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338 魔法学院対抗戦 1

いよいよ魔法学院の対抗戦が開幕して……

 歓迎パーティーの翌日から早速各校の名誉を懸けた対戦が開始される。新たに開校した4つの魔法学院は1年生しか在籍していないため総合優勝争いはまず望めない立場だが、それでも2年後を見据えるとともに個人のパフォーマンスが他校に対してどこまで通用するのか試そうという意気込みに燃えている。


 それだけではなくて既存の魔法学院もここまで絶対王者として君臨していた第1魔法学院をその地位から引きずり下ろそうと躍起になっている感が窺える。例の特待生は個人戦には出場しない… その事実だけでも他校の生徒は勇気づけられているよう。裏を返せばそれだけ昨年のデビル&エンジェルの活躍が圧倒的過ぎたともいえる。


 そんな熱気が渦巻く中でデビル&エンジェルはといえば…



「桜ちゃん、試合の応援なんて面倒ですよ~。私はお部屋でもっとゆっくり寝ていたいんです」


「明日香ちゃんは昨夜血糖値が心配になるくらいデザートを食べていましたよね~。これ以上放置していると太り放題で大変ですから、試合見学の合間にダイエットをやってもらいます」


 朝から腕を掴まれて外に連行される明日香ちゃんの姿がある。ここだけは周囲の熱気とは全くの別世界のような日常のムードが漂う。ひとまず桜的には朝食後の軽い運動でグランドを20周くらいさせておきたいよう。嫌がる明日香ちゃんの後ろについて走りながら盛んに叱咤の声を飛ばして強制的にハードな運動を強いている。うん、どうやら本日も平常営業でよかった。


 こんな余裕の構えのデビル&エンジェルとは違って生徒会役員たちは精力的な活動を開始している。試合が始まる前のわずかな時間を利用して会長を務める浜川茂樹が陣頭に立って指示を飛ばす。彼は今大会は出場停止のため裏方業務に専念という形だけに、出場する選手たちが少しでもいい成績を収めるように全力でバックアップしようという意気込みが伝わってくる。



「今日からが本番だぞ。役員のみんなには苦労を掛けるが、出場選手のために君たちもどうか頑張ってもらいたい。それから今日出番がある鴨川君と優一は試合に専念してくれ」


「「はい、わかりました」」


 茂樹と他の役員にペコリと頭を下げる二人。本日の試合予定は魔法部門は1年生の競技会で格闘部門は各学年の1回戦が行われる。今日の試合に生徒会のメンバーの中から出場するのはこの2名。それにしても茂樹に拾われて以降の優一の豹変ぶりには驚かされるばかり。もちろんながら非常に好ましい方向にと付け加えておく。


 

 ということで生徒会のミーティングを終えると役員たちはあらかじめ割り振られた分担に散っていき、歩美と優一は試合会場へと向かっていく。そしてこちらは魔法部門競技会が行われる屋内演習場。各校の代表者が集う中、第1魔法学院からは校内競技会の成績上位者4名が参加している。その控室では…



「美咲、緊張しないでしっかりと自分の力を発揮するんだぞ」


「クックック、悠久なる大魔導士に余計な心配など無用。我の内に眠る邪龍の封印さえ解き放ってしまえば、あとは惨たらしい屍の山が出来るのみ」


 ペシッ


「痛いってば~」


「朝から快調に飛ばし過ぎだ。いいから普通に喋るんだ」


 涙目になって聡史に抗議する美咲の姿がある。このいつもの遣り取りに目を丸くしているのは、美咲と同じ控室にいる他校の1年生たち。



「ねえ、あれってもしかしてデビル&エンジェルの楢崎先輩じゃないの?」


「確かに前回大会の映像に映っていたのとおんなじ人よね」


「あの1年生に楢崎先輩が付き添うなんて、一体どうなっているのよ?」


「もしかしてすごい才能の持ち主なのかしら?」


「ひょっとしたら付き合っていたりして」


 などという声を潜めた会話が飛び交っている。もちろん美咲の耳には喧騒に紛れて何も聞こえてはいないが、聡史にはそのような周囲の雑音がしっかり届いている。まあこれも有名税だと思うしかないだろうと割り切る聡史。


