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42 秩父ダンジョン3

 聡史が遅い昼食を終えると、時刻は午後4時を回っていた。


 桜たちは敢えて金髪男たちの件を聡史には尋ねないまま本日は帰宅の途に着く。


 自宅に戻った聡史がテレビのスイッチを入れるが、逮捕された金髪たちの件はどこの局でも取り扱わないままであった。


 そもそも大手マスコミは、ダンジョンに関するニュースをほとんど流さない。たまにニュースを流す際は「数百万の宝が発見された」といった内容が主流で、宝探しをする場所という体裁で報道される場合が多い。


 なぜこのような報道がなされるのは不明である。ダンジョンの本当の価値を知っている人間が敢えてその重要性を報道しないように圧力をかけているのか、それとも古い体質のマスコミ自体がダンジョンの有効性に気が付いていないのか、いずれにしてもその理由が公に明かされることはない。


 したがってダンジョン内でどのような事故や事件があったとしても、まったく報道されないケースが常であった。今回もおそらく誰にも知られずに、このまま事件自体が風化していくのであろう。


 聡史自身も、今回の事件を忘れることに決めている。ダンジョンで人が亡くなる話など、異世界では掃いて捨てるほど耳にしている。助けられるものなら手を貸すが、自分と直接の関わりがない話にまで心を痛めていたら、あっという間に心を病んでしまう。それほどダンジョンでは簡単に命が消えていく。


 もっともこれは異世界の話であって、日本のダンジョンではまだ多少はマシなのだろうが、それでも今回のような犠牲者は付きまとう。


 そのまま、夜の9時前には聡史たちは就寝する。




 翌日、聡史たちは始発電車に乗り込んで秩父ダンジョンへと向かう。昨日同様に、明日香ちゃんとは駅で待ち合わせをして、ようやく朝日が昇ったばかりの日差しの中を秩父方面に向かう電車は出発する。



「電車の中でグッスリと寝ましたよ~」


「明日香ちゃんは、すぐにどこでも寝られていいですわね」


 目的の駅に到着する直前に桜から体を揺すられるまで、明日香ちゃんは電車の中で爆睡していた。思いっきり四肢を投げ出した年頃の女の子としてどうなのかと疑問符が湧く寝姿は、画像に納めたら1万円はたかれそうな恥ずかしさ満開。


 電車を降りたホームで、思いっきり伸びをしてついでに大アクビまでかます。そこそこ可愛いのにも拘らず、男子から全く支持されない理由がわかる気がする。周囲からは女子としての色々な面に疑問を持たれているが、本人は一向に気が付いてはいないらしい。



 駅前からバスに乗って、終着地点が秩父ダンジョンとなる。ほとんどの冒険者は自分が運転する車でやってくるので、バスの座席は半分ほどしか埋まっていない。



「今日は時間に余裕があるから、4階層を回ってみるか」


「お兄様、それがいいですわ。3階層とは違って変化がありますから、明日香ちゃんや美鈴ちゃんのいい経験になります」


 現在朝の6時半、本日は午後4時までこのダンジョンで過ごして、そのまま学院に直帰する予定となっている。昨日よりも大幅に時間があるので、もうひと階層下を目指すつもりのようだ。



「桜ちゃん、変化って何ですか?」


「出てくる魔物がバラエティーに富んでいるんですの。見てのお楽しみですわ」


 どうやらグレーリザードばかりが出現した3階層とはかなり様相が違っているらしい。イタズラっぽく笑う桜に一抹の不安を感じながらも、彼女を先頭にしてパーティーは4階層を目指してダンジョンへ入場していった。





   ◇◇◇◇◇





 1時間後、パーティーは目的であった4階層まで下りてきている。



「ここが4階層ですか。でも見た感じは今までと大きな変化はないですよ~」


「そうよねぇ~。明日香ちゃんが言うように3階層と特段の変化はないみたいだけど」


 明日香ちゃんと美鈴は、見たままの感想を述べているが、カレンはちょっと違う意見を口にする。



「3階層よりも活動している人たちが多いような気がします」


「カレンさんは、いいところに気が付きましたわ。実はこの4階層は別名〔セレブ階層〕と呼ばれているんですの」


「「「セレブ階層?」」」


 三人は聞いたことのないセレブ階層なるフレーズに、頭の上に???を浮かべている。高級外車やリムジンでこの場に乗り付ける金持ちでも存在するというのであろうか?



