43 秩父ダンジョン4
秩父での2日目は……
通路を進んでいくと、桜の話通りに多種多様な魔物が次々に登場する。3階層で散々狩ったグレーリザードやその亜種であるブラックリザードというトカゲの魔物。さらに通路の端を駆け抜けていく大ネズミやそれを追いかけるネコの魔物など… ゴブリンしか登場しない大山ダンジョンとは違った光景が繰り広げられている。気の毒なのは大山ダンジョン、こんな所も冒険者たちに不人気な要因であろう。
中々気が抜けない階層であるが、桜は全く余裕の表情で歩いている。この辺に出てくる魔物など、そもそもの桜の相手にならない。もちろんパ-ティーメンバーの安全には気を配っているが、桜を脅かすレベルの魔物はもっと下の階層まで足を運ばないと遭遇しない… いや、もしかしたらこのダンジョンには存在しないかもしれない。
とはいうものの、ついつい癖で気配を探りながら桜は歩いていく。そして、その目が何かを捉えたかのようにキラリと光る。
ビシッ
キュー
桜の直後を歩いていた明日香ちゃんの目には、横道から白い影が通路を横切ったように見えた。そして、その影は横切る途中で何かに襲われたかのようにしてバッタリと床に身を横たえている。
「皆さん、これがパールホワイトミンクですわ」
通路に倒れた真っ白な魔物を指さして一行にドヤ顔を向ける桜。
「ええ、これが例の3万円ですかぁぁぁ!」
明日香ちゃん、金額で言うのはどうなのかな? という目を桜に向けられている。
その横から美鈴が…
「ねえ、桜ちゃん、今どうやって仕留めたのかしら?」
「美鈴ちゃん、それは企業秘密ですの」
桜の右手にはパチンコ玉が握られている。そして、横切る途中で倒れたパールホワイトミンクは正確に何かによって真横から頭を撃ち抜かれていた。レベル600オーバーの桜にとっては、実に簡単なお仕事だ。
「桜ちゃん、3万円ですよぉぉぉ! セレブです。私もセレブになっちゃいましたぁぁ」
明日香ちゃんはすかさずドロップアイテムを回収。その手に握られた40センチ四方の毛皮が、ゴブリンの魔石200個分に相当するのがどうにも信じられない様子だ。というよりも、興奮しすぎて何を言っているのか自分でもわかっていない。そもそも明日香ちゃんは、セレブなどではなくて根っからの庶民だ。
こんな雰囲気で4階層の通路を進んでいく。あいにくパールホワイトミンクは一度きりしか姿を見せないが、順調に魔物を狩りながら五人が歩く。殊にグレーウルフの対処に慣れた明日香ちゃん… というよりもトライデントの活躍が目についた。扱っている明日香ちゃんは何も気が付いてはいないが、陰で大きなアシストをしている。ただしそのトライデントに、なんだかんだ言いながら主人であると認めてもらった明日香ちゃんの運の強さもこの場で特筆すべきであろう。
「明日香ちゃん、そろそろ美鈴ちゃんとバトンタッチしましょうか」
「そうですね。だいぶ頑張りましたから、美鈴さんにお任せしますよ~」
各自の攻撃力が高すぎるため、今のところパーティーの連携を試す機会が全くない。それどころか明日香ちゃんの後ろに控えている美鈴でさえも、ここまで何も仕事がないままであった。こうしてバトンタッチしないと、いつまでたっても出番が来ないのだ。
ところが美鈴はグレーウルフに対して予想外に苦戦した。
「ファイアーボール」
俊敏な動きで魔物に躱された炎は後方に飛び去って、通路の向こう側の15メートル先で爆発している。遠くで起きた爆風を感じるものの、グレーウルフには何の影響も与えていない。この状況を見て、美鈴はもう一方の手に用意している予備の魔法を放つ。
「ファイアボール」
これもまた躱される。こうなると、次の魔法の準備に時間を要する魔法使いは苦戦を強いられていまう。攻撃が飛んでこない状況を察知したグレーウルフが美鈴に躍り掛かろうとする。
「きゃぁぁぁぁ」
大型犬と同様の体格をしたグレーウルフが迫る様子は通常の人間には恐怖をもたらし、美鈴の体は硬直して身動きが取れなくなってしまう。だが…
「ほい」
美鈴に向かって飛び掛かろうとするグレーウルフであったが、横に待機していた桜が足を伸ばして天井に向かって蹴り上げて仕留めた。一瞬生命の危機を覚えた美鈴は、真剣な表情で聡史に振り返る。
「聡史君、グレーウルフに魔法を当てるためにはどうすればいいのかしら?」
こうも上手くいかないと、美鈴は困り顔で聡史にアドバイスを求める。ワラにも縋る気持ちを今この場で実感しているのだった。
「方法は2つあるかな。ひとつは、外れてもいいから魔物が立っている手前の床に向けて魔法を放つ方法だ」
「床に向けると効果があるの?」