 その隣では歩美が小刻みに手を震わせながらカレンに何かを訴えかける。



「カ、カレン先輩… なんだか頭が真っ白で何も考えられません」


「大丈夫ですよ。歩美さんの力なら普段通りにやれば必ず結果はついてきます。あまり意識しないでいつも通りを心掛けましょうね。ほら、思いっきり息を吸い込んで」


 心から尊敬するカレンに励まされて大きく息を吸ったり吐いたりする歩美の姿がある。こんな頼りになる付き添いがいてくれたら初出場の緊張感を抱えていたとしても「頑張る!」と、歩美の心の内が燃え上がってくるのは当然の流れ。


 ちなみに今回の魔法部門の1年生出場者は各校4名ずつの合計で48名。各学院ごとに実施された模擬戦週間の成績がそのまま持ちタイムになって12名ずつが4つのグループに分かれて広い控室のスペースが割り当てられている。そして美咲と歩美がいる場所は持ちタイムが最上位の選手が集まる。タイムが遅い順に競技が行われていくので、つまるところこちらのグループは最終組という位置づけとなる。


 その分待ち時間が長いので、徐々に歩美の緊張も解けているよう。彼女の隣では相変わらず美咲が厨2病をコジらせたまま聡史から度々ペシペシされている。おそらくだが美咲も内心では緊張を隠せないのであろう。その反動でついつい厨2フレーズが口から飛び出すという悪循環に陥っていると思われる。


 午前中までに第3グループまで競技を終えており、この時点で最も優秀な成績を残したのは第4魔法学院の女子生徒で、5体のゴーレムを倒し切った所要時間は4分18秒。彼女は筑波にある第4魔法学院で留学生のフィオレーヌ=フォン=ローゼンタールに指導を受けており、その結果学内ではメキメキ頭角を現している存在。とはいってもこれが全国レベルともなると、まだまだ上位が当たり前のように登場してくるのだから世間は広いというべきなのだろう。


 そして午後になると、いよいよ注目の最終グループが登場してくる。トップを務めるのは第11魔法学院の栗山美香… 例のフロンティアシックス一員といえばお分かりだろう。



「競技開始」


 無機質な機械の音声と共にタイムを計測する時計が動き始める。



「ファイアーボール」


 美香は冷静にゴーレム目掛けて魔法を放つ。続けざまにもう1発。さらに追加で両手から1発ずつ。ここまで放った段階で、ゴーレムたちが次第に距離を詰めて彼女を包囲しかかっている。だが美香はゴーレムの進行方向を見極めるとスッと体を右方向に移動させて改めて距離をとりながらもう1発放つ。もちろんしっかりと命中しており、5発のファイアーボールを受けたゴーレムはその場に崩れ去る。残りは4体。


 さて、フィールドでゴーレムを相手に奮闘する美香とは別に、スタンドでその様子を観戦している聡史はといえば…



「おや?」


「聡史さん、何かありましたか?」


 呟くような聡史の声に気付いたカレンが声を掛ける。



「いや、なんだかゴーレムを避ける動きがまるで桜みたいでちょっと気になっただけだ」


「桜ちゃんみたい? いくらなんでも1年生が桜ちゃんの動きをマネするなんて無理がありますよ」


「もちろん桜と比べれば格段に拙くて遅いんだけど、それでも基本的な足運びと最短距離で側面に回り込もうとする様子が桜とよく似ているんだ」


「そうなんですか」


 武術におけるカレンの目はさすがに聡史には及ばないので、どこがどう似ているのかいまだにわからないまま。常に身近にいて桜の技を誰よりも知っている聡史だからこそ、このような些細な共通点に気付いたといってよいだろう。ちなみに聡史でさえも桜の動きを完全にマネするなど不可能。咄嗟の回避行動として偶然似たような動きをすることはあれども、それはけっして意識的に反復できるものではない。彼の戦闘スタイルはあくまでも剣道をベースにして異世界の達人から学んだ剣術の動き。実の兄よりもむしろ学のほうがより桜に近い動きが可能というのは中々興味を惹かれる現象ともいえそう。それだけ学が熱心に闘武館で武術を身に付けたという証でもある。


