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337 魔法学院対抗戦前夜

ようやく対抗戦編にはいります。

 聡史や美鈴が日本に戻ってきたちょうどその日、こちら秩父にある第11魔法学院には1台の黒塗りのワゴン車がエントランスに到着する。管理棟をバックに居並ぶ副学院長や事務長に迎えられて車から降り立つのは、例のあの人物。



「本橋学院長、本日からどうぞよろしくお願いいたします」


「面倒事を引き受けてしまったものよのぅ。まあ仕方がないゆえ、微力を尽くすとしよう」


 副学院長の挨拶に応えるジジイ。送迎の車から降り立ったその姿はいつも通りの道着に袴といういでたち。不慣れな場所に足を踏み込んだなどという気負いが一切見られぬその態度には、いかにも大物感が漂う。


 そのまま案内されて学院長室に通されていく。ソファーに腰を下ろすと副学院長が改めて頭を下げる。



「本橋学院長、正式な就任は10月の1日からですが、それまでの2週間は事前研修という形で職務に関して熟知していただけたらと考えております」


「ワシには面倒な書類などわからぬぞい」


「もちろん事務処理に関しては10月から新たにもう一名管理担当者が就任いたしますので、本橋学院長のお手を煩わせることはございません」


 魔法学院並びにダンジョン対策室もジジイの性格に関しては聡史たちから綿密に聞き取りを行っており、この危険人物に書類仕事など間違っても任せられない点に関してはとうに承知の上。その結果として学院長が行うべき事務処理を代行する人員が新たに赴任してくるらしい。



「そうか、ならば気楽にしていられるというものよ。ところでワシは何をすればよいのかのぅ?」


「本橋学院長には学院全体の動向に問題がないか目を光らせていただくほかに、時間があれば生徒への武術の指導にあたっていただければよろしいかと存じます」


「ふむ、それは良いが、ワシは自ら希望する者にしか教えぬゆえに、若者に無理強いはせぬぞ」


「もちろんです。本橋学院長の並々ならぬ力量を学びたいと志願する生徒たちだけに、その技のほんのさわりだけでもご指導いただければ結構です」


「さようか」


 事前に色々と説明を受けている副学院長からも、このジジイに学院運営の何たるかなど一切期待してはいないような雰囲気が元より見え隠れしている。要はこの第11魔法学院の重しとなって、外部の横槍から生徒たちを守ってもらいたいというのが本音のよう。その点でいけばこのジジイの強烈な個性と人智を超える驚異的な戦闘能力は、学院の守護者としてこれ以上相応しい存在はないと断言できる。


 ひとつ問題があるとすれば、それはこのジジイがあまりに破天荒すぎて周囲がついていけるのか… そんな懸念を抱く関係者が少なくないという点だろうか。だがダンジョン対策室としては、そのような懸念など埋め合わせて余りある人材が手に入ったと考えている。それはそうだろう。ダンジョン攻略者にしてあの神崎学院長の魔法銃の乱れ撃ちを笑いながら悉く無効化した実績は、この日本国内にあっても随一の使い手と見做されても仕方がない。つまるところ「ヤバい奴は味方に取り込んでおけ」という本音が透けて見えてくる。



「それでは本学院の概要から説明させていただきます。今年の4月に開校したばかりの本校は…」


 このセリフを皮切りにしてかれこれ1時間程度の説明が副学院長からなされるが、ジジイは目を閉じて半分眠りながら聞いている。人の話に素直に耳を貸す性格ではないと聞いてはいるものの、初っ端から相当手強い相手がやってきたと副学院長も頭を抱えるしかない。



「それでは学院内にございます各施設のご案内をさせていただきます」


「ふむ、ついていけばよいのかのぅ」


 ということでジジイは校内の各所を巡って歩いていく。今年開校したばかりなので在校生は1年生しかいない。そのため教室は3分の1しか使用されておらず、校舎内には空き教室が目立っている。1年生たちは本日は学科のカリキュラムなので、全員が教室で授業に集中しているよう。



