49 彼女たちが水着に着替えたら
1泊の伊豆旅行、スタートぉぉぉ!
誤字報告、ありがとうございました。
本日は2話投稿の予定です。続きは夕方ごろの予定です。
聡史たちのパーティーは、伊豆旅行の費用を稼ぐために終業式の翌日から3日間の予定で秩父ダンジョンへ向かった。今年の新作水着の代金コミコミで目標金額のお一人様3万円を稼ぐために、明日香ちゃんがいつになく燃えている。
「夏の楽しい旅行を実現するために、いっぱい稼ぎますよぉぉ!」
一人で天に向けてコブシを突き上げて、今にも拳王様が昇天しそうな勢いだ。頭の中は海で美味しく楽しめるデザートでいっぱいになっているから、周囲が何を言おうとも耳に入ってこない。脳内にお花畑が一面に咲き乱れて、色とりどりの蝶々が飛び交っている。さらにそこには、真っ白なブラウスを着込んだ自身が裸足でクルクル回って、華麗なダンスを踊っているのだった。
目の前にイベントが待っているだけでこのテンションだから、当日になったらどうなってしまうのか、今からちょっと心配になってくる。
ハイテンションの明日香ちゃんをなんとか宥めながら五人が駅に向かうと、片側の車線を封鎖して道路工事を行っている。この暑い最中にご苦労様だなぁ… と思いつつ誘導に従って歩道を歩いていると、ダンプが運んできた土砂をスコップで穴に放り込んでいる集団がある。
ヘルメットを被るその表情の一人一人にはどこか見覚えがあった。
「頼朝! こんな現場でアルバイトか?!」
「おお! 聡史か! 伊豆の旅費を稼いでいるんだ!」
よく見ると頼朝だけではなくて、クラスの男子連中が大勢この場で働いている。一輪車で土砂を運んだり、ダンプの荷台に乗ってへばりついている土をこそぎ落としているのだった。
「学院から近いし、結構いいバイト代を出してくれるんだぜ! 給料も日払いだから、よかったら聡史もやらないか?」
「いや、俺たちはこれから秩父ダンジョンに行ってひと稼ぎしてくる」
「ダンジョンで金を稼げるなんて、羨ましいぜ! 俺たちみたいにゴブリンしか相手できないんじゃ、ジュース代しか手に入らないからな」
本誌が入手した頼朝の独占告白『こんなブラックな1年生の悲惨な実態』が明きらかになっている。身の危険を冒してゴブリンを討伐しても、バイト代にもならない悲しい実情であった。冒険者見習いならば、誰もが通る道だ。それだけでも聡史たちのパーティーの恵まれた立場が理解できる。
「義仲! バーベキューの肉はこの桜様が確保しますから、大船に乗った気でいなさい!」
「木曽殿か! 今度はそっちに飛ぶのか! というよりも桜! だいぶネタに詰まってきているだろうがぁ!」
「お兄様! 断じてネタではございませんから! そこだけはしっかりとご承知おきくださいませ!」
こうして桜にからかわれた頼朝が涙目になるのを見届けてから、パーティーは駅に向かおうと歩き出す。だが、そこで……
「おや? あそこに立っている女の子は、クラスで見た顔だぞ!」
聡史の視線の先には、誘導棒を振りながら通行する車の整理をしている小柄な女子の姿があった。封鎖している道路の反対側にいるもう一人の女子に誘導棒を振りながら合図を送り、車の往来をきっちりと捌いている。
「ああ、あれはうちのクラスの、蛯名ほのかちゃんですね。反対側にいるのは、竹内真美ちゃんですよ」
ガテン系男子が大半を占めるEクラスの男子が、道路工事のバイトに従事するのはなんとなくわかる気がする。だが女子までもがここで現場作業をしているとは、さすがに聡史も予想外だ。ただ、脇目も振らずに懸命に車の誘導に当たる姿に対しては、心の中で『頑張れよ!』と、応援する言葉を投げ掛けるのだった。
◇◇◇◇◇
数日が経過して、いよいよ伊豆に向けて出発する日がやってくる。
集合は学院の正門前で、時間に余裕をもって寮を出た聡史と桜は手ぶらで集合場所へと向かう。二人ともアイテムボックスに荷物を放り込んであるので、どこに行くにしても手荷物は持たない方針なのだ。
楽しみにしていた伊豆への旅行の当日とあって、桜の足取りはいつにもまして軽い。対する聡史は、幾分重たい足を引きずるようにしながら歩いている。
少々お疲れ気味の聡史、その原因は昨日にあった。近くの街まで水着の購入へと向かう女子たちに付き合わされて、丸一日引っ張り回された成れの果ての姿であった。
聡史には理解できない女子の習性…… 高々水着一着を選ぶのに、なぜ3時間も4時間も要するのだろうか? しかもいちいち試着して、納得がいかないとまた別の水着を繰り返してと…… 果てしない無限ループの間、聡史は常に男は自分一人しかいない水着売り場にて、長時間の苦行を余儀なくされた。
