36 伝説の主
馬鹿デカいゴブリンの正体は……
感想をお寄せいただいて、ありがとうございました。
聡史の前に現れた異形の存在は、確かにゴブリンと同じ姿形をしている。通常のゴブリンは背丈が1.3~1.4メートル、上位種のゴブリンジェネラルで約1.7メートル、ゴブリンキングで2メートルというのが、平均的なサイズ。
だが聡史の目の前にいるのは、体高が優に5メートルを超える巨大なゴブリン。くすぶって所々まだ炎が燃え残っているラフレイアの花畑の跡を踏み付けてもまるっきり熱さを感じてない様子で、爛々と輝く両目で聡史を睨み付けている。
金属鎧で全身を覆い右手には刃渡り3メートル近い大剣を軽々と振るう姿は、どこから見てもゴブリンとは思えない。巨人種の魔物であるタイタンやトロルがこの場に現れたかのような圧倒的な迫力を振り撒いている。
聡史の脳裏には、かつて大賢者から聞いた話が蘇る。
「よいか、ゴブリンだからといってバカにするものではない。古き言い伝えによれば、千年単位の月日を経てゴブリンの中から恐るべき災厄をもたらす怪物が出現する。古の人間は、その怪物を称して〔ゴブリン・ロード〕と呼ばわっていたそうだ」
伝説中のみに存在するゴブリン、千年の時を経て現れる最強種こそ、かつて大賢者に聞かされたゴブリン・ロードに他ならない。そして現在、このダンジョンの3階層で聡史の眼前に出現したのは、まさしく災厄級と呼んで差支えがない存在であった。
「ウガウガガァァァ!」
雄叫びを上げると、聡史の姿を視認した怪物がその巨体を揺らしながら前進を開始する。
とはいえかなり広い空間なので、聡史と前進してくるゴブリン・ロードの間にはまだ少々間合いに余裕がある。
「まずは、軽く小手調べだ」
そう呟いた聡史は、相手の力を図る意味もかねて魔法を発動する。
「雷光」
通路に密集するゴブリンを粗方片付けた稲妻が、向かってこようとする巨体に直進する。濃密な魔素を含んだ大気をイオン化しながら、青く発光する稲妻がゴブリン・ロードの胴体の真ん中に着弾する。金属鎧に身を包んだ巨体が一瞬にして青い光に包まれる。
バリバリバリバリ
鼓膜を刺激する不快な音を響かせながらゴブリン・ロードを包んだ雷光による高圧電流は一瞬その巨体をたじろがせるも、何らダメージを与えている様子は見受けられない。剣を構える姿のまま、高所にあるその両眼は聡史を射殺さんばかりに凶悪な光を湛えている。
「魔法障壁か? ゴブリン・ロードの体から魔力が放出された形跡はないから、あの鎧そのものに術式が込められているようだな」
聡史は不発に終わった先制攻撃を冷静に分析している。通常のゴブリンは棍棒を手にするか、若しくは素手。上位種になって初めてお粗末な剣や弓を手にするのと比較してこの伝説級のゴブリンが身にまとう装備は、聡史の魔法を簡単に無効化する相当手強いレベルの魔法防御力を備えているよう。
この空間に花畑を作っていたラフレイアの最後の悪足搔きは、よくもこのようなとんでもない怪物を生み出したものだと、正面から対峙する聡史自身が身に染みて感じている。
魔法障壁を身にまとう相手に対しての対処法は、まずは物理で押す一手。徹底的に剣で圧倒して倒し切るか、若しくは障壁を破壊して魔法を叩き込むかの二者択一、状況に応じては双方を巧みに使い分けながら少しずつダメージを与えていくのが最も手堅い戦術といえそう。
だが簡単にいうものの、目の前に立ちはだかるゴブリン・ロードを相手にして魔法が効果を発揮しないというのは、聡史にとって無視できない問題であろう。
聡史の大元の職業は〔魔法剣士〕、つまり魔法と剣を組み合わせる戦い方において最大の能力を発揮する。もちろん剣の腕一つをとっても並の剣士が遠く及ばない高度な技術を身に着けており、目の前のゴブリン・ロードを相手にしても決して引けを取らないのではあるが、やはり魔法が役に立たない状況というのは彼にとっては有利には働かない。
