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341 エキシビションマッチの行方

タイトルを変更いたしました。


旧【異世界から帰ってもやっぱりダンジョンに入りたい!えっ、18歳未満は禁止だって? だったらひとまず魔法学院に通ってパーティーメンバーを育成しようか】


新【異世界から日本に帰ってきたらなぜか魔法学院に入学 この際遠慮なく能力を発揮したろ】

 魔法学院対抗戦が始まって各校の生徒たちが熱戦を繰り広げている頃、こちら伊勢原駐屯地に隣接する航空宇宙自衛隊秘密基地(仮称)では予定された計画を上回るペースで天の浮舟の建造が進んでいる。最初に銀河連邦から供与された5機はすでに完全に自衛隊の指揮下に移り運用が継続されているほか、建造が完了した12機の機体も試験運用や訓練飛行が開始されている。さらに今月中には3機が完成する予定となっており、合計で20機体制が年内に出来上がりつつある。この建造ペースは当初銀河連邦が想定していたよりもはるかに早く、組み立てを指導する銀河連邦の技師たちは日本人の製造担当者の理解の早さに舌を巻いている状況だという話が漏れ伝わってくる。


 さてそんな状況の航空宇宙軍秘密基地ではあるが、こちらに置かれたもうひとつの重要施設である量子コンピューターオペレーション室では、様々な情報が集まる中でここ最近とみに興味を惹かれるフレーズが特にアメリカ政府やCIAの間でやり取りされているという状況にひとりのオペレーターが報告をもたらす。



「室長、どうやらここ最近〔Web〕という単語が異常な量でアメリカ政府を中心に遣り取りされているようです」


「Webだと? ネット上ではごくごくありふれた単語のように聞こえるが、何か隠された意味があるのか?」


「その点に関してはまだ不明です。ただしAI知能がこの単語を含む通信の異常な増加を報告してきたので、引き続き通信内容の解析を進めるべきかと思います」


「そうか… 場合によっては楢崎特士の力を借りなければならない状況も想定しておこう」


 オペレーターと室長の間に出たきた〔Web〕という単語は、ネット上で標準的に用いられている文書の公開や閲覧を可能にしている総合的なシステムの略称。この単語自体政府が広報戦略や対外的な宣伝に用いる際に使用する分には特に問題はないはず。ところがAI知能がわざわざ知らせてくるというのは何か別の意味があるのかという一抹の疑いを持った室長はこのオペレーターに継続的な調査を命じている。この判断が後々になって日本並びに世界中に大きな影響を与えることになると知るには、この時点ではまだ時期尚早としか言いようがない。


 ちなみにこちらの施設の情報監視システムは世界中の地上通信基地局や通信衛星経由で接続される膨大な量の情報の中から急激に遣り取りの量が増加したり数週間から数か月遣り取りが継続しているフレーズを含んだ通信内容をAI知能が自動的にピックアップしてオペレーターの端末に集計して知らせるという仕組みになっている。そこから先の通信内容の追跡に関しては言ってみればオペレーターの判断に任せられる部分があるものの、半ば自動化されたこのシステムは各国政府や大企業、時にはテロを実行する可能性がある組織の情報のやり取りを丸裸にする実力を秘めている。


 室長の判断で継続調査が決まった〔Web〕というフレーズに関しては、今後ともこのオペレーターが追跡調査を実施してその詳細がいずれ明らかになるだろう。とはいえ表向きの言葉の意味自体あたり障りがないワードだけに、もしかしたら本当に近々弥生が招集されてその隠された中身の調査に当たる可能性もありそう。


 このような感じで量子コンピューターオペレーションル室では、日々膨大な情報の中から一粒の重要情報を発見しようと苦心するオペレーターの絶え間ない日常は続いていくのであった。









   ◇◇◇◇◇








 舞台は第5魔法学院に戻る。こちらはエキシビジョンマッチ直前の控室。午後2時から開始予定の第1試合に備えて、桜に手伝ってもらいながら明日香ちゃんがプロテクターを装着している最中。



「明日香ちゃん、ちょっと息を思いっきり吐き出してください。ベルトが締まりませんよ」


「そんなはずないですよ~。桜ちゃんの手際が悪いんじゃないですか」


 胴体を守るプロテクターは、普段の訓練やダンジョンでの活動の際も身に付けている明日香ちゃんの個人用の品のはず。それが背中のベルトが締まらないとなると、大会が始まって以来明日香ちゃんがどれだけデザートのドカ食いをしまくったか理解できるというもの。それよりも明日香ちゃんから「手際が悪い」と言われた桜がちょっとヤバい。それならばと渾身の力を込めて明日香ちゃんの胴体がボンレスハムになる勢いでベルトを強く引っ張る。



「グエェ~、桜ちゃん、い、息が出来ませんよ~」


「この1週間でどれだけ太ったのか自分で思い知りましたか?」


「きょ、今日はちょっと調子が悪いだけですよ~」


 なおも自分が太ったと認めたくない明日香ちゃんがいる。とはいえこれでは試合どころではないので、もうワンサイズ大きなプロテクターを借りてなんとか装着に成功する。毎日あれだけ走らされてたにも拘らず、ここまで大きくなんるなて… 明日香ちゃん、本当に大丈夫だろうか? そもそもレベル200ともなればちっとやそっとの運動では汗ひとつかかなくなる。普通のランニング程度では心拍数がまったく上昇しないので、よりスピードを上げて走らないとカロリーの消費には繋がらない。そのおかげで明日香ちゃんの胴回りは現在エライことになっている模様。ともあれワンサイズ大きなプロテクターを何とか着用し終える。