 フィールドでは美香が最後の1体にトドメのファイアーボールを撃ち込んでゴーレムはすべて姿を消し去られる。これほどの素早い回避行動を取り続けた後にも拘らず、彼女の息が切れている様子はまったく見受けられない。そして会場内に結果が伝えられる。



「第11魔法学院栗山美香、5体撃破でタイムは2分12秒43」


 スタンドからはウオ~という歓声が上がる。全体を通じて初の2分台が出たのだから、それも当然といえるだろう。美香は満足そうな表情を浮かべてペコリとお辞儀をして控室に戻っていく。その姿を見送りながらカレンは…



「聡史さん、あの子スゴイですね。緊張する本番でタイムを一気に1分以上詰めましたよ」


「そうだな。ゴーレムを回避する動きがシャープな分だけ魔法の照準をしっかりとつけていく時間的な余裕が生まれたんだろうな。いずれにしても見事だ」


 この時点ではまだ聡史には裏で例の怪物ジジイが一枚噛んでいるという事実は知らされていない。というよりも桜と学以外は誰も知らないといっていいだろう。むしろジジイの指導がより生きてくるのは格闘部門。それがどのようなモノなのかは、後々明らかになってくるはず。


 このまま最終組の競技は続いていく。歩美と美咲の2名を残した時点で現在のトップは依然として美香のまま。2位には美咲のクラスメートの下田麻衣が3秒差で続いている。


 そしてついに会場は歩美の登場を迎える。シンと静まったスタンドは、ゴーレムを相手にした聖女が一体どのような戦いを見せるのかと固唾を飲んでいる。何しろ公式に発表されているタイムが8秒台というとんでもない数字だけに、何が起きるのかと注目を集めないほうが無理というものだろう。



「第1魔法学院、鴨川歩美」


 フィールドの登場した歩美は軽く眼を閉じて精神集中する様子を見せている。どうやら長い待ち時間の間にすっかり緊張が解けたらしい。そしておもむろに目を見開くと、手元にあるスイッチに手を触れる。



「競技開始」


 無機質な合成音声が流れると同時に、歩美は右手を掲げてすぐに術式を発動。その様子には一切の迷いは見受けられない。



「ホーリーアロー」


 歩美の右手から放たれた純白の光がゴーレムに着弾と同時に会場内は耳をつんざくようなドゴーンという爆発音に包まれる。それが立て続けに5回発生すると、ゴーレムは原形を留めない土塊に帰した。神聖魔法の威力をこれでもかという具合に見せつける結果といってよいだろう。



「5体撃破、タイムは5秒35」


 結果を伝えるアナウンスが会場に響くが、スタンドからはたったひとつの歓声も沸き起らない。それどころか歩美の力を知っている第1魔法学院関係者を除いて、誰もが息をするのも忘れている状態。そんな様子を気にも留めずに、聡史とカレンは平常運転で会話をしている。



