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351 米国内秘密作戦

4か国連合との戦争は一旦横に置いて…

 7日間戦争で圧倒的な迎撃能力と敵地攻撃力を見せつけた天の浮舟ではあるが、現状自衛隊は同機体を合計で25機保有している。そのうち24機はそれぞれ8機ずつが第1~第3飛行隊に所属して運用されているが、実は25番機だけはどこの飛行隊にも所属していない。


 この25番機は他の機体と比べてひと回り大きい一辺が80メートルの正三角形の形状。ではこの大型化した機体がどのように運用されているかというと、いってみれば敵地偵察に特化した仕様となっている。精密な探査に用いる機器を搭載するために、敢えてその機体をひと回り大型化してあるのが特徴といえる。


 日本政府は領海並びに経済水域内の海底資源に関しては銀河連邦の専用調査機を一時的に貸与されたうえで資源調査を行っていたが、此度の7日間戦争において敵国の陸海空及び戦略ミサイル基地に関して正確な立地や地下構造等の調査を行ったのは実はこの25番機。


 天の浮舟の各飛行隊は、この25番機が事前調査によって得た精密な情報を元にしてピンポイントで軍事基地並びに付帯施設や軍需工場等に攻撃を行っている。そのおかげで民間にはこれといった被害を出すこともなく、4か国連合は軍事組織並びに兵器製造能力のほぼすべてを喪失という日本にとってはこれ以上ない結果を達成する。裏を返せば4か国連合にとっては国家の存亡に直結する悪夢に相当するのだが。


 そして現在、天の浮舟25番機は高度4万メートルの上空からアメリカ本土の軍事施設や兵器及び軍用航空機製造工場等の正確な位置情報を把握するため、微弱な電波を地上に向けて放出しながら時速200キロ程度の微速でネバダ州に侵入してさらに北上を続けている。太平洋を横断して西海岸北部のシアトル付近から調査を開始して、太平洋沿いのメキシコに隣接するサンディエゴまで南下してから今度は北に向けて折り返した地点にあたる。


 地上に向けて発せられた電波は屋外施設だけではなくて地下に秘匿された極秘の構造物さえも丸裸にして、さらにこの情報を量子コンピューターでより精密に解析してグラフィック化しつつアメリカ中に点在する軍事拠点を将来的に攻撃する際の基礎資料とするのが目的だが、実際に本格的な攻撃の実施に及ぶかどうかについては政府は態度を決定していない。これは次期共和党政権下においては再び友好的な協力関係を築けるであろうという見通しが立っているため。とはいえ将来的に何が起こるか現状ではあまりにも不確定なので、念には念を入れてこうして予備調査を実施している。



 艦内ではコーヒーカップを手にした艦長がオペレーター席の真後ろまでやってきて声をかける。



「どうだ、何か面白い構造物は見つかったか?」


「今のところは特に何もないようです。ところで艦長、自衛隊上層部と政府は本当にアメリカと一戦交えるつもりなんでしょうか?」


「ハハハ、私も一介の自衛隊員だからね。お偉いさんたちが何を考えているかなんてわからないよ。ただし今回の選挙で当選したジョーカー氏は国防総省内部のQに好意的だと聞いている。もしかしたらすでに日本政府と何らかの手打ちをコッソリと結んでいるのかもしれないな」


「確かに今回の4か国連合の完膚なき遣られようを直視したら、いくらアメリカでも日本といつまでも対立しているのはマズいと気付くでしょうね」


「常識が働いている政治家ならそう考えるのが普通さ。ただし現在の民主党政権は明らかにそのような常識から逸脱している。したがってジョーカー氏が無事に大統領に就任するまではまだまだ気が抜けないだろうな」


 とまあ、このような至極ノンビリとした会話をしているちょうどその時、レーダー担当が緊張した声を発する。



「本機に超高速で接近する機体あり。速度マッハ10で2つの飛翔体が接近してきます」


「電波の発信源を辿られたか。探査用の電波を一旦オフにしてくれ。相手が仕掛けてこない限りはこちらから手を出すなよ」


「了解しました」


 レーダー担当が見つめるモニターには2つの光点が並んで急速に接近してくる様子が映し出されている。25番機が電波の照射を停止した途端に光点は別行動を開始して同機の予想位置を目指して前後から挟み撃ちにするような軌道を描いて距離を縮めに掛かる。