「ふう、やっと準備が整いましたよ~。ところで桜ちゃんは何も準備しなくていいんですか?」


「私は演習服のままで戦いますから、特にこれといった準備は必要ありませんわ」


「はぁ~… そうなんですか。相変わらず余裕ですね~」


「防具など動きにくいだけですわ」


 細かいルールには縛られないエキシビジョンマッチに臨むにあたって、桜は「防具など一切無用」という態度で臨むらしい。その心意気やアッパレと褒めるべきか、それとも無茶が過ぎると止めるべきなのか… 明日香ちゃん的にも悩むところ。だが言い出したら聞かない桜なので、そのまま放置を決め込んでいるよう。


 ということで試合開始時間までしばらく待っている二人。やがて場内にアナウンスが告げられていよいよ第1試合を迎える。



「桜ちゃん、それじゃあ行ってきます。勝ったらランニング話の約束忘れないでくださいよ~」


「それは試合に勝ってからですわ。今はマギーさんとの対戦に集中してください」


「ハイハイ、わかりましたよ~」


 全然力のこもっていない返事をしつつ、右手に槍を引っ提げてフィールドへ向かう明日香ちゃん。彼女をを見送る桜だが、口ではなんだかんだ言いながらもその後ろ姿を頼もしく見つめるのだった。








   ◇◇◇◇◇


 





 「只今よりエキジビションマッチ第1試合、第1魔法学院二宮明日香対第4魔法学院マーガレット=ヒルダ=オースチンの試合を開始いたします」


 場内に響き渡るアナウンスで一気にボルテージが上昇するスタンド。今大会のトーナメントを制したマギーに対して明日香ちゃんも昨年の1年生格闘部門の覇者とあって注目を集めないほうが無理というもの。観客席のあちこちではこの試合の行方をあーだこうだと論じる声が飛び交っている。本来大会期間中の土日の2日間は全休日に当てられているはずだったが、今回に限りこのエキジビションマッチが組み込まれている。たった2試合とはいえ予想される試合は魔法学院の最高峰のレベルなのは確実と誰もが考えているので、全休日も何のそのでスタンドには超満員の生徒たちが観覧に詰めかけている。


 フィールドの中央に進む両者。マギーはお馴染みの無手のスタイルで、両手には桜と同様の金属製の籠手を嵌めている。対する明日香ちゃんはさすがにトライデントは持ち込めないので、運営本部が用意した模擬戦用の金属槍を手にする。普段中々顔を合わせる機会がないとはいえ、互いに筑波ダンジョンを攻略した仲でもちろん顔見知りの間柄。マギーは桜や聡史と絡む場面が多く、対する明日香ちゃんは性格がどこか似ているマリアと一緒に過ごす機会が多かったが、それでも何度か会話を交わしているし、お互いの力の程も両者弁えている。レベルもほぼ互角とあって、想像以上の熱戦が期待されるのはいうまでもない。



「久しぶりだったわね。今の私は筑波で一緒に戦った頃よりもさらに強くなっているわよ。どちらが上かキッチリわからせてあげるから覚悟しなさい」


 先に舌戦を挑んできたのはマギー。筑波ダンジョン攻略時の時点では彼女のほうが明日香ちゃんよりもはるかに格上の存在だったのは間違いない。だがその後の明日香ちゃんの急成長はこの時点でまだマギーの知る所ではない。ともすればその成長は明日香ちゃんが桜の行動に色々と巻き込まれた結果… 一口には説明し難い様々な経験を積んだ裏返しでもある。



「マギーさんは相変わらず元気そうですね~。まあ私も勝たなくてはいけない深い事情がありますから、思いっきり頑張りますよ~」


 一方の明日香ちゃん。開始戦に立っている割には緊張とは無縁の軽口に聞こえてくる。一聞するといつも通り明日香ちゃんのお気楽なフレーズかもしれない。だが今日の明日香ちゃんはいつもと違う。本人の申告では「深い理由」となっているが所詮ランニング免除という水たまり程度に底の浅い桜との約束に過ぎない。といえども、こう見えて明日香ちゃん本人は真剣だ。大会期間中楽な生活を送るために絶対に勝つという気迫が満ち溢れている。その口振りがやけに軽く聞こえるのは、持って生まれた性格ゆえなのだろう。


 ともあれエキジビションマッチの第1戦がこうして幕を開ける。



「試合開始ぃぃ」


 先に仕掛けたのは明日香ちゃん。驚くほど軽快なステップでマギーとの距離を詰めると真正面から強烈な突きを一閃。想像以上のスピードで迫ってくる槍の穂先を避けるためにマギ-はバックステップを踏んで辛うじて躱している。