「ふむ、若者には勉学も大切じゃのぅ。ワシのように学業を怠って武術にばかりかまけておるとロクな大人にならぬわい」


「ハハハ」


 副学院長の乾いた笑い声が廊下に響いている。正々堂々と「学業を怠けていた」と口にされても、教育者としてどこから突っ込めばいいのかわからないらしい。


 教室を見て回った後、今度は体育館や各種の訓練施設を巡っていく。



「なるほど、なかなか立派な設備じゃのぅ。ウチの貧乏道場とは比較にもならぬわい」


 いやいや、その貧乏道場からは少なくとも2名のダンジョン攻略者が排出されているのをこのジジイは忘れてはいないだろうか。もちろんその2名とはこのジジイ本人と桜に他ならない。案内役で最下層まで付いてきた学まで含めると3名と勘定するのが適切かもしれない。ちなみに聡史は闘武館に入門しているわけではないので、ジジイの孫とはいえ道場関係者からは除外されるべきだろう。


 それよりも気にしておくべきなのは、ジジイのもうひとりの孫娘である茜の動向かもしれない。現在彼女は門弟たちを引き連れて25階層辺りを攻略中との情報が漏れ聞こえてくる。さすがにここまで深く潜るとその攻略スピードはグッと鈍ってはいるものの、わずか1か月で巨人種が待ち受ける階層に足を踏み入れること自体が驚異的と評していいだろう。彼女たちのおかげで秩父ダンジョンのここ最近のアイテム買い取り額はかなり高額に昇っているらしい。その分だけ闘武館も財政事情が好転していると思われる。


 昼食を終えるとジジイは学院長室にひとりで放置される。副学院長も自分の仕事をいつまでも放り出してはおけないので、職員室に戻って業務に励んでいるよう。副学院長が姿を消したこの学院長室には学院運営に関する法規の解説や予算、経費申請の手順などを記した大量の文書が置かれている。学院長を務める上では必要な知識とあって今のうちに知っておくべきなのだろうが、このジジイにはただの紙切れにしか見えていないらしい。重要な文書類が一度も手を触れられないまま机上に置かれっ放しの運命を辿るのは最初から確定している。


 このような状況の中、ジッとしていられないこのジジイは食後の散歩とばかりにフラフラと部屋を出て廊下を歩き出す。とはいっても管理棟の内部には生徒の姿がないので、そのまま階段を下りて建物の外に向かう。


 この日は午後の学科の授業は予定されておらず、生徒たちはパーティーごとにダンジョンに向かったり、屋外訓練場で目前に迫った魔法学院対抗戦に備えて一心に剣の素振りをする姿が見受けられる。



「ふむ、若者が真面目に剣を振るう姿はいつ見ても清々しいものじゃのぅ」


 自分が若い頃の修行の日々を思い出したのか、柄にもなく感慨深げな独り言を口走るジジイがいる。そのまま生徒の姿を遠目に見つつ、ジジイは気合いの入った掛け声に惹かれて第1訓練場へと入り込む。スタンドに腰を下ろして、生徒たちが剣を打ち合う姿をさながら好々爺然とした表情で眺めている。



 ちょうどのその時フィールドで剣を打ち合っていたのは、この第11学院の最強パーティーと自他ともに認めるフロンティアシックスの面々だった。しばらくはジジイの存在に気付かないまま訓練に励んでいたのだが、そのうちのひとりがスタンドに腰掛けているジジイの姿に気が付く。



「ねえ、知らないおジイさんがスタンドからこっちを見ているんだけど」


「あっ、本当だ。なんだか気味が悪いわね~」


「ちょっと待って! 私、あのおジイさんに見覚えがあるんだけど」


「えっ、どこで見たの? もしかして知り合い?」


 見覚えがあると答えたのはこのパーティーのリーダーを務める長坂真由美。彼女の話にメンバー全員が興味深げに耳を傾けている。ダンジョン探索を志しただけあって、どうやら彼女たちは好奇心旺盛な性格らしい。