「それにしてもこの高高度まで急接近が可能な飛翔体は限られているはず。ミサイルでなければ、ひょっとしたら例のあの機体かもしれんな。レーダー、モニターに相手の機影を映し出せそうか?」


「ただいまグラフィック処理中です。出ました」


「どれどれ」


 艦長がコンピューター処理された画像を確認すると、そこには天の浮舟と瓜二つの機体が映し出されている。



「ほう、やはりな。これがアメリカが保有するTR-3Bか」


「おそらくその通りだと思われます」


「こちらを追尾する動きはあるか?」


「いえ、あくまでも電波の発信源を追いかけて飛来したようで、こちらの正確な位置までは掴めていないようです」


「そうか、いくらアメリカ側にこちらが見えてはいないといっても、この場で余計な接触は避けたほうが無難だな。高度を5千メートル上げてくれ」


「了解しました」


 ということで天の浮舟は急速に高度を上昇させるがTR-3Bはその動きに気付くことなく、いまだに予想位置近辺を航行しながら哨戒している。やがて諦めたのか、2機のTR-3Bが地上に戻っていく様子が確認される。



「どうやらあちらのレーダーはこの機体を発見する能力はないようです」


「そのようだな。これが技術格差というものか。まあ、アメリカ側に日本の極秘兵器を発見する術がないと判明したのは喜ばしいことだろう」


 艦長が述べる通り、最新鋭の惑星間航行小型艦艇である天の浮舟とTR-3Bに搭載されている技術は年代だけ比較してもおよそ数万年の開きがある。その間に銀河連邦内でいかほどの技術革新があったかを鑑みると、この歴然たる性能差はある意味当然。というよりもアメリカ側はよくぞこんな骨董品レベルの技術を用いて独自に機体を開発したものだ。おそらくはレプティリアンからの技術援助やロズウェル事件に代表される偶然アメリカ国内に墜落した宇宙船のデータを解析して膨大な時間と予算をかけて苦労した挙句にようやく開発に漕ぎ着けたと思われる。



「さて、アメリカ側に動きがあるということは、この付近に何か重要な施設が隠されているという傍証になるな。そろそろエリア51が対象区域に入ってくるだろうから、電波によるスキャンを再開するぞ」


「了解しました」


 エリア51… 都市伝説やSF好きな方なら一度は耳にした名称であろう。このポイントは公式には長らく最新鋭の航空機の開発を行っていると伝えられており、ホーミー空港という軍用の滑走路を併設した空軍基地という看板が掲げられている。とはいえ一部のマニアやネットに掲載されている記事の中にはUFOとの関わりを指摘する声が多々見受けられる。


 こんないわくありげな空軍基地だけに一般人の立ち入りはもちろん禁止で、施設を取り囲むフェンスに近づいただけでも「今すぐ立ち去れ」と警告を受けるケースもしばしばあると囁かれている。


 それだけに米軍としても見られたくないモノがあってわざわざTR-3Bを差し向けてきたと考えるのが自然に思われる。そして実際に天の浮舟が探査を開始してみると…



「地上には飛行場及び付帯施設しかありませんが、地下には想像以上の広大な空間が広がっているようですね」


「そうだな、何というか… 伊勢原の秘匿開発基地に似ていないか?」


「ああ、確かに似ているような気がします。ということはこのエリア51というのは公表されている通りに新型の航空機の開発拠点というのが正解なのかもしれませんね」


「この場で断言はできないが、おそらくそうだろうな。見ろ、このエリアにあるのは組み立て途中のTR-3Bじゃないか?」


 モニターで情報をグラフィック化しながらスキャンを担当する技師同士が話し合っている。どうやらひとりの技師が指でさし示している地下のエリアには正三角形と思しき物体が映し出されている。



「確かにそのようだな。まあまあ面白いデータが採取できたから、ここだけは切り抜いて伊勢原に送っておこうか」


「任せる」


 こんな米軍にとって最高機密と呼んでもいい情報まで丸裸にされては、ペンタゴンの幹部たちは全員が涙目であろう。



「それにしてもこれだけ大っぴらに電波を出しているのに、TR-3Bは再度出撃してこないな」


「米軍としてもおいそれと外に出していい機体じゃないだろうさ。とっておきのトラの子だから、一度偵察が空振りに終わった以上手出しする気はないんだろう」


 このような具合でどこからも邪魔されずに高度4万メートルの上空を悠々と天の浮舟は地上をスキャンしながら進んでいく。そのまま北上を続けてネバダ州を突っ切って隣のユタ州に入っていく。


