62 魔法学院理事会
理事長の運命が……
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女子4人が特待生寮で休憩している頃、聡史は学院長室へ出頭していた。学院長直々に聡史のスマホに呼び出しメールが届いたためだ。
「本日魔法学院の理事会が開かれる。楢崎准尉が私に持ち込んだ理事長の辞表の件が審議されるから、必要に応じて証人として出席できるように別室に控えていてくれ」
「わかりました」
今月の定例理事会において、ついに東十条現理事長の辞表を受理するかについての決定が下されるのであった。当然このような形での不本意な辞職を認めたくない理事長の悪足掻きが予想されるので、聡史が理事長の悪事を暴く切り札として証言を行う段取りが用意されている。
簡単な学院長との打ち合わせを終えると、聡史は会議室の隣にある控室に席を移す。会議の様子が如何様になっているかここからでは知る由はないが、聡史は身動きせぬままに呼び出しの合図があるのを待っている。
◇◇◇◇◇
所変わって、こちらは理事会が開かれている会議室。司会を務める副学院長の議事進行によって、四半期の予算や決算などの議案が恙無く可決されていく。
この場に顔を揃えている理事の面々は、自衛隊ダンジョン対策室の岡山室長をはじめとして、ダンジョン管理事務所首都圏統括支配人、文科省特殊教育機関担当部長、陰陽師宗家当主安倍直継、そして神崎学院長と東十条理事長の六人であった。いずれも政府のダンジョンに関する重要ポストや国内の陰陽師を統括する錚々たる顔触れと言って差支えない。
いずれの理事も議案にことさら意見を述べずに予定通りスムーズに理事会は進行していく。その中にあって自らの辞表を学院長の手に握られている理事長は、終始苦虫を噛み潰した表情で外部理事から数少ない質問があった際にだけ口を開いていた。
約1時間が経過してこの日の定例議案は全て了承されて、残された話題は一つとなった。司会役の副学院長が最後の議題を切り出す。
「本日の定例議案に関しましては全てこの場で了承されました。遠い所足を運んでいただいた理事の皆様につきましては、ありがとうございました。それでは、最後の議題を審議させていただきます。昨日東十条理事長から当理事会宛に辞職に関する届け出が出されました。これを受理するかに関しまして、各理事の皆様に審議いただきたいと存じます」
すでにこの場に出席する理事には、理事長から提出された辞表の件は事前に知らされている。この場で本人の意見や辞任する理由などを聴取して、この辞表を受理するかどうかが理事会の結論に一任されているのだった。
「まずは、理事長本人に意向を聞かないことには、判断が付かぬな」
重い口を開いたのは岡山室長であった。すでに理事長を巡ってどのような事件が発生しているのか全て報告を受けているにも拘らず、敢えて本人にこの場で話をさせようとしている。外見の厳めしさに似つかわしくない相当なタヌキ親父であると言えよう。
「では理事長、ご発言を」
司会が促すと、ここまで大人しくしていた理事長は語気を強めて発言を始める。
「うむ。この度ワシが辞表を提出に至った経緯には、学院の内紛を企てる者の陰謀が働いておる。ワシはその陰謀に巻き込まれて、脅かされた果てに止むを得ずその辞表を認めるに至った。けっして本意ではないと、この場で明らかにする。この辞表は脅迫されて書かされた物であって、その効力は無効である!」
「司会、発言を求める」
「学院長、どうぞ」
どうやら学院長が、理事長の発言に対して異議を申し立てるようだ。その表情は、まさに獲物を追い詰める肉食獣のごとく……
「さて、理事長殿は誰かに脅迫された旨を発言したようだが、一体どこの誰から脅かされたのか、この場で明らかにしてもらいたい」
「そ、それは…… 本学院1年生の生徒だ。楢崎と名乗っていた」
「これはまたずいぶんな話だな! 高々1年生に、陰陽師最大派閥の当主が脅迫されたというのか? その程度の腕で果たして魔法学院の理事長など務まるのか、甚だ疑問だな」
見下したような視線が学院長から理事長へと送られている。入学して日の浅い1年生に手玉に取られたなど、陰陽師の当主として恥晒し以外の何物でもないと言いたげな学院長の視線であった。確かにこの点は、理事長の痛い所を的確に突いている。