「歩美ちゃん、しっかりと結果を出してくれましたね」


「スゴイな。俺と3秒ちょっとの差だぞ。1年生としては破格の数字だ」


「照準の定め方に注意して熱心に練習していましたから」


「そうか… さて、残るは美咲だけだな」


 聡史たちの注意はすでに美咲へと向かっている。この頃になるとスタンドの他校の生徒たちもようやく事実を受け入れて声を出す余裕を取り戻してくる。



「なんだかすごいモノを見た気がする」


「持ちタイムを耳にしたときは何かの間違いだと思ったけど、全然間違いじゃなかった」


「これが聖女の力なのね。私たちとは桁が違うわ」


「なんで第1にばっかりこんなおかしな人たちが集まるのよ。ここまで力の違いを見せつけられたら、総合優勝なんてこの時点で絶望的じゃないの」


 スタンドの各方面で囁かれる歩美の能力に呆れる声とは別に、このような呟きも。



「ちょっと待ってよ。あの聖女が持ちタイム2位ということは、第1にはそれ以上の魔法使いがいるってことじゃないの?」


 その呟きの効果は絶大だった。あっという間に波紋のようにスタンド中にどよめきが広がっていく。そしてフィールドには美咲が姿を現す。両手に嵌める指抜きグローブは相変わらず健在な模様。



「第1魔法学院、長谷川美咲」


「クックック、この悠久なる大魔導士に全ての魔法使いがひれ伏す時が来た。我が内に眠る邪龍よ、今こそ忌まわしき軛から解き放たれるがよい」


 などと意味不明の供述をしつつ、顔の半分を指抜きグローブで覆う香ばしいポーズを披露している。この様子にスタンドの各方面では…



「痛い」


「痛い子だ」


「まさかここまでやる厨2病患者だったとは…」


 美咲の香ばしいセリフとポーズはスタンド中から気の毒な人を見るような視線を集めている。本人だけがこの変な空気に気付いていないのは、相変わらず周囲の空気を読むのが苦手な子だと証明しているようなもの。もちろん聡史も苦虫を噛み潰した表情を浮かべているのは言うまでもない。 


 そんなヘンテコな空気感はさて置いて、どうやら美咲の準備が整ったらしい。



「競技開始」


 気のせいか無機質な合成された音声にも拘らず、どこか呆れた雰囲気を漂わせているのは勘違いなのだろうか… それはともかくとして、美咲は術式を構築し始める。



「忌々しきゴーレムたちよ、我の軍門に下るがよい。ダークフレイム」


 美咲にしては珍しく簡潔なフレーズと共にその右手から漆黒の炎が飛び出して、5体のゴーレムを一息に丸飲みしていく。そしてあっという間に真っ白な灰になるまで燃やし尽くす。



「5体撃破、タイム5秒35」


 いつものように所要タイムの大半は美咲の厨2詠唱にかかった時間。それを除けば1秒少々でゴーレムを灰にした計算となる。しかも何かの偶然か、美咲が叩き出したタイムは100分の1秒単位まで歩美と同じであった。ということで1年生の魔法部門は歩美と美咲の同時優勝が決まる。



「まあ、二人ともいい結果を出してくれましたね」


「あの香ばしいポーズさえなければもっと良かったんだけどな」


 カレンは同時優勝という結果に満足げだが、聡史としては何やら複雑な表情。そしてスタンドのあちこちからは美咲の魔法についての感想めいた声が上がる。



「なんで炎が真っ黒なのよ?」


「あんな火属性魔法なんて見たことないわ」


「どうすればあんな強力な術式が組めるわけ?」


「火属性の原理を超越しすぎているわ。ああ~、もう何が何だか全然わからない」


 初めて目にする闇属性魔法に混乱する魔法使いが続出している。それはそうだろう。今まで闇属性の第一人者たる美鈴は公の場で魔法を公開してはいないので、今回の美咲のパフォーマンスがいわば本邦初公開となるわけだし。


 それとは別に第11魔法学院の応援席では…



「やった~! 美香が初のポイントゲットよ」


「幸先いいな。私たちもこの波に乗っていこうぜ」


「スゴイよね~。全国で3位なんだから、胸を張っていい成績よ」


 どうやらフロンティアシックスのメンバーたちが肩を叩き合って喜んでいる模様。半年前に開校したばかりの第11魔法学院にとっては待望の初ポイントだけに、戻ってきた美香も交えて喜びを分かち合っている。