 このユタ州の州都であるソルトレークシティーは、その名前の由来となったグレートソルトレイクを中心としてネイティブアメリカンの聖地だったのだが、19世紀中盤のゴールドラッシュの折に金鉱の発見で湧き立つカリフォルニアへの中継地点として白人が大挙して押しかけて以来、先住民を追い出して街を築いたという歴史がある。


 そして天の浮舟が州都のソルトレークシティーに差し掛かった時、モニターを見つめる探査技師が声をあげる。



「艦長、とんでもない規模の地下空洞があります」


「なんだって、もう一度精密にスキャンしてくれ」


「了解。結果が出ました。ソルトレークシティーから西に50キロの地点の地下に東西120キロ、南北80キロに及ぶ地下空間が存在します。深度は1000メートルから1500メートル。何を目的にこのような大規模な空洞を建設したかは不明」


「というと、人工構造物だというのか?」


「はい、その証拠に地上の建物の地下からこの空間に繋がる通路が数か所確認できます」


「そんな巨大な地下空間があるのに、地上には何も影響はないのか?」


「構造力学上は説明がつきません。これだけの大きな地下空間にも拘らず空洞内を支える支柱等が一切見当たらないので、どのようにしてその上部に乗っかる岩盤を保持しているのか大いに疑問が残ります。このような空間が地下にあるとしたら、通常はどこかで必ず陥没等の現象が発生するはずです」


「なるほど… これはひょっとしてエリア51以上の大発見かもしれないぞ。すぐに伊勢原にデータを送ってくれ」


「了解しました」


 ということで、このソルトレークシティーの近郊にある地下空間に関する詳細なデータが伊勢原の量子コンピューターオペレーションルームに転送されていくのであった。







   ◇◇◇◇◇







 こちらは伊勢原にある量子コンピューターオペレーションルーム。天の浮舟25番機から送信されたデータがたった今届いたばかり。



「なあ、この地下空間ってどういう用途があるんだ? 街中のビルから地下通路が延びているんだから何かに使っているはずなんだが」


「核シェルターとか」


「それにしては大き過ぎないか。ソルトレークシティーは人口が20万人くらいのはず。州都全体の8倍くらいの面積があるぞ」


「確かに。しかも地面が広範囲に陥没するかもしれないリスクを冒してまで、地下にこんな大空間を造成する必要なんて通常は考えられないな」


 隣り合ったオペレーターが首を捻っている。そんなタイミングでたまたま通りかかった銀河連邦のオペレーターがその画像を覗き込んでひと言。



「月面や火星にあるコロニーと構造がよく似ていますね。ひょっとして重力を軽減しながら岩盤を支えているんじゃないでしょうか」


「なんだって! これはひょっとして…」


 さらに解像度を上げてグラフィック化していくと、そこには地下都市のような空洞の内部状況が浮かび上がってくる。



「これは十中八九間違いないだろう」


「ああ、レプティリアンが居住する地下都市と考えて良さそうだ」


 これは人類にとって画期的な発見。これまで人間に紛れ込んでいるレプティリアンについては比叡ダンジョンの最下層や異世界において討伐したという事例はあるが、実際のところ彼らが地球のどこに拠点を築いているのかという情報は一切掴めていなかった。それがどうやら初めてそのシッポを掴まえたとなると、オペレーターたちが興奮した表情になるのも頷けてくる。



