41 秩父ダンジョン2
聡史たちの背後に尾行者が……
感想と誤字報告ありがとうございました。
聡史たちの後をつけているのは、先ほど飲食コーナーで桜たちに付きまとって正座させられた金髪ピアスのあの連中であった。
彼らはたまたま2階層を通る聡史たちを発見して、その後をつけてここまで来ている。彼らが3階層に降りるのは今日が3回目で、それなりに能力があるのだろうと考えられる。
だが彼らは大きな勘違いをしていた。今日ここまで魔物に襲われずに無事に来られたのは、聡史たちのパーティーがすっかり掃除した後を通ってきたおかげ。まったく魔物と遭遇しなかったら、それは安全であろう。
偶然ここまでは無事だったが、これから恐ろしい相手に手を出そうとしている事実に、この金髪ピアスたちは全く気が付いていないらしい。
「この前も来たけど、やっぱり3階層なんて大したことないな」
「俺たちに恐れをなして、魔物が出てこないんだろう」
「それにしても、あいつらはどこまで行くんだ?」
「どこでもいいだろう。男が一人いるみたいだけど、あいつを殺してから女を暗がりに連れ込んで、たっぷり楽しんでやろうぜ」
「さっきはビビらされたから、お返しも含めて念入りにいたぶってやる」
「あんな化け物みたいなオッさんが側にいたら手が出せないけど、女だけなら楽勝だな」
この連中は、飲食コーナーで半田さんたちに説教された件を逆恨みしていた。自分たちの非を棚に上げて他人に責任転嫁するのは彼らの一八番ともいえよう。
こんなどうしようもないクズでも、犯罪歴さえなければ冒険者として登録してダンジョンに入れる。もちろん管理事務所も取り締まりや注意喚起を実施しているが、広いダンジョン内全部にすべて手が回るはずもない。このようにしてダンジョンで活動する冒険者の制度を悪用する人間が、どうしても一定確率で発生してしまうのはやむを得ないかもしれない。もっとも今後は取り締まりが徐々に強化されていくであろうが…
「この前の2人組の女みたいに、ボロボロにしてから魔物の前に投げ込んでやれば証拠は残らないからな」
「俺たちに襲われたのか魔物に襲われたのかなんて、誰にも分らないんだから便利なもんだ」
この発言でもわかるように、彼らは常習的にこのダンジョンで女性冒険者を襲っていた。それも少人数で活動している初心者を執拗に尾行して人気のない場所で襲い掛かるという、念の入った手口で何人もの女性を毒牙にかけてきた。この悪質な手口によって、もちろん彼らの言葉通りに死者も出ている。人間の皮を被った悪魔のような連中と言って差し支えない。
聡史たちの後をつけながら、先頭を進む男が声を発する。
「おい、都合がいいぞ! 人気のない場所にあいつらのほうから勝手に進んでいくぜ」
「よし、まずはあの男から片付けるぞ」
ナイフを鞘から引き抜いた男たちは、徐々に聡史たちとの距離を詰めに掛かるのだった。
◇◇◇◇◇
聡史たちは、何も気づかないフリで敢えて人がいない方向へと通路を進んでいく。尾行されているのに気が付いているのは聡史と桜だけで、他のメンバーは特に何も気にせずに先頭を進む桜の後ろを歩いているだけ。
「お兄様、この辺はどうでしょうか?」
「そうだなぁ… もうちょっと先にセーフティーゾーンがあるから、そこまで進もうか」
「わかりましたわ」
秩父ダンジョンにおいては、3階層から下の階層では各所にセーフティーゾーンが自然に出来上がっている。この場所は魔物が発生せずに安全に休息が取れるので、冒険者にとって大変ありがたい場所となっている。大山では六階層から下でないとこのゾーンがないため、これも冒険者の人気を落とす一つの原因といえよう。
聡史たちが向かっているのは3階層の西側にある最も奥まったセーフティーゾーンで、ここまでやってくる冒険者は滅多にない場所。さすがは秩父ダンジョンに通い詰めていただけあって、兄妹は内部の状況を知り尽くしている。
5分ほど通路を進むと、パーティーはセーフティーゾーンの前に到着する。ダンジョンの壁が切り取られて6畳間程度の広さがあるスペースが目の前にはある。
「ここがセーフティーゾーンだ。内部に魔物が発生しないから、一休みするにはちょうどいい場所だ。便利だから覚えておくといいぞ」
