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332 超絶ブラック企業 魔王城

落ち着きを取り戻した魔王城でいよいよ美鈴の具体的な業務が開始されて……

 来訪していないはずの大魔王様のご降臨と侯爵一味の追放で幕を開けた波乱の謁見の翌日、ここルノリア宮には朝一番からエリザベスの姿がある。昨日の謁見で示された施政方針を具体化するには、さらに美鈴から細かい指示を受ける必要があるためこうして朝から顔を出しているようだ。



「大魔王様に在らされましては、昨日の見事な采配に感銘したしました」


「堅苦しい挨拶なんてどうでもいいわよ。時間が惜しいからさっそく本題に入りましょう」


 相変わらず絶対的な忠誠の姿勢を示すエリザベスに対して、美鈴はといえばある意味事務的な態度。時間に限りがあるので具体的な打ち合わせに早く入りたいよう。そんな美鈴の態度は大元が武人で貴族流の長ったらしい挨拶の遣り取りが苦手なエリザベスにとっても好ましく受け取られている。美鈴の胸中など最初から承知しているようなイタズラっぽい笑みを浮かべつつ、エリザベスは従者に向き直って伝える。



「よいか、大魔王様のお言葉を一言一句残さずに書き留めるのだぞ」


「はっ」


 エリザベスの傍らに立つ書記官が緊張の面持ちで身を固くしている。こんな間近で大魔王に接するとは思ってもいなかったようで、額には一筋の冷や汗が流れている。彼は用意された席に座って、手にはペンを持つ。


 そんな書記官の緊張具合などお構いなしに、美鈴はさっそく本題を切り出す。もちろん昨日の反省もあって努めて普段の喋り方でリラックスしたムードを醸し出せるように配慮しているつもりではあるが、そこは大魔王の悲しさか。自然と滲み出る威厳のせいで書記官の顔色が次第に悪くなっていくのは否めない。



「まずは逼迫している食糧問題からね。聡史君のアイテムボックスに大量の小麦粉をはじめとした保存がきく食糧援助を詰め込んできたから、あとで倉庫に運び込んでもらうわ。この打ち合わせが終わったら倉庫の担当者を寄越してもらえるかしら」


「早急に手配いたします。ですが問題がございます」


「何かしら?」


「魔王城とナズディアポリスにはある程度の馬車がございますが、国中に食糧を届けるとなるとさすがに数が不足いたします。最悪の場合離れた街に物資が届くのは収穫時期以降になる恐れがあります」


 輸送の問題というのは一朝一夕には解決が困難。ことに輸送手段を馬車に頼っているこちらの世界では大量の物資を一度に運ぶ手段が実質的にないに等しい。国民の食生活の2月分を賄う穀物となると、それはいかほどの量になるのかとエリザベスは頭を痛めている。だが美鈴は平然と言い切る。



「ああ、その辺は考えているから心配しないで。馬車の代わりになるモノが大量にあればいいんでしょう」


「その通りでございますが、大魔王様はいかような手段をお考えでしょうか?」


「あなたたちの魔法技術を利用するだけよ。午後から具体的な方法を授けるから、今は話し合いを優先しましょう」


「御意」


 美鈴にここまで言われると、エリザベスは素直に従うしかない。それにしても美鈴は一体どのような腹案を用意しているのか? 本人の口からは「魔法技術を利用する」という言葉があったが、その中身に関してはまだこの場で明かすつもりはないよう。


「さて、これで当面の食料不足は乗り切れるでしょうけれども抜本的な問題な解決にはならないわよね~。食料増産が上手くいかない原因があるのかしら?」


「はい、こちらをご覧いただけますでしょうか」


 エリザベスは別の係の者が持参してきた丸まった羊皮紙をテーブル上に広げていく。パッと見ただけでそこに描かれている内容が美鈴には大まかに理解できた。広げられたのは、どうやらナズディア王国の地図らしい。初めて目にするナズディア王国の地理に美鈴は興味を示している。


 手書きの地図に描かれているのはもちろん正確に測量した地形ではなさそう。縮尺や方角等は曖昧でイーラ河よりも東側の魔族の支配領域を大まかに示している程度。それでも統治の基礎資料としてないよりはずっとマシであろう。


 この地図に描かれているナズディアポリスは領域の最も東の最奥に位置しており、人口の半数に相当する約15万人がここに住んでいるらしい。その他の地図に描かれている街は東から西に順にエクバダナ、ラスバナル、キバルト、デルッヘ等々の精々2~3万人が住む中小都市が点在しているよう。