 こうして1年生の魔法部門競技会はすべての生徒が競技を終えて、結果は以下の通りとなった。


 第1位 鴨川歩美


 第1位 長谷川美咲


 第3位 栗山美香


 第4位 下田麻衣


 1年生においてもやはり第1魔法学院の優位が動かない。むしろ3位に食い込んで第1の上位独占を阻んだ美香の健闘を褒めるべきだろう。


 すべての競技が終わった第1魔法学院の魔法使いたちが、聡史とカレンが陣取るスタンドに戻ってくる。



「二人ともよくやったな。優勝おめでとう。ああ、それから下田も入賞できてよかったな」


「「ありがとうございます」」


「クックック、悠久なる大魔導士にとって何たる不覚。聖女ごときに並ばれるとは、やはり封印されし邪龍の力をすべて解放しきれなかったか」


 ペシッ


「コラッ、そういうところ! 同級生に向かってそういう上から目線をするんじゃない」


「ゴ、ゴ、ゴ、ゴメンナサイ。ちょ、ちょ、ちょ、調子に乗りました」


 聡史的にはただでさえ誤解されやすい美咲の暴走を止めようとしただけだが、注意を受けた美咲はというと雨に打たれた子猫のように項垂れている。このままではせっかく優勝した気分が台無しなので、仕方ないという表情でフォローに出る。



「緊張が解けて気持ちが解放的になったのはわかるが、他人から誤解されるような言動は取らないようにくれぐれも気を付けるんだぞ。まあともあれ、優勝おめでとう」


「う、うん」


 どうやら聡史の注意は自身のためを思って敢えて口にしたのだと美咲にも理解が出来たらしい。ただでさえ人間関係を構築するのが下手なところにもってきてこのような口禍を繰り出されては困ると、聡史はこれまでも何度か美咲に注意はしてきた。注意された側の美咲といえば、まだ反省の表情は浮かべているものの、嫌われてしまったわけではないとわかってちょっとだけ安心しているよう。


 そんな美咲からやや離れた場所では、歩美が女神様から労いのお言葉を賜っている。



「歩美さん、努力が報われて良かったですね」


「カレン先輩、本当にありがとうございます。先輩のご指導のおかげです」


「いいえ、私は回復の術式に関しては懇切丁寧に教えたという記憶はありますが、神聖魔法についてはちょっとだけ手解きしただけですよ。すべてはあなたが自分の手で勝ち取ったのです」


 歩美に対するカレンの態度が神々しいまでの輝きを放っている。こんな言葉を掛けられて涙を見せない人間などひとりもいないんじゃないのか… そんな気さえしてくる女神様のありがたいお言葉に、歩美の瞳から一滴の涙が零れ落ちる。その感動的な光景を見せつけられた聡史はというと…



「いいか、美咲。感謝を示す時にはあんな具合に素直に感情を表現するんだぞ」


「クックック、その点に関しては大魔導士たる我も現在学習中ゆえ、今ひと時の猶予が欲しい」


 美咲の口から飛び出てきたフレーズに聡史が思いっ切り脱力している。「何が学習中だ」と呆れ顔を向けるほかない表情。どうやら美咲の厨2病並びにコミュ障を克服する道のりは、まだまだ道半ばらしい。







   ◇◇◇◇◇







 本日の予定が終了した魔法部門に対して、こちら格闘部門は屋外訓練場で熱戦が続いている最中。そして1年生が対戦する第1訓練場のスタンドには桜と明日香ちゃんの姿がある。



「ヒドイ目に遭いましたよ~」


「いいじゃないですか、これで昨日食べた分はキッチリと消費出来ましたわ。ちょっと興が乗りすぎて走りすぎたような気はしますが」


「走りすぎたどころの騒ぎじゃないでしょうがぁぁぁぁ! 私が意識を失うまでって、一体どんな罰ゲームなんですかぁぁぁぁ!」


 明日香ちゃんが抗議したくなる気持ちもわからないではない。朝一番でグランドに連れ出されてから桜にピッタリと背後にへばりつかれながら乗用車並みの速度でグランドを周回させられていた。調子に乗った桜によって、当初は20周くらいのつもりだったはずがかれこれ3時間近く走りっ放しというとんでもない目に遭った明日香ちゃんがボヤくのも無理はないだろう。というよりも3時間で150キロほど走り切った明日香ちゃんの体力も相当バグっているように思われる。箱根駅伝の片道よりもかなり長い距離だというのに…



