345 岡山室長の暗躍
お待たせいたしました。日本の行く末を左右する動きが始まります。
弥生のハッキングによってもたらされた世界緊急放送計画は、量子コンピューターオペレーションルームにおいてより細部まで解析を終えてから政府並びにダンジョン対策室に報告が届けられる。
届けられた数十ページにものぼる報告書の内容は、政府中枢だけではなくて外交関係に直接関与しないダンジョン対策室にとっても青天の霹靂とでも表現しうる驚愕を引き起こすには十分な中身。何しろ米国政府が日本との敵対も辞さない強硬な態度で全面降伏を勧告するのに等しい文言が強い口調で述べられているだけでなくて、その要求を世界中の国々にも等しく実行させようというのは、あたかも第2次世界大戦前にアメリカが突き付けてきたハルノートに近いかもしれない。
しかもここ最近日米が険悪な関係に陥っているならともかく、表面上は特に問題もなく強い協力関係を維持しながら対中国や対ロシアといった外交問題に取り組んでいただけに、この態度の急変はまさに手の平返しとしか受け取れない状況。
だがダンジョン対策室よりもさらにその狼狽ぶりがひどいのは内閣の中枢で、総理大臣のブレーンとも呼ぶべき人材を緊急招集して報告書の内容の精査と世界中に与える影響に関して議論を開始したところ。
「一体どうなっているんだ?」
「アメリカがヒステリーを起こしたのか?」
「あり得ない内容だぞ。世界中が大混乱に陥るのを承知で日本と本格的に敵対するつもりなのか?」
国際関係だけではなくて様々な分野において最高レベルの知見を誇る総理大臣の直属ブレーンたちも相当に戸惑いを隠せない表情を浮かべている。だがこの席上の座長を務める人物が声を発する。
「戸惑っている時間はない。もしアメリカがこのような暴挙を現実に実行したら大混乱を引き起こすのは必定。まずは日本が国際社会に対してどのような対応をすべきかを早急に決定して総理に提言せねばならない。各自速やかに見解をまとめてもらいたい」
「そうですね。この日程通りに事が進むならば、我々に残された時間は残り少ない」
「ひとまずは改めて報告書を読み込んでから、全員で意見を出し合いましょう」
このような流れでメンバー全員が今一度報告書の隅から隅まで目を通していく。膨大な量の文書のどこかにアメリカ政府を懐柔する取っ掛かりはないかと必死に目を凝らす。だが報告書にある内容はどこをどう読み解いても日本という国そのものと日本人を世界中の敵として認定するアメリカ政府の露骨な悪意しか感じられない。というよりも「いくら選挙対策とはいえ同盟国をここまで追い詰めるか?」というある意味恐怖にも似た感情を引き起こす内容に一同は黙りこくる。
誰もが声を発することもないままにいたずらに時間だけが過ぎ去ろうとしているその時、部屋のドアをノックする音が響く。
「誰も通すなと言ってあったのに、一体何の用件だろうな?」
総理官邸で行われる緊急の極秘会議ゆえに、メンバー以外は誰も通すなと警備担当者には言いつけてあるはず。それを承知の上での来訪となると、相手は総理本人もしくは官房長官や閣僚クラスの人物以外考えられない。もっともドアに近い席に腰掛けているひとりがドアをそっと開くと、そこにはメンバーにとって思いがけない人物が立っている。
「失礼いたします。総理から直々の許可を得て来訪いたしました」
一礼するのはダンジョン対策室の岡山室長。量子コンピューターオペレーションルームを管轄する直属の責任者の来訪とあれば、総理大臣のブレーンたちも彼を迎え入れるのが妥当と判断して椅子を用意する。
「岡山室長、今回はとんでもない報告をもたらしてくれましたね」
「私もつい先程報告書に目を通して大慌てで官邸に駆けつけた次第です」