「な、何よ! 今の攻撃は」


「こんなの序の口ですよ~」


 マギーの額に一滴の汗が流れ落ちる。確かに第1魔法学院のEクラスの生徒… 渚、頼朝、美晴の3名をトーナメント下した際、時間こそ要したものの主導権は常にマギーの側にあった。手強い相手ながらもまだ多少の余裕残しで勝利を収めることができた。だが明日香ちゃんはその3名とは一線を画す腕前だというのが、今のたった一突きでマギーの目には明らかとなっている。ちなみにマギーと明日香ちゃんのレベルは230前後でほぼ同等。それでもマギーが明日香ちゃんのたった一回の攻撃に神経を尖らせているのには確固とした理由が存在する。まずは武器の有無が第一に挙げられるだろう。武器を手にする相手に無手で勝利を収めるには、相応の力の差が必要なのは誰でも考えが付く。だが本質的な問題はそこではない。 


 それはマギーが在籍する第4魔法学院において、彼女が他の生徒を断然突き放したひときわ高い位置にポツンと立っているのが主とした原因と考えられる。なぜならマギーは常に自分との戦いの中で独自に技を磨く必要があり、周囲からの手助けやアドバイスを受ける立場にない。言ってみれば強者の孤独を味わっているのがマギー。


 翻って明日香ちゃんはといえば、常に自分よりもレベルが高い相手とトレーニングを積むことが可能な環境にある。とはいえ本人はせっかくの恵まれた環境にも拘わらず何とか理由をつけてサボろうとあの手この手を繰り出しているいるという事実には一旦目を瞑っておこう。それでも桜が本人の意向とは関係なしにハードな訓練を明日香ちゃんに課すものだから、いつの間にかその槍術のスキルはマックス状態。いや、スキルランクには表示されていないが、本当ならばランクマックスを振り切っているかもしれない。それほどまでに高度な技量の数々をいつの間にか身に着けているのが明日香ちゃん。実は結構恐ろしい子。しかも今回に限って言えば、マギーに勝利すればランニング免除というご褒美まで。これで気合が入らないほうが嘘だろう。


 ということでマギーが距離をとったおかげで一旦仕切り直しとなった対決が再開する。再び攻勢に出るのは明日香ちゃん。いつもは省エネを心掛けているせいでカウンター狙いのパターンが多いのだが、今日だけはヤケに積極的な姿勢が目立つ。あんまり張り切ると足元をすくわれる原因のような気もするが…


 小気味いいほど連続で繰り出される槍の攻撃に防戦一方となるマギー。とはいえその抜群の身体能力で鋭く突いてくる槍の穂先をかすりもさせないのは見事というほかない。並の選手だったらこの時点でタコ殴りにされて芝生に横たわっているころだろう。



「やっと動きに慣れてきたわ」


「こちらもちょうど体が温まりましたから、ここから本気を出しますよ~」


「あれだけの攻撃が本気じゃないっていうの? どんな訓練をしているのよ!」


「私だってやりたくてやっているんじゃないですよ~。桜ちゃんが鬼の形相で迫ってくるんですから、槍の扱いもうまくなっちゃうんです」


 今度はマギーの表情が気の毒な被害者を見る眼つきに替わる。昨年の対戦で桜の怖さを知っているひとりともいえるマギー。あんなヤバい攻撃が訓練という名のもとに恒常的に繰り返される第1魔法学院の非常識な日常を思い浮かべてちょっとホッとしている。とはいえ勝負の場でそれとこれは別の話。明日香ちゃんの猛攻を何とか凌ぎながら反撃の糸口を必死に探る。


 この両者の攻防に沸き立つのは超満員となったスタンドを埋め尽くすギャラリー。息をもつかせない攻防に感嘆の声が上がる。



「何であんな目に見えないスピードで飛んでくる槍を避けられるんだ?」


「常人の域を超えている」


「第4の留学生もスゴイと思ったけど、やっぱりデビル&エンジェルは別格だよな」


「トーナメントから除外されて安心していたけど、これが魔法学院最高峰のパーティーの片鱗なんだな」


 マギーを褒める声も聞こえてくるが、大半は明日香ちゃんと彼女が所属するデビル&エンジェルに対する称賛の声。なにしろ同じパーティーメンバー同士の対戦以外では敗北を喫したことがないという実績は伊達ではない。そん所そこいらのパーティーとは一線を画している。こんな感じで盛り上がっているスタンドからフィールドの話を戻すと…



「クッ、これじゃあジリ貧だわ。一か八かで仕掛けるしかないわね」


 マギーは自らの精神を研ぎ澄ます。ひたすら槍の穂先の動きに焦点を合わせて回避に専念と思わせながら起死回生の一撃を狙う。対する明日香ちゃんは軽快なフットワークと器用に繰り出す槍で今のところ安定した戦いぶり。このまま押し切るものと試合を見守る誰もが、そして明日香ちゃん本人もそう考えている模様。


 だがここまで防御に徹していたマギーが、明日香ちゃんの腕が伸び切った瞬間を狙って側方に回り込んだと思ったら横合いから思いっきり左手で槍の横腹を叩く。明日香ちゃん的にマギーのこの動きは予想外だったのか、それとも何かのタイミングのイタズラか… 伸ばした槍の手の内をぎゅっと絞り込もうとする直前に横合いからの強烈な一撃。これによって明日香ちゃんは、手にする得物を叩き落とされる形となる。



「今だ!」


 明日香ちゃんの槍がカランと音を立ててフィールドに転がる。マギーとしては待ちに待った千載一遇のチャンス。ここぞとばかりに芝生に落ちた槍を蹴り飛ばしてフィールドの外に。一瞬で得物を失くした明日香ちゃんはやや茫然とした表情。