「お兄さん、ここで一休みするんですか?」
聡史からの説明を聞いて、明日香ちゃんは頭の上に???を浮かべている。先ほどは「外に出る」と言われたはずなのに、わざわざこの場で一休みするのもおかしな話だと感じているよう。
明日香ちゃんに対しては、聡史ではなくて桜が答える。
「明日香ちゃん、今から恒例行事が始まりますわ。ということで、ここで待ち伏せですの」
「ああ、そういうわけですか。わかりましたよ~」
納得顔の明日香ちゃん。だが他のメンバーは何が起きるのかまったくピンときていない。ただし美鈴とカレンの脳裏には、嫌な予感だけは湧き起こっている。この兄妹と行動している限りトラブルの種はいくらでも転がっていると、二人も徐々に理解してきたよう。
「それじゃあ、連中が到着したら始めるぞ。俺たちを尾行する理由を確認してから処分を決めるとしようか」
「お兄様、了解ですわ」
こうして水分の補給などを行いながら待っていると、聡史たちを追いかけるようにして金髪ピアスの男四人組が現れる。すでにナイフを手にして、残虐そうな笑みを浮かべて女子たちを見ている。
「誰かと思ったら、こいつらでしたか。お兄様、先ほど私たちにチョッカイを掛けてきてパンダさんに説教された連中ですわ」
「なるほど… それにしては、ここまで追いかけてくるのは相当な執念深さを感じるな」
登場したのがあまりにくだらない相手だったので、兄妹は冷めた目で彼らを見ている。明日香ちゃんはすでにスマホを取り出して撮影の準備を終えており、美鈴とカレンは今更この人たち何しに来たの? 的な目を向ける。
対する金髪ピアスの男たちはというと…
「バカな奴らだぜ。わざわざ人の目につかない場所に自分から飛び込んでいくんだからな」
「へっへっへ、そこに立っている男は殺して、女はオモチャにしてから魔物の目の前に放り出してやるぜ」
兄妹の目に物騒な光が宿る。
「明日香ちゃん、録画しましたか?」
「桜ちゃん、バッチリオーケーですよ~」
殺意を向けられた証拠さえ手に入ったらこっちのもの。すでに桜はすでに臨戦態勢を入っている。
「桜、気絶させてくれ。殺さないように手加減するんだぞ」
「お兄様、お任せください」
その瞬間に、桜の姿が金髪たちの目の前から消える。次の瞬間には、それぞれの鳩尾に強烈なブローを決められて、全員が白目を剥いて床に崩れ去った。多少腕に覚えがあろうが喧嘩に自信があろうが、レベル600オーバーの桜を前にしたら誰も抵抗などできないという典型的な例は目の前で展開している。
「どれ、それじゃあこいつらはセーフティーゾーンに放り込んでおこうか」
「お兄様、これで終わらせてしまうのですか?」
「いや、もっと身に染みるまで恐怖を味わってもらうから、安心して見ていろよ」
聡史には、何らかの考えがあるようだ。金髪たちの襟首を掴んではセーフティーゾーンに放り込んで、最後に彼らが手にしていたナイフをまとめて4本床に転がしておく。
「それじゃあ、全員こちら側に来てくれ。桜は、魔物が接近しないか注意するんだぞ」
「はい、お兄様」
聡史の指示に従ってパーティーメンバーは通路の奥側へと移動してその場で待機し、桜は反対側から魔物が来ないか警戒の目を向ける。
その間に聡史はアイテムボックスから何かを取り出す。その手にあるのは、異世界産のオビキダの葉だった。
この葉はマジックアイテムのひとつで、森に自生するオビキダ草の葉を一晩魔力で満たした水に浸して、その後1週間乾燥させたもの。アイテムとしての効果は燃やすと魔物を集める特性がある。主として異世界では大人数を配置して討伐を行う際に、この葉を用いて魔物を集める用途で使用されている。
ただし、ダンジョンでこの葉を用いるのは推奨されていない。狭い空間に数多くの魔物を集めすぎて危険とされている。
だが聡史は、一片の躊躇いもなく床に重ねたオビキダの葉に火をつける。くすぶった煙が立ち上り出すと、聡史はシールドを通路に設置してその場で魔物が集まるのを待つ。
しばらく様子を見ていると、オビキダの葉から立ち上る煙につられて1体2体とグレーリザードが集まりだしてくる。煙が消えても臭いに惹かれて続々とトカゲ型の魔物がその場に集まって、すでにその数は5体に上る。