今回の極秘会議のメンバーにとっては岡山室長は言ってみれば顔馴染みの間柄。ダンジョン対策で何度も会議を重ねた仲だけに、一介の自衛官では収まらない存在とメンバーたちから見做されている。当の岡山室長は口では「慌てて駆け付けました」とはいうものの、その表情はこの緊急事態においても落ち着き払っている。会議に集うメンバーたちはこの室長の態度に少しだけ安堵感を抱く。
用意された席に腰掛けた岡山室長は、資料を取り出してからおもむろに口を開く。
「それで、何か具体的な対策はまとまりましたか?」
その質問を受けた座長は無言で首を横に振ってからゆっくりと口を開く。
「精々思いつくのは秘密裏に各国に手を回して何とかこの内容を放送しないように働きかけることくらいしか現状では案が出せないよ。何しろことは我が国の安全保障の根幹を根こそぎ突き崩す内容だけに、提示された課題が大きすぎて短時間では結論を下せない」
「まあ、そうでしょうな」
「岡山室長、その表情は君の頭の中に何らかの考えがあると言っているようだが」
「考えというよりも忘れてはならない着目点を伝えに参りました」
「着目点… アメリカに対して何らかの有効な手立てでもあるというのか?」
「いえ、そうではありません。報告書の内容からして此度のアメリカ大統領選挙はあらゆる手段を用いて絶対に現大統領を勝たせるというDSの強い意志… おそらくは背後にレプティリアンの思惑が働いているはずです。したがって現在のアメリカ政府は何が何でも世界中に日本が悪役というフェイクニュースを流すでしょう」
ここで一旦話を区切る岡山室長。もちろんこの席のメンバーはダンジョン発生の背後にレプティリアンがいることを知っている。
「もしこの世界緊急放送によって大多数の国家が敵に回ったとしても、我が国には強い味方がいるのをお忘れいただきたくありません」
「強い味方? アメリカ以上に強い味方がいるというのか?」
「ハハハ、地球規模で考えれば確かにアメリカは最強国家ですが、視点を宇宙や銀河といった範囲まで広げてみてください。強い味方の存在が頭に浮かびませんか?」
「ま、まさか銀河連邦」
総理大臣のブレーン全員の表情が呆気に取られている。確かに月面コロニーから輸送型宇宙船が伊勢原に着陸して以降様々な銀河連邦謹製の装備や技術を供与されてはいるものの、仮に日米の対立が地球を二分するような状況に陥った際、彼らがどこまで日本の味方をしてくれるのかという点において確信を持てる人間は誰もいない。しかも銀河連邦の兵器なり武装なりがどこまで強力なのかという点においては、文民である内閣ブレーンにとっては中々見当がつきにくい話。それをこの岡山室長は「アメリカが対立を望むなら銀河連邦を全面的に味方に引き入れろ」と暗に勧めている気配が窺える。
「DSの要求は単純です。世界中と敵対するか、もしくはDSの軍門に下って魔法技術や銀河連邦から供与された装備の一切合切を引き渡せという内容です。日本が取り得る道はポツダム宣言に続いて新たな無条件降伏の道を歩むか、はたまた銀河連邦と全面的に組んでアメリカや扇動されて日本に攻撃を企てる国と一戦交えるかです」
「岡山君、途方もないことを言い出すね。そうそう簡単に銀河連邦と話がまとまるのかね?」
「まとまるかではありません。まとめてみせるのですよ。まあこの点に関して私は非常に楽観視しておりますが」
自信ありげな岡山室長。その表情は銀河連邦の超未来技術を背景に周辺諸国やなんだったらアメリカとも事を構えてもいいという強固な意志を秘めているかのよう。憲法9条… アメリカが日本のバックについて安全保障に貢献するのが前提で戦争放棄を謳っている。もしアメリカの安全保障という枠組みが崩れ去ったら、こんな条文はさっさと破棄するしかないとでも言いたげ。だが日本が国際社会で今後とも重要な位置を占めつつ生き残っていくためには、ある時点で大きな決断を下さねばならないことは明白だろう。戦後長い期間棚上げされてきた最大の命題が、今現在こうして日本政府に突き付けられつつある。
「岡山室長、ずいぶんと自信ありげな表情だが、君は銀河連邦と何らかのパイプを確保しているのかね?」
