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331 魔王城への帰還 2

昨日投稿したお話の続きです。

 一夜明けた日の午前中にエリザベスの命が通達され、午後の謁見の時間にクルトワの帰還報告が開かれることが城内に告げられる。もちろんほとんどの廷臣たちにとっては待ち侘びた知らせなので、午前中から誰彼構わずその話題で持ち切りな状況がそこかしこに発生している。



「聞いたか? 午後にはクルトワ殿下が挨拶を召されるそうだ」


「いや~、今から待ち遠しくてたまらぬわ」


「久しくお顔を見ておらぬだけに、あの愛くるしい笑顔に拝謁できるのは楽しみで仕方がない」


 どうやら廷臣たちのイメージもいまだ儚げな少女像が頭の中を占めている。確か約1年前に彼らの前にクルトワが姿を現した時でさえ侍女たちが用意したドレスが悉く着られずにやむなく制服姿で対面したような記憶があるが、廷臣たちの固定観念はいまだ修正されることなく健在な模様。


 こんな浮かれ気分でお気楽な廷臣たちをよそに、こちらの面々は深刻な表情で城内の一室に集まって額を突き合わせつつ、何やら秘密めいた話し合いを行っている。



「不味い事態ではないか? まさか我らの工作が功を奏していないうちにクルトワ殿下が帰還するとは思ってもいなかったぞ」


「タイミングとしては良くないのは承知しておる。だが大魔王が同行してないとあらば、まだ打開策が見いだせるのではないのか?」


「確かにその通り。クルトワ殿下ひとりとあらば、我らが声を大に主張すれば丸め込むのも容易いと思われる。ローエンタール閣下、いかがであろうか?」


「うむ、クルトワなど所詮は力なき小娘。ワシが一声発せば吹き飛んでしまうに相違ない」


 上座の豪奢な席に腰を下ろすのはクルトワの叔父にあたる侯爵に相違ない。ここまで自信たっぷりな表情で周囲に発言できる原因は、彼は前回美鈴たちが魔王城に現れた際にこの場に居合わせなかったという点に尽きる。侯爵は城から馬車で1週間ほど離れたラスバナルの街の名ばかりの総監として赴任しており、伝説の大魔王その本人を直接目にはしていなかった。


 それゆえに一体どこから湧き出てくるのかわからない妙な自信で、新たな支配者として国政を壟断する野望をここ最近隠そうとはしない。確かに魔王は病床に伏せて大魔王はなかなか戻ってこないという、権力欲に取り付かれた凡庸なその目には「時は来た」と思わせるタイミングに映るのかもしれない。だが魔王の位の簒奪にも取られかねないこのような行動は、一歩間違うと現在の地位から転落しかねないという危うさを秘めている。果たしてそこにこの侯爵自身が気付いているのかどうかは、現時点では定かではない。もちろんこのような危険な立場は侯爵だけにとどまらずに取り巻きにも当て嵌まるのだが、そもそも背後から煽り立てるこの一味はレプティリアンが扮していた宰相に与していた連中なので、もうここまで来たら失うものは何もないと開き直っているのかもしれない。


 現在の状況を鑑みて万一侯爵が弱気になったら困る連中は、更に彼を煽り立てる。



「さすがは侯爵閣下ですな。見事なまでのお覚悟でございます」


「閣下の言を聞きまして我らの心は決まりましたぞ。大魔王を僭称する不逞の輩を取り除き、媚び諂うエリザベスたちを失脚に追い込みましょうぞ」


「侯爵閣下は救国の英雄として永遠にナズディア王国の歴史に語り継がれましょう」


「うむ、そなたたちの忠誠は受け取った。ゆくゆくは魔王に就任いたすつもりだが、その第一歩として宰相に地位を手に入れたい。その暁には、そなたらの処遇は悪いようにはせぬぞ」


 鷹揚に頷く侯爵に対して首を垂れる一同。だが彼らは心の中では舌を出して「担ぐ神輿は軽いほうがいい」と、自分たちの盟主であるローエンタール侯爵を蔑んでいる。もちろん表情には出さないので、凡庸な侯爵にはその内心まで見通せるはずもない。


