46 初の4階層
久しぶりに大山ダンジョンへ……
カンカンカンカン!
屋外にある第1訓練場には、木がぶつかり合う乾いた音が響いている。現在ここでは明日香ちゃんとカレンによって、手にする木槍と棒の打ち合いが行われているのだった。二人とも真夏の日差しに汗びっしょりになりながら、槍と棒を打ち付け合う。
「そろそろお昼ですから、今日はこの辺にしておきましょう!」
「やったあー! 訓練が終わりましたぁぁぁ!」
「午前中だけとはいえ、こうして体を動かしっぱなしというのは、相当キツいですね!」
カレンは、タオルで汗をぬぐいながらやや疲れた表情で笑みを漏らす。実技実習の時間には、救護所で待機しているケースが多かったので、フルにこうして体を動かす経験は聡史たちのパーティーに参加してからであった。
それにしても、こうして実際に明日香ちゃんと打ち合ってみると、自分の体力がいかに不足していると気付かされている。
同様にタオルで汗を拭いている明日香ちゃんはというと……
「はあ、それにしても疲れましたぁぁ! カレンさんとの打ち合いならまだマシですけど、桜ちゃんが相手だと本当に死にそうになります!」
「明日香ちゃん! 疲労回復にとっても効果がある飲み物がありますよ!」
「ヒィィィ! 絶対に嫌ですぅぅ! カレンさん! どうかお願いします!」
桜がポーションを取り出そうとする気配を察知した明日香ちゃんは、鳥肌を立ててカレンにしがみついている。あんな苦くてトラウマを植え付けるような得体の知れない飲み物よりも、カレンの回復魔法のほうが断然いいのだ。苦くないだけでなくて、心身ともに癒される心地よい感覚が体全体を包んでくれる。
「はいはい、わかりました!」
桜の魔の手を逃れようと自分にしがみついている明日香ちゃんに、カレンは笑いながら回復魔法を掛ける。怪我だけではなくて疲労までこうして回復してくれるから、明日香ちゃんとしては大変ありがたいのだった。もう二度とポーションは口にしないと、岩よりも固く決心している。
昨日とは打って変わって、魔法学院には生徒の姿が数えるほどしかない。ほとんどの生徒が、入場再開となった大山ダンジョンに朝から向かって、その姿が出払っているのだった。
その分聡史たちは、広い場所を生かして朝から訓練に励んでいる。土日に秩父に出掛けたので、こちらのダンジョンが再開したからといって早々にがっついてアタックする必要を感じていなかったのだ。
今日は午前中を訓練に充てて、昼食をとってからゆっくりダンジョンへ向かう計画を立てており、昼食時間に食堂に集合となっていた。三人が屋外の訓練場から食堂へと向かうと……
「おや? 美鈴ちゃんは顔が苦り切っていますが、どうしたんですか?」
「魔法の練習で半分以上魔力を消費したから聡史君から魔力回復の飲み物をもらったんだけど、これがまたとんでもない味で……」
「美鈴さん! 私の気持ちを分かってもらえましたか?」
カレンのおかげでポーションからグッバイした明日香ちゃんは、ちょっとだけ上から目線で美鈴に語り掛けている。美鈴が舌を出して苦さと戦っている姿が、ほんのちょっとだけ嬉しい明日香ちゃんであった。
◇◇◇◇◇
こうして午後から、パーティーは4日振りに大山ダンジョンへと入場していく。
「本当にゴブリンばっかりで、お金にならないダンジョンですよねぇ!」
秩父で味をしめた明日香ちゃんがぼやく声を聴きながら、一行は前回早々に切り上げざるを得なかった3階層に降りていく。
せっかく得た神聖魔法を封印されたカレンは、世界樹の杖を握りながら歩いている。もしも機会があったら、この杖でゴブリンをブッ叩こうと秘かに考えているのだ。世界樹の杖を棒切れ代わりにしようとは、恐れ多いにもほどがある!
こうして3階層で登場してくるゴブリンの上位種を倒していくが、明日香ちゃんが何かに気が付いたかのように口を開く。
「桜ちゃん! そういえばこのところ全然レベルが上がらなくなっているですが、一体どうなっているんでしょうか?」
「明日香ちゃんのレベルは、いくつになりましたか?」
「今はえーと、18ですね!」
「おやおや、いつの間にかずいぶん上昇していたんですね! 大体20近くまではレベルはグングン上昇しますが、そこから先になると必要経験値が爆上がりしますから、ゴブリン相手では中々上がらないんですよ!」
「そうだったんですかぁぁ! 全然知りませんでしたぁぁ!」
明日香ちゃんは、ダンジョンに関して本当に無知であった。こういう重要な情報すら全く知らぬままにここまで来ていたのだ。もし桜と出会わなければ、おそらく落第は確実であっただろう。人間としては悪い子ではないのだが、冒険者としては色々と失格な点が多すぎる!