「ハハハ、まあ有るといえば有りますが」
「だったら早急にそのパイプ役と連絡を取って話し合いの席を設けるのは可能だろうか?」
「一刻を争う事態ですから、こちらから働きかけてみます。前向きな返事が返ってきたら、政府の代表団を伊勢原に派遣していただきたい」
「こちらから出向くのかね?」
「我々は頼みごとをする立場ですよ。平身低頭頭を下げて協力を仰がなくてはならないでしょう。下手をするとやんごとなき立場の方にもお越し願う場合もあるかもしれません」
「まさか陛下を…」
「あくまでも相手次第ですが」
「わかった。2、3日中に代表団の人選を決定するように総理には伝える。銀河連邦の協力範囲がいかほどのものなのかを確認してから具体的な対策を検討しよう」
「それでははっきりした日時が決まりましたら私から直接座長に連絡いたします。それでは今日のところはここまでということで」
「わかった。どうかよろしく頼む」
座長の立場としては手元のカードは多いほうがいいと考えるのは当然。しかもそれが現状の国際関係を根こそぎひっくり返すような強力な切り札とあれば尚更。ということでメンバー全員が丁重な態度で退出していく岡山室長を唯一の希望に光に映っているかの表情で見送る。その姿が部屋から消えて、メンバーのひとりがポツリと呟く。
「我が国は一体どのような方向に進んでいくのだろう…」
その呟きを全員が沈痛な面持ちで聞いている。自分たちが判断を誤れば日本という国の未来を危うくしてしまう。その責任の重さを痛感しているような表情であった。
◇◇◇◇◇
総理官邸を退出してダンジョン対策室に戻った岡山室長はさっそく魔法学院に連絡を繋ぐ。相手はもちろんあの学院長。
「岡山室長、急にどうしましたか?」
「実は神崎大佐に頼みたいことがある。貴校の西川美鈴少尉と折り入って話がしたい。デビル&エンジェルと楢崎弥生一等特士、それから神崎大佐を交えてオンライン会議の場を設けてもらえるか?」
「承知しました。本日の午後一番でよろしいでしょうか」
「ありがたい。それでは手配を頼んだよ」
「了解しました」
ということで学院長はオンライン会議の手配を開始。昼食後に岡山室長から指名された生徒たちが会議室に招集される。だがそこには桜と明日香ちゃんの姿はない。二人は体調不良を理由に堂々と会議をサボっている。岡山室長直々の呼び出しだというのにブッチするとは心臓に毛が生えているのだろうか? まあそれはともかくとして、会議室の大型モニターに岡山室長の姿が映し出される。まずは聡史がお詫びの口上。
「岡山室長、申し訳ありません。楢崎桜中尉と二宮陸士長は事情があってこの席には参加していません」
「ああ、別に構わないよ。特に二宮力士長のようなウッカリさんが口を滑らせて話の内容が外部に漏れるととマズいから」
「力士長?」
「ああ、スマン。大事なところを噛んでしまった。陸士長の間違いだ」
絶対わざとだろう。室長と明日香ちゃんはメル友だけに、こういった軽い冗談はいつものこと。お約束の遣り取りは終わったのでさっそく本題に移る。なぜか岡山室長は「ツカミはオーケー」とでもいう表情でモニター画面の中でドヤ顔を決めている。
「本日の用件だが、岡山室長から西川少尉に頼みたい件があるそうだ。室長、具体的な内容をお願いします」
「西川少尉に用件を伝える前に、まずはそこにいる楢崎一等特士がホワイトハウスの高官のパソコンから抜き出した情報の説明から行おう」
会議室にいる全員の目が弥生に集中する。量子コンピューターオペレーションルームで解析された情報はまだ魔法学院には伝えられておらず、もちろん弥生にも緘口令が課せられている。当の弥生といえば、学院長とデビル&エンジェルの視線が集中して体を縮こませて俯くばかり。元々コミュ障で内向的な性格ゆえに、学院長ひとりの視線にも委縮してしまいそうな様子。そこにもってきて聡史や美鈴の視線まで加わっているのだから、弥生にとってはあまりにも負荷が高すぎる状況。だが泣き言は言っていられない。事は日本の将来に関わるとんでもなく大きな事案なのだから。