「ほら、夏休みにダンジョンでオークに襲われて美香が怪我をしたじゃない。あのときに中本君に助けてもらったでしょう」


「ああ、なんとなくわかってきた」


「そういえばあの時と同じ姿をしているわよね~」


「えっ、みんなして頷いているけど、一体何の話?」


 メンバーが口々に言いあう様子に目をパチクリしているのは栗山美香。実は彼女は学との遭遇の際に頭部に怪我を負っており、意識がはっきりしないまま病院に運び込まれていた。そのため学とその後ろに控えていたジジイの記憶がないのは当然。


 

「美香の命の恩人だよ。確か中本君は『師範』と呼んでいたわね」


「ええええ、中本君の師範だったらもしかしてとっても強い人なのかな~?」


「そうだと思うわ。ひとまずは助けてもらったお礼をしに行きましょう」


「そうね、せっかくの機会だし」


 どうやら話がまとまったようで、フロンティアシックスは一旦訓練の手を止めてジジイが座っているスタンドに駆け寄っていく。



「おジイさん、お久しぶりです。この前は助けていただいてありがとうございました」


「はて、そなたらを助けたとはいつの話かのぅ?」


「ほら、秩父ダンジョンで中本君に危ない所を助けられたんですよ。覚えていないんですか?」


「ふむ、そのような出来事もあったな。学を一人前と認めた一件ゆえに、ワシも覚えておるぞ。そうじゃったか、あの時のお嬢さん方か」


 ジジイの怪しい記憶力中にも、どうやら彼女たちとの邂逅は辛うじて生き残っていたよう。もちろんひとりひとりの顔など覚えてはいない様子だが、そんな出来事があったことだけは記憶に留めている。



「あの一件以来、私たちは以前にもまして注意深くダンジョンで活動するようになりました。あの時助けてもらえなかったら、今の私たちはいません」


「よいよい、己を顧みて前に進めば何事も成し遂げるじゃろうて」


 ジジイにしてはなんだかいいことを言っている。たまにこういうセリフを吐くからいかにも人格者に見えるが、一皮剥けばとんでもない戦闘狂の本性が現れるはず。



「ところでおジイさんは何で魔法学院にいるんですか? ここは部外者立ち入り禁止なんですよ」


 真由美の疑問はもっともだろう。一般の人間はたとえ保護者といえども許可なく立ち入りが出来ない学院にあって平然と訓練場のスタンドに腰を下ろしているのだから、彼女がこのような疑問を持つのも当然。