しかもこのゴブリン・ロードは、その巨体に見合わず動きが素早い。タイタンやトロルのような巨人種につきものの弱点である瞬時の動作の切り替えが鈍いという点が、ゴブリン・ロードには今のところ見当たらない。
「まあいいだろう。ひとまずは剣で相手をしてやる」
聡史は手にする魔剣オルバースを構えて、振り下ろしてこようとするゴブリン・ロードの大剣の勢いに押されぬように足を踏ん張って体幹に力を籠める。
「グオォォォォ!」
ゴブリン・ロードはその巨大な体躯から繰り出される有り余る力にものを言わせて、聡史を一息に押し潰そうと剣を振り下ろす。
ガキーン
刃渡り3メートルの頭上から振り下ろされる大剣と、聡史が手にするオルバースが火花を散らしてぶつかり合う。両腕に力を込めて上から圧力を掛けるゴブリン・ロードと、懸命に下から撥ね上げようとする聡史の力が見せる一瞬の拮抗。
だが、この巨体と真っ向から力比べをする不利を悟った聡史は、体を右に捻るようにし大剣の圧力を躱すと刃を滑らすようにしてゴブリン・ロードの剣を受け流していく。
急につっかえ棒を外されたようになったゴブリン・ロードは、勢い余った大剣を床に叩き付ける。
ガキーン
固い石造りの床に大剣の先がぶつかっただけで、石くれが飛び散って敷石には大きなヒビが入っている。まともにあの大剣が体に当たったら、聡史の並外れた防御力をもってしても即死レベルの強大な威力を秘めていそう。
だが聡史は、梯子を外されてたたらを踏んだ体勢となったゴブリン・ロードの隙を見逃さなかった。素早く剣を引き戻すと、スキル〔神足〕を発動して巨体の懐へ飛び込んでいく。狙いは、彼の目の前にある大木のような左足。
やや引き気味に構えた魔剣を思いっきり横薙ぎにゴブリン・ロードの膝へと叩き付ける。
パリーン
ゴブリン・ロードがまとう鎧の膝の辺りに一瞬魔法陣が浮かび上がると、砕け散るように消えていく。どうやらこれで鎧の左足の部分に展開されていた魔法障壁が聡史によって破壊されたよう。
体高5メートルを超える巨体からすれば、鎧の膝をカバーするパーツはほんのわずかな面積といえるだろう。だが聡史にとっては、まずはこれで充分。
そのまま素早く身を翻すと、聡史はゴブリン・ロードの剣が届かない位置まで走り抜ける。その間に右手一本に剣を持ち替えて、左手の手の平には魔力の充填を終えている。
「魔法障壁がなければ、こっちのものだ。食らえぇ! 雷光ぉぉ!」
聡史の魔法は、ゴブリン・ロードの左膝一点を目指して進む。そして狙いを過たずに、魔法障壁が破られた箇所に着弾。
バリバリバリバリ
魔法障壁が破られた膝から体内に入り込んだ高圧電流がゴブリン・ロードの巨体を駆け巡っている。体が電流のもたらすショックで痙攣して、ゴブリン・ロードは口から泡を吹いて倒れ込む。ようやくこの難敵を倒したこの状況を見て、聡史は一息つこうとした。
だが、その時…
「ギギ! ギギギギ」
「ギギ! ギギャァ」
数体のゴブリンが通路からこの空間に入り込んでくる。そしてそのゴブリンたちは、聡史にも全く予想外の行動に出る。
1体の剣を持ったゴブリンソルジャーが自らの主の前に立つと、その剣で首を掻き切って溢れ出る血を口内に流し込んでいく。首から血を流し切った1体が倒れると、また別の個体がロードの前に立って、自らの首を掻き切ってその血を流し込む。
口から溢れ出るほどのゴブリンの血を流し込まれたゴブリン・ロードの右手がピクリと動くと、次第に力を取り戻してゆっくりと立ち上がっていく。
さらにゴブリンロードは、狭い入口から空間に入り込んでくるゴブリンを手当たり次第に捕まえては、牙を剥き出しにして仲間の首を食い千切ってその血を絞り出すようにして飲み干していく。