「…というわけで、選挙に目が眩んだアメリカが日本をスケープゴートに仕立てようと企てているわけだ」
岡山室長からの簡単な説明にさすがの聡史と美鈴も目を見開いて驚きを隠せない表情。この二人は異世界において対立するマハティール王国とナズディア王国の間に平和的な秩序をもたらすために奔走した経験はあるものの、それは2国間の対立という単純な構図に過ぎない。現代の地球における国際情勢は異世界と比較して何万倍のも複雑怪奇な歴史的事情や経済的な結びつきがモザイクのように入り組んでおり、白か黒かを明白にさせるにはあまりにも大きな困難が伴うのは二人の目にも明らか。一体何が目的で岡山室長がこのような一介の魔法学院生の手に余るような案件を持ち込んでくるのか理解が追い付かない表情。
対して学院長は表情ひとつ変えずにいつものしかめっ面。その娘であるカレンは何となくこの状況に対する岡山室長の意図が理解できているようで、努めて穏やかな表情を保っている。この辺の読みの鋭さは、さすが女神様というべきであろう。
このような何とも言えない空気が漂う会議室に岡山室長から爆弾が投げ込まれる。
「ということで日本が今後アメリカと袂を分かつことになるにせよ、絶対に協力を仰がなければならない存在がある」
「銀河連邦ですね」
室長の発言に応えたのはカレン。どうやらこの会議の意図を話の取っ掛かりを聞いただけで理解している彼女は以降の議論が円滑に進むように助け舟を出した格好。
「カレン少尉は理解が早くて助かるよ。そこで私から西川少尉に頼みたいんだが、単刀直入に言おう。君の中にいる大きな存在と話をさせてもらえないか?」
「えっ、室長が直々にルシファーと話をするんですか?」
さすがに美鈴もあまりに突飛な岡山室長の提案にやや引き気味の態度。まあそれは当然というもの。美鈴的には人前であまりルシファーを公開したくないという心理が働くのも理解できよう。とはいえ目前に迫る事態は日本存亡の危機だけに、美鈴自身の個人的な感情がどうだこうだとも言っていられないのはわかり切った話。
「西川少尉、アメリカの現政権が企む世界緊急放送は目前に迫っている。一刻の猶予も出来ないから無理を押して話をさせてもらいたいのだよ」
「わかりました。カレン、弥生ちゃんがビックリするといけないから保護してあげてくれるかしら」
「はい、大丈夫です」
こんな緊急の場面でも弥生がルシファーの圧倒的な威圧感に恐怖を覚える事態を心配してカレンに彼女の保護を依頼する美鈴。女神の保護下にあれば弥生も目を回す心配はないだろう。
ということで美鈴は内なるもうひとつの神格に心の中で呼び掛ける。どうやらルシファーも目を覚まして事の成り行きを見守っていたようで、たちどころに美鈴の眼光に変化が現れる。
「我に用件とは何事か? 有体に申してみるがよかろう」
「銀河を統べる尊き御身の御前にこのような無粋な姿でご挨拶申し上げる無礼をお許しください」
モニターに映し出された岡山室長がルシファーに対して深く頭を下げている。本来ならば直々に魔法学院まで出向いて挨拶のひとつも述べねばならない相手だけに、ダンジョン対策並びに銀河連邦との実務的な現場の責任者としては敬意を払わずにはいられない。
「細かい儀礼は不要。用件を簡潔に述べるがよい」
対するルシファーは相変わらずの上から目線。銀河の暗黒を統べる大いなる存在としては、むしろこんな態度こそが相応しいのかもしれない。
「それでは申し上げさせていただきます。現在日本という国自体が大きな歴史の節目を目前にしております。アメリカ政府がこれまでの我が国との友好関係と経済及び軍事上の取り決めを一切かなぐり捨てて、我が国との対立かそれとも絶対的な服従を受け入れるかの二者択一を突き付けようと画策しております」
