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異世界から日本に帰ってきたらなぜか魔法学院に入学 この際遠慮なく能力を発揮したろ  作者: 枕崎 削節


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37 3階層の争乱

再会した兄妹は……



 通路でゴブリンの駆除をしている聡史の目の前に、一旦ダンジョンの外に出た桜が戻ってきた。1階層からここまで通常の人間には有り得ない短時間で駆け抜けてきたが、息が切れたり疲弊している様子は全く見られない。



「桜、わざわざ戻ってきてくれたのか」


「お兄さまおひとりに、ご苦労をお掛けさせるわけにはまいりませんわ」


 口ではそういうものの、桜もゴブリンの大量発生の原因について興味があった。自分の目でその原因を確認したいという気持ちがなかったと言ったら、嘘になるであろう。



「それでお兄様、あそこから足元が見える怪物が、大量発生の原因ですか?」


 兄妹が再会した通路からは、天井が邪魔になって空間の全体像が見渡せない。わずかにその場にいるゴブリン・ロードの大木のような足だけが目視可能。たった今この場に来たばかりの桜がこのような疑問を抱くのは当然であろう。



「直接大量発生の原因になったのは別口の魔物だった。あのゴブリン・ロードは最後のあだ花みたいなものだ」


「ゴブリン・ロードですか?」


「聞いていないのか? 大賢者が以前に話してくれたぞ。異世界では千年単位の期間を経て生まれる災厄級の魔物だ」


「そんなものが突然現れたのですか」


 聡史の話を聞いて、さすがに桜も驚きを隠せないらしい。異世界でこのような災厄級の魔物が出現したら、街の2つや3つ、時には国そのものが滅びかねない恐ろしい敵といえるであろう。



「それではお兄様、私が倒してまいりましょうか?」


「いや、乗り掛かった舟だから、俺がケリをつける。桜は、ゴブリンが近付かないようにこの入り口を守ってもらえるか」


「わかりましたわ。1体も通しません」


 本来の役割分担だと、魔法を用いる聡史は一撃で大量の敵を殲滅可能であるからして、ロードの下に集まろうとする大量のゴブリンを相手にするのであれば、彼が入り口を守る役割に就くのが適任だといえる。しかも、今回のような超大型の魔物を討伐した経験は、桜のほうが圧倒的に豊富であった。


 だが聡史は、敢えてそのフォーメーションを採用しようとはしない。その理由は、ゴブリンと戦っている間に彼が感じた口では説明しにくい奇妙な違和感であった。



(桜を危険な目に遭わせられないからな)


 聡史が危惧しているのは、ゴブリン・ロードそのものではない。あの怪物がいる空間自体がこの場所に割り込んで出現したばっかりで、周囲の空間と同調しないままで非常に不安定な印象を受ける。


 そもそもが、隠し通路が現れた狭い場所に、馬鹿デカい空間が割り込むようにして現れたのだから、周囲の空間としては大迷惑であろう。自らの本来の安定性を保つために、邪魔者を異空間に押し戻そうという作用が働いてもおかしくはない。



「お兄様、またゴブリンの群れがやってきましたわ。この場は私に任せて、早く中へ!」


「わかった。行ってくる」


「お任せください! 太極波ぁぁ」


 強烈な爆風と爆発音を背に受けながら、再び聡史はゴブリン・ロードが待っている空間へと戻っていく。


 内部で待ち構えている巨大な魔物は、再び入ってきた聡史を警戒する目で見ている。ゴブリン・ロードからすればこの人間が放った魔法によって一度死に掛けているだけに、警戒の目を向けるのは当然かもしれない。眼光に知性は感じないものの、生命体が持ち得る生存本能が聡史の危険性を訴えているのであろう。  

 


「グガグガグガガァァ!」


 その目に危険な光を宿しながら、ゴブリン・ロードが雄叫びを上げる。手にする大剣を振り上げながら、聡史を威嚇するかのように牙を剥き出しにした獰猛な表情を浮かべている。



「今すぐに楽にしてやる。もうちょっと待っていろ」


 魔剣オルバースを手にして、不敵な笑みを浮かべる聡史。すでにこの怪物の攻略法が頭に入っているだけに、表情には余裕が読み取れる。



「いくぞ」


 再び激突しようという両者、今度は聡史がオルバースを肩の高さに構えて突進していく。敵に向かって前進しながら、聡史は〔神足〕と〔身体強化〕のスキルを同時に発動。一旦魔法は封じて、剣で相手をしようという腹積もりのようだ。