 今までさんざん回避に手を焼いていた槍がなくなるということはマギーにとって圧倒的に有利。逆に攻撃手段を失った明日香ちゃんは土俵際まで追い込まれたようにギャラリーの目には映っている。



「ここからわ私のターンよ」


 槍がない明日香ちゃんなど物の数ではないとばかりに、マギーは一気呵成に攻めかかる。対する明日香ちゃんはようやく手元から槍が吹き飛ばされた状況に理解が及んだようで、徒手による格闘戦に意識を切り替えてグッと腰を落とした構えでマギーの突進を待ち受ける。そんな様子の明日香ちゃんに向けてマギーは一撃で仕留めようとハイキックを一閃。だが明日香ちゃんが芝生に手をつくくらいに姿勢を低くすると、マギーの右足はその頭の上を通過していく。


 マギーの必殺の一撃を難なく躱した明日香ちゃんは両足に力を込めて渾身の体当たり。というよりも立ち合いのぶちかましに出る。今度はマギーがビックリする番。まさか明日香ちゃんのほうから超接近戦を挑んでくるなんて想定外。しかもハイキックの直後で体勢が十分でないところにこれでもかと体重が乗ったぶちかましを食らったものだから、その勢いに飲まれて一気に後方に押し込まれる。


 マギーを十分に押し込んだとみるや明日香ちゃんは右手ではず押し、さらに左手でのど輪という完全な相撲技を繰り出して、さらに回転のいいツッパリまで披露。完全に明日香ちゃんの勢いに飲まれてマギーはなすすべなくフィールドの端まで後退せざるを得ない。カウンターのパンチすら許さない明日香ちゃんの猛攻にマギーの表情は「こんなはずではなかった」といった感じに変化している。


 実は明日香ちゃん、槍を失った際の攻撃手段として桜から徒手格闘もみっちり仕込まれていた。桜としては古武術をベースにした戦法を伝授したつもりだったのだが、実際に明日香ちゃんにやらせてみるとなぜか相撲技がしっくりするという珍事が発生。パンチを教えればなぜか張り手になるし、キックを教えればケタグリになるという有様。どうしてこうなるのかは本人にも全くわかってはいない。ともかく普通にパンチやキックが会得出来ない以上は、明日香ちゃんのやり方で技を上達させていくしかない。ということで、明日香ちゃんの徒手格闘相撲バージョンが日の目を見ることと相成る。


 覚えているだろうか? 以前明日香ちゃんが大山ダンジョンでオークに対して堂々たる横綱相撲で押し切ったのを。そして現在明日香ちゃんはその溢れるばかりの体重を生かしてマギーを圧倒するというとんでもない光景を引き起こしている。



「今日もちゃんこが美味しいですよ~。でもデザートを山のように食べますよ~」


 来場所に備えて体重増加に余念のない明日香ちゃん。今度はマギーのプロテクターのベルトがガッチリと左右の手で掴んでさらにフィールドの間際まで押し込んでいく。徒手格闘の専門家のマギーもさすがにここまで体を密着されると何とか明日香ちゃんのかいな力から逃げようと身をよじるだけ。これが相撲レスラーの恐ろしさかと目を丸くしている。確かに相撲は最強の格闘技といわれるケースも無きにしも非ずだが、恐れべきはそこではない。真に怖いのは明日香ちゃんの相撲センス。


 ついに土俵際まで追い込まれたマギー。もちろんフィールドの外に出ると敗戦となる。そしてここで明日香ちゃんの目がキラリと光ると、左側に体を開いて渾身の上手出し投げ。もちろんこんな技に耐性のないマギーの体はフィールドの外に吹き飛ばされてゴロゴロと転がっていく。



「勝負あり! 明日香山~」


「ただ今の一番、勝者は東方明日香山。決まり手は上手出し投げ」


 審判と放送席の見事なコンボ。ご隠居たちの夕方お楽しみの相撲中継ではお馴染みのフレーズが第1訓練場に響き渡る。



「何で相撲風味なんですかぁぁぁぁ」


 明日香ちゃんはずいぶんとご不満な表情だが、この試合に限ってはスタンドのギャラリー全員が納得といった表情。開始時点では槍対無手の戦いであったはずだが、こうして終わってみれば明日香ちゃんの相撲技の印象しか残ってはいない。



「まさか相撲がここまで強いとは思わなかったな」


「相撲技であそこまで鋭い攻撃が可能だなんて意外過ぎる」


「あの留学生を圧倒するなんて、相撲恐るべし」


「明日香山最強だな」


「横綱明日香山… 実にいい響きだ」


「「「「「「明日香山~」」」」」」


 どうやら全国の魔法学院中に明日香ちゃんのしこ名が一気に広まった模様。本人としては大迷惑なのだが、このところ確実に増加傾向を示している体重も相まってエキシビションマッチの勝者〔明日香山〕の名声は全員の記憶に残るだろう。








   ◇◇◇◇◇







 さてエキシビションマッチは残すところ結びの一番… いや違った。桜対美鈴の大一番を残すのみとなる。明日香山の奮闘の余韻が残るスタンドだが、両選手が待機する控室に目を移してみよう。まずは桜がいる控室。ちょうど試合を終えた明日香ちゃんが戻ってきたよう。



「桜ちゃん、しっかり勝ちましたよ~。約束通り大会期間中はランニングなしですからね」


「まあ約束ですから仕方がないですわ。それにしてもいよいよ明日香ちゃんも大横綱の道をひた走っていますね~」


「誰が大横綱ですかぁぁぁ」


「いや大丈夫ですわ。このまま放置しておけば誰が見ても立派な大横綱の出来上がりですから」


「た、体重にはちょっと気を付けようと思います」


「ちょっと気を付けたくらいでは無駄な足搔きにしかなりませんわ。まあ、私には関係ありませんから自己責任でブクブク太ってくださいまし」


「そ、そんなに太るつもりはないですよ~。ちゃんと気を付けるから大丈夫です」


 なんとも自信なさげに答える明日香ちゃんがいる。桜に見放されて本当に大丈夫なんだろうか?