「なるほど。して我に対して何を願うのか? そのアメリカという国を塵ひとつ残さず灰燼に帰してしまえばよいのか?」
「さすがにそこまでの過激な対応は望んでおりません。私は個人的に対立でも服従でもない第3の道を考えております。言ってみればかつての江戸幕府が二百数十年に渡って行った鎖国を実行できないかと考えた次第です」
「国を閉ざして諸国との関係を断つと申すのか?」
「すべての国と関係を断つわけではありません。日本と友好的な関係を希望する国家とはこれまで通りの国交を続けていけばよいと考えております。その上で非友好的な国家とは無理して付き合う必要もないのではというのが導き出された結論です。しばらくこちらが相手にしなければ、日本製の製品や工業用の部材が手に入らなくなった各国は手のひらを返してくるでしょう。それに万一にも我が国にこれを好機と見て戦争を吹っ掛けてくる国があるなら、戦後清算の一環で完膚なきまでに叩きのめすのも一興かと」
「それでよいのか? 現状の経済は世界的なサプライチェーンの上に成り立っておると聞いた。それらを一気に捨て去って日本が国家として成り立っていくのか?」
「そこで銀河連邦にどこまで協力が可能かという点を確認したいと思いまして。地球上のすべての国家との関係を断っても銀河連邦とのより深い経済面や軍事面での協力関係が築ければ、それはそれで十分にお釣りがくるというものです」
「なるほど。そなたの言うことはもっともだな。して、その先にはなにがある?」
「日本が地球という枠組みの中から脱却して単独で銀河連邦の一員になるという未来です」
「ふむ、面白い発想であるな。左様な話であれば協力は惜しまない。我から話を通しておくゆえに、あとは実務を取り仕切る者と細かい交渉をするがよかろう」
「ありがとうございます。おかげさまで遠慮せずに政府に話を持ち込めます。近いうちに銀河連邦の行政官の方とも会談がしたいので、どうかよろしくお伝えください」
「うむ、そなたの用件を伝えておくゆえに心配ない。話はそれだけであるなら、我は消えるぞ」
「はい、お忙しい御身にお時間を取らせまして申し訳ありませんでした。もし許されるのでしたら、いつか再びお時間をいただいてお話しする機会を賜れましたら幸いです」
「良いであろう。そなたは中々興味を惹かれる人物ゆえに、その目に何が映るのか知りたくなってきた。何か困ったことがあらばこの娘を通していつでも呼び掛けるがよかろう。それではサラバだ」
こうしてルシファーは美鈴の精神の奥深くに消え去っていく。岡山室長がどんな内容をルシファーに持ち掛けるのか一切知らされていなかった聡史はそのあまりに荒唐無稽な内容にいまだ考えが追い付かない表情。美鈴はルシファーと人格が入れ替わった直後ということもあってやや気だるげ。カレンは「まあそんなこともアリかもしれない」くらいに簡単に納得している。弥生はカレンの女神の領域の内部に保護されていたので精神的な影響こそ受けてはいないものの、話があまりにも飛躍しすぎていて混乱の真っ只中にある模様。そして学院長は相変わらずの厳しい表情のまま。
そんな空気の会議室に、モニターの中の岡山室長からほーッとひとつ大きなため息が聞こえてくる。
「いやいや頭の中で想像はしていたが、こうして実際に言葉を交わすだけでもとんでもない精神力を要したよ。まともに用件を伝えられただけでも使命を果たした自分自身を褒めてやりたい気分だ」
どうやら室長はモニター越しであってもルシファーが振り撒く威圧感を感じ取っていたよう。そんな神にも等しい存在を前にして日本存亡の危機を訴えつつ銀河連邦に全面的な協力を仰ぐという困難なミッションを成し遂げたのはさすがと言うべきだろう。
ここであまりの話の展開に頭がついていかなかった聡史がようやく再起動。
「岡山室長、ひとつ伺ってよろしいでしょうか?」
「ああ、何でも聞いてくれたまえ」
「たった今行われたルシファーとの話し合いですが、本当に岡山室長の個人的な考えなのでしょうか?」