「なるほど、ナズディア王国ってこんな感じで広がっているのね~」


「左様にございます」


 続いて美鈴の目に最初に映ったのは人族の国家であるマハティール王国と境界を隔てるイーラ河。当該地域を南北に流れており、東側が魔族の領域で西側が人族の領域となっている。もちろんそれだけではなくて、美鈴はとあるモノを指さす。それはナズディア王国の東西に跨るもうひとつの大河であった。



「これは何かしら?」


「東イーラ河でございます」


 どうやらイーラ河の支流のよう。ナズディア王国の更に東の山岳地帯にその源流を発して国を横断するように流れている。イーラ河の本流に合流するのは、かつてエリザベス率いる魔族の軍勢が渡河した地点よりもさらに下流らしい。


 だがその話を訊いた美鈴は頭の中に疑問を浮かべる。



「これだけの大きな河があったら農業用水の心配はなさそうよね。気候はちょっと寒冷かもしれないけど、農業がまったく出来ないとも思えないわ」


 美鈴の指摘通り、ナズディア王国は東に進むにつれて標高が高くなってくる。その分国土の大半が平坦なマハティール王国と比べると、夏が終わったとはいえ気温が低く感じられる。ともあれ水の心配はなくて気温もそこそこ上昇するのならば、なぜ耕地が足りなくて食糧が不足するのかという疑問に辿り着くのは当然。



「そこなのでございますが、大魔王様、この地図をよくご覧ください。我が国に点在する街は東イーラ河からかなり距離が離れていると思いませぬか?」


「ああ、言われてみればそうかもしれないわね~」


 美鈴自身河と街が離れているのは手書きの地図ゆえの誤差だと思い込んでいたが、どうやらそこには隠された何らかの事情があるらしい。



「実は500年前まで東イーラ河はこのナズディポリスの付近を流れておりました。ですが大きな山崩れによって河の流れが変わった結果、現在このような位置を流れております」


「ああ、そうだったのね。近くに在った河が急に流れを変えるなんて、ずいぶん不便になったわね」


「はい、飲み水は井戸を掘ればなんとかなりましがた、耕地を潤すほどの豊富な水の確保が厳しい状況にあります」


「もしかして雨が少ないのかしら?」


「はい、この国は春から秋にかけて降雨が少なく冬に大量の雪が降ります。その雪解け水で耕地に必要な水を賄っておりましたが、河の流れが変わったおかげで中々ままならなくなりました」


「耕地を河の近くに広げるのは難しいのかしら?」


「雪解けの時期になると現在の東イーラ河は大規模な氾濫を起こします。その後は広範囲な土地が本格的な夏を迎えるまで湿原となり果てますゆえ、そもそも種を蒔くことすら困難な有様にございます」


「そうだったのね」


 なるほど… と美鈴は納得した表情で考えこむ。日本の技術であったら氾濫する河の流れを管理して耕地を広げるのはそうそう難しい話ではない。だが現在のナズディア王国でも可能な技術でこの行き詰った状況を打破するとなると、それなりに考えなければならない事柄が山のように生じてくる。 


 さらに美鈴はエリザベスに突っ込んだ質問をぶつけていく。



「元々流れていた河って、今はどうなっているのかしら?」


「すっかり干上がってしまい、現在はその痕跡が残るのみです。ああ、それから500年前まではこの辺りにイーラ湖という大きな湖がございました」


「そこも干上がっているのね」


「その通りでございます」


 再び美鈴は考え込む。やがて考えがまとまったようで、顔を上げてエリザベスに向き直る。



「この国にドワーフはいるかしら?」


「はい、あやつらには鉱山を与えて好きに掘らせておりますゆえ、呼び出せば2、3日でやってくるものと思われます。しかし気難しい連中なので、こちらの話を素直に聞き入れさせるのは中々困難が伴うかと思われます」


「ああ、その点は心配しなくても大丈夫よ。ドワーフはお酒が好きなんでしょう」


「はい、毎日浴びるほど飲んだくれると聞き及びます」


「それならば大丈夫よ。お土産を持たせて使いを出してもらえるかしら。たぶん取る物も取り敢えず大急ぎでやってくるはずだから」


 美鈴が聡史に目配せすると、何も聞かなくてもアイテムボックスからウイスキーの瓶を取り出している。それも1本や2本では足りないだろうと段ボールのケースでドンとひと箱。