「ところで桜ちゃん、本当にその格好で試合に臨むんですか?」


「ええ、これが私の戦闘コスチュームですわ」


 演習服に半長靴、両手にオリハルコンの籠手という姿で自信ありげな桜。ここまでキッパリ言い切る以上、明日香ちゃんとしても何も言えない様子。まあちょっと考えてみれば美鈴の強力な魔法に対抗するには市販の防具など役に立たないのは明白。



「それにしても桜ちゃんはいつも以上に気合が入っていますよ~。美鈴さんとの試合が怖くないんですか?」


「私の辞書に〔恐怖〕という言葉は存在しませんわ。恐怖というのはもっぱら他人に与えるものですから」


「その性格は怖すぎますよ~」


 長い付き合いの明日香ちゃんすらドン引きさせるセリフを残して、試合開始の合図を受けた桜はフィールドに出ていく。







   ◇◇◇◇◇






 対するこちらは美鈴の控室。とはいえ出場選手の共用なので明日香ちゃんとの試合を終えたマギーが戻ってくる。



「ああ、負けた! いったい何なのよ? あなたたちは」


 試合に敗れた腹いせを美鈴の付き添いを務める聡史にぶつけるマギー。聡史としてはとんだとばっちり。



「俺に聞かないでもらえるかな。明日香ちゃんがここまで成長したのは全部桜の責任だから」


「本当に呆れ返るわね。美鈴、どうせだったら桜をあっと言わせてちょうだい」


「そのつもりだけど、結果はどちらに転がるかわからないわ」


 桜との大一番を控えているにも拘らず、落ち着き払った表情で答える美鈴。その姿はいかにも魔法使いといったいでたちで、全身を漆黒のローブに包んだうえフードを目深に被り、されに右手には白木の杖を握っている。一見何の変哲もない杖だが、実はこれ例の世界樹の杖。カレンが神聖魔法を用いる際に時折手にするケースがあるが、美鈴は一体この杖をいかように使用するというのだろうか?


 それにしてもずっと引き籠っていたとは思えないほど血色がよく、準備万端な様子が傍目にも伝わってくる美鈴の姿がそこにある。



「美鈴、時間だ。しっかり戦ってこい」


「ええ、その言葉で勇気をもらったわ」


 椅子から立ち上がった美鈴はマギーにちらりと視線を送ると振り返りもせずにフィールでに出ていく。反対側の門からは同時に桜も姿を現して、ついに魔法学院最強の魔法使いと最強の戦闘狂が正面からぶつかり合う注目の一戦が火蓋を切る。


 開始戦に立つ両者は同時に運営本部席に座るカレンに視線を送る。どうやら女神の領域の完成度を確認している様子だが、にっこりと微笑んだカレンが頷くのを見て安心したよう。フィールの外に被害が及ぶのはさすがにマズいので、これで思いっ切り戦えると胸を撫で下ろしている。



「どうやらカレンさんが頑張ってくれたみたいですし、思う存分戦えそうですわ」


「桜ちゃんらしいわね。最初から勝つ気満々じゃないの。でもそうそう簡単にはいかないわよ」


「美鈴ちゃん、手に入れる成果というのは困難が大きいほど喜びが倍増するんですよ」


「どちらがその成果とやらを手に入れるんでしょうね」


 双方まったく気負った様子もなく落ち着いた表情で会話を交わしている。その姿を第三者から見れば今夜の夕食を相談するような態度にも見えなくもない。それほどまでに落ち着き払った両者は審判からの確認事項を聞き終えると、開始戦まで戻っていく。ついでに審判はフィールドの外へ退避する。あまりにも危険なため、本部席から試合を捌くよう。


 思い返せば二人とも昨年の八高戦オープントーナメント優勝者。その対決とあってスタンドの全員が固唾をのんで成り行きを注目している。それこそ見ているほうが言葉をひとつ発するのも憚られるような緊張感が訓練場全体を包み込んでいる。そしてついにこの注目の一戦の火蓋が切られる。



「試合開始ぃぃ」


 審判の合図とともに桜がダッシュして美鈴との間合いを詰めようと試みる。だがそうはさせじと美鈴は右手で一気に10発の氷弾を作り出して桜に向けて発射。ちなみにこのエキシビションマッチのルールは一度に発動できる魔法は10発までと定められている。美鈴の魔力だとフィールド全体を覆い尽くす魔法も発動可能だが、それでは試合の行方が呆気なく決まってしまう。もっとも美鈴がフィールド中を覆い尽くした魔法を搔い潜って攻撃を仕掛けてくるのが桜ともいえるのだが。