「というと?」
画面の向こうの室長は興味深げに聡史の表情を見つめている。その顔には聡史が何を言いたいのか理解しているようないわくありげな感情が読み取れる。
「それでは単刀直入に申し上げます。室長の個人的な考えで日本という国家の行く末が決まるというのはいくら何でも越権行為ではないかと感じました。一介のダンジョン対策の責任者ではこのような話を口に出すのも不可能なのではないかと思い至りました」
「ふむ、楢崎中尉も以前と比較して誰も口にしない深い部分にまで着目できるようになっているようだ。どれ、いずれはこの話も君たちにはしなければならないから、今のうちにさわりの部分だけは教えておこうか」
岡山室長は彼自身の中で何やらひとつの決断を下したよう。その瞳には自らに課せられた使命のために命すらも投げ出す覚悟の光が見て取れる。
「君たちは八咫烏を目にしているね」
「はい、時折学院に気紛れには飛んできてタダ飯にあり付いたり周囲の状況を教えてくれたりします」
ご存じのように八咫烏はこれまで何度も桜の元にやってきている。聡史たちにとっても言ってみれば慣れ親しんだ存在と言えよう。
「ハハハ、我々が信奉する神の使いをかわいがってもらえて光栄だよ」
「それはどのような意味でしょうか?」
聡史の頭の上には大量の???が浮かんでいる。もちろん聡史だけではなくて美鈴やカレンさえも今ひとつ話の流れが見えないらしい。
「学院に姿を現す八咫烏はとある神社に祀られているご神体が遣わした半分は実体で半分は霊体の正真正銘の御使いだよ。ちょっとお喋りで食事に関して口うるさいところはあるけどね」
「まさか室長が八咫烏についてご存じだった思いませんでした」
聡史たちとしては「八咫烏は天狐や玉藻の前の仲間なのだろう」程度の認識しか持ち合せていなかったが、室長の話を聞く限りどうやらもっと深い事情があるようだと合点が行く。
「まあ、知っているも何もね。その神社の神職に『ご神体からの言霊が降りたらカラスを魔法学院に遣わしてくれ』と頼んだのは私自身だからね」
室長の話はとんでもない方向に進み始めているよう。八咫烏を学院に送り込んで何度か危険な兆候を伝えたのは、どうやらこの室長の差し金だったらしい。これだけでも驚くべき事実ではあるが、ここから先の話は後史たちをもっと驚かせる。
「さて、半分霊体の八咫烏とは別にこの国にはもうひとつ別のヤタガラスが存在している」
「別のヤタガラス? 一体どういうことでしょうか?」
「それはね… ムーの時代から日本を陰から守護してきた世界最古の諜報集団的な色合いの濃い秘密結社だよ。ムー大陸が海中に沈んだ後も残された日本列島に住む住民たちの安寧を願いながら古代の王朝を守護してきたいくつかの有力な氏族集団だと思ってくれたらいい。そして私はそのヤタガラスのメンバーのひとり」
「そんな組織が実在していたんですか?」
あまりにブッ飛んだ室長の発言に聡史は目玉が飛び出る思い。以前美鈴から人類を創り出したムーの文明とその滅亡の話や実際に伊勢原に飛来したムーの子孫をその目にしなければ到底信じられる話ではなかっただろう。
「実在も何もこうして君の目の前にいるだろう。ああ、それからヤタガラスというのはムーの時代から何百代にも渡って口伝で伝えられてきた歴史の伝承者でもある。ムーが滅亡した後もヤタガラスは日本に残った人々をまとめ上げて日高見国やアエノフキアエズ王朝と呼ばれる国を造って争いを好まない平和な暮らしをしていた。だがそんな生活が大きく崩れ去ったのは今から7300年前のアカホヤの大噴火だよ。現在の種子島南方にある鬼界カルデラが歴史上類を見ない大規模な噴火を引き起こして、その結果として日本列島は関東地方までの広い地域がほぼ壊滅となった。当時日本列島の政治や文化の中心地だった九州はほぼ壊滅。九州と交流が盛んだった瀬戸内海沿岸や近畿地方にも甚大な被害が及んだ。そんな大災害が発生した中で何とか生き残ったわずかな人々は被害が少ない東北地方やユーラシア大陸もしくは太平洋に浮かぶ南方の島々を目指して船で海に漕ぎ出していったというわけだ。おかげで当時25万人ほど確認できた日本の人口が6万人まで減少したんだよ」