「使いにこの箱を持たせて届けてもらえるかしら。そうねぇ~… 魔王城に来たら樽ごと飲ませてやると伝えてね」


「もしかして日本の酒ですか?」


「ええ、たぶんドワーフ好みの一品よ」


「承知いたしました」


 丁重な表情で箱を受け取ったエリザベスの従者は、大急ぎでドワーフに使いを出す手配のため部屋を出ていく。さらに美鈴はエリザベスにリクエストを重ねていく。



「それから午後に宮廷の魔法使いを集めてもらえるかしら。魔法陣を大量に描いてもらう必要があるのよ」


「承知いたしました」


「それから石材を用意して」


「石材でございますか?」


「ええ、城の補修に用いるような材質の石材で構わないわ。出来れば大量に」


「補修用の石材でしたら城内に多少のストックがございますが、大量となると石切り場から切り出してくる必要がございます」


「そうなるとかなり時間がかかるわね~。いいわ、今城にある石材だけで」


「御意」


 このような具合で打ち合わせは順調に進んでいく。書記官は必死に手を動かして美鈴の指示を一言一句たがわぬように書き留める。さらに美鈴から矢継ぎ早に出される指示を受けてエリザベスの従者は宮廷中を駆け回って人や物を集める。それはもう目の回る忙しさだ。


 こうして3時間にも及ぶ打ち合わせが終了すると、エリザベスの従者たちは精も根も尽き果てている。彼らは魔王城のゆったりとした仕事の流れに慣れきっており、日本仕込みのブラック企業張りの美鈴の人使いに精神的に限界を迎えている表情。だがこれはホンの序章に過ぎない。大魔王様の仕事に対する情熱は尽きることなどなく、それに振り回される魔王城の役人たちはこの先何日も泊まり込みで職務に追われることとなる定めが待っている。







   ◇◇◇◇◇






 エリザベスの通達によって今後1週間は大魔王による謁見は中止の沙汰が下される。その代わりに1日おきにクルトワが代理として謁見の間に姿を現すように取り決められた。わずかでも大魔王様の姿をその目にしたい魔族たちからは不満の声が上がったが、「大魔王様は多忙である」というエリザベスの説明に異を唱える者はもう誰もいない。


 謁見の時間の分体が空いた美鈴は、宮廷魔法使いたちが集められた一室に姿を現している。エリザベスは他の業務で席を外しているので、代わって宮廷魔法使いの代表者が美鈴の横に立っている。



「ただいまより大魔王様から直々の仕事の依頼を伝える。心して承るように。それでは大魔王様、よろしくお願いいたします」


 美鈴の目は招集された十五人の魔法使いたちに向けられる。その値踏みするような瞳は彼らの魔力量を計っているかのごとし。全体を見回して「これなら何とかなるだろう」と判断した美鈴がおもむろに口を開く。もちろん自らの精神衛生上の問題と親しみやすい大魔王を演出するために務めて砕けたモノの言い方を心掛けているよう。



「急な招集に応えてくれてご苦労だったわね。さて、あなたたちに一仕事してもらいたいのよ。内容はさほど難しいものではないから誰にでもできるわ。この紙に描かれた魔法陣を羊皮紙に正確に模写するだけよ。それで悪いんだけど、一人十枚の模写が完成するまでは部屋を出ることを禁止するわ」


「「「「「はっ」」」」」


 大魔王様直々の命令とあって、魔法使いたちは神妙な態度でその要請を承っている。それぞれが宮廷内に名を知られる魔法使いだけあって「魔法陣を模写するだけの簡単な仕事」と言われれば、誰もがすぐに終わるだろうという表情。


 だが彼らの余裕はそこまでだった。手元に配られたコピー用紙には、これでもかというくらいに精緻な技巧を凝らした魔法陣が描かれている。これは美鈴が日本にいる時に暇を見つけて少しずつ描いていたもので、使用される言語はもちろん日本語。そのあまりに複雑な内容は宮廷魔法使いの理解をはるかに超えており、模写するだけでいかほどの時間を要するか見当もつかない。しかもそんな魔法陣をひとり十枚描き終えるまでは外にも出るなという過酷な命令に全員が真っ青になっている。