「日本国内のダンジョンで、秩父のこの階層にだけ生息している〔パールホワイトミンク〕という魔物がいるんですよ」


「「「パールホワイトミンク?」」」


「はい、人を襲わない大人しい魔物で、ドロップする毛皮は3万円で引き取ってもらえますわ。しかもドロップ率は驚異の99パーセント!」


「桜ちゃん、凄いじゃないですかぁぁぁ! 大人しい上に、そんな高額のドロップアイテムを落とすなんて、まさにセレブですよ~」


 明日香ちゃん大興奮。右目が¥マークに、左目が$マークになっている。美鈴やカレンも、桜の説明にビックリした様子だ。大山ダンジョンで150円のゴブリンの魔石を拾っているのがアホらしくなってくる金額であった。


 パールホワイトミンクは、その名の通りに真珠のような光沢の美しい毛皮を持つ魔物である。その毛並みの美しさは経済的に余裕があるご婦人方の垂涎の的で、ロングコート1着が2千万とも3千万とも天井知らずのプレミア高値を呼んでいる。これこそが、この階層がセレブ階層と呼ばれる由縁であった。



「さて、一見いいこと尽くめのように聞こえるパールホワイトミンクですが、これがすばしっこくて捕まえるのが大変なんです。しかも深追いすると、必ずグレーウルフが待ち構えている場所に逃げ込むんですの」


「ええ、それじゃあ、せっかくのオイシイ獲物が捕まらないですよ~」


 オイシイ話には毒があるを実際に証明するような話がここにある。さっきまでの¥$マークが消え失せて、明日香ちゃんの目からハイライトが無くなっている。デザート食べ放題の野望が急速に萎んでいるのが手に取るようにわかる。



「まあその辺は、見かけたら私が何とかいたします。皆さんが一番注意すべきは、グレーウルフですわ」


「桜ちゃん、グレーウルフというのは、そんなに恐ろしい魔物なのかしら?」


「まあ、それなりに気を付けないといけませんからね。私が早目に見つけますから、皆さんは指示に従ってください」


「「「わかりました」」」


 セレブ階層の話を聞き付けてテンションが急上昇した女子三人であったが、桜の注意に頷いて気を引き締めて通路を進み出す。桜は、あまり他の冒険者の邪魔にならない階層の奥を目指してパ-ティーを先導していく。



「早速グレーウルフが出てきましたわ。まずは私が見本を見せます」


 桜が前進して、目にもとまらぬ早さで無造作に狼型の魔物の顎下をひと蹴り。



 ギャン


 グレーウルフは、そのたった一撃で天井まで撥ね上げられて絶命した模様。



「こんな感じで仕留めますの」


「「「出来るかぁぁぁぁ!」」」


 お馴染みのユニゾンを三人が奏でる。明日香ちゃん、美鈴、カレンの三人は「一体誰が桜の真似をしようというのか」と、甚だ疑問が残る表情だ。グレーリザードの時も同様であったが、桜は無茶ぶりが過ぎる。



「しょうがないですねぇ~。それでは明日香ちゃんから、順番に実地で指示を出しながら練習していきましょう」


「不安しか感じないですよ~」


 明日香ちゃんが正直にぶっちゃけている。見本にならない見本を見せられて「ハイ本番!」では、明日香ちゃんでなくても不安になるであろう。この様子を後ろで見ている聡史は、桜に任せっきりで何も言わない。



「明日香ちゃん、正面から来ました」


「はい」


 桜の指示で、今度は明日香ちゃんがトライデントを構えて前進する。出番がきた神槍は青く発光して万全の状態のようだ。



「えいっ!」


「ガルルル」


 正面からトライデントを突き出す明日香ちゃんに対して、グレーウルフは横っ飛びになって穂先を躱して、逆に明日香ちゃんに飛び掛かろうと重心を沈める。



「えいっ!」


 だが、槍術スキルレベル2を獲得している明日香ちゃんは、その一瞬のスキを見逃さずに槍の穂先を向けていく。その動きに反応したグレーウルフはさらに穂先を左に避けて一気に距離を詰める。



「不味いです」


 焦った明日香ちゃんは、槍を引き戻さずにグレーウルフの胴体を横から払うようにしてトライデントを薙いでいく。瞬間、トライデントの光が強まって、明日香ちゃんの攻撃力を3倍に高める。



 ギャン


 横薙ぎに飛んできた神槍の威力で、グレーウルフはそのまま壁に叩き付けられて動きを止める。



「今です」


 止めの一撃で明日香ちゃんのトライデントはグレーウルフの胴体に突き刺さる。



 バチバチバチ


 いつものように電流が流れてグレーウルフは一巻の終わりであった。



「明日香ちゃん、お見事ですわ。グレーリザードとは違って前後左右に動く相手ですからね。今のように槍を横に振るって魔物の体勢を崩してから仕留めるのが、上手なやり方ですの」


「先に言ってくださいよ~。寿命が縮むかと思いました」


 桜は、明日香ちゃんが危なくなったらいつでも戦いに介入できる体勢で黙って見守っていた。そんな中で、明日香ちゃんがグレーウルフとの戦いに対応したこの成長ぶりを我がことのように喜んでいる。



「あっ、桜ちゃん、毛皮が落ちていますよ~」


「ああ、グレーウルフのドロップアイテムですね。これならたぶん2千円くらいですよ」


「なんだ、期待しちゃったじゃないですか。まあ、それでもパフェ4杯分ゲットですよ~」


 こうして、秩父ダンジョンでの魔物狩りは、まだまだ続いていくのだった。

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