「ふむ、だってワシは学院長じゃからのぅ」


「なんだ、学院長なんですか… ちょっと待って、誰が学院長だって?」


 何気なく聞き流そうとした真由美だが、その内容を今一度頭の中で反芻してもう一度聞き返している。



「いや、じゃからワシが学院長じゃて」


 ジジイが答えて一拍の間を置いてから…



「「「「「「えええええええええええ!」」」」」」


 フロンティア・シックスの驚愕の声が第1訓練場全体に響き渡る。確かにこんな怪しげなジジイが学院長だなんて、ビックリしない方が無理というもの。



「正式には10月から学院長になるらしいが、事前研修中というわけじゃな。とはいえこれといってやることもないし、ブラブラ生徒の様子を見て回っている最中じゃよ」


 いやいや、本当は様々な書類に目を通したり、やらなければならない仕事は山ほどあるはずだが、このジジイには些末な紙切れ程度にしか映ってはいないよう。



「ほ、本当に学院長なんですか?」


「左様、面倒じゃが、引き受けた以上は務めを果たさねばなるまいて」


 達観した表情のジジイがそこにいる。だがこのジジイ、学院長の仕事の何たるかなど全く知らないし、おそらく知る気もないはず。


 そんなジジイを一旦横に置いて、フロンティア・シックスは輪になって何やら密談開始。



「ねえねえ、中本君の師範っていうことは、このおジイさんはきっと強いよね」


「中本君があれだけ強いんだったら、このおジイさんも強いに決まっているでしょう」


「しかもこの学院の学院長になるんだったら、私たちも鍛えてもらうっていうのはどうかな?」


「あっ、それいいかも」


「中本君みたいに強くなれるはずよね」


 どうやらこんな感じで話がまとまったよう。パーティーを代表して真由美がジジイに向き直る。



「学院長、私たち中本君に助けてもらったときにその強さに憧れました。だから私たちは彼のように強くなりたいんです。どうかご指導を願いします」


「ほほう、学に憧れているか。まあよいが、その程度の目標で良いのかな?」


「えっ、それってどういう意味ですか?」


「学に追いつく程度の目標で本当に良いのかと聞いておるのじゃよ」


「え~と、もうひとつ意味がわかりませんが、当面はそのくらいの目標で、徐々に上げていけばいいような」


「そうか、まあよいじゃろうて。ところで嬢ちゃんたちはワシの技がいかようなモノか知っておるのかのぅ?」


「えっ、ダンジョンで魔物を倒す技じゃないんですか?」


「それは単なる応用に過ぎぬわい。ワシの技はつまるところが人殺しの技術じゃ。人間を最も効率よく殺める方法、それこそがワシの武術の正体といえる。嬢ちゃんたちに他人を殺める覚悟があらば教えてやらぬこともない」


 ジジイの口から飛び出てきた物騒なフレーズに、フロンティア・シックスが硬直している。いきなり「人殺しの技」なんて言われたら、それは誰だってフリーズしてしまうだろう。


 

「ちょっと怖いのでやっぱりヤメておきます」


「ガハハハハ、少々脅かしすぎたかのぅ。人殺しの技といえども、使いようによっては自分の身を守る技となる。試しにやってみぬか?」


 ジジイの言葉がちょっとトーンダウンしたので、フロンティア・シックスの面々はやや安心した表情に。最初に脅かしておいてから後でフォローをする… 勧誘の際の高等テクニックともとれる手法をこのジジイは彼女たちに用いている。もっともジジイの技というのはあまりに実戦的過ぎて相当に注意しないと容易に人間を殺せるので、最初のうちにこのくらい脅かしておいた方が本人のためという意味もある。



「そ、それじゃあちょっとだけやってみようか」


「そ、そうよね。私たちは強くならないといけないんだから」


「気をつければきっと大丈夫よね」


 このような成り行きでフロンティア・シックスはジジイの教えを乞うこととなる。まず最初にジジイが彼女たちに与えた課題というのは、意外にもさほど難しいとは思えないような練習だった。



「さて、武を極めようとすれば自ずと足捌き、体捌き、手捌きを三位一体で効率よく行っていく必要がある。まずは足捌きの練習から始めるとしようかのぅ。どれ、二人一組になってみるのじゃ」


「「「「「「はい」」」」」」


 フロンティアシックスは近くの仲間と素早く二人組を作る。ちなみに栗山美香は魔法使いタイプではあるが、先日ダンジョンでオークに背後から強襲された経験を踏まえて最低限の近接戦闘も身に付けようとしている最中らしい。他のメンバーは武器を使用するタイプなので、体を動かす訓練はもう半年近く慣れ親しんでいる。



「それでは、攻め手と受け手を決めて攻め手はゆっくりでよいからコブシを突き出すのじゃ。受け手は突き出されたコブシを外側に避けるがよい。10本突いたら、攻めと受けを交代するのじゃぞ」


 ジジイにいわれた通りに彼女たちは片方がゆっくりとコブシを突き出していく。逆に受け手のほうはその拳を避けていくのだが、このとき右のコブシであったら右側に左のコブシであったら左側に避けるように言われている。