「本当に死ぬかと思いましたよ~」


「明日香ちゃんをちょっとでもスリムにしたいという私の思い遣りですわ」


「でも桜ちゃん、いくら私が立ち上がらないからといって、無理遣り口の中にポーションを流し込まなくてもいいんじゃないですか」


「手っ取り早く明日香ちゃんを起こすためにはやむ得ませんでしたの」


 約1年ぶりに味わった本人にとっては悪夢のポーションを思い出しては、身震いする明日香ちゃんがそこにいる。


 そんな平常営業の桜たちが座るスタンドでは、他校の上級生だろうか… 思い思いに1年生の試合の感想を寄せ合う姿がある。



「なんだか今年の1年生は全体的に小粒だな~」


「いや、これが普通の姿だろう」


「そうだぞ、去年があまりにもおかしかったんだ。第1の特待生とか第4の留学生とか、1年生にしては破格というか、異常な実力の持ち主が揃っていたんだからな」


 魔法部門は昨年から競技の内容がガラリと変更になったせいで直接の比較が出来ないが、基本的に変更がない格闘部門においては1年前と比べることが可能なのでこのような話題が出るのも当然。彼らはどうやら去年の八校戦をその目にしているせいで今年のレベルはそこまで高くないと判断しているよう。まあ、ここまでの出場選手に関しては確かにその通りなのかもしれない。



「本日の第8試合、赤、第2魔法学院、向井修二。青、第11魔法学院、長坂真由美」


 場内に流れるアナウンスの後で、対戦する選手がフィールドに入場してくる。



「おや、あの女子は…」


 その様子を見た桜の目が興味深げに細められている。昨夜の歓迎パーティーでたまたま出会ったフロンティアシックスのメンバーのひとりだということに桜は気が付いているよう。



「桜ちゃん、どうかしたんですか?」


「いえいえ、ちょっとこの試合が楽しみになってきただけですわ」


 明日香ちゃんの問い掛けに対して、桜は敢えて詳しくは述べようとはしない。昨夜ジジイと一緒にいた彼女たちがどのような試合を見せてくれるのか… 桜の興味はその点に集中しているよう。



「試合開始ぃぃ」


 審判の合図と共に勢いをつけて剣を振り被りながら迫ってくるのは第2の男子生徒。どうやら相手が女子ということで侮っているのか、力押しでケリをつけるつもりらしい。だが剣を振り下ろすとそこには真由美の姿はない。それどころか彼の横合いから振り下ろされた真由美の剣に強かにその右手首を叩きつけられる。


 カラン


「ま、参った」


 右小手を叩かれた痛みと衝撃で剣を取り落とした向井修二は、あっという間に首元に切っ先を突き付けられて降参するしかなかった。この様子をスタンドで目撃した桜は…



「やはり予想通りでしたわ」


「えっ、桜ちゃん、何が予想通りなんですか?」


「いえ、こちらの話ですわ。どうやら今年の1年生もちょっとは楽しませてくれそうですの」


 桜の目は真由美の一瞬の動きを正確に見て取っている。当然ながらその目に映る真由美の足捌きの技術は幼稚園のお遊戯会レベルに未熟ではあるが、この程度の対戦には十分に役に立つくらいにはジジイから仕込まれているという事実を理解したよう。それゆえに「ちょっと楽しませてくれそう」などという発言に繋がっていると思われる。