 こうしてとても無事には終わりそうもないクルトワの帰還の挨拶は刻一刻と近づいてくる。どう考えても波乱含みではあるが、表向きは粛々と準備が執り行われていよいよその時を迎える。








   ◇◇◇◇◇







 魔王城謁見の間には魔族を代表する面々が相集っており、ごく一部を除いてクルトワの登壇を今か今かと待ち構えている。約1年前、魔王城の主である美鈴がこの場を去って以来の賑わいと熱気に包まれているといっても過言ではない様子。


 そんな期待に包まれた謁見の間に宰相を務めるエリザベス大公が登場する。公爵家の女当主にしてナズディア王国の実際の政務を担当する彼女は元々男勝りな性格。煌びやかなドレスに身を包むなど以ての外という態度で、軍を離れた現在でもこうして宮廷の姿を現す際には近衛の礼服を纏う質実剛健な姿。全員の前に立つエリザベスの言葉を廷臣一同待ち切れない様子で見つめている。



「各々方、お揃いか? それでは本日の謁見を開始いたす。なお本日も魔王陛下は病床に伏しておるのでご出席は控えさせていただく。代わって大魔王様と共に日本にご留学あそばされていたクルトワ殿下のご来臨を給い一同には久方ぶりの対面をお許しいただいた。殿下はこの場に大魔王様の代理としてご登場召されるので、皆の者はクルトワ殿下のお言葉は大魔王様のお言葉と受け取るよう心して掛かるがよい」


「一同承知いたしました」


 廷臣たちのまとめ役を務める老貴族がエリザベスに言葉を返す。これは言ってみれば形式的な儀礼で、貴族たちの忠誠が大魔王に向けられているのを確認するお約束の所作。もちろんローエンタール侯爵とその取り巻きたちはこの遣り取りそのものが面白くない表情だが、ここで声を上げるのは大人げないと考えているようで無言のまま。



「それではクルトワ殿下にご登場願おう」


 エリザベスの一声に合わせて一足先に会場の隅に紛れ込んでいる聡史がポケットからスマホを取り出すと、最大音量でファンファーレが流れ出す。音源を探す際に適当なモノが見つからなかったので、東京競馬場のG1レースの演奏になったのはご愛敬。楽団などどこにもいないのに謁見の間に突然華やかなファンファーレが鳴り響いたとあって、魔族たちは「一体いかような魔法の賜物か」と目を白黒している。


 このような反応を示す魔族たちの様子にツカミは上々と判断した近衛兵が大扉を開け放つと、礼装に身を固めたフィリップに先導されてドレス姿のクルトワが入場してくる。彼女の背後には白い仮面を被った美鈴と明日香ちゃん。その列の最後尾に聡史が並び直して粛々と入場する様は、誰の目にも荘厳な趣きを感じさせる。



「殿下、どうぞお席に」


 エリザベスに促されて台上の魔王の玉座の隣に向かうクルトワ。その姿をまじまじと見つめる魔族たちは…



「あ、あれがクルトワ殿下なのか?」


「何かが違うような気がするが」


「少なくとも我らが知っている殿下ではないような気がしてくる」


 相当に戸惑う廷臣たちの声が一斉にヒソヒソと囁かれる。


 この日のクルトワは朝からルノリア宮の侍女たちの取り囲まれて用意されてあった様々なドレスの試着を試みたのだが、彼女たちの想像を超えて縦横とも逞しくなったせいでいずれもサイズ的にムリだった。美鈴としてもこんなこともあろうかと貸衣装業者を学院に呼んで、数点のドレスを用意おいたという超ファインプレーが光っている。