 桜や学の戦闘時にたびたび登場するのでお馴染みだろう。武器を持った相手に対して無手で立ち向かうには、相手の得物が向かってくる軌道の外側に素早く動いて側方から攻め立てるのが基本となる。桜のパンチが敵の脇腹にヒットするケースが多いのは、ジジイの教えを忠実に守っているからだといえよう。というか、もっともこの動きが効率がいいのは間違いない。



「なんだかすごく簡単な動きなんだけど、こんな訓練で本当に強くなれるの?」


「よくわからないけど、言われた通りにやるしかないよ」


 こんな会話が出来るくらい、フロンティアシックスの面々にとっては楽な訓練に映っているよう。だがジジイは何も言わずに同じ動きを繰り返させるだけ。結局この日は2時間にわたってひたすら撃ち出されてくる拳を外側に回避する動きが繰り返されていくのであった。







   ◇◇◇◇◇







 フロンティアシックスがジジイに訓練を申し出て1週間が経過している。相変わらずジジイが彼女たちに課している課題は突きと回避の応酬だけ。だが日が経つにしたがって徐々に攻め手と受け手のスピードが上がって、10本交代が1セット終わる頃には受け手の神経が相当擦り切れるような鍛錬となっている。


 それだけではなくて、対峙する際に相手の視線や呼吸、足先の方向、肩や肘の動きなどに気を配りつつ攻め手の微妙な気配を読んで回避しないと間に合わないというレベルまでその内容がグッと濃くなってきた。攻め手が攻撃を目論む方向… つまり相手の動きの矢印が徐々に彼女たちにも見えてきた段階といえよう。


 もちろんズブの素人がわずか1週間程度でここまでできるはずはない。彼女たちは曲がりなりにも第11魔法学院のトップチームで、この半年間地道に積み上げてきた基礎がある。だからこそ短期間でジジイの教えを吸収してこれた。ちなみに入門当時の小学校5年生の学がここまでの動きをするようになるには2年以上かかったという。



「ふむ、そこそこ様になってきたようじゃな。どれ、久しぶりに得物を手にして打ち合いをしてみるがよかろう」


 ジジイはある意図をもって彼女たちに自由に打ち合いを遣らせようとしている。そうとは知らない彼女たちは、およそ1週間ぶりに自分の武器を手に取っていざ打ち合いを始めようと構える。だが…



「えっ、攻めていけない」


「なんだか討ちかかっていくのが怖い」


 六人が六人とも得物を手にしたままで立ち竦み、一向に相手にかかっていこうという動きを見せないままにイタズラに時間だけが過ぎていく。



「ガハハハハ、どうじゃ、相手に躱されたらどうしようという恐怖心が芽生えたじゃろう。これが武を志す上での第一の壁よ。おのれの心の弱さを克服してこそ、新たな一面が開けてくるぞい」


 1週間に渡って武器をまったく手にしていなかった彼女たちは、ジジイの言葉に戸惑いを隠せない。今までは正面切って相手の武器を受け止めるという、力任せというか… いわゆる正攻法の戦い方をしてきた。そこにジジイの教えに従って回避の訓練を積んだ今となると、無暗に討ちかかっていくと簡単に相手に躱されてカウンターを食らうんじゃないかという恐怖心が芽生えてくる。要するに攻撃をするのはいいが、同時にカウンター対策もしておかないと痛い目に遭うというジレンマが生じるのは当然。


 例えるならボクシングや空手の初心者が先輩に「先に1発打たせてやるよ」と言われて「はい、お言葉に甘えて」と簡単にパンチなり突きを繰り出していけるものかどうか考えるとわかりやすいだろう。1発放ったらその後何倍にもなって返ってくるんじゃないかと不安になって無暗に手が出せなくなるのが普通の人間だ。格上や同等の相手に先手を譲られて「はい、喜んで」と某居酒屋張りに討ちかかっていくのは、美晴のような無鉄砲な脳筋か頼朝たちのように痛みを感じる神経がマヒするまで人間性を魔改造された一握りのちょっと頭のネジがブッ飛んだ連中だけといえよう。