 聡史の速度が上がる。空間の床を足が蹴るごとに一歩ずつ加速して、あっという間にゴブリン・ロードの足元に入り込んだ。



「ガァァァァ!」


 遅れてゴブリン・ロードの剣が、聡史が通り過ぎた床に叩き付けられる。威力だけは十分すぎる一撃が床の敷石をかち割って石の礫を飛ばすが、もうその時には聡史はゴブリンの右膝に向けて剣を横薙ぎに振るっている。



 ガキーン


 身体強化された聡史が振るう魔剣は、左膝の魔法障壁を壊した衝撃の3倍以上。頑丈な金属鎧の防御力をもってしてもその一撃に耐え切るのは不可能であろう。あまりにも強烈かつ無慈悲な斬撃に堪りかねたゴブリン・ロードが悲鳴にも似た声を上げる。



「ギヤァァァァ!」


 ゴブリン・ロードの右膝を覆う鎧がベッコリとへこむ。金属鎧の内部では、膝が押し挟まれて骨が変形していそうな、見るも無残な窪みが出来上がっている。



「足1本で済むと思うなよ」


 瞬時に身を翻した聡史の目は、床に振り下ろされて未だ引き戻されていない剣を持つ右手に向けられている。その場で床を踏みつけると、ジャンプ一閃。



「ウギャアァァァ!」


 ゴブリン・ロードの右手に向かって床を踏みつけた聡史の体は、怪物の目の高さまで飛び上がってから重力に引かれて加速を得て落下する。そして引力を味方につけた聡史は、魔剣をゴブリン・ロードの右肘に振り下ろす。


 悲鳴を上げるゴブリン・ロードの肘は、叩き込まれた魔剣の衝撃によって変な方向に曲がっている。金属鎧のおかげで切断こそされなかったものの、魔剣を叩き込んだ衝撃がこれまたブッとい腕の骨を破壊しているよう。


 怪物の右手と右足を破壊した聡史は、ゴブリン・ロードの懐から一旦離脱を図る。距離をとって相手の様子を観察すると、聡史の予想通り大剣は左手1本で持ち、右足は辛うじて引き摺りながら動かすのが限界らしい。


 片足が壊されて機動力をほとんど失った上に、両手で剣を保持できないおかげで攻撃にも精彩を欠くゴブリン・ロードは、すでに聡史に狩られる時を待つばかりの存在。もしかしたら配下の血を飲めば復活の目があるのかもしれないが、そこは桜ががっちりとガードして空間内部には1体も通さない構えを構築している。


 怒りに満ちた目で聡史を見下ろすゴブリン・ロードではあるが、眼前の敵に一方的にダメージを与えられて、どう見てもこの先苦戦は免れないであろう。


 その時…



「お兄様、お急ぎください! 空間の出入り口が閉じ始めようとしていますわ」


 通路でゴブリンの駆除をする桜の切迫した声が飛ぶ。聡史はその声の方向にチラリと視線を向けると、確かにその警告通りに空間の出入り口が両端から壁を新たに作り直すかのように、徐々に狭くなっていく様子が目に飛び込む。



「どうやら急がないと不味いな」


 そう呟いた聡史は、魔剣を握り直すと一気に畳み掛けていく。左手一本で振るわれる大剣を弾き返して、今度は左足に剣を叩き込む。ガシンという金属がぶつかり合う音を立てて、ゴブリン・ロードの左足にはオルバースが大きく食い込んでいる。


 両足を破壊されたゴブリン・ロードは、その巨体が仇となった。重量物となった体躯を支えきれずにドウという音を立てて床に倒れこんでいく。



「これで止めだ」


 腹這いとなって倒れているゴブリン・ロードは、大剣を手放して無事な左手一本で何とか体を起こそうとするが、聡史は抵抗する手段を失ったその背中に飛び上がっていく。


 そして、着地と同時に魔剣を鎧と兜の間にあるわずかな隙間に突き立てる。延髄に深々と剣を差し込まれたゴブリン・ロードは、声も上げられずに体を痙攣させて事切れる。


 聡史によって倒された巨体が床に吸収された跡には、大ぶりの魔石と大剣が残されている。



「お兄様、どうか早く!」


 出入り口の外からは、桜が呼び掛ける焦った声が響く。聡史は素早く魔石と大剣をアイテムボックスに放り込むと、すでに人が一人通れるかどうかというところまで閉じている出口へとダッシュ。



「桜ぁぁ、そこから離れろぉぉ!」


「わかりましたわ」


 外にいる桜を退避させる聡史。だが彼の目の前ではみるみる空間の出口が閉じていき、今は腕一本が辛うじて出せる程度の隙間しか残ってはいなかった。このままでは、聡史が外に出るのは絶望的。彼はこのまま空間に閉じ込められてしまうのか?