「聡史君! ということは、私たちはこのままゴブリンだけを相手にしていられないということかしら?」
「そうだなぁ…… もう卒業でもいいかな」
「お兄様! そうと決まれば、これから4階層に出向きましょう! 新たな種類の魔物と戦うのがいいと思います!」
本当は、単に桜が早く下に降りたいだけであった。
桜の意見はともかくとして、聡史は美鈴に念のために尋ねる。
「4階層はどんな魔物が出るんだ?」
「ゴブリンジェネラル、コボルト、グレーウルフ、それから極稀にオークね」
「ゴブリンの上位種に、犬と狼と肉ですか…… はぁー、オークは上位種じゃないと大して美味しくないんです」
桜は魔物ンラインナップを聞いてガックリしている。先日隠し部屋でゲットしたオークジェネラルの肉はすでに金曜日に自宅に持ち帰り、母親の手で極上のトンカツになって桜のお腹に収まっていた。美鈴とカレンも、オークジェネラルの肉とは知らずにペロリと美味しくいただいていた。
それにしても、桜の魔物の呼び方は…… 確かに言われてみれば、コボルト=犬、グレーウルフ=狼、オーク=肉…… ちょっと待とうか! 肉ってなんだ? そこはせめてブタだろう! ブタをすっ飛ばして肉って…… 完全に食材としか見ていないじゃないかぁぁ! はぁ、こっちがため息をつきたくなってくるが、まあ桜だから仕方がないと諦めよう。
こうして話がまとまったので、桜を先頭にしてパーティーは4階層へ降りていく。
「まさか1年生の身で4階層に来るとは、思ってもみなかったわ!」
「美鈴さん、私も同感です! このパーティーは、絶対に何かが違います!」
美鈴とカレンが、本音ぶっちゃけトークを交わしている。通常は2年生にならないとこの階層まで下りてくる能力と度胸が身に着かないものだが、平然と階段を下りる桜の後ろ姿を見ていると、これもアリなのかと思えてしまうから不思議だ。
階段を降りた直後……
「明日香ちゃん! グレーウルフです!」
「お任せください!」
秩父で散々相手にしてだけあって、明日香ちゃんは型通りにグレーウルフを横薙ぎで壁に叩き付けて、動きを止めてからとどめを刺す。
「明日香ちゃん! コボルトです!」
「お任せください!」
コボルトは、ドーベルマンを擬人化したような魔物だ。犬型の頭で獰猛な牙を剥き出しにして襲い掛かってくる。しかも、右手には短剣を握っているから、油断のならない敵だった。
カンカンカンカン!
明日香ちゃんはコボルト相手に、カレンと打ち合う程度の余裕の表情で槍を合わせていく。
「ここです!」
トライデントが相手の腕を払うように動いて、コボルトが持っている短剣を弾き飛ばすと、あとはもう止めを刺すだけの簡単なお仕事であった。
「明日香ちゃんは、腕を上げたなぁ!」
「へへへ、お兄さん! 桜ちゃんの動きに比べたら、止まって見えますから!」
秩父では、グレーリザードやクレーウルフを相手にして見事な槍捌きを見せていたが、こうして武器を持つ魔物を相手にして圧倒するとは、聡史の目から見ても明日香ちゃんの成長は明らかであった。
それだけ日ごろの桜との猛訓練が実を結んでいる証明でもある。
「明日香ちゃん! ゴブリンジェネラルです!」
「はい、お任せください!」
これもまた、コボルト同様に簡単にねじ伏せている。明日香ちゃんは、どこまで行ってしまうのだろう?
「明日香ちゃん! オークです!」
「はい、お任せ…… ちょっと待ってくださいぃぃぃ!」
さすがにオークの体格を見たら、明日香ちゃんにもストップが掛かったようだ。危ない危ない!
オークは聡史よりも上背があって、横幅は2倍では利かない。体重はおよそ200キロ、大型力士同様の体格でパワーが並大抵ではないのだ。目の前に現れた巨漢ともいうべきその体格を見て、明日香ちゃんは涙目になっている。
「美鈴! 魔法だ!」
「はい、聡史君! ファイアーボール!」
美鈴の魔法は、オークの足元を狙っていた。床で爆発させて下半身にダメージを与えれば、オークの動きを止められると、彼女自身が判断していた。
ドカーン!
ブモォォォォ!
狙い通りにオークの足元で爆発したファイアーボールは、片足を吹き飛ばした。オークはその巨体を支えられずに床に膝をついて動けなくなっている。
「明日香ちゃん!」
「はい、行きます!」
そこへトライデントを構えた明日香ちゃんが殺到する。首元に槍を突き立てると、バチバチと電流が流れて、さしものオークも絶命した。
「やりましたぁぁぁ! ついにオークを倒しましたぁぁぁ!」
天井に向けてトライデントを突き上げる明日香ちゃん! その歓声が、通路にこだまする。
「美鈴さん! ありがとうございました!」
「私はちょっと手伝っただけよ。明日香ちゃんは、すごいわ!」
「えへへ、そ、そうですかぁ?」
褒められると舞い上がってしまう明日香ちゃんは、ここでも健在だ。このお調子者め!
こうしてオークを仕留めて喜びに沸く明日香ちゃんたちを横目に、桜はドロップアイテムに向かっている。
「はぁー、やっぱり肉でしたか…… お母様に頼んで、柔らかく煮込んだ角煮でも作ってもらいましょうか」
ちょうどその声を美鈴が聞きつける。
「桜ちゃん! 本当にオークの肉なんて食べられるの?」
「おや? 美鈴ちゃんやカレンさんも、土曜日の晩ご飯で美味しそうに食べていたじゃないですか? トンカツ美味しかったでしょう?」
「ま、まさか……」
「さ、桜ちゃん! あのトンカツの正体っていうのは???」
「この前隠し部屋で討伐したオークジェネラルに決まっているじゃないですか!」
「「ええぇぇぇぇぇぇぇ!」」
今度は美鈴とカレンの悲鳴が通路に響くのであった。
最後までお付き合いいただいて、ありがとうございました。続きの投稿は、明日を予定しております。どうぞお楽しみに!
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