驚くことにゴブリン・ロードは人間がポーションを飲んで回復するように、配下のゴブリンの血を飲み干して復活した。さらに恐ろしいのは、首を食い千切られているゴブリンが嬉々として自らの身を主に差し出している点。
こんな驚くべき光景を目の前にしては、さすがの聡史も唖然とその光景を見つつしばらく身動きが出来ない。だが立ち上がったゴブリン・ロードを目にして、彼はなんとか再起動を果たす。
「ゴブリン・ロードは倒せる。だがこのまま通路から入ってくるゴブリンを放置しておいては、あっという間に復活してしまうのが問題だな」
ラフレイアが撒き散らした花粉はいまだ無数に通路を漂っている。この花粉をコアにして次々とゴブリンが生まれ出てくる状況は、ゴブリン・ロードに対して常に燃料を補給しているに等しい。
「まずは、通路のゴブリンを倒すのが先決か」
聡史は一度判断を下すと、行動に移すのが早い。彼はゴブリン・ロードが復活した空間を抜け出すと、そこら中にいるゴブリンに向かってウインドカッターを放つ。
一見遠回りに見えるかもしれないが、夥しい数のゴブリンをこの空間から遠ざけることで、その間にゴブリン・ロードを倒し切る戦術に切り替えている。
都合のいいことにゴブリン・ロードの巨体は通路の天井に頭がつかえて、通路には出てこれない。しかも通路に沸いたゴブリンたちは、本能的に自らの主の下に集まる気配を見せている。つまり外に出てしまえば、聡史は空間内にいるゴブリン・ロードを気にせずに、こちらに集まってくるゴブリンに集中するのが可能。
両手持ちに切り替えた魔剣に自らの魔力を大量に流し込んでいく聡史。通路の各方面からは、徐々に聡史の元にゴブリンたちが押し寄せてこようとして醜悪な姿と耳障りな声が近づいてきている。
聡史は剣を右側に引きながら腰を落として一瞬横ダメの体勢になると、一気にオルバースを横薙ぎに振るう。
「滅斬一掃、神斬刃ぁぁぁ!」
不可視の斬撃がオルバースの刀身から放たれると、通路に蠢くゴブリンたちの上半身と下半身を切断しながら、亜音速で突き進んでいく。わずか一撃で右側の通路から迫っていたゴブリンたちは、一掃された。
さらに通路の左側にも同様の斬撃を放つと、床には上下にバラバラになったゴブリンの死体が折り重なっている。
これでしばらくは時間が稼げると判断した聡史は、再び空間のゴブリン・ロードを倒しに取り掛かろうと一歩足を踏み出す。だが彼の耳は、通路のかなり離れた場所から聞こえてくる異音を捉えた。
その音に注意を向けると上級生たちが退避している通路の階段方面から聞こえてきており、徐々にこちらに接近している気配を聡史は察知する。
次第に接近してくる異音は、どう判断しても爆発音であった。小規模な爆発が連続してこの通路を聡史に向かって突き進んでくる。
ドッパーーン
そして、聡史のいる場所から100メートル手前で、十数回目の爆発音が通路を揺るがす。濛々とした煙が晴れると、そこから人影が姿を現す。
「お兄様、どうもお待たせいたしましたわ。1、2階層にいた生徒たちの退避を終えて、ようやくお兄様に追いつきました」
そこには、連続して太極波を放ちゴブリンを駆逐しつつ、通路を高速で移動してここまでやってきた桜の姿があるのだった。
読者の皆様、どうか、以下の点にご協力ください。
「面白かった!」
「続きが気になる!」
「もっと早く投稿しろ!」
と、思っていただけましたら、ブックマークや評価を、是非お願いします!
評価はページの下側にある【☆☆☆☆☆】をクリックすると、簡単にできます。
皆様からお寄せいただくポイントが、執筆を続ける原動力になりますので、どうか温かい励ましを賜わりますよう、どうぞよろしくお願いします!