「これがアメリカ国内を牛耳っているレプティリアンの拠点なのか?」


「他に同様の施設が見つからなかったら、ここがアメリカ国内における本拠地と考えていいだろう」


「もしもこの拠点からレプティリアンを駆逐出来たら?」


「アメリカでのレプティリアンの支配力は大幅に弱まるかもしれないな」


「こうしてはいられない。すぐにダンジョン対策室に報告しよう」


 こんな流れで、直ちにこの情報は岡山室長の元にもたらされる。そしてその日のうちに首相官邸まで話が通るのであった。







   ◇◇◇◇◇







 翌朝の早朝6時、アメリカ合衆国次期大統領の個人用携帯に日本から着信が入る。



「ハロー、プライムミニスター山本」


「ジョーカー大統領、お忙しいところでしょうが、少々お時間をいただけますか」


「今の時期ホワイトハウスのスタッフの選定が大詰めでね。かなり忙しいが10分だけなら大丈夫だよ」


「ありがとうございます。実は日本の情報部門がアメリカ国内のDSの最重要拠点を発見しまして、これを物理的に殲滅しようと考えております」


「突然穏やかではない話が飛び出してきたね。私個人としては日本の機関がどのような方法でその情報を手に入れたのかという点に非常に興味をそそられるよ」


「入手経路についてはお答えできかねます。ですがこの拠点の大掃除を行った暁には、大統領が目指す『アメリカ人の手による真のアメリカの実現』がかなりやりやすくなるはずです」


「それはありがたい話だね。ただし現状の私には何の権力もない。黙認するという形でしか協力できないが、それでもいいかね?」


「はい、結構です。おそらく現在の民主党政権の闇を暴く大スキャンダルに発展しますので、大統領にはその件の収拾をお願いしたい」


「いいだろう。来年以降、我が国と日本が以前のように友好的な協力関係を取り戻せるように今のうちから可能な限り各方面にも働きかけるとしよう」


「ありがとうございます。それではお忙しいところ失礼いたしました」


 通話を終えたジョーカー次期大統領は束の間山本首相の話を目を閉じて振り返る。


(彼は一体何の話をしていた? DSの最重要拠点を殲滅? それは一体何を指し示すのだ? 現民主党政権にとって大スキャンダルに発展? あまりに荒唐無稽な話ではあるが、4か国連合を相手にして一瞬で勝敗を決した日本だけに絶対に何か裏があるはず。ここは注意深く推移を見守るとしよう)


 どうやらこの件に関しては次期大統領は誰にも打ち明けるつもりはないよう。自分を信じてこうして話をもってきてくれた山本首相の顔を立てる意味でも、当面日本の動きに関しては注視するだけにとどめる意向を固めるのだった。







   ◇◇◇◇◇







 翌日、聡史たちはダンジョン対策室が差し向けたワゴン車に乗り込んで市ヶ谷に向かっている。この日はデビル&エンジェルだけでなくて学院長も同行するという中々滅多に見られない物々しい状況。



「美鈴ちゃん、いよいよ私が求めていた大暴れの時間が近づいてくる予感ですわ」


「桜ちゃん、もうちょっと落ち着いたらどうなの。まだそう決まったわけではないでしょうに」


「そうだぞ桜。はしゃいでばかりいないでもっと気を引き締めろよ」


「お兄様はずいぶんつまらない人間に成り下がりましたわね。異世界にいたころはもっとアクティブでしたのに」


「あの時は生きるために仕方なく行動していただけだ。ここは日本なんだから、くれぐれも行動は慎重を期するんだ」


 こんな感じで兄妹プラス美鈴で盛り上がっている座席の一列後ろに腰掛けるカレンが隣の席の学院長に尋ねる。



「お母さんは今回の呼び出しの内容を聞いているんですか?」


「いや、何も聞いてはいないな。どうせロクな話ではないだろうというのは聞くまでもないが」


 このような会話を続けながら、ワゴン車は市ヶ谷駐屯地に滑り込んでいく。そのまま会議室に通されるとスライドで画像を見せられながら、此度発見されたレプティリアンの本拠地と思しき地下空間に関する説明が行われる。



「…以上が今回天の浮舟が発見したソルトレークシティー近郊の地下空間に関する概要です」


「およその状況を理解してもらえたかね。今回君たちにはこのレプティリアンの本拠地と思しき地下空間の調査を行ってもらいたい。下手に天の浮舟から攻撃すると大規模な地盤の崩落を引き起こしそうなんだよ。それに空間の深度が1000メートル以上となると、レーザー砲を使用しても内部まで届かない恐れがある。そこで手間がかかるがわざわざ要員を派遣するという手段をとらざるを得なくなって君たちに白羽の矢が立った次第だ」


 参謀の説明の後に岡山室長が今回の任務について話をする。それを受けて聡史が…



「確かに魔族の国で発見したレプティリアンの地下居住地と構造がよく似ています。それで、調査だけでいいんでしょうか?」


「基本的にはそこにいる生命体に関しては殲滅してもらいたい。レプティリアンはあまりにも人類にとって有害すぎる。女性や子供といった非戦闘員に関しては少々心が痛むが、捕虜は認めなくてよい。非常に厳しいミッションになるが、君たちにしか任せられない」