 そのまま日本製のドレスを纏った姿でエリザベスに導かれて玉座の隣に腰掛けるクルトワ。もちろん相変わらず訝しげな廷臣たちの目はクルトワに注がれている。



「それではクルトワ殿下からお言葉を賜る」


「エリザベス、そのようにあまり堅苦しいのは苦手です。今までのように和やかな雰囲気で皆とお話ししましょう」


 台座から発せられる声を聞いた一同はようやくクルトワ本人と納得したよう。その声や話し方は彼らの記憶にある以前の様子とまったく変わってはいない。ニッコリと微笑みかけるその顔を見るたびに「ああ、これこそがクルトワ殿下だ」と誰もが自然にそう思わせる雰囲気が漂ってくる。腰掛けた姿勢で周囲を見回したうえで、謁見の魔の雰囲気が柔らかくなったと感じ取ったクルトワが言葉を続ける。



「帰還した昨日のうちに父上にお目通りをしてきました。依然として臥せっているままでしたが、大魔王様からいただいた秘薬を口にしたところ少しだけ魔力が戻ってきたと、明るい声で仰っておりました」


 秘薬というのは大袈裟で単なる魔力ポーションに過ぎないのだが、実は魔族たちの間ではほとんど用いられてはいない珍しい薬に相当する。元々魔族は人間に比べて比較にならない程の魔力量を誇っており、魔力切れになるケースなど滅多にないのでこのようなポーションの研究を怠ってきたという歴史があるらしい。


 とはいえ魔族たちにとっての懸案事項のひとつである魔王の容体がいい方向に向かっているという情報は廷臣たちには歓迎するべき事柄に相違ない。



「魔王陛下の具合が良くなられるのは誠に喜ばしいな」


「かれこれ1年近くに渡って臥せっておられるだけに、少しでもお加減が良くなられるのは諸手を挙げて歓迎に値する」


「大魔王様のお心遣いは、なんという微に入り際にいる細やかさなのであろうか」


 大半の廷臣たちの間でこのような会話がなされているにも拘らず、クルトワの話を訊いて苦虫を噛み潰した表情を浮かべる者たちもいる。もちろんそれはロ―エンタール侯爵を奉る一派。だが彼らはまだ声を上げる時ではないとして敢えて動きを見せぬまま。そんな彼らの心情など素知らぬフリで、クルトワはなおも話を続けていく。



「さて、私は大魔王様とご一緒に日本という国へ渡りました。日本は本当に素晴らしい国で、物は溢れるくらいに流通して人々は平和な暮らしを謳歌しています。私もこの国が日本のような豊かな国になればよいと心から願っています。何よりも食べ物が美味しくって、ついつい食べ過ぎちゃうのが悩みのタネなんですが」


 ああ、なるほど~… クルトワのこの話で廷臣一同心から納得した模様。華奢な体格だったクルトワが今ではこんなに立派になった原因にどうやら見当がついたらしい。要は美味しい食べ物を毎日食べ過ぎた結果がこれだ。その大半は明日香ちゃんと一緒に調子に乗って食べまくったスイーツ関係であるのは今さら言うまでもない。なおもクルトワのひとり語りは続く。この場で何を話すのかは、美鈴としてもクルトワにお任せという状況。



「もうちょっとだけ日本という国を皆さんに紹介しますね。えーと、日本というのは人族だけが暮らしている国なんです」


「クルトワよ、ちょっと口を挟んでよろしいか?」


「いかがいたしましたか、叔父上?」


 ようやく突破口が見えたとばかりに横槍を入れてきたのはもちろんローエンタール侯爵。その表情はまるで鬼の首を取ったかのようにシメたと言わんばかり。



「ワシの聞き違いかもしれぬからもう一度聞き直すが、そなたは人族の国に渡っておったというのか?」


「叔父上、もちろんです。日本は人族が力を合わせて素晴らしい国を創り上げています」


 自信満々に答えるクルトワだが、ローエンタール侯爵は額に手を当てて大袈裟に悲しげな表情を浮かべる。



「なんと嘆かわしい。栄えある魔王の娘ともあろう者が、下等な人族に国の滞在するなど以ての外。そなたの話から察するに、1年前に現れた大魔王を僭称する者も人族ではないのか?」