 そんなところにもってきてさらに美鈴が追い打ちをかける。



「精巧な魔法陣だから一文字たりとも間違わないでね。もしも間違いがあったら、あなたたちの命で償ってもらおうかしら」


 サラッとものすごく怖いセリフを吐く美鈴さん。もちろんこれは単なる脅しの文句で、命までどうこうしようなどハナッから考えてはいない。だが侯爵一味に厳罰が下されたのが昨日の今日ということもあってか、全員が死を賭して魔法陣を描くという悲壮な覚悟を決めている。



「それではすべて描き終えたら私の元に持ってきてもらえるかしら?」


「大魔王様、畏まりました」


 こうしてここでも超ブラックな業務が開始された模様。その間にもエリザベスとその従者たちは暇そうにしている魔族を総動員して必要物品を揃えるために城中を駆け回っている。同時に聡史は城と街中の倉庫に赴いて小麦粉を中心とした食料をアイテムボックスから放出していく。


 このようにしてこの日以降、魔王城のそこかしこでブラックな業務に悲鳴を上げる魔族たちの姿が散見される日が続く。ちなみに明日香ちゃんとクルトワだけは大した業務が割り当てられず、のんびりとお菓子をパクつく平和な日常を繰り返すだけだった。







   ◇◇◇◇◇







 魔王城の内部がブラック企業になり果ててから3日目の昼に、美鈴の元にエリザベスの従者がやってくる。



「大魔王様、ドワーフが大挙して押しかけてまいりましたがいかがいたしましょう?」


「そう、やっぱり何を置いてでも駆け付けたようね。全員パーティホールに通してもらえるかしら。すぐに顔を出すから。そうね~… 彼らが旅の疲れを休めてもらえるように適当につまめる物を用意しておいて。それからエリザベスも呼んでちょうだい」


「御意」


 パーティホールとは謁見の間と同規模の広さを誇る部屋。もちろん過去には舞踏会なども催されていたが、ここ最近は大きなイベントは行われていないと耳にしている。ドワーフの一団をそこに招いて、美鈴は何を始める気だろう?


 エリザベスに先導された美鈴がホールに入ると、そこには50名ほどのドワーフが顔をテカテカに輝かせて待ち受けている。これまで幾度も魔王城に呼び出されては無理難題な工事を押し付けられていた彼らは、不満タラタラの表情満載で招集に応じるのが常であった。いくら鉱山開発や土木工事において優れた技術を有するドワーフといえども、魔王には逆らう術なく無理難題を解決するために強制的に動員されてきたという過去がある。魔族にとってはドワーフもやはり見下されてしかるべき存在だったらしい。


 ところが今回に限っては集まったドワーフたちがいつになく上機嫌といって差し支えない。どうやら美鈴が使いに持たせた日本製のウイスキーが良い仕事をしたらしい。


 ドワーフたちの前に立ったエリザベスが声を張り上げる。



「こちらが新たな魔王城の主である大魔王様だ。無礼はならぬぞ。まずは挨拶をせよ」


 ドワーフたちはエリザベスの口から発せられた「大魔王」というフレーズに目を白黒。同時に美鈴のあまりに若いその外見に訝しげな表情を浮かべている。まあそれは仕方がないだろう。なにしろ美鈴の見た目はピチピチの17歳で、現役の高校生に過ぎないのだから。しかも制服姿だし、いつもの威厳は完全に封印されている。



「え~と、宰相様。こちらのお方が大魔王様なのでございましょうか?」


「そうだ、ご気分を害したらそなたらの命など指先ひとつで奪われかねぬぞ」


 エリザべの脅し文句に、ドワーフたちの表情が引き攣っている。だがここで見かねて美鈴が止めに入る。こんな遣り取りで時間を潰すのが惜しいよう。



「私が大魔王だからよろしくお願いするわね。さて、私の故郷では『駆け付け3杯』という歓迎の礼儀があるんだけど、あなたたちは受け取る用意があるかしら?」


「へっ? それはもしかして例の酒を飲ませていただけるんですかい?」


「ええ、用意してあるわ」


 美鈴がパチンと指を鳴らすと、アイテムボッスに収納されていたウイスキーの箱がテーブル上に突如出現する。その様子に目を丸くするドワーフたち。だがそれだけでは終わらないのが大魔王様の気前の良さ。