 美鈴に向けてダッシュする桜だが、いつものように氷弾を拳で迎撃する。その瞬間…


 ドッパ~ン


 桜が破壊したはずの氷の塊が空中で爆発する。実は美鈴が放った氷弾は普通の氷の塊ではなかった。中心にドライアイスを仕込んでその外側を氷で覆った大魔王謹製の氷魔法。空気に触れたドライアイスが急激に気化する勢いで氷の礫を周囲に撒き散らすかなり凶悪な仕様となっている。


 だが桜はビクともせずに飛んでくる氷弾を平気な顔で次々粉砕する。よくよく見ると桜の体の表面は闘気で覆われており、この闘気が強固なバリアを築き上げている。



「挨拶代わりの一撃はいかがかしら?」


「さすがは美鈴ちゃんですわ。このくらい意外性のある魔法を用意してもらわないと楽しめませんから」


 ドヤ顔で問いかける美鈴とあっけらかんと言い返す桜。とはいえこの爆裂式氷弾は桜の突進を一時的に押しとどめるには十分な効果を発揮している。美鈴は自陣の最後部まで下がって、右手で氷弾を放ちながら左手でシールドを構築して強固な陣地の構築開始。どうやら後方から攻撃を受けないこの場所まで下がって陣を張るのが、美鈴の対桜戦の第一歩だった模様。


 この両者の初手を目撃したスタンドのギャラリーは全員が口をポッカリ空けて目を見張っている。そもそもどうして氷が爆発するのか、その原理にすら辿り着けないよう。たったひとりブルーホライズンの千里だけがうっすらと美鈴の魔法の原理に気付いてはいるが、どのように瞬時にドライアイスを創り出すのか、またそのドライアイスをどのように普通の氷で包み込むのかといった術式の細かい部分を解析しようと目を凝らしている。


 しばらくの間美鈴が創り出した氷弾とそれを拳で粉砕する桜の攻防が繰り返されてフィールドが絶え間ない爆発音に包まれる。だがある瞬間をもってその爆裂音がピタリと停止する。どうやら美鈴は陣地の構築を終えて次の段階に進むつもりらしい。分厚く重ね掛けしたシールドで自らを守りつつ、左手には世界樹の杖を握りしめて右手で宙に何らかの術式を撃ち出し始める。その様子を見届けた桜は、ようやく厄介な氷弾の攻勢が終わったとばかりに美鈴の陣地の破壊に打って出る。とはいえいつ何時再び氷弾の攻撃が再開されるとも限らないので、やや距離を置いた位置に立って拳から繰り出す衝撃波でシールドを破壊し始める。今度はフィールド中に衝撃波のキーンという耳障りな音が響き渡る。爆発音に続く衝撃波がもたらす高音とシールドの破壊音、すでにフィールド内部はこれから始まる一大スペクタクルの予兆とでも呼ぶべき様相が展開されつつある。


 一方の美鈴といえば、桜の衝撃波に対する防御は一旦シールドに任せてフィールド上空の合計6か所に桜の位置情報を把握する監視術式を構築。この魔法術式を世界樹の杖の力を利用して量子コンピュータと接続すると、今度は再び上空に攻撃術式を発動する。これこそが以前美鈴が試験的に用いたイージス術式の完成形。その溢れるばかりのスピードに物を言わせて動き回る桜の位置を監視術式で自動把握して、その未来位置を量子コンピュータが予測して攻撃術式が自動的にターゲット目掛けて魔法を発動するという手の込んだ魔法システム。この術式全体の運用がスムーズに維持できるように、美鈴はこの日まで昼夜を徹して大幅なブラッシュアップを図ってきた。この術式をさらに広範囲に用いれば弾道ミサイルの迎撃するのもたやすいというとんでもない優れモノが完成と相成っている。さすがは自他ともに認める魔法の第一人者の大魔王。近代兵器運用を凌駕するレベルまで術式の完成度を高めるなど余人の及ぶところではない。



「さあ、ここからが本番よ」


「面白いですわ。精々派手にぶっ放してくださいませ」


 この会話が今までの攻防などほんの些細なプロローグに過ぎないという事実をその場にいる全員に突き付けるきっかけとなる。美鈴が上空に展開した攻撃術式が桜の未来位置を予測して攻撃を撃ちこんでくる。もちろん攻撃の術式は爆裂式の氷弾がメイン。だが量子コンピューターといえども桜の動きを完全に予測するのはそもそも不可能。上空からの攻撃の大半は桜に察知されて芝生に落下すると、さらに大きな爆裂音を轟かせながら四散していく。



「まだ未来位置の予測に関するデータが不足しているわね」


 監視術式は桜の動きばかりをトレースしているわけではない。上空から降り注ぐ氷弾の着弾地点を把握してデータとして量子コンピューターに送り続ける。そこからもたらされるフィードバックを元に量子コンピューターは桜の未来位置をより正確に予想して着弾地点を修正する。



「おや、最初はずいぶんバラけていた攻撃が少しずつ正確に私の位置に迫ってくるようになりましたね~」


 普通なら慌てるところだろうが、桜はまったくの平常運転。涼しい顔で右に左にと飛んでくる氷弾を回避する。避けられる氷弾はサッと躱して、直撃を免れない2、3発だけは拳で破壊するに留める。相手が量子コンピューターに制御された術式だろうがお構いなくいつもの勢いで粉砕しようと待ち構えるかのごとし。とはいえ雨あられと上空から降り注ぐ氷弾への対処は、桜をもってしても相応の手間が取られる作業。