「ほれ、どうすれば自分の攻撃が躱されずに通るのか、その頭で考えるがよかろうて」


 第一の壁にぶつかっているのがわかっている以上、ジジイは敢えて助言などは加えようとはしない。自分の頭で考えてこの壁を乗り越えさせようとしている。それは体よりも感覚と思いの外頭脳をフル回転させながら戦うという方向に進んでいく。その結果がいかように発揮されるかについては、間もなく開催される魔法学院対抗戦で明らかとなるだろう。


 こうして魔法学院対抗戦までの期間ミッチリとジジイの手解きを受けたフロンティアシックスは、悪戦苦闘しながらも徐々に対人戦闘能力を高めていくのであった。








   ◇◇◇◇◇


 






 あっと言う間に3週間が過ぎて、聡史たちを含む魔法学院対抗戦出場メンバーは大阪府にある第5魔法学院へとやってくる。今回の出場メンバーはエントリー上限の各学年から32名が選抜されており、その他に裏方を務める役員なども含むと総勢100名を超える大所帯となる。


 当然特待生に関しては全員が参加と思うかもしれないが、これには少々例外が存在する。まずあまり表立ってその存在が明らかにしたくない生徒が第1魔法学院には多数在籍している。その筆頭として挙げられるのがクルトワだろう。魔族などという彼女の正体が表沙汰にならないように、今回の対抗戦についても不参加となっている。仮に参加したらかなりの戦力になるに違いないが、色々と政治問題が絡んでくる以上はこの措置はやむを得ぬだろう。


 同様の理由でディーナ王女と彼女の侍女たちも併せて不参加となる。こちらも異世界の王女様という正体が明るみにならないよう配慮された。


 さらにもうひとり、弥生も対抗戦に関しては不参加となる。もっとも特待生待遇とはいっても未だにレベルは1のままなので、実力的に出場するのは無理な話。だがそれ以上に重要なのは、彼女は量子コンピューターオペレーションルームからいつお呼びがかかるかわからないという込み入った事情がある。聡史たちが不在の間は管理棟に滞在している母親と一緒に過ごすので生活面に関しては心配はいらないのだが、問題となるのは安全面。そこで今回は神崎学院長が魔法学院に居残りとなって、弥生の周辺に異常がないか目を配ることとなった。


 このような様々な事情を抱えながらも、貸し切りバスから降り立って第5魔法学院に足を踏み入れる一行。一番最後の降りてきたのはピカピカな笑顔の桜とゲッソリやつれた表情の明日香ちゃんのコンビ。



「フフフ、いよいよ私の力に全国の魔法学院生がひれ伏す時がやってきましたわ。明日香ちゃんはもっとシャキッとして私の雄姿をしっかりと目に焼きつけてもらいたいものですわ」


「桜ちゃんの雄姿なんでどうでもいいですよ~。私は今夜の親睦パーティーだけを心の拠り所にしてこの3週間を必死で生き抜いてきたんですからね」


 力なく答える明日香ちゃんだが、この3週間桜直々の監視の下で何度も三途の川を拝むような過激なダイエットを行ってきた。おかげで目標体重を下回ったのはいいが、ここまで追い込まれるといつ何時闇の明日香ちゃんが爆誕してもおかしくない状況。そんな危なっかしい精神状態を支えていたのは、親睦パーティーで提供されるデザートバイキングに他ならない。まだ日も高いにも拘らず、明日香ちゃんだけは「早く夜にならないか…」と、ひたすらそれだけを考えているよう。


 その他にも1年生が乗り込むバスから降りてきた指抜きグローブの少女が「クックック、封印されし我が暗黒龍の力を解き放つ時がようやく参ったようだ」などと香ばしいポーズを決めているが、聡史たちは聞こえないフリを決め込んで案内に従って自分たちに割り振られた部屋に向かっている。自分の厨2ポーズがすっかり決まったと酔い痴れている美咲はその場に取り残されたままで、周りを見渡してハッと気が付つくと涙目になりながら慌てて一行の後を追うのであった。