魔物たちは聡史の姿を捉えてはいるものの、シールドに阻まれて先には進めない。何とか目の前にあるシールドを壊そうとして爪を立てたり体当たりをするが、聡史が設置したシールドは揺ぎ無い状態でその場を隔てている。
「カレン、寝ている連中を回復してもらえるか」
「聡史さん、いいんですか?」
「これからお仕置きの時間だから、元気になってもらわないと困るだろう」
「はあ…」
カレンが今一つ納得いかない表情で金髪たちに回復魔法を掛けると、桜によって気絶させられた男たちは意識を取り戻す。なぜこんな場所に放り込まれているのか理解できない表情で立ち上がる彼らに、聡史はニヤニヤ顔で話し掛ける。もちろん明日香ちゃんは、スマホを構えて動画をしっかりと撮影する。
「気が付いたのか? さて、そこはセーフティーゾーンの中だ。魔物は今のところは入り込んでこないから安心しろ」
「ど、どうするつもりだ?」
金髪の一人が震える声を上げる。桜ひとりに手も足も出なかった事実に「相手を甘く見ていた」とようやく気が付いたらしい。その証拠に全員の手足や両膝が小刻みに震えている。
聡史はシールドの上半分を自分の手で壊して、こちらに来ようとして足掻いている1体のグレーリザードの首根っこを掴んで金髪たちの目の前に運ぶ。聡史の手から逃れようとして体をくねらせて暴れるグレーリザードだが、ガッチリと首元を押さえられて逃れられようがない。
金髪たちの目は、聡史が首根っこを掴んでいるグレーリザード一点に向けられて、その眼には恐怖の感情が宿る。
「そう、そこはセーフティーゾーンだから、魔物は通常は入ってこない場所だ。だがな、こうすると魔物も入り込めるんだよ」
聡史は手で掴んでいるグレ-リザードを、セーフティーゾーンの中に放り込んだ。
「ヒィィィィィィ、た、助けてくれぇぇぇぇぇ!」
シールドに阻まれて目の前の人間に襲い掛かれずに凶暴性を高めていたグレーリザードは、金髪のひとりに牙を剥く。その間に聡史は…
「ほら、追加だぞ」
2体目のグレーリザードを、セーフティーゾーンの中に放り込んでいる。2体に追われて金髪たちはパニック状態の様相。聡史の好意で床に置かれたナイフを拾い上げようともせずに、逃げ惑うだけで何ら抵抗できない酷い有様だった。
金髪の男たちはグレーリザードに手足を噛まれて血を流したり、床に引き倒されて上から圧し掛かられて悲鳴を上げている。
「助けてくれぇぇぇぇ」
「殺されるぅぅぅぅ」
だが、四人のうちの二人は壁際に逃れていまだに無事だ。そんな甘えを聡史は許すはずがない。
「ほれ、お代わりだぞ。ありがたく受け取れ!」
両手に一体ずつのグレーリザードを掴んでいる聡史は、無事な二人がいるセーフティーゾーンの奥に遠慮なく放り込んでいく。
「「ギャアァァァァァ!」」
牙を剥くグレーリザードに壁際の金髪二名が悲鳴を上げるが、聡史は冷たい視線を投げ掛けるだけ。
やがて金髪全員が床に引き倒されて、上からグレーリザードが圧し掛かかる。このまま首に噛み付かれたらその時点でチェックメート。明日香ちゃんでも楽々討伐できるグレ-リザ-ド相手に、これだけの醜態… 聡史はその光景に一種の憐みの目を向ける。
やれやれという表情で聡史は、あちこち血だまりができた床を踏み付けてセーフティーゾーンに入っていく。金髪に圧し掛かっているグレーリザードの尻尾を持って引っぺがすと、そのまま壁に叩き付けて一丁上がり。頭から猛スピードで壁に突っ込んだグレーリザードはたった一撃で絶命している模様。なんともワイルドな聡史の仕留め方だ。
聡史によって命を救われた金髪たちは、床に転がって体をピクピク痙攣させている。命だけは取り留めているが、すでにボロ雑巾のような姿でその場に蹲っている。
「カレン、また回復を頼む」
「はい」
あまりに酷い有様なので、今度はカレンも納得した表情で回復魔法を使用する。カレンのおかげで命を取り留めた男たちだが、多量の血を流した影響と襲い掛かってきたグレーリザードの恐怖でゲッソリと青褪めた顔色をしながら何とか起き上がって床に座り込む。
「おい、スマホと冒険者カードを出せ。素直に出さない場合はわかっているよな?」