「なんと申しましょうか… 大魔王様は普段は人族のお姿をしています。でもその本質は神…」


 クルトワが何かを言い掛けるが、それを遮るように侯爵の笑い声が響く。



「ハッハッハ、大魔王なる者の底が割れたわい。下等で下賤な人族が大魔王になどなるものか。大方我らを謀る不逞の輩に相違ない。しかも人族を大魔王として崇めるなど言語道断」


 実際に大魔王の姿をその目にして彼女が内包する本質的な部分に触れた魔族は、彼女自身が大魔王であるという点については一切の疑念を抱いてはいない。それは人族だとか魔族だとかいう種族の垣根など一気に飛び越えた、ある意味神が定めた真理に他ならないと魔族たちの魂に刻み込まれている。


 だがこともあろうに美鈴を目の当たりにしていないローエンタール侯爵は、彼女の存在を真っ向から否定している。その取り巻きたちはすでに地位を失っても今更という開き直った立場。もう乗り掛かった舟を降りるのは不可能と腹を括っている状況で侯爵を背後から煽り立てる。



「侯爵閣下の言う通りだ」


「そもそも人族の大魔王など変だと思っておった」


「我ら魔族に正当なる支配者を取り戻すべきであろう」


 口々に大魔王に対する不満をぶつけ始める取り巻きたち。エリザベスは敢えて制止せずに、彼らが暴走するのを放置する姿勢。ひとしきり彼らの不満を聞いていたクルトワだが、何かを決意した表情で再び口を開く。



「いかに叔父上であろうとも大魔王様に対する不敬な態度は看過できませんが、ただいまお口にされた暴言を取り消す気はないですか?」


「クルトワよ、暴言ではないぞ。ワシは事実を述べたまで。大方その大魔王を名乗る人物は大ウソつきか稀代の詐欺師であろう。まともな魔族であったら、賎しい人族の身でありながら大魔王を名乗るなどといった滑稽な話を受け入れるはずがない」


 ピシッ


 侯爵の発言が終わった瞬間、謁見の間に何かが砕けるような鋭い音が響く。それは美鈴が身に着ける魔力を抑えるマジックアイテムの魔石に小さなヒビが入った音。どうやら口汚く罵られた美鈴の怒りに持ち堪えられなくなって、マジックアイテムが悲鳴を上げているらしい。


 そのヒビが入った分だけアイテムが持つ欺瞞の能力が弱まり、微量ながら美鈴の魔力が徐々に周囲に漏れ出していく。その結果謁見の間に集う魔族たちは徐々に温度が下がったような錯覚に陥る。


 だが依然として侯爵の熱弁は止まらない。口を極めて大魔王を罵り、その立場を貶めようと懸命になっている様子が伝わってくる。



「叔父上、あまりに言葉が過ぎます。私は大魔王様の代理でこの場に居りますので、叔父上の言葉はそのまま大魔王様への忠誠を疑われると受け取らざるを得ません」


「何が大魔王だ。この場にいない者をどうしてワシが恐れるというのだ? 所詮はお前の陰に隠れて姿を見せない小心者であろう。それよりもその大魔王なる簒奪者にモノ申したいのは、なにゆえ魔王の実弟たるワシを差し置いてエリザベスなどという女風情を宰相に任命したかだ。兄上が病床から起き上がれない以上、実弟たるこのワシがナズディア王国の政治を動かすのが当然であろう」


「叔父上にこの国を動かせるとでも思っておられるのですか?」


 自らの叔父でありながら、その手腕に思いっきり疑問を投げかけるクルトワ。姪の態度に相当憤慨した様子で侯爵の自意識過剰はますます昂進していく。



「当たり前だ。兄上に可能であれば実弟のこのワシにもいずれは天から魔王の称号が与えられるに違いない。それまでの間はワシが宰相としてこの国を治めてやるわ」


「ずいぶん自信ありげなモノの言い方ですね」


 ちなみに魔王の地位というのは世襲とは限らない。ナズディア王国においては、魔王の称号を持つ者がその地位に就くという原則が存在する。したがって小さな村の少年が突然魔王になるという事態もあれば、貴族や魔王の一族の中からその地位を受け継ぐ者が現れるケースもある。魔王の称号がランダムに与えられるので、このような制度が過去から連綿と受け継がれている。もちろん魔王が不在の期間もあるので、その間は臣下の代表が宰相として国を治めるのが通例となる。