 するとここでこれまで黙って話を聞いていた学院長が口を開く。



「この場にいる全員でこの地下空間に向かうということでいいんですか?」


「その点だが、神崎大佐とカレン少尉にはこの地下施設殲滅に付随する別のミッションに従事してもらいたい。よって地下施設は残りのデビル&エンジェルのメンバーで攻略ということになる」


「それでしたら伊勢原でパワードスーツの訓練を受けている生徒も加えるのはどうでしょう。吸血鬼殲滅の際は十分に戦力になりましたし、今回も必ず役に立ってくれます」


 学院長からの思わぬ提案に岡山室長も一瞬思案した表情を浮かべるが、すぐに首を縦に振る。



「いいだろう。人選は神崎大佐と楢崎中尉に任せるとしよう」


 どうやら室長のこの言葉で頼朝たちやブルーホライズンの参戦が決定した模様。それだけならばまだいいのだが、岡山室長はさらに続ける。



「実は元々は神崎大佐に指揮を執ってもらいたいと私も考えていたのだが、予定外のミッションが加わってしまってね。こちらの詳細に関しては神崎大佐に後ほど具体的に説明するが、君にしかできないミッションだ。さらにカレン少尉も抜けるという事情もあってデビル&エンジェルの戦力が心許ないのではと考えた結果、私のほうでも助っ人を呼んでおいたんだよ。その助っ人というのは破壊活動の超エキスパートだ。声を掛けたら快諾してくれたよ」


 岡山室長の話を聞いて桜が小声で聡史に話し掛ける。



「お兄様、助っ人の件ですが、どうにも私にはイヤな予感しかしませんの」


「同感だな。俺も途轍もなくイヤな予感がしてくる」


 兄妹の意見が一致している。彼らの脳裏には一体どのような人物像が浮かび上がっているのだろうか? それもあの桜をして「イヤな予感」と言わしめるのだから、相当な強者に違いなさそう。


 そんな兄妹の懸念などどこ吹く風で、岡山室長はさらに話を続ける。



「出発は5日後。伊勢原から銀河連邦の小型輸送船で太平洋を渡って直接ソルトレークシティーの近郊に降り立つ。前日までにパワードスーツ訓練に従事している生徒と共に伊勢原の航空宇宙基地に出頭してもらいたい。その時に助っ人と顔合わせをするから、あとは上手く行動手順をすり合わせて現地で活動してほしい」


「了解しました」


 聡史がパーティーを代表して答えるが、その声には普段の快活さが感じられない。どうやら彼の胸中に正体がわからない助っ人の存在がわだかまっているよう。


 これで一応の作戦説明が終了する。このあと学院長とカレンは続けて二人でこなすミッションの説明を受ける予定。それが終わってから全員で学院に戻るという予定になっている。


 ところがこれまで一切口を開かなかった明日香ちゃんが…



「岡山のオジサン、今日は美味しいスイーツの用意はないんですか~?」


「二宮力士長、あっ、また噛んでしまった」


「ゴラァ! そこ、なんでいつもいつも同じ個所で噛むんですかぁぁぁ!」


 もはや伝統芸能の域に片足を突っ込んでいる定番の遣り取り。岡山室長も絶対にワザとやっているはず。その証拠に明日香ちゃんは1階級昇進して現在は3等兵曹の身。


 それよりもツッコミどころが多いのは明日香ちゃんのほうかもしれない。大事な任務でわざわざ市ヶ谷まで出頭しているにも拘らず、室長の顔を見ると自動的にスイーツが頭に浮かぶくらいにすっかり餌付けされている。



「二宮3等兵曹… どうもゴロが悪いなぁ。なんだったら陸士長に戻るかい?」


「なんで降級するんですかぁぁぁ! それもゴロが悪いってだけの理由で!」


 メル友だけに階級の差を超えて友達同士のようなやり取りが続いている。さすがに他の面々は失礼極まりない態度の明日香ちゃんにジト目を向けざるを得ない。



「しょうがない。昼食後に何か差し入れるから」


「えっ、本当ですか! さすがは岡山のオジ様ですよ~」


 超機嫌が悪かったはずなのに、差し入れひとつでコロッと態度が変わる明日香ちゃん。手の平返しが過ぎないか? たぶん手首から先がドリルのようにグルグル回る仕様になっているのだろう。


