6 ニート宣言
こちらは同時刻の市ヶ谷にある自衛隊ダンジョン対策室。
例の怪しい男女2名が再び秩父ダンジョンの管理事務所に戻ってきた情報は、すぐにこの対策室にもたらされた。ライブカメラに映し出される聡史とカウンター嬢のやり取りに、この場の全員が固唾を呑んで見入っている。
「魔力量が13000の魔石だとぉ」
「さらに上昇したぞ! 今度は22000だぁ」
「68000もの魔力を含有している魔石か… どんな魔物を倒せば手に入るんだ?」
対策室の大型テーブルに着席してこの様子を目撃している自衛隊ダンジョン対策室の幹部たちは、この異常とも取れる事態に驚きと戸惑いの表情を隠し切れていないよう。だがテーブルの末席にいる私服姿の女性が、挙手をして発言の機会を求める。
「神崎学院長、どのような意見かね?」
司会を務める副室長から指名されたのは、公式名称〔国立ダンジョン調査員養成並びに魔法研究者育成アカデミー学院〕、通称〔魔法学院〕学院長を務める神崎真奈美であった。
自衛隊予備役中佐の立場で現在は魔法学院に出向して学院長を務めており、政府直轄ダンジョン対策室のメンバーでもある。
「この両名を、魔法学院に入学させる。このまま放置するよりも、ある程度政府の目が届く場所に置いておくほうがコントロールは可能だろう」
「神崎学院長、その主張の根拠は?」
司会の副室長が何か言おうとしたのを遮って質問したのは、この部署全体を取りまとめる岡山室長。
「根拠か… 私の勘だ。これ以上は説明できないが、モニターを通して感じるこの男の雰囲気だけでも想像を絶する危険なものを感じる。このまま放置するのは論外だろう」
「なるほど… 神崎学院長の意見を尊重しよう。手続きをしてくれたまえ」
「室長、承知した。今から私自身が両者の自宅に出向いて直接スカウトする」
こうして神崎学院長は対策室を後にする。残されたメンバーの間では、例の二人を魔法学院に入学させた後、その動向に最大限に注意を払うという確認がなされるのだった。
一方、帰宅した聡史は…
「まあ、桜ちゃん。一体どうしちゃったの?!」
聡史に抱えられて帰宅した桜の様子を見るなり、母親は慌てた声を出す。生まれてこの方病気一つしたことがない桜がグッタリして兄に抱えられているのだから、心配するなと言うほうが無理な相談だろう。
「すぐに救急車を呼びましょう」
「母さん、落ち着くんだ。病気ではないから、そんなに心配しなくても大丈夫だ。桜はこのまま部屋に寝かせるぞ」
こうしている間にも聡史に抱えられた桜は、無気力な様子でされるがままになっている。そのまま自分の部屋のベッドに寝かされると、ようやく桜は口を開く。
「お兄様、私はもう気力が湧きません。このまま18歳の誕生日までニートになります」
「誕生日が来たらどうするんだ?」
「ダンジョンに入ります」
この部分だけは力を込めて桜が言い切った。寝かされた姿のままさらに話を続ける。
「私はニートなので、当分の間、お兄様が面倒を見てください」
「どうやって面倒を見ればいいんだ?」
「新聞配達やコンビニのアルバイトで私の生活費を稼いでください」
「自分に都合よすぎ」
いくらなんでも甘えすぎだろうと聡史は半ば呆れている。ここで、彼の脳内にふとした疑問が浮かんだ。
「食事はどうするんだ?」
「もちろん、毎日三食におやつも私の口に合うものをお兄様が用意してください」
「贅沢三昧かよ」
どうやら今まで通りに、しっかり食べるつもりのようだ。しかも完全に人の懐をアテにするとは… 実の妹でなければ張り倒してやりたいところであろう。
なおも桜は要求を続ける。
「それからお兄様、ニートといえばアニメです。おススメのDVDを買ってきてください」
「お前は、アニメなんか全然興味がないだろう?」
「お兄様は、甘いですわ。ニートになった瞬間誰もがアニメに手を出すのは世間一般の常識です」
「ニートの皆さんに謝れ。そういう傾向は無きにしも非ずだが、全部が全部そうじゃないだろうが」
「仕方がありませんねぇ~。それでは暴れん〇将軍のDVDでいいです」
桜はマツケンさんのファンで、日頃から暴れん坊将〇を好んで視聴している。聡史はDVDをセットしてテレビのスイッチを入ると、これ以上面倒を見るのも億劫なのでそのまま部屋を出ていく。
リビングに戻ると、すかさず母親が…
「桜ちゃんの具合はどうなの?」
「心配するだけ無駄だよ。ダンジョンに入れなくて拗ねているだけだから」
母親を安心させるように答えると、聡史はダンジョン管理事務所での出来事について一通りの説明を開始する。その途中で…
ピンポーン
ドアのチャイムが、突然の来客を告げるのであった。
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