の母親が、問い掛けてくる。
「お母様、思い残すことなく力を出し切りました」
「力を出し切る方向が間違っているぞ。『思い残すことなく』というのは、絶対そういう意味じゃないから」
本日も兄のツッコミが冴え渡っている。気合が入りすぎると必ずやらかしてしまう妹を止められなかった無力感を噛み締めながら、渾身のツッコミを放っているのだった。反対に桜は兄の言葉など全く気にした風もなく、ケロリとしている。
そこへ試験結果を伝えに、副学院長がやってくる。当然ながらその表情は、苦虫を噛み潰してさらに青汁を十回くらいお替わりをした、ある意味表現に困る顔をしている。
「おめでとうございます。お二人とも合格ですので、明日から当学院への編入が可能です」
「ありがとうございます」
「これで食べ放題とスイートルームとダンジョンに入る権利を手にしましたわ」
対照的に桜の表情は真夏の太陽のような明るさだ。横に座っている聡史は、そこまで能天気にはなれないので神妙な顔をしている。
副学院長は「余談なのですが」と断ってから、さらに話を続ける。
「今回の試験による被害総額は2億3千万円と推定されます。ええ政府の予算から補填されますからね、気にしなくていいんですよ。本当に気にしないでください」
そういっている当の副学院長の表情には、気にしている感がアリアリだった。演習場を建て直すために方々の役所に頭を下げなくてはならない今後の苦労を考えると、胃がキリキリ痛んでくる思いであろう。
こうして、兄妹は家路につく。
もちろん合格祝いと称して桜が母親を言葉巧みにレストランに誘導して、腹いっぱいになるまで昼食をたかったのは至極当然であった。
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