「当然だ。偽物の大魔王などに比べれば、このワシこそが正当なる為政者に相応しいのは自明の理」


 侯爵の言葉が終わるか終わらないうちに、謁見の間にはキーンをいう耳鳴り音と共に心臓を鷲掴みにするかのごとき濃密なプレッシャーが広がっていく。もちろんその中心にいるのは美鈴本人に他ならない。どうやらマジックアイテムは限界を迎えて魔石が砕け散り、美鈴の魔力が野放図に謁見の間に広がっているよう。


 この様子を隣で窺っている聡史は…


(もうちょっと我慢するかと思ったけど意外と限界が早かったな。キレやすい美鈴さんの本領発揮だ。それにしても魔力を抑えるアイテムはダンジョンの下層で手に入れただけあってかなり高性能なはずなんだけど、さすがに大魔王の怒りに満ちた魔力を抑え込むのは荷が重かったか)


 こんな感じでちょっと他人事のような感想を心の中で呟いている。一方の明日香ちゃんはときたら…


(ハァ~、こんなつまらない茶番は早く終わらせておやつの時間にしたいですよ~)


 こんなどうでもいいことを考えている。そろそろシャンとしてもらいたいのだが、明日香ちゃんはオヤツ以外の出来事は本当に興味がないらしい。クルトワからすればなんとも頼りにならない友達だ。


 そのクルトワに至っては、ようやく自分の出番が終わるとホッと胸を撫で下ろしている始末。元々おっとりとした性格なので、火花が飛ぶような叔父との丁丁発止な遣り取りなど自身でも大きな負担に感じていた。その上ある程度話が進んだり自らが行き詰まればどうせ我慢できずに大魔王ご本人が姿を現すだろうと考えていた節が窺える。


 美鈴から溢れ出す濃密な魔力が謁見の間の隅々まで広がったと思ったら、今度は爆発的な眩い光が放たれる。目も眩むばかりの光が収まると、その場に立っているのは暗黒のドレスに身を包み漆黒の翼を左右に広げる大魔王の完全体。そしてゆっくりとした仕草で白い仮面を外していくと、そこには紛れもない魔王城の現在の主の般若の表情がある。


 廷臣たちは突如この場に降臨した大魔王の姿に雷にでも当たったかのように硬直した後に床にひれ伏していく。もちろん侯爵一味も例外ではなく、大魔王の威光に圧倒されてガタガタと身を震わせながら床に突っ伏す。


 事ここに至っては抵抗するのさえ無駄だと悟ったのだろうか?


 ご老公の印籠よりも効果てき面の大魔王の降臨劇、そして当の本人は心の中でイヤだと思いながらも、大魔王の独壇場が開始されたらもう止まらない。


 圧倒的な威厳を伴って謁見の間に突如現れた大魔王。この状況に落ち着きを保っているのは事情を知っている聡史、明日香ちゃん、クルトワ、フィリップ、エリザベスのみ。その他の魔族たちは頭上から圧し掛かるプレッシャーに声も上げられない。


 だがこのままでは何も話は進まないと判断したエリザベスが、漆黒のドレスの般若に向かって恭しい態度で声を掛ける。



「大魔王様、お姿を現し遊ばれたのでしたら本来あるべき玉座にお掛けください。廷臣たちもいつまでもひれ伏しているわけにも参りませぬゆえ」


「よかろう」


 ちょっとだけ表情を緩ませた大魔王様。エリザベスに軽く頷くと台上に昇り漆黒の翼を器用に折り畳んで玉座に腰掛ける。もちろんその横でクルトワは片膝をついて出迎える。その瞳の奥には「どうせこうなるんだったら最初から姿を現せばよかったのに…」という不満の色が隠れているのはナイショの話。