   ◇◇◇◇◇








 定刻通り夕方の6時から明日香ちゃん待望の歓迎パーティーが開催される。ホスト役の第5魔法学院生徒会長の乾杯の挨拶が終わると、昨年同様に二つの影が疾風のように料理やデザートが並ぶテーブルに忍び寄る。桜はコッテリとした肉料理を皿に満載して、明日香ちゃんは色とりどりのデザートで大きな皿に小山を築きつつ一心不乱にフォークを動かしている。


 最初のうちは学校ごとにまとまっていた各校の参加者たちは、会が進行するにしたがって徐々に他校の顔見知りと挨拶など交わして和やかなムード。この流れに乗じて学たち1年Eクラスの生徒が集まる場所に押し掛けてくる一団が…



「中本君、ダンジョンでは本当にお世話になりました」


「あの時は助けてもらって本当に感謝しているのよ」


 やってきたのはもちろんフロンティアシックスのメンバーたち。突然見知らぬ他校の生徒が学に話し掛けてきたという出来事に、Eクラスの生徒たちは「どういうこと?」といった具合に目を白黒。



「ああ、長坂さんたち。元気そうだね。やっぱり君たちも対抗戦に選抜されていたんだね」


 周囲の視線などまるッと受け流す学がごく自然に挨拶をしている。



「ええ、私たちはダンジョンで中本君の戦う姿を目の当たりにしてもっと強くなろうと誓って対抗戦に備えてきたのよ」


「おまけにスゴイ指導者に出会ったから、もうあの時の私たちじゃないからね」


 真由美とともに積極的に学と絡もうとしているのは、斥候役を務める山中杏という名の少女。それはともかく彼女の口から飛び出てきた「スゴイ指導者」というフレーズに学は興味を惹かれている。



「そうなんだ。僕たちも先輩たちに厳しくシゴかれているけど、君たちも毎日頑張ってきたんだね。それよりもその指導者ってどんな人なの?」


「そうそう、今この会場にいるから連れてくるわね。あっ、あそこにいるじゃないの」


「本当だ。ジイジ、こっちに来てよ!」


「ジイジ?」


「そうなのよ。私たちの学院に来てくれた新しい学院長なんだけど、これがスゴイ人なの。中本君にぜひとも会わせたくて」


 フロンティアシックスの間では訓練を経るにしたがって「ジイジ」呼びが定着したらしい。「学院長」では畏まりすぎだし「師範」というには入門しているわけではないし、一番彼女たちにとって呼びやすい「ジイジ」になし崩して決まったよう。


 そして彼女たちの呼び掛けに応えてやってきた人物の姿を目の当たりにして、今度は学が硬直している。



「し、師範… どうもお久しぶりです」


「ほほう、学も来ておったか。そなたの武芸を見る楽しみが増えたわい」


 学は額に汗を浮かべて挨拶の言葉を辛うじて捻り出している。対するジジイは学の成長を楽しみにしている様子が伝わってくる。ちなみに今の今まで学はジジイが第11魔法学院の学院長に就任した件を知らなかった。桜が伝えるのをすっかり忘れていたのが主な原因というオチらしい。


 逆にジジイを連れてきたフロンティアシックスは、学がビックリした様子を見てしてやったりという表情を浮かべている。想像通りのリアクションを学が取ってくれて、サプライズ大成功という気分であろう。だが今度は、サプライズを成功させた彼女たちが硬直する番がやってくる。