すでに東十条家を巡る疑惑の数々に関して報告を受けている岡山室長は心の底から笑い出したい気分であったが、両目に力を込めて必死に堪えている。時折腹の周りがピクピク動いているのは、ヘソが茶を沸かしている状態なのかもしれない。
そんな周囲の生暖かい視線を受けながら、理事長は懸命に反論を試みる
「だ、だがあの生徒は、信じられない能力を持っているのだ! まるで人殺しを職業にしているような危険な人間だ! この学院に在籍させるのは危険すぎる! すぐに退学に処さなければ、他の生徒の安全に関わる大問題に発展するぞ!」
「その生徒に関する話題は、理事長の辞表に関する案件とは別問題だ。それよりも理事長! その楢崎という生徒から脅かされる理由があったのかを、この場で明らかにしてもらいたい」
話題を聡史の問題にすり替えようとする理事長だが、学院長がそんな小手先のディベートテクニックに惑わされるはずはない。すぐに軌道修正して、聡史とのトラブルの原因に迫っていく。ここから先が問題の本質なので、学院長は決して追及の手を緩めなかった。
「り、理由などあるものか! あの生徒は突然理事長室に押し掛けてきて、私に剣を突き付けて脅迫したのだ!」
「理由もなく理事長室に押し掛けたのか? これは面白い意見を聞いたな。楢崎なる生徒が理事長室に押し掛ける直前に、彼は学院長室を訪れている。その際に『ダンジョンで襲撃を受けた』と証言したぞ。証拠の品として陰陽師が用いる呪符を私に見せたな」
「知らぬ! そのような話は、ワシには一切関わりがない!」
「香川統括支配人、8月2日に大山ダンジョンに不正に侵入した人間の報告は上がっているか?」
「当日、合計6人の人間が陰陽術を用いて事務所の係員を眠らせたのちに、偽造カードでダンジョンのゲートを潜ったことが確認されておりますな。すでに自衛隊の特殊能力班に届け出ておりますので、捜査は進んでいるものと思われます」
このダンジョン管理責任者の証言によって、理事長は一気に追い詰められていった。額には汗を浮かべて、明らかに呼吸が浅くなっている。
「さて、ここで証人をこの場に呼びたいと思うが、一同の方々は了承していただけるだろうか?」
理事長を除いた全員が頷いたのを見届けた学院長は、その場に待機している事務担当者に合図をする。事務員は一旦会議室を出てから、しばらくして聡史を連れて戻ってくる。
「な、何だと……」
理事長はその姿を見て声を失っている。聡史はこの席に呼び出されるのに備えて予備役自衛官として制服を着用していた。その肩には初々しい准尉の階級章が取り付けられている。
「失礼いたします。伊勢原駐屯地特殊能力班所属予備役准尉、楢崎聡史であります!」
ビシッと敬礼を決める姿は、直前に練習したとは思えないほど中々様になっている。そんな聡史に、敬礼を受けた上官として学院長が視線で『直れ』と指示を送る。
「楢崎准尉! ここにいる理事長は、貴官から脅迫されて辞表を書いたと申し立てているが、事実はどうであるか?」
「はっ! 確かに理事長室に押し掛けてこの者に剣を突き付けました。その行為は、この者に二度も命を狙われた自分の個人的な警告であります。理事長から先に手を出した以上は、その結果に最後まで責任を持つ覚悟を、いい大人として自覚してもらいたいと考えております」
聡史の姿を見た瞬間から、理事長は手足の震えを抑えられない。床に転がされて剣を顔の真横に突き立てられたあの悪夢の記憶が蘇ってくる。すでにあの時、聡史によって心の奥底までバッキバッキにへし折られていたのだった。
その上で、聡史が自衛官の制服を着てこの場に立っているのは、理事長にとって別の意味での恐怖を呼び起こした。自分を簡単に殺める存在がこうして権力の側に立っているのは、猜疑心と権力欲が人一倍強い人間にとっては最も恐れる事態である。証拠を押さえられれば、良くて刑務所行き、最悪の場合は問答無用で処断されかねないという考えが理事長の頭を離れなかった。
先ほどまでの強気な態度をは見る影もなく、すっかり狼狽した理事長に対して会議室内に失笑が漏れる。
哀れな姿の理事長とは対照的に、堂々とした態度を崩さない聡史。その発言には理不尽な点はあるにせよ、理事長の企みに対する警告であると明確に宣言していた。対して理事長は、聡史がこの場にいる恐怖心だけで反論の道を完全に塞がれて、モゴモゴと口の中で何かを呟くだけしかできなかった。まだ十代の若者にここまでやり込められる理事長の姿は、哀れにさえ映る。