 玉座に座ったことでやや怒りのボルテージが収まったのか、美鈴はエリザベスに向かって軽く頷く。頷かれたエリザベスは委細承知という表情で凛とした声色を響かせる。



「一同の者、大魔王様の各別なるご配慮でご尊顔を拝謁ことを許されるそうだ。面を上げよ」


 大魔王様の押し潰してくるようなプレッシャーが若干弱まったのもあって、降臨から今まで息も絶え絶えであった魔族たちが一斉に顔を上げる。そこにはいまだ般若の表情を完全には崩し去っていない大魔王がこちらを睥睨している。一瞬でも目が合ったら最後命まで持っていかれそうなその眼光に、顔を上げた全員が身を固くして言葉を待つ。



「我が留守をしている間にずいぶんと香ばしげな言動を口にする輩が現れたものだな」


 いきなりの右ストレートが美鈴の口から発せられる。これにはつい先程まで勢いよくクルトワに食って掛かっていた面々は顔色をなくすばかり。眼光だけで戦意を根こそぎ奪われており、ロープ際でノックアウト寸前の模様。



「反論する気力すら失せたのか? まあよい、そこなるキャンキャン吠えていた痴れ者は名を何と申す?」


 美鈴の視線は侯爵を射抜いている。だがその問い掛けに応えなければ今にも命を奪われそうな危険を感じ取ったローエンタールは震えるか細い声を何とか絞り出す。おそらくその内心では、大魔王を過小評価していた自らの愚かさを悔いているに違いない。



「わ、我が名はローエンタールにございまする」


「そうか… さて、我は大変に慈悲深いと広く知られておる」


 噓だ! 謁見の間に跪いている全員が咄嗟に心の中でツッコミを入れている。だが誰も声を上げようともせずに次の言葉を待つ。



「もう一度言うぞ。我は慈悲深いゆえに、そなたが嘘吐きのそしりを受けるのは心から遺憾に思う。ゆえにそなたが申した通りに下賤で下等なる人族として振る舞ってやろう。よいな、そこなるブタ野郎」


「だ、大魔王様… 申し訳ありませんぬ。先程の言動は姪に対する売り言葉に買い言葉と申しますか…」


「なんだ、ブタ野郎では不満なのか? それではよい名を考えてやろう。そうだな… ゴブリンの死体に群がるウジ虫野郎」


 台の下で聞いている聡史が首を竦めて「あ~あ、はじまっちゃったよ」と呆れている。あれほど大魔王モードがイヤでクルトワに任せるといっていたのに、こうなっては身も蓋もない。というよりも美鈴さんがやけにノリノリで喋っているように聞こえてくるのは気のせいではないだろう。


 ある意味どうでもいいことなのだが、聡史にとっては美鈴からこれ程の侮辱を受けながら身の置き所もなく体を縮こませている侯爵が哀れでならない。もちろん彼だけではなくて、大魔王の不在をいいことに復権を狙って暗躍していた元宰相派の貴族たちも同様に心の底から震え上がっている様子が見て取れる。しばらく大人しくしていればいずれ復権する機会もあったろうに、侯爵を持ち上げるなどという拙策に身を投じたおのれを殴りつけてやりたい気分ではないかと、聡史は心の中で考えている。


 玉座に座る美鈴によってからかい半分で罵られても反論できない侯爵たち。しばしの沈黙が続くが、時間を無駄にしたくない美鈴が再び声を発する。



「さて、その他にも何か言うておったな。確か我が稀代の詐欺師であるとか申しておったが、本当にかような小賢しい存在なのかその身で確かめてはいかがかな?」


「だ、大魔王様、どうかお許しを」


「ならぬな。そもそもそなたを嘘吐きにしたくない我の心からの慈悲であるぞ。人の好意は素直に受け取るべきであろう」


「心からお詫び申し上げまする。どうかお慈悲を賜るようお願いいたします」


「聞き分けのないウジ虫だな。慈悲なら先程から与えておるだろうに。