「さすがに氷弾だけでは桜ちゃんを止められないようね」


 ならばと美鈴は更に追加の攻撃術式を上空に展開。もちろん量子コンピューターとリンクさせつつ、桜に対する攻勢を強めようと決意を固める。


 絶え間なく響く氷弾の炸裂音と衝撃波の高音が織り交ざる中で、ついに美鈴の攻撃の第2章が始まる。大気がイオン化する独特の臭いを纏わせつつ発動したのは紛れもない雷鳴。と同時に一筋の稲妻が空気を切り裂きながらフィールド上に着弾。雷が大気中を進む速度は音速の30倍。さすがに上から雷撃を落とされたらいくら桜でも防ぎようはないはず。


 フィールド全体が着弾した雷撃による眩い光に包まれてギャラリーは一瞬視界を失う。誰もが今の一撃で決まっただろうと考えながら目を凝らすと、そこには相変わらず飛んでくる氷弾を器用に躱し続ける桜の姿が。スタンドの全員が目をゴシゴシ擦ってそのあり得ない光景に信じられない表情に変わる。



「まさかとは思ったけど雷撃すらも今の桜ちゃんには効かないようね」


 これには美鈴も少々呆れ顔。以前異世界でレプティリアンが古代遺跡から持ち出した戦鬼車の雷撃を避けられずに気絶した時とはどうやら違うよう。では桜のどこが違っているのかといえば、それは美鈴が雷撃で攻めてくる可能性を考慮に入れて入念に対策していたからに相違ない。


 一体いつの間に? という疑問が浮かぶかもしれないが、週末の度にジジイの家に出向いてレベル上げをしてきた桜の目の前にはまたとない特訓相手が存在した。それはもちろん雷竜ことジンオウ〇。通常なら電流を発する体表上にビッシリと並ぶ突起物をきれいに片付けて丸裸にしてから倒すのがセオリーだが、桜はジジイに伝授された雷撃への対処法を訓練するために敢えて電流バリバリのジン〇ウガを相手にバトルを繰り返した。そのおかげでこれまでやや苦手としてきた雷撃に見事に対処している。その方法とは闘気を普段の3倍程度に分厚く身にまとった上で電流を素早く地面に流してダメージを負わないようにという、一種の受け流しの技。形の定まった物体ならともかくとして、不定形の電流まで受け流してしまうとはジジイの技の引き出しはどこまであるのだろう? ちなみに聡史と美鈴が異世界に出向いていた3週間の間に、桜は土日の3回都合6日間をジジイの屋敷で過ごしており、その間モンスター狩りに励んだ。おかげで現在のレベルは1000にあと一歩というところまで迫っている。師であるジジイに一歩近づいたよう。


 話をフィールドに移すと、さらに美鈴は追加で自分の正面に5機の攻撃術式を配備して上空からの攻撃に加えて氷弾の水平射撃も敢行する。勢いを増す炸裂音と時折地面に轟音を轟かせながら着弾する雷撃。対する桜の衝撃波などが息をつかせぬタイミングでフィールドを行き交う。さながら内部は戦場のごとしで、スタンドに詰めかけたギャラリーはドン引きしている模様。彼らにすれば魔法の戦いとか格闘戦などといった生易しいレベルの戦いではなくなっている。さながら世界の終末が狭いフィールドで繰り広げられているように錯覚に陥るのも無理はない。



「いい感じですわねぇ~。それにしてもさすがは美鈴ちゃんですわ。大魔王の職業が伊達や酔狂ではないとこの攻撃が証明していますわね~」


 軽口を叩きながらも桜は上空と真正面から飛来してくる氷弾への対処をいとも簡単にこなしている。時折着弾する雷撃もスムーズに電流を受け流しているので、まったくダメージを負った様子もない。ベヒモスとリバイアサンの戦いもかくやという濃密な攻防がこれでもかという程に継続していく。対して美鈴はというと…



「呆れるほどの強さね。いよいよ奥の手を出すしかないみたい」


 氷弾と雷撃の飽和攻撃を維持しながら、美鈴は次の手に打って出る。桜が動く先を予想して地中にコッソリと魔法陣を作成。一歩でも陣の内部に足を踏み込んだら爆発して宙に吹き飛ばそうという手に出る。


 自分に向かって飛んでくる魔法の嵐に対処しながらも、桜は美鈴の微妙な手の動きを見逃さない。何か仕掛けてくるだろうと予期しながらも、敢えてその策に乗ってみようという心積もりを固める。そのまま同様の回避行動を取り続けていると、いつしか桜の足が魔法陣の内部に足を踏み入れる。


 ドッパ~~ン


 盛大な爆発音とともに桜の小柄な体が宙に舞い上がっていく。だが桜の表情にはどこにも慌てた様子はない。むしろ逆。



「チャンスですわ」


 両手の手の平に闘気を集めると…



「ハッ」


 立て続けに5発の太極波を乱れ撃ち。狙うのは美鈴が宙に打ち上げた監視術式。地面にいる間は射程距離が微妙だったので手を出しづらかったが、こうして空中に飛び出してしまえば十分届く範囲。もちろん桜が照準を外すはずもなく、5発の太極波は監視術式を破壊している。