「理事長が楢崎准尉の発言に対して何ら反論しない点を鑑みると、すべて肯定すると受け取ってよいのか?」
「い、いや、ま、待ってくれ……」
何か言い掛けようとする理事長に、聡史から殺気が籠った視線が飛ぶ。
「ヒィィィィィィ!」
怯えて蹲る理事長、ここまで追い込めばもう十分であろう。学院長は会議室全体に視線を戻して、居並ぶお歴々に問い掛ける。
「理事長が関わった犯罪行為は、現在捜査中であるためにこの場では口外出来ない。だがすでに多数の証拠が集まっており、この理事会が終わったら自衛隊特殊能力班に参考人として身柄は引き渡される手筈となっている。そこでこの場の理事各位に今一度問いたい。理事長の辞表を受理する件に反対者はいるか?」
全員が首を横に振っている。その中から、岡山室長が挙手をして発言を求める。
「この場で東十条理事長の解任動議を提案する。動議に賛成の理事は、挙手を願いたい!」
「「「「賛成!」」」」
理事長以外の全員の手が挙がった。司会役の副学院長がこの件をまとめに取り掛かる。
「岡山理事から提案されました理事長の解任動議は、この場で正式に承認されました。東十条殿はただいま理事長職を解かれましたので、直ちに魔法学院からお引き取り願います」
辞職と解任では意味合いが大きく違ってくる。自ら辞める辞職に対して、この場での解任とはいわゆるクビに相当する。もちろん退職金など支給されない。しかも東十条元理事長には、これから自衛隊特殊能力班による取り調べが待っているのだった。
最後にこれまで主だって意見を述べようとしなかった陰陽師宗家の安倍直継が挙手をして発言の機会を求める。
「陰陽師の分派とはいえ、魔法学院の運営に東十条流が多大なる迷惑をお掛けした件に、謹んで謝罪いたす。この度の東十条流の無法は、陰陽師界としても決して見逃せぬもの。よって本日を以って東十条流一門を、陰陽師界から破門とする」
「ご宗家様! 破門とはあまりに厳しい処分! どうかお考え直しを!」
項垂れていた元理事長は、宗家からの破門通達に顔を上げて抗議の意思を示す。この処分を受けたら、表立って陰陽師と名乗れなくなってしまうだけに、なんとか撤回させようと必死な表情をしている。だが……
「聞くところによると、東十条流一門は徒党を組んで生成りの呪法を用いたそうであるな。そのような外法を用いるなど言語道断! 二度と呪法に手を出すのは罷りならんと心せよ!」
陰陽師宗家である安倍家当主がこうしてわざわざ京都からやって来たのは、この沙汰を言い渡すためであった。陰陽道の名を汚した東十条家にこれ以上甘い顔は出来ないと、本家の総意を告げるためだけにこの場に出席したのだ。
さらに安倍家当主は話を続ける。
「我ら陰陽道に生きる家系は、今回の不祥事を顧みて当面魔法学院から手を引きたいと願っておる。どうか我らの気持ちを汲んでいただきたい」
「ご老体、どうか早まらないでいただきたい」
この申し出に対して声を上げたのは、岡山室長であった。
「まだまだこの国の魔法は独り歩きしたばかりです! どうか長い歴史を誇る陰陽道の各家系には長らく協力していただきたい。さらに言い添えれば、来年度開校いたします比叡の第10魔法学院には、陰陽師学科を創設する予定ですので、どうか今後とも変わらぬお力添え願いたい」
岡山室長の申し出に、齢八十を過ぎた安倍家当主は目に涙を浮かべている。今回の東十条家の不祥事を非難されるのではなくて、京都にほど近い比叡に陰陽師学科を創設してもらえるなど、これほどの僥倖はあるまい。
「ありがとうございまする。この老体に鞭打って、新たな魔法学院に貢献いたしますぞ! どうか皆様方のお力添えを、こちらこそよろしく願いまする」
こうして魔法学院理事会は無事に閉会を迎えた。
悄然と佇む元理事長は、理事会終了後間髪を置かずに会議室に入ってきた自衛隊特殊能力班の人員に確保されて、能力者専用護送車両に乗せられて連行されていくのであった。
最後までお付き合いいただいてありがとうございました。この続きは明日投稿します。
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