 それと同時に桜の脳裏には祖父の道場に入門した頃の記憶が蘇ってくる。当時まだ5歳の桜は、6つ年上の茜を相手にして来る日も来る日も突き出されてくるコブシを避ける練習をしていた。相手の茜は脳筋かつ手加減という言葉を知らないだけあって、繰り出されるコブシは常に本気の勢い。それをわずか5歳児に見舞ってくるのだから、今考えるととんでもない話だ。このような入門当時の過激な訓練を経ているからこそ現在の桜があるのだろう。



「なんだか懐かしい想い出ですわ」


「桜ちゃん、私も去年大阪土産で買ったあんプリンの味が懐かしいですよ~。今年も絶対に3箱は買い込んで帰ります」


 もちろん明日香ちゃんには桜の感慨などわかるはずもなく、すでにその脳内は夕食時のデザートバイキングを飛び越えてお土産にまで考え至っているとは呆れるばかり。


 その後何組かの対戦を経て、いよいよ学がフィールドに登場してくる。



「桜ちゃん、相手は長い槍を手にしていますよ~。さすがに学君も苦戦するんじゃないですか?」


「まあ、見ていればわかりますわ」


 明日香ちゃんは自分も槍を用いる都合上、その間合いは理解している。長いリーチを生かせば武器を手にしない学を翻弄することも可能ではないかと心配している様子。対して桜はといえば、全く不安はないという表情でドッシリと構えている。



「試合開始ぃぃ」


 審判の掛け声と共に相手は槍を扱きながら前進開始。細かく穂先を突き出しながら学を牽制しつつ、隙を見ては大きく突いていこうという構え。対して学は自然体で開始戦に立ったまま、相手のフェイントを受け流している。


 学がフェイントにまったく動じない様子に焦れた相手が大きく踏み込んで槍を突き出そうとする。その動きを見た学がこの試合で初めて動き出すと、相手は一瞬でその姿を見失っている。レベル100に到達した学の動きは、並みの1年生では目で捉えきれない。学の姿を見失って呆然と立ち尽くす相手に対して、そのまま素早く側方に回り込んでは脇腹にパンチを一閃。勝負は呆気ない形で終了する。



「勝者、第1魔法学院、中本学」


 ペコリとお辞儀をしてフィールドを去る学の姿は、入学した当時の可愛らしい小柄な少年ではなくて一人前の武芸者のような佇まいさえ感じさせているよう。



「この程度の相手に学君が本気を出す間でもなかったようですわ」


「ずいぶん強くなりましたね~。今度私の槍も受けてもらいましょうか」


「そうですわね。さすがに明日香ちゃんを相手にすると学君でも相当苦労すると思いますが、それもいい経験ですわ」


 どうやらこの先、学に関しては2年生の明日香ちゃんやカレンといった強豪がスパーリングパートナーを務めるらしい。一体桜はどこまで彼を成長させていくつもりなのだろう?







   ◇◇◇◇◇






 所変わって、こちらは2年生の格闘部門が行われる第2訓練場。Eクラスの生徒たちが固まって座っているスペースに魔法部門の競技会を終えた面々がやってくる。



「あっ、師匠。お疲れ様です」


「師匠、魔法部門はどうでしたか?」


 真っ先に声を掛けてきたのは美晴と真美。彼女たちに右手を挙げながら、聡史がニッコリとした表情を見せる。ちなみにこの二人はいずれも午前中に1回戦を終えている。もちろんさほど時間のかからないうちに圧勝したのは言うまでもない。



「美咲と鴨川副会長が同タイムで優勝を分け合ったぞ」


「ええええ、すごい快挙じゃないですか~」


「1年生もなかなかやるな~」


 ブルーホライズンにお褒めの言葉をいただいた美咲は聡史の陰から少しだけ顔を覗かせながらペコリとお辞儀をしている。コミュ障の彼女にとって先輩に面と向かって言葉を返すのはまだまだハードルが高いらしい。ちなみに歩美はカレンと一緒に救護室に呼び出されており、この場に姿は見せてはいない。どうやら治癒魔法が必要な怪我人が出た模様。