もはや抵抗もできずに、金髪たちは聡史にスマホとカードを差し出す。ここで反抗などしたら再びグレーリザードの悪夢が再現すると、彼らなりに悪い頭で理解している。事実聡史もそのつもりであった。
聡史は受け取ったスマホ内に保存されている画像を調べ始める。するとそこには、明らかにダンジョン内部で女性冒険者に暴行を働く金髪たちの記録動画が残されていた。
「犯罪者確定だな。この冒険者たちに乱暴して、その後どうしたか言え」
聡史は、ひとりの男にスマホに残された画像と魔剣オルバースを突き付ける。何が何でも証言させなければならないから、この際物理的な脅迫も厭わなかった。
「そ、それは… い、言えない」
「それなら、この場で死ぬしかないな」
魔剣を握る手に力を込める聡史。その鬼気迫る形相を見て絶対に逃れられないとその金髪は観念するしかなかった。
「魔物の目の前に放り出した」
そのあまりに残虐な行為に対して、一瞬聡史が握る魔剣がピクリと動く。この場で殺そうという思いが込み上げるのを、懸命に彼自身の理性で抑え込んでいる。
「桜、この連中は殺人犯として管理事務所に引き渡すぞ」
「お兄様、承知しましたわ」
再び聡史はアイテムボックスから何かを取り出す。その手に握られているのは、四つの首輪であった。〔隷属の首輪〕と呼ばれるこのマジックアイテムは、対象者の抵抗する意思そのものを奪って強制的に従わせる効果を持つ。使い方を一つ間違うと大変危険な代物。
だがこのような犯罪者に対して人権など認める必要などない。聡史は躊躇せずに金髪たちに首輪を嵌めていく。その瞬間男たちの瞳の光が弱まって、意思を持たない人形のように変わった。
こうして四人を連行して、パーティーはダンジョンを出て事務所に向かう。
◇◇◇◇◇
「どうしたんですか?」
服のあちこちを血塗れにして意思のない人形のような表情で聡史に連行された男たちを見て、管理事務所の職員が慌てた様子で駆け寄る。
「桜、全員先に食事を取ってくれ」
「よろしいんですか? お兄様」
「あまりお前たちに聞かせたくない話だから、席を外してもらいたいんだ」
「わかりました。それではお先に」
桜たちが飲食コーナーに姿を消すと、聡史は職員に要請する。
「別室を用意してくれ。それから、所長の同席を求める」
「わ、わかりました」
只事ではない雰囲気を察した職員によってミーティングルームが用意されて、そこに複数の職員と所長が顔を揃えた。金髪たちは、相変わらず人形のような表情でこの部屋の壁際に立たされている。
「これが、この四人の登録カードと所持しているスマホだ。画像データに女性冒険者を暴行している様子が記録されている。犯罪の動かぬ証拠だ。それから、こいつらがダンジョンに入場している間に女性冒険者が何人行方不明になっているか調査してくれ」
「は、はい。すぐに調べます」
その間に、聡史は職員と所長に対して、金髪たちのスマホに残されていた画像の一部を確認させる。
「これは、あまりに悪質な!」
所長は怒りに声を震わせており、他の職員はあまりにもその内容が酷すぎて声も出せなかった。そこに、行方不明者を調べていた職員が戻ってくる。
「この四人が入場していた日に限定して調べましたが、その間の女性冒険者の行方不明は4パーティー11名です」
「こいつらの証言によると、全員暴行後に魔物の目の前に放り投げられたそうだ」
「なんと非道な!」
「惨い」
これ以上職員は言葉を続けられない様子。
「警察に任せるべき案件だ。通報してもらえるか?」
「はい、ただいま連絡します」
再び職員が部屋から退出する。
そしてしばらくすると、事務所の入り口に横付けするように5台のパトカーが停車する。警察官が総勢20人で、ダンジョン事務所に駆け込む。
聡史によって隷属の首輪を外された四人は警官の姿を見て観念したようで、冒険者専用の特殊な手錠を嵌められて連行されていく。もちろん証拠の品も事務所の所長から引き渡されている。
その後聡史は、2時間ほど事情聴取を受けてからようやく遅い昼食にありつけるのだった。
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