「あら、どうやらまだ足りないようね。それじゃあ、これでどうかしら?」


 再びパチンと指を鳴らすと、今度は床にウイスキー樽がド~ンとご登場。



「道中の疲れがとれるでしょう。明日までこの部屋で好きに飲み明かしなさい。食べ物もおいおい運ばれてくるから、好きにしていいわ。十分に楽しんでもらってから仕事の話をしましょう」


「だ、大魔王様… 本当にここにある酒を全部飲んでいいんですかい?」


「残ったらお土産に持たせてあげるわよ。まあ、残らないでしょうけど」


 そう言い残してエリザベスを伴った美鈴は去っていく。残されたドワーフたちはといえば…



「おい、なんだか今までの扱いと雲泥の差だな」


「これだけの酒があれば、旅の疲れが取れるどころじゃねえぞ」


「しかもあそこにあるビンは例の酒に間違いねえよな」


「おそらくこの樽の中身もあの酒だろう」


「あの喉が焼けるような味わいは、一度経験したらヤミツキだぜ」


「俺なんか毎晩夢に出てきたぞ」


「もう我慢できねぇ。飲むぞ!」


「「「「「おう」」」」」


 結局酒が目の前にあると我慢できないドワーフたちは、ウイスキービンを手に取ってラッパ飲みを始める。ちゃんとグラスも用意されているにも拘らず、注いでいる時間さえももったいないとばかりにビンから直接口に注ぎ込む。



「クゥゥゥ、この喉が焼け付くような刺激が堪んねぇなぁ~」


「酒精がガツンと体中を駆け回るんだよな」


「もうこの酒なしじゃぁ、これから先やっていけねぇかも」


 一度口火を切ってしまうと、あとはもうなし崩しに大宴会が始まるのはドワーフたちの日常の姿。普通の人間がこれだけの量のウイスキーをがぶ飲みすると命に関わる危険があるのだが、ドワーフたちにとってはまるで水を飲んでいるがごとし。その後料理も運ばれてくると酒宴はなお一層の盛り上がりを見せて、結局この日の夜が白むまで延々と続くのであった。 


 






   ◇◇◇◇◇







 魔王城では美鈴が忙しく仕事に取り掛かっているのだが、これらはまだ手を付け始めたホンの初期段階でいかような形に実を結ぶのかは全く見えてはこない。おそらく1か月も経過すれば、魔族たちの目にもその成果が明らかになってくるであろう。とはいえ美鈴自身いつまでもこちらの世界にいられるはずもないので、配下の魔族たちに鞭打って急ピッチで仕事を進めていく。


 翌日の昼過ぎに、魔法使いの責任者から美鈴の元に報告が入る。



「大魔王様、お言いつけ通りに魔法陣の模写が完成いたしました」


 どうやら例の部屋に集められた魔法使いたちはかれこれ4日に渡って24時間不眠不休で酷使されていたらしい。しかも自分の命が懸かっていると信じ込まされているだけに、かつてない程の集中力でこの難題をどうにか終わらせたよう。



「やれば出来るものね~。それじゃあ魔法使いたちを全員資材置き場に集めてもらえるかしら」


「大魔王様、恐れながらあやつらはしばらく使い物になりませぬ。せめて明日まで休ませる必要がありまする」


「甘いことを言っているんじゃないわよ。あと一仕事終わったら休ませてあげるから、つべこべ言わずに全員集合させなさい」


「ははぁ~」


 一介の魔法使いごときが大魔王様に逆らう術などなく、彼は真っ青な表情で部下に指示を伝えるために退出していく。今頃は憔悴しきっている部下たちの怨嗟に満ちた声を何とか静めようと懸命に努力をしているのかもしれない。



「それでは私たちも行きましょう」


 美鈴は聡史だけを引き連れて城の資材置き場へ向かう。すでに顔色がすこぶる悪い魔法使いたちはフラフラした足取りながらも集合を終えている。



「この魔法陣と石材を使ってゴーレムを製作するのよ。ひとまず見本を見せるからあとはあなたたちがやってちょうだい」


 ということで美鈴は先程受け取った羊皮紙をざっと確認してから石材に張り付けていく。そして魔法陣に魔力を流し込むと、大小の石材同士が勝手に結合を開始してあっという間に4つ脚の奇妙な物体に形を変えていく。大きさは馬車馬程度のサイズなのだが、4本の脚は馬とは比較にならないほど太くて、例えるならサイをもっとズングリしたようなフォルムが目を惹く。素早くは動けないだろうが、いかにも馬力はありそう。