 そうこうしているうちにフィールド上には頼朝が登場。他の参加者と比べても頭ひとつ大きな体躯はスタンドから見ても目立つことこの上ない。



「試合開始ぃぃ」


 合図とともに猛攻を仕掛ける頼朝。見ていて相手が気の毒になるくらいに一方的に剣を振り下ろしている。最後のトドメにフラフラになった相手に向かってラリアットを一閃。芝生の上に倒れ込んだ対戦者は泡を吹いて失神している。



「ガハハハハ、この程度の攻撃で泡を吹いているようでは気合いが足りん。ボスの訓練に参加すればもっと打たれ強くなるぞ」


 確かに頼朝の打たれ強さは折り紙付きではあるが、それを対戦相手に強要するこの脳筋ぶりはいかがなものか… スタンドで見つめるEクラスの生徒たちが揃って抱いた感想だ。本人の資質と桜の猛訓練が絶妙にマッチした結果、このような脳筋の極みとも呼べるような筋肉怪獣を生み出している。


 会場を騒然とさせた頼朝が退場すると、次の出場者は何ともやりにくそうな表情でフィールドに入場する。それはそうだろう。もしこの試合に勝ったら次はあの筋肉怪獣との対戦が待っているのだから、そんな地獄は他人に譲りたいという弱気な考えが頭をもたげるのも無理はない。結局この試合は時間内に勝敗が付かずに延長戦となり、ようやく終了間際の一撃で赤の選手が勝利を収めた。ただし彼の表情は勝利の喜びとは程遠いものだったと付け加えておく。


 その後の試合には渚も登場してまったく危なげなく勝利を収める。そして1回戦の最後の試合に個人戦で最注目されている選手が登場する。



「赤、第4魔法学院、マーガレット=ヒルダ=オースチン選手」


 大きな拍手とともに姿を現したのは、昨年の個人戦オープントーナメントで決勝まで圧倒的な強さで勝ち進んだマギー。惜しくも決勝戦では桜に手も足も出ない形で敗れはしたものの、あれは誰の目にも相手が悪すぎたのは明らか。今年のレギュレーションで特待生は個人戦への出場を認められない点を踏まえると、優勝候補の最右翼として誰もが考えるのは当然。


 開始戦に立つマギーは相変わらずの格闘スタイルで、手には一切の武器を持っていない。だが試合開始と共に彼女の全身が武器であると証明するがごとくにパンチとキックの嵐のような連打を繰り出しては相手をノックアウトに追い込んで勝利した。


 

「勝者、赤、マーガレット=ヒルダ=オースチン」


 勝ち名乗りを受けるマギーの視線が一瞬だけスタンドに腰を下ろす聡史の姿に焦点を合わせる。それは昨年のリベンジを誓う彼女の気持ちの表れのようにも映る。



「どうやらマギーも死に物狂いで鍛えてきたようだな」


「師匠、かなりの強敵ですね」


「真美さん、この私がいるんだから大船に乗った気持ちでいてよ。学年トーナメントからずっと絶好調だからね」


 冷静に分析する聡史とマギーの力を認める真美。対して相変わらず目の前の敵をブッ飛ばすことしか考えていない美晴の態度が鮮やかなコントラストを描いている。これだから脳筋は始末に負えない。


 様々な出場選手の思惑を秘めながら魔法学院対抗戦の1日目が終了する。夕食の時間になるとダッシュで食堂に飛び込んだ明日香ちゃんがデザートエリアに陣取って、時間いっぱいまでひたすら甘~いケーキだのムースだのを食べまくったのは毎度のお約束であった。

順調な滑り出しの第1魔法学院。学やブルーホライズン、頼朝たちの活躍と共にマギーをはじめとする他校の強豪が熱戦を繰り広げていきます。この続きは出来上がり次第投稿いたします。どうぞお楽しみに!


それから、読者の皆様にはどうか以下の点にご協力いただければ幸いです。


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