「しまった」


 これに慌てたのは美鈴。まだ1機残っているとはいえ多角的に位置を感知しないと桜の姿を補足不可能。そのためにわざわざフィールド上空500メートルの高さに監視術式を打ち上げたのだが、その肝心なイージス術式の目に相当する部分を破壊されては全体の攻撃運用に大きな穴が開く。慌てて監視術式を再び打ち上げようと試みるが、その頃には桜は地面にスタッと着地している。



「決着をつけますわ」


 高度200メートルほど打ち上げられたにも拘らずまったくダメージがない様子で、桜は美鈴が立てこもっている陣地に向かってダッシュ開始。正面から氷弾が飛んでくるが、両手の拳で難なく撥ね返していく。そのまま美鈴のシールドに肉薄すると、一呼吸タメてから手の平をシールドに向けて打ち込む。


 その様子を見た美鈴は、監視術式の追加を諦めてシールドの強化を始める。どこまで持つかわからないが、これだけシールドを何十枚も展開しておけば当面の時間稼ぎが出来るはず… そのような思惑で有りっ丈の魔力をシールドに込めながら陣地を強化する。だが…



「美鈴ちゃん、私の勝ちですわ」


「桜ちゃん、何を言っているのかしら? この通り私を守るシールドはまだ健在よ」


 美鈴が言い終わるか終わらないうちにその目が大きく見開かれる。桜の掌から発せられた得体の知れない何かがシールドを通過して自分の身に迫ってくるのを。突き破るでもなく破壊するでもない。高速でシールドを通過してくる様子は、さすがの大魔王でも背筋が凍る。


 ところで覚えていおられるだろうか? 桜はジジイの元に出向いた折にもう一つ技を磨いていたのを。それはモンスターの強固な外殻の内部に浸透して内臓器官を破壊する技。桜は件の技を美鈴のシールドに対して放っていた。そして最後の1枚を通過した桜の闘気が美鈴に着弾。



「キャ~~」


 重ね掛けされた大魔王謹製シールドだけに威力の6割方は吸収したものの、桜の闘気は依然として勢いを保ったまま美鈴の体を吹き飛ばす。不運だったのは美鈴の立ち位置がフィールドの端だった点。その勢いのままに美鈴が場外へと押し出されていく。



「痛たたた」


 芝生に投げ出されはしたものの、美鈴には大した怪我はない模様。痩せても枯れても大魔王だけあって、素の防御力も並大抵ではない。とはいえフィールドから外に出てしまったのは紛れもない事実なので、審判からの判定が下る。



「そこまで、勝者、赤、楢崎桜」


 フィールド上では勝敗が決したものの、スタンドのギャラリーは何が起きたのかポカンとしたまま。桜がシールドの一方から何かを放ったと思ったら、反対側にいた美鈴が吹き飛んでしまった… 一応このように誰の目にも映ってはいたが、そこにどのような力が発生したのかまではとんと理解が及ばない。


 ともあれ試合が終わったので、まだ尻餅をついている美鈴の場所に桜が出向いて手を貸してその体を引き起こす。



「完敗ね。まさかシールド越しに私を攻撃してくるなんて予想もしなかったわ」


「美鈴ちゃんこそあれだけの時間を掛けて用意してくれた魔法はお見事でしたわ。たった一つ不幸な点があるとすれば、相手が私だったことですの」


「言ってくれるわね。まあ、桜ちゃんだからこそ、そんな上から目線もよく似合っているわよ」


「よく言われますわ」


「それって、たぶんあまり褒められていないから注意した方がいいんじゃないかしら」


「私が誉め言葉と受け取ったら問題はありませんわ」


「ハイハイ、わかりました。その態度も含めて桜ちゃんには脱帽するわよ」


「美鈴ちゃんとはまたいつか手合わせを願いたいですわ」


「今度は負けないわよ」


 こうして二人は握手をして控室に戻っていく。彼女たちが去った後には茫然としたままのギャラリーがしばらく動けずにスタンドに佇むだけであった。


 




       ~~~~~~~~~~~~【お知らせ】~~~~~~~~~~~~


 先週から〔カクヨム〕でも投稿を開始いたしました。現在10話程度投稿し終えております。ストーリーやキャラクターに変更はありませんが、細かなセリフの変更や加筆している部分もありますので、もう一度最初から読みたいと思われたらカクヨムバージョンに目を通していただけるのがよろしいかもしれません。だたしこの先も〔なろう〕で先行して投稿する形態に変更はありませんので、引き続きこちらをお楽しみいただいてもまったく問題ありません。どちらも可愛がっていただけるとありがたいです。今後ともこの小説をどうぞよろしくお願いいたします。

タイトルを一新しての第1弾をお読みいただいてありがとうございました。魔法学院対抗戦はエキジビションマッチの決着がついて残すはチーム戦のみ。次回でチーム戦を早めに終わらせて、その次からは新章に入る予定です。今回の投稿にちょっと出てきた〔Web〕というワードが各地に混乱を引き起こしそうな予感…… この続きは出来上がり次第投稿いたします。どうぞお楽しみに!


それから、読者の皆様にはどうか以下の点にご協力いただければ幸いです。


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[気になる点] したろだと関西や四国っぽい気がする [一言] 明日香山の華々しい活躍に日本相撲協会もにっこり?
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