「学君、喋ってばかりですと人気のお料理が無くなりますわよ」


「あっ、桜ちゃん」


 ジジイを前にして緊張していた学の表情が、地獄に仏とばかりに急激に緩んでいく。対する桜はといえば…



「げっ、おジイ様も来ていらっしゃったのですか」


「仕方なしじゃがのぅ。ほれ、他校の学院長に挨拶をせねばなるまい。ところで神崎殿は来ておるのか?」


「ウチの学院長は諸事情で留守番ですわ。むしろ留守番してもらってよかったです。またぞろおジイ様が勝負を挑みかねませんから」


「実に残念じゃのぅ」


 どうやらこのジジイは神崎学院長に本気で再戦を申し込むつもりだったよう。ほとほと呆れる戦闘狂振りといえよう。こんな遣り取りを傍で聞いているフロンティアシックスは、学のシャツの袖を引っ張りながら…



「ねえ、中本君… こちらの方はどなた?」


「ああ、楢崎桜先輩だよ。師範の実のお孫さんにあたるビックリするくらいに強い先輩なんだ」


「えっ、もしかして例のデビル&エンジェルのメンバーの…」


「楢崎兄妹がジイジのお孫さん…」


「全然知らなかった…」


 もちろん彼女たちはデビル&エンジェルとそのメンバーの名前は知っている。というよりも全国の魔法学院中に轟いている。昨年の八校戦で見せたずば抜けた強さ…その噂を聞いただけでも憧れを抱かずにはいられない存在が目の前に立っているとあって、彼女たちは現在緊張の極みに身を投じている。



「な、中本君、お願いだから紹介して」


「一生のお願いだから」


 桜に対するフロンティアシックスの態度は、もはや人気アイドルを目の前にしたかのごとし。ちょっとでもお近づきになりたいという表情で必死に学に頼み込む。ここまでされたら、学も動かざるを得ない。



「桜ちゃん、こちらの方々は第11魔法学院のフロンティアシックスというパーティーなんだ。夏に秩父ダンジョンに入った時に、彼女たちがピンチに陥っていたのを助けたのが縁で知り合いになったんだよ」


「まあ、そうですの。楢崎桜ですわ。学君とはおジイ様の道場で汗を流した仲ですの」


「な、楢崎先輩、お会いできて光栄です」


「今後ともどうぞよろしくお願いします」


 緊張しながらも失礼のないように挨拶をするフロンティアシックス。その様子を見つめるジジイといえば。



「ホッホッホ、桜よ、この娘たちはワシが直々に鍛え始めておる。いずれは手強くなるゆえに、そなたたちも努々油断するでないぞ」


「そうですか、おジイ様の目に留まった方々なのですね。こちらこそとっても楽しみですわ」


 ジジイのお眼鏡に適ったというからには将来的に有望な存在と桜は認識している。好敵手は何人いてもいい、むしろ多ければ多いほうが燃えてくる… これこそが桜の信条でもある。


 学とフロンティアシックスの再会、ジジイと学の思わぬ場所での対面、桜とフロンティアシックスの出会いなど様々な邂逅がありながらも、無事に歓迎パーティーは滞りなく終了していく。



 その頃デザートブースの前では…



「なんでもうお仕舞なんですかぁぁぁ! 私はまだ全然食べたりないですよ~」


 かれこれ2時間にわたってデザートバイキングに身を投じていた明日香ちゃんだが、終了の知らせと共に絶望の表情に。係員がデザートが乗ったプレートを片付けようとする脇から必死で手を伸ばしては、最後の足搔きでケーキを手元に手繰り寄せている。だが明日香ちゃんの悪足搔きもそこまでだった。誰かに後ろから襟首をガシッと掴まれて、強制的にデザートブースからポイッとされる。



「まったくいい加減にしてください。いくら何でも食べすぎですわ」


「うう~… 桜ちゃん、最後の一口が一番美味しいんですよ~」


 などと訳の分からない供述をする明日香ちゃんだが、そのまま桜の手によって無理やり部屋へと連行されるのであった。

前夜祭が終わって対抗戦の開幕となります。デビル&エンジェルはチーム戦しか出場しませんが、個人戦では他の生徒が頑張りを見せてくれて…… この続きは出来上がり次第投稿します。どうぞお楽しみに!


それから、読者の皆様にはどうか以下の点にご協力いただければ幸いです。


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