唯一の心のオアシスは、とっかえひっかえ水着を試着する美鈴とカレンに呼ばれて、色とりどりの水着に包まれた彼女らの眩しい姿を拝謁する瞬間だけだ。この時だけは、一緒に来て本当に良かったとしみじみと実感する聡史であった。
ただしその後には必ず難題を突き付けられる。美鈴とカレン、交互に身に着けている水着の感想を求められるのだ。どこかのソムリエ張りに『夏の情熱的な日差しに映える美しい色合い』とか『豊かなプロポーションをソフトなムードで包み込む大人のイメージ』などという気の利いた誉め言葉がその場で浮かぶほど、聡史には女性の気分を盛り立てるスキルはなかった。
ここで聡史が誉めればもう決まり! という場面で肝心な一言が出なかったおかげで、いたずらに試着の時間だけが延長されていった。その分は大いに目を楽しませたから、聡史が時間の経過とともにすり減らしていった精神的なエネルギー消費は、差し引きゼロかもしれないが……
というわけで、このような男としての精神修養を経験して一回り成長した聡史は、重たくなりがちな足を励まして正門へ向かって歩いている。
だだっ広い学院の敷地を歩いて正門へと向かう兄妹、二人が集合場所へ到着すると、そこには驚くべき風景が広がっている。
下心満載で浮かれ切っている頼朝ら男子8人に混ざって、神の思し召しか天地がひっくり返る奇跡か、クラスの女子が5人もこの場にいるのだ。
あれだけ女子が集まらないと嘆いていた頼朝たちが、奇跡的に5人の女の子たちを今回のツアーに引き入れていた。
すごいぞ! 頼朝! 君たちは単なる肉体労働者ではない! 肉の壁でもない! もう一人前の男子だ!
よくよく見ると、その中にはあの道路工事の現場で車の誘導をしていた二人の女子が混ざっている。彼女たちもこのツアーの代金を捻出するために、工事現場のバイトに汗を流していたのだろう。
「皆様! おはようございます! 信玄は、朝から鼻の下を伸ばしていますね!」
「今度は戦国武将できたのか! 頼朝だからな!」
朝の挨拶一つで桜が頼朝を涙目に追い込んでから、聡史は桜に連れられて固まって待っている女子たちの前に引き出される。
「女子の皆さん! ここに立っているのが私の兄ですので、どうか気楽に声を掛けてやってくださいませ! 中々自分から女子に話しかけられない小心者ですので、どうぞよろしくお願いいたします」
「どういう紹介だぁぁ! もうちょっと物の言い方というものがあるだろうがぁぁ! オタクか? 俺はアニメの2次元の世界だけが友達の気の毒な人か?」
「お兄様! もしかしてオタクに偏見を持っていらっしゃいますか? そのような偏った物の見方はですねぇ……」
「お前にだけは言われたくないから!」
兄妹のやり取りに、居並ぶ女子たちは声をあげて笑っている。どうやらツカミは上々のようだ。一人ずつ順番に自己紹介してくれている。こうして接してみると、Eクラスの中では比較的まともな女子に見受けられる…… いやいや、全員まともですよ! ちょっと個性的というだけで……
しばらくすると、美鈴、明日香ちゃん、カレンの三人が揃って姿を現す。明日香ちゃんは同じクラスだからともかくとして、『高嶺の花』『雲の上の人』『殿上人』『天界の住人』、Eクラスの生徒から見ればこのように表現しても差し支えない美鈴とカレンの登場に、頼朝たちは感涙に咽んでいる。
通常ならばまずをもって交流がないAクラスから一,二を争う美女二人がこうして一緒に旅行に参加するなど、肉体労働者たちにとっては夢のような出来事であった。
こうして総勢18人のご一行は、一路伊豆へと向かって出発していく。
◇◇◇◇◇
朝の7時に学院を出発した一行は、9時過ぎに伊豆の海に到着した。休日ともなると海水浴客で賑わう海岸だが、今日は平日ということもあって人混みはまばらである。早速海の家の更衣室を借りて、男女ともに着替えを開始する。
当然さっさと着替えを終えた男子が先に海の家から出てくる。彼らはレンタルのパラソルを準備したり、砂浜にブルーシートを広げたりと、こまめに働いている。元々ガテン系の肉体労働者なので、このような作業はお手のものであった。彼らがこうして張り切っているのは、ひとえに艶やかな水着に包まれた女子たちを出迎えるためだ。そのために労を惜しむやる気のない人間など、この中には一人もいない。いや、いるはずがない!