 こうして午後2時過ぎには用件が終了して帰りのワゴン車に乗り込んでいく。美味しいケーキをご馳走になった明日香ちゃんは他の誰よりも上機嫌な模様。ただし学院に戻ってから夕食の時間まで桜によってグランドを走らされたのはご愛敬であった。







   ◇◇◇◇◇







 レプティリアンが蔓延る地下空間攻略のためアメリカに向けて出発する日の前日、聡史たちはダンジョン緩衝地帯にある航空宇宙基地にやってきている。デビル&エンジェルの他には学院長と頼朝たち男子8名、さらにブルーホライズンの6名という結構な大所帯。3台のワゴン車に分乗して到着した一行が駐車場に降り立ったところに、さらに別のもう1台のワゴン車が滑り込んでくる。どうやらその車は例の助っ人を乗せてきているよう。とはいっても濃いスモークガラスに覆われているため、外部から車内の様子はまったくわからない。


 そしてカチリと音がしてワゴン車のドアがゆっくりと開いていく。車内から姿を現した人物とは…



「お、おジイ様…」


「やはりイヤな予感は的中したか…」


 兄妹がアスファルトの上にへたり込んで頭を抱えている。



「お兄様、これはきっと全米が恐怖におののくのは確実ですわ」


「そうだな。映画のキャッチコピーみたいだけど、リアルに恐怖が伝播していくだろう」


「よりにもよってアメリカでの初のミッションにおジイ様が同行するなんて…」


「考えうる限り最悪な状況だ。とにかく桜、お前がジイさんのストッパーになってくれよ」


「絶対にお断りですの! 言い出しっぺのお兄様がストッパー役を務めてくださいまし」


 兄妹がヒソヒソ遣り取りを続けている間に、二人の祖父は気配を消して接近してくる。そしてその頭上から…



「これ、二人して何をコソコソしておる。ワシの孫ならもっとシャッキリとせんか!」


「お、お、おジイ様、お久しぶりですわ」


「ジ、ジイさん、いつもと変わらずに元気そうだな」


 兄妹は若干声を震わせつつも辛うじて返事をしている。この様子にジジイとは初対面の頼朝たちやブルーホライズンは目を白黒。普段とあまりにも違う聡史と桜の姿を見るにつけ、一体何が起きているんだという表情に変わる。


 ここで学院長が…



「本橋殿、一瞥以来ですが、この度は学院の生徒たちの面倒をよろしくお願いいたします」


「これはこれはご丁寧に。神殺し殿に頼まれたとあらば、このワシが命に代えても無事に生徒を連れて帰ってみせますぞ。これでも魔法学院を預かる身ゆえ、家に帰り着くまでが遠足と教員たちから聞き及んでおります」


 どうやらジジイからしたらアメリカでレプティリアンを殲滅するという任務もちょっとした遠足扱いらしい。その発想があまりにも度を越えすぎているせいで、一体どこから突っ込めばよいのやらもはや回答不能状態。



「ともあれ施設に入りましょう。打ち合わせなどは後ほどゆっくりと」


「まあ、ワシがいる限りさほどの打ち合わせなど不要じゃが、神殺し殿の顔を立ててひとしきり話しに興じようかのぅ」


 何が起きようとも一切動じないジジイと学院長を先頭にして、一行は施設の内部に入っていく。その最後尾にはすっかり元気を失っている聡史と桜の2名が項垂れながら付いていくのであった。 

 

天の浮舟の探査によって発見されたレプティリアンの拠点と思しき地下空間。内部の調査とレプティリアン殲滅を目的としてデビル&エンジェルが派遣が決定されました。そこに助っ人として加わる怪物ジジイ。聡史兄妹が頭を抱えるのもなんだか頷けてきます。次回はアメリカに渡ったデビル&エンジェルプラスジジイが巻き起こそ騒動が… この続きは出来上がり次第投稿いたします。どうぞお楽しみに!


最後に皆様にいつものお願いです。


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[一言] やっと……6月に入ってから時間が空いて、1話からずーーーと読んで最新話まで行きましたーー! おじい様の暴走のブレーキはおばあ様しかいないかも?
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