「恐ろしいほどの被害ですね」
「この大噴火の影響で当時世界随一を誇ったムーの文明の残滓が根こそぎ失われて、日本列島に取り残された人々は自分たちの手で文明を再び一から創り出さねばならなくなった。その後しばらくの間西日本は人っ子ひとりいない地域となり、改めて住めるようになるまで千年の時を要することになる。そうこうする間に大陸に逃げていった人々は各地で新たな文明を築き上げてその地に定住するようになっていく。しかし時代を経てようやく西日本に人が住めるようになった頃合いを見計らって日本に戻ってきた人々がいるんだ。そんな人々の代表的な例が現在のユダヤの伝承に残る〔失われた十氏族〕と呼ばれる集団だね。彼らは日本に来た当初はエホバを創造主とする一神教を信奉していたけど、次第に日本人に同化してエホバも八百万の神のひとつに組み込まれるようになった。そして最後に日本に戻ってきた集団が天孫族と呼ばれる現在の皇統を継ぐ勢力だよ。ほら、古事記にもあるだろう。「熊野に上陸した神武天皇の一団が吉野の山中で道に迷ったところ3本足のカラスが現れて道を指し示した」と。まああれは敗色濃厚な古い王朝の王や民を畿内から東国に逃がすためにわざと遠回りな道を教えて時間稼ぎをしたんだけどね。とまあこんな感じでヤタガラスは歴史の変わり目で色々と活動してきたわけだよ」
「何となく理解できましたが、その歴史と今回の件がどのように結びつくのでしょうか?」
聡史は室長の長い歴史講釈こそ理解したようだが、肝心の件との結びつきがいまだにわかっていない様子。もちろん美鈴とカレンも同様だが、学院長だけは相変わらず眉一つ動かさずに聞いている。
「簡単な話だよ。陰から日本の歴史に関与してきたいわば〔裏天皇〕とでも表現しうるヤタガラスの長老が銀河連邦と全面的に組むと決断したのさ。これから先しばらくの間は少なからず混乱はあると思われるが、日本はムーの栄光を引き継ぐ国家として本来のあるべき道に戻っていく。それだけの話だよ」
「途轍もない大混乱が起きると思いますが」
「その混乱を最小限に抑えるためにも銀河連邦から全面的に協力を仰ぎたいわけだ。その意味では今回の暗黒神殿との会談が成功裏に終わってよかったよ」
「室長が見ている未来と自分が漠然と考えている未来の姿が大きく異なっているという事実だけは理解しました。もしかして室長は最初からこうなるとわかっていたんですか?」
「ハッキリとわかっていたわけではないよ。だが日本中にダンジョンが発生した時点でヤタガラスは組織として動き出した。ダンジョン対策室も実は全面的にヤタガラスが関わっている、いわば出先機関だよ。ということで新たな日本の創造のために君たちにも手を貸してもらいたいのだが、覚悟の程はいいかね?」
「覚悟も何ももう完全に両足を突っ込んでいますから、いまさら後戻りなんてできるはずもありません」
「そう言ってもらえて助かるよ。今後とも君たちの働きに大きな期待を寄せている」
「ご期待に沿えるように努力いたします」
この遣り取りをもって、今回の話し合いを幕引きとなる。聡史だけでなく美鈴やカレンも、いや、ひいては魔法学院という組織全体が最初から予定されていた計画に組み入れられていた… そのような思いを抱きつつ自室に戻っていく聡史たちであった。
岡山室長からもたらされた提案は思いもよらない方向に。日本が地球という枠組みから離れて銀河連邦に加盟するという荒唐無稽な未来は果たして実現するのか…… この続きは出来上がり次第投稿いたします。どうぞお楽しみに!
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