ブルーシート上に佇む男たちは、なぜか揃って無口になっている。各自が脳内で女子たちの水着姿に妄想を膨らませて、しゃべる余裕などなかった。すでに脳内メモリーのスタンバイは全員が完了を終えている。バッチこいと妄想を掻き立てながら、今か今かとその瞬間を待って、そして、ついにその時が訪れるのであった!
男たちの期待を一身に浴びて、最初の登場したのは……
「桜ちゃんの水着は、胸を思いっきり盛ってますよねぇ! 選ぶのに3時間も掛ったはずです!」
「そういう明日香ちゃんだって、脇腹の肉をどうやって隠すか散々迷っていたじゃないですか! 全部は隠しきれてはいませんが……」
「ムキィィィ! ちゃんと隠れてますからぁぁ! この水着は、こういうデザインなんです!」
「おやおや、デザインに責任を擦り付けるつもりですね!」
「そういう桜ちゃんだって、水着を取ったらまっ平じゃないですか! かさ上げするのにずいぶん苦労していましたよね!」
「明日香ちゃん! 実にいい根性です! 表に出ましょう! 今日こそ決着を付けてあげます!」
「ここは、思いっきり外ですよ! 砂浜だし!」
とまあ、こんな身もふたもないぶっちゃけトークが聞こえてくると、男子一同妄想どころではない。期待を思いっきり裏切られて、視線が大海原の彼方を彷徨っている。
それでも気を取り直して、次ぎ次ぎ! と、新たな期待を海の家方向に向ける。
しばらくすると、黄色い声が聞こえてくる。Eクラスの女子5人組が揃って姿を現した。普段は制服姿か訓練用のジャージ姿しか見ていない彼女たちが、こうして水着に着替えると……
「これはなかなか……」
「いいなぁ……」
「なんだか別人のような……」
「ヤベぇ、ちょっと好きになってしまう……」
手の届く女子に対するストレートな感想が並ぶ。もちろん男たちの脳内メモリーはフル回転だ。桜と明日香ちゃんの時はまだ稼働していなかった、もしくは本格稼働に向けての慣らし運転状態であったのが、いつの間にか超ハイスピードで貴重な画像を記録している。
お代わりを待つジリジリとする時間が経過していく。そして姿を現したのは、美鈴と聡史であった。着替え終わるのを待っていてという美鈴のリクエストに聡史が付き合わされた結果であった。
「男はいらねぇぇぇ!」
「聡史! そこを退くんだ!」
「ジャマぁぁぁぁ!」
男たちの心の中で、絶叫が響きあう。美鈴のスタイルをじっくりと鑑賞したいのに、どうしても隣を歩く聡史のどうでもいい水着姿が映り込んでしまう。必死で脳内メモリーから聡史の画像を消去しようと、涙ぐましい努力をする男子一同であった。
そして最後に、本日のメインデッシュであるカレンが登場する。普通に歩くだけでユサユサと揺れるこぼれ落ちんばかりの胸は、半分は異世界の血を引いている賜物か? 色白かつウエストにかけて引き締まった見事なポロポーションは、このままグラビアに掲載されても好評を博すのは間違いない。
「ありがとうございます! ありがとうございます!」
「もう死んでもいい!」
「お父さん、お母さん! 俺をこの世に生み落としてくれたことを、心から感謝いたします!」
「ヤベぇ! 俺、今絶対に立ち上がれない!」
「家宝にしますからぁぁぁ!」
今にも鼻血を噴き出さんばかりの煩悩全開で、カレンの眩しい水着姿から目を離せない彼らであった。
本日は、夕方にもう一話投稿します。続きは、もうしばらくお待ちくださいませ!