「まあ、試してみるといい。もう一つの方法は、弾数を増やすことだ。5,6発まとめて撃てば、嫌でも当たるだろう」
「数を増やすなんて、そうは簡単にできないでしょう。それじゃあ、最初の方法で試してみるわ」
気を取り直した美鈴は、再び術式の準備に取り掛かる。その時…
「美鈴ちゃん、また来ましたわ」
通路の奥からうっそりとした様子でグレーウルフが姿を現す。パーティーの気配を察知してすでに戦闘態勢に入り、尻尾をピンと立てながら唸り声をあげる。そして、そのまま走り出してこちらに向かってくる。
「ファイアーボール」
美鈴は、先ほどよりもやや下向きに魔法を撃ち出す。もちろん魔物が走る速度も計算に入れて、走って向かってくる魔物の進路を遮るようなコースを炎が飛んでいく。
ドゴーン
床に着弾したファイアーボールは、大きな炎を上げて炸裂する。
「ギャン」
パーティーに向かって突進していたグレーウルフは直撃こそ免れたものの、鼻先で起こった爆発に煽られて体ごと宙に放り出される。そのまま固い床に体を打ち付けて、まだ息はあるものの身動きが出来なくなっていた。
「仕留めてきますよ~」
明日香ちゃんがトライデントを構えてグレーウルフに向かう。そのまま槍を突き刺して、無事に討伐は成功した。この結果に美鈴は首を捻っている。
「聡史君、当たっていないのに、なんでダメージを与えているのかしら?」
「美鈴は自分で撃ち出しておいて魔法の効果に気が付いていないのか?」
「効果? ファイアーボールの効果だったら火が燃えて爆発するということでしょう」
「まだまだその答えでは50点だな。炎は単なる導火線で、爆発の威力でダメージを与える点が一番重要なんだよ。炎じゃなくて爆弾を撃っていると考えるべきだ」
「爆弾を撃っている… そうだったのね! 火属性の魔法だから燃えるという点に目が行きがちだったけど、ダメージを与えるのは爆発の威力だったのね」
魔法学院の実技試験で粘土製の的を粉々にしても、美鈴はこの点を見逃していた。より重要なのは爆発の威力という点を、今この場で改めて理解する。
「パーティーにおける魔法使いは一撃で仕留めるのではなくて、相手に確実にダメージを与えてその後の展開を有利にするという点に主眼を置くのが望ましい。優秀な魔法使いは優秀なアシスト役なんだ。今みたいに美鈴がダメージを与えて明日香ちゃんがとどめを刺せば、危なげない戦い方ができるからな」
「そうだったのね。やっとわかったわ」
ゴブリンやグレーリザードのようなさほど俊敏でない敵であったら、美鈴の魔法で一撃で仕留めるのも可能だろう。だが狼系の魔物のように身軽に動く相手に魔法を直撃させるのは、相当に困難な技だ。このような場合にはダメージを与える役割に徹しろという聡史の教えであった。
さらにこの応用編もある。前衛が魔物を一か所に追い込んで、最後に魔法使いが止めを刺すという方法である。こちらのやり方のほうが、パーティーとしてはより高度な連携を求められるといえよう。
ともあれ聡史は、今の時点ではこれで十分と感じている。一朝一夕に連携など組み立てられるはずもないのだから、徐々に互いの特性に合わせた戦術を覚えていけばよいのだ。
こうしてグレーウルフの対処法をマスターした美鈴はもう無敵であった。確実にダメージを与えては、最後の止めを明日香ちゃんに任せていくというチームプレーをいつの間にか確立している。
学院に在籍している中で魔法を扱える生徒というのは、多かれ少なかれプライドが高い傾向にある。だが元々美鈴は他人からの助言を素直に受け入れる性格。しかも指導を務めるのが聡史とあれば、余計に素直になってしまう。
多数の魔物を討伐した聡史の経験を尊敬して、魔法の先生として素直にアドバイスを受け入れる美鈴。二人の良好な関係があってこそ、このような指導が可能となってくるのだろう。パーティー全体としても非常に良い傾向といえる。
こうして午前中は順調に魔物を討伐して、昼食時を迎えた一行はセーフティーゾーンで休息を取る。待ち合わせが早朝の時間帯だったので、コンビニのおにぎりやサンドイッチで空腹を満たしているが、桜の前には駅前の牛丼屋で買い込んだテイクアウトの商品が、ドドンと3つも置かれている。牛丼大盛り、すき焼き丼大盛り、カルビ焼き肉丼大盛りの3品であった。
「桜ちゃんは、いつもながらよく食べますねぇ」
「お腹が空くと力が出ませんからね」
大盛り3杯を次々に平らげていくのを周囲はいつものように呆れた目で見ている。
昼食を終えると、ここまで全く目立っていなかったカレンが口を開く。
「あのー… 私はこのパーティーに必要なんでしょうか?」