 その時…



「はぁぁぁぁ」


 ダッシュする足を止めた聡史は、鞘に戻した魔剣に右手を掛けて、裂帛の気合を漲らせて魔力を込める。



断震破だんしんはぁぁ!」


 居合のごとくに鞘から引き抜かれた魔剣オルバースが、一呼吸の間に目に見えない速度で縦横に振られていく。聡史が放っている断震破は、次元さえも切り裂く斬撃。目に見えている出口が閉じられている現象だけではなくて、閉じようとする空間そのものを切り裂いている。



「今だ」


 再びダッシュを開始した聡史は、自らの手で切り裂いた空間の境界を突き進む。だが、あと一歩で外に出ようかという所で、再びピッタリと出口が閉じる。



「断震撃!」


 今度は魔剣に魔力を込めて、極限の速度で前方の閉じてしまった出口に突き込んでいく。オルバースは、聡史の期待に応えるかのように不可視の衝撃を壁に向かって発現する。



 ズガガガーン


 ダンジョン自体が崩壊するのではないかという衝撃が階層を激しく揺らす。閉じていた壁が突き崩されて、その一瞬出来上がった隙間から転がり出るようにして、聡史はようやく空間の外に飛び出した。



「桜、可能な限りここから離れるんだ!」


「はい、お兄様」


 兄妹は極限まで身体強化を発動すると通路を疾走し始める。その背後では本格的な空間転移が始まって、つい今しがたまで聡史とゴブリン・ロードの戦いが行われていた場所は転移の際に発生する大規模な光の渦に取り囲まれている。振り返る余裕はないが、もうその姿ははっきりと視認できない。


 だが、聡史が壁に穴を開けて飛び出したせいで、3階層の通路にある物体や未だに湧き上がってくるゴブリンは、その場に一端を垣間見せている転移の渦に次々に吸い込まれていく。渦の吸引力に抗う術がないゴブリンたちは宙を飛んで、あたかもミニブラックホールの如き光に巻き込まれていくのだった。


 階層にある物体を全て吸い込もうかという猛烈な渦は、留まる所を知らぬ様子で通路をひた走る聡史たち兄妹にも迫ってくる。



「桜、振り返るな。とにかく走るんだ!」


「はい、お兄様」


 とはいうものの、空間転移の渦の吸引力は二人にとってけっして楽に振り切れる生易しいものではない。前に進もうとして足を高速で回転させる二人と、取り込んでやるとばかりに後ろに引きずり込もうとする渦の力のせめぎ合いが続く。


 どれだけの時間、前だけを見続けて走っていたのかもわからない。ただただ自らを吸い込もうとする力に逆らって前に走る二人。もう今は、自分たちが何処にいるのかすら全く理解していない。時折吸い込まれていくゴブリンが空を飛んで二人の前に手足をバタつかせながら姿を現すが、兄妹は打ち合わせでもしていたかのような巧みなステップで迫りくるゴブリンを躱して、ひたすら前に進んでいく。


 やがて、転移の光の渦は徐々にその明るさを弱めて、ふと見るといつの間にか消え去っている。3階層に猛威を振るっていた万物を吸い込もうとする強大な引力は治まって、ようやく周囲は平静を取り戻す。



「お兄様、どうやらもう大丈夫なようですわ」


「ああ、かなりヤバかったな」


「まさかお兄様が強引に壁を壊して出てきた結果がこのような大騒ぎに繋がるとは、さすがに予想外でした」


「俺も予想外だった」


 普段は事あるごとにやらかしてしまう桜ではあるが、今回はむしろ兄が盛大に仕出かしたので、いつもの2割増しのジトっとした目を向けている。さすがに妹にこのような視線を向けられている聡史は不本意そうではあるが、自分の失敗なので素直に認めるしかない。



「桜、迷惑をかけたな」


「この程度の出来事は、私の辞書では迷惑の範疇には入りませんわ。むしろ通路に湧き出るゴブリンが減ってよかったのかもしれないですの」


「そうだな… 言われてみれば、ゴブリンの数が減っているようだ」


 桜の指摘通り、空間を転移させた際に発生した光の渦は3階層の通路中に撒き散らされていたラフレイアの花粉の相当な量を吸い込んでいた。おかげで大量発生していたゴブリンの発生元が失われて、この3階層が先程までと比べて格段に平和となっている。



「とにかく原因がなくなったのですから、私たちも外に出ましょう」


「そうするか… ああ、忘れるところだったぞ。避難している上級生たちを回収しないと」


 こうして兄妹は、ひとまず4階層に降りていく階段を目指して通路を歩きだすのであった。

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