「聡史君、お願いするわ」


「了解」


 美鈴の指示に従ってアイテムボックスからオーガの魔石を取り出す聡史。その魔石を首の付け根にある窪みに嵌め込むと、ゴーレムが小さくブルンと身を震わせる。



「これで成功ね。この運搬用のゴーレムに荷台を取り付ければ穀物を離れた街に運べそうだわ」


 どうやら美鈴が魔法使いに命じていたのは運搬手段の確保に必要なゴーレムの作成だったとようやくこの時点で判明。ところでなぜわざわざゴーレムを作成したのかという理由だが、エリザベスからの聞き取りによって馬車馬が足りないと知らされていたからに他ならない。そもそも住民たちの食料が不足しがちの魔属領において馬のエサまで確保するのは並大抵ではない。このような理由で〔馬の不足=馬車の不足〕という構図が出来上がっている。


 しかもこの運搬用のゴーレムは馬車馬よりも無理が効く。通常の馬車の速度は荷物の量にもよるがおよそ人間が歩く速度の2倍程度。時速にすると7~8kmといったところ。しかも馬は定期的に休憩を取らせて飼い葉や水の補給といった世話をしてやらないとあっという間に動けなくなる。


 対してこちらの運搬用のゴーレムは時速12kmで安定して走れる設計となっており、魔石の魔力が切れるまで何の世話も必要としない。魔力が切れたら予備の魔石と交換するだけで、また再始動が可能となる。それだけではなくて脚や胴体に欠損が生じても自動で修復する機能まで付随している優れモノ。



「このゴーレムに軍隊の輜重用の荷車を取り付ければ大丈夫でしょう」


「荷車は速度に耐えられるのか?」


 聡史の質問に美鈴はニンマリとしながら応える。



「もちろん荷車にも強化魔法をかけるに決まっているじゃないの。そのための魔法陣も用意しているわ」


「中々周到だな」


「本当は魔力で動かすトラックのようなモノを考えていたんだけど、それではあまりにも技術水準の格差が大き過ぎるからこの形に落ち着くしかなかったのよ」


「なるほど、いい判断だ」


 美鈴と聡史が話している間に、魔法使いたちが見よう見マネでゴーレムを創り出していく。魔法陣さえしっかりと描けていれば魔力を流すだけで簡単に出来上がる仕様なので、あっという間に30体ほどのゴーレムが完成。残念なのはここで材料の石材が尽きてしまって、これ以上は作成できない点であろう。


 だがこの状況に安心した表情を浮かべているのは魔法使いたち。魔法陣の模写で気力と集中力を根こそぎ持っていかれて、更に今度は魔力を大量に消費ではゲッソリとヤツレるのも無理はない。だがそんな魔法使いたちの心情などまるッと無視した美鈴が…



「聡史君、悪いんだけどドワーフと一緒に石切り場に行ってもらえるかしら。今日製作した10倍の規模でゴーレムが必要なのよ」


「ああ、わかった。石材を大量に運んできたらいいんだな」


 石切り場は魔王城の東に馬車で1時間程度の場所にあるらしい。ドワーフに道案内させれば聡史が崖ごと大規模に崩して石材をあっという間に確保してくれるはず。ドワーフのアドバイスに従って聡史が魔剣を一閃するだけの、とっても手軽なお仕事といえよう。だが気の毒なのは魔法使いたち。やっと先日からの激務が終わったと思ったら、この10倍規模の仕事が明日以降も待ち受けていると聞かされて絶望している。


 そんな彼らの心情など関係なく、この場で完成した運搬用ゴーレムは受け取りに来た輜重部隊に引き渡されていく。荷車を取り付けて今日一日走行試験をしてから、明日には隣街のエクバダナに向けて食糧輸送の第一陣が出発となっている。もちろん高々30両で運べる食料などひとつの街の人口を賄うには程遠いなど百も承知。だが強行軍といわれようが何だろうが、早急に食料を送らないと飢えに苦しむ人々が出てくるのは確実。美鈴は心をルシファーにしてこの窮状を乗り越えられるように配下の魔族たちを叱咤していくのであった。

戦争に駆り出される軍ならいざ知らず、日常の宮廷で始まったブラックな業務に悲鳴を上げる官吏たち。このまま美鈴の内政改革が進んでいくのか…… この続きは出来上がり次第投稿いたします。どうぞお楽しみに!


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