実際カレンは、ここまでほとんど空気であった。回復魔法を使用した機会は、あの金髪の男たちと床の段差に躓いて肘を擦り剥いた明日香ちゃんだけ。そもそもこのパーティーでこのレベルの階層で活動している状況では、誰かが怪我を負うなど考えにくい。多少危険な場面が起きたとしても、聡史か桜がその芽を刈り取ってしまう。
「そういえば、カレンさんは全然目立ちませんでしたねぇ…」
「私たちばかり張り切っちゃって、すいませんでした」
桜がこのダンジョンでの活動ぶりを振り返り、明日香ちゃんは反省の弁を述べている。聡史と美鈴も、はたと額に手を当てている。
「カレンの回復魔法という切り札があるのに、確かに使う機会が全然なかったな」
もちろん誰も怪我をしないのはいいことなのだが、あまりに何もなさすぎるのは一緒にいるカレンが手持ち無沙汰になってしまう。かといって、わざと怪我をするもの本末転倒だし…
そこで桜が…
「カレンさんは、攻撃手段はお持ちですか?」
「いいえ、全然ありません」
回復役は絶対に怪我やダメージを負わないように、パーティー全体で守るのが鉄則だ。場合によっては他のメンバーが負傷を負っても、回復役だけを守り切っていれば後からいくらでも挽回が効く。それほど回復役はパーティー全体にとっての命綱といえる。
したがってこのカレンの攻撃手段がないという返事は、当然といえば当然であった。彼女は学院の実技実習の時間は救護所に待機して怪我人の治癒を行っていたのだから、武器を用いた練習ですら2~3回しか経験がなかった。
「いきなり武器を持たせても、魔物と戦うのは時期尚早だよな」
「何もできないで、本当に申し訳ないです」
聡史の呟きにカレンが身を縮こませている。だがここで、意外な人物からの提案が…
「桜ちゃん、私の槍のような誰にでも簡単に使いこなせる武器はないんですか?」
明日香ちゃん、絶賛勘違い継続中。トライデントは誰にでも簡単に使いこなせる槍ではない! 断じてそれだけはない!
「私の手持ちにあるのは、切れ味鋭い一品ばかりですからねぇ… お兄様は何かありますか?」
「そうだなぁ… カレンが使えるとしたら、杖系統しかないな。何か手に合う品がないか、ちょっと広げてみようか。カレン以外は手に触れないようにしてくれ」
そう言って聡史は、アイテムボックスに収納されている品々を取り出していく。
「ほえぇぇ! こんなにいっぱい種類があるんですね」
テーブルの上に並べられた数々の杖を見た明日香ちゃんが、溜め息交じりに驚いている。十数本の杖は、どれもが大きな魔石が取り付けてあったり、それ自体が強力な魔力を発するA~SSSランクの品々であった。
「どの杖も、凄い力を感じるんですけど」
当事者のカレン自身も、ズラッと並んだラインナップを見て驚いている。聡史から具体的な説明はされていないが、異世界製の高価なマジックアイテムだろうと、彼女自身にも見当がついた。
「これなど、どうでしょうか」
カレンが手を伸ばしたのは、居並ぶ立派な杖の中では比較的シンプルな木の枝をそのまま利用した一本の杖であった。カレン自身の直観であるが、何となくその杖が自分を呼んでいるような気がしたのだ。そしてカレンが手に取ると、その杖からキラキラした光のエフェクトが無数に発生する。
「どうしたのでしょうか? キラキラの光が出ていますわ」
カレンは不思議そうな表情でその杖を見ている。
様子を観察している聡史は最初からカレンがその杖を選ぶような気がしていたので、その表情はニヤニヤが止まらない。
カレンが手にしている白木の何の変哲もない杖は、異世界の大精霊にして世界樹の管理者から受け取った〔世界樹の杖〕であった。たまたま折れてしまった世界樹の枝を大精霊が杖に仕立てた、異世界にもこの一本しか存在しない激レア品である。
「カレン、その杖でいいか?」
「はい、とっても手に馴染みます。この杖を使わせてもらいます」
カレンがそう宣言した途端に、世界樹の杖から膨大な魔法式が彼女の脳内に流れ込んでいく。
「えっ、なに? 今何が起きているの?」
そう言い残すと、カレンの体が硬直する。膨大な情報によって脳の処理が追い付かずに、呼吸をしているのがやっとの状態になっている。
やがて世界樹の杖が放つ光が収まると、カレンはようやく我に返る。
「聡史さん、なんだか物凄い量の術式が頭の中に流れ込んできました」
「ステータスを確認したほうがいいんじゃないか?」
「はい、ステータス、オープン」
カレンがステータスを開くと、スキルの欄に〔神聖魔法レベルMAX〕という記載が、新たに加わっているのだった。




