4 ダンジョン事務所にて
翌日…
グッスリ寝て酔いが覚めた父親もようやく現実を受け入れて、朝食の席では久方ぶりに家族四人が揃っている。
「聡史と桜はこれからどうするんだ?」
「俺たちが通っていた学校に復学するのが普通じゃないのか。母さん、まだ籍はあるんだろう?」
「ええ、休学扱いになっているわ」
「お兄様、また学校に通いながら、ダンジョンを攻略しましょう」
すかさず妹が食らいついてくるが、実はこの兄妹は異世界に召喚される直前まで日本に発生したダンジョンに土日のたびに出掛けていた。
聡史は剣道、桜は古武術を学んでいたこともあって、その技を生かして秩父にあるダンジョンの魔物を相手に血眼になってレベルを上げていたのだった。
そのおかげもあって異世界に召喚された時点で二人ともステータス上のレベルが30を超えており、下級の魔物を楽々蹴散らす実力を持っていた。そこから冒険者として異世界各地を回り、今やそのレベルは大変なことになっているのはまだナイショの話。
「お前たち二人は異世界で散々暴れまわったんだろう。そろそろ落ち着いてもいいんじゃないのか? 特に桜は女の子なんだし」
父親はどうも浮かない顔をしている。ダンジョン通いが異世界召喚に繋がったのではないかと、秘かに勘繰っているのだ。
だが、桜が立ち上がってコブシを握り締めて力説を開始する。
「お父様は、全然わかっていませんね。洋食ばかり食べていたら、和食が恋しくなります。異世界のダンジョンは散々攻略しましたから、今度は改めて日本のダンジョンに挑みます」
「桜、和食と洋食の例えは物凄くわかりにくいぞ」
「お兄様、なぜそこに食い付きますか? 私が強調したい点はそこではございません」
せっかく突っ込むフリしてボケてみたのに、聡史の意見は妹からあっさりと一蹴されている模様。
そろそろ父親の出勤時間ということもあって、母親が朝の家族会議をまとめにかかる。
「まあまあ、朝から賑やかでいいわね。それで、結局どうするのかしら?」
「今まで通り」
「学校に通いながら、土日はダンジョンを満喫します」
兄と妹の意見が一致した。過去の例からして、この両名の意見が一致すると碌なことがないのは、楢崎家においては周知の事実である。
かと言って特に何事にも暴走しがちな妹を抑え付けるにはこの両親では力不足であった。
「仕方がないから好きにしろ」
力なく父親が言い放つ。その表情には、諦めの感情しか浮かんでいなかったのは隠しようのない事実。どうせ止めても強行突破を図るに決まっている。
朝食後…
「お母様、ダンジョンに行ってきます」
「取り敢えず、久しぶりに顔を出して、情報を集めてくるよ」
兄妹がすっかり出掛ける支度を整えている。その様子を見てさすがに動じない母親も呆れ顔だ。
「てっきりこれから、復学の手続きに学校に行くものだと思っていたんだけど…」
「お母様、学校はいつでも行けますが、ダンジョンのレアな魔物はなかなかお目にかかれないですわ」
「学校の手続きは母さんに任せるから」
こうして一刻も早くダンジョン行きたくてウズウズしている桜に押し切られるように、母親が折れる形となった。そもそも桜の本音としては、学校など通わずに毎日ダンジョンに出掛けたいくらいなのだ。その情熱を押し留めるのは、何人たりとも不可能といえよう。
1時間後…
「お兄様、ダンジョンが近づいてくるとワクワクしてきます」
「ちょっとは落ち着くんだ。つい昨日まで異世界にいたのをもう忘れているのか?」
「お兄様、お言葉ですが、私は過去を振り返らない性格なんです」
「記憶力が足りないんだろう」
「はて、記憶力? それは美味しいのですか?」
「テンプレな回答に感謝する。ほら、もうダンジョン事務所が見えてきたぞ」
こうして兄妹は、久しぶりにダンジョン事務所へと入っていく。
二人が異世界にいた期間は約3年だが、地球での時間の経過はおよそ1か月、この差は世界ごとの時間の流れが違う点にあると考えられる。有体に言えば、単なるご都合主義と捉えてもらって差し支えない。
二人は慣れ親しんだカウンターに登録カードを提出してダンジョンへの入場手続きをしようとするが、顔馴染みのカウンター嬢の表情がなぜか曇っている。
「申し訳ありません。先月法令が変更となって18歳未満の方のダンジョンへの入場が禁止となりました」
「なんだってぇぇぇ」「なんですってぇぇぇ」
「このところ18歳以下の登録者の事故が相次ぎまして、事態を重く見た政府が法令を改正しました」
カウンター嬢の事務的な返答に兄妹はその場に呆然とした表情で佇むしかなかった。さすがに法律を盾に取られると、いかに常識外れの能力を持っていようとも無力に等しい。異世界で過ごした3年間を具体的に証明できない以上、この二人はあくまでも現時点では16歳なのである。
兄妹、殊にダンジョンを生き甲斐にしている桜のショックは計り知れない。表情から見る見る生気が薄れて、まるで魂が抜けた人形のようになっている。力なくその場にしゃがみ込むのも当然といえば当然であろう。先ほどまでの意気揚々とした姿はもはや見る影もない。
「中に入れないんじゃ仕方がないな、桜、一旦帰るぞ」
「はあ~、ダンジョンに入れないなんて、私はもう生きていけません」
滅多にない深いため息とともに、兄に引きずられるようにして桜はダンジョン管理事務所のドアを出ていくしかなかった。
同じ頃、市ヶ谷にある自衛隊ダンジョン対策室では…
ダンジョンの痕跡捜索に明け暮れていた自衛隊の中枢部は、膨大な魔力の発生源に疑問を持っていた。1万人の自衛官を動員して周辺を捜索したものの、いまだに付近にはダンジョンの痕跡一つ発見できていない。
こうなってくると、何らかの別の原因があるのではないかという疑問が生じてくるのは当然といえば当然の流れ。かくして、当日の状況を改めて整理しようという意見が出てくる。
その結果謎の光と膨大な魔力が観測された当夜の衛星写真の画像から、ある高校の屋上に突如出現した不審な男女が浮かび上がってくる。
「例の男女の身元は、判明したか?」
「はい、割と簡単でした。失踪者捜索の届け出が所轄の警察署に出されています。男性は楢崎聡史で女性は楢崎桜、該当する二人は双子の兄妹です」
「間違いはないのか?」
「はい、しかもつい今しがたこの二人は秩父のダンジョン事務所に顔を出して登録証を提出しました。顔写真で確認も取れたので間違いはありません」
こうして、二人の身元は政府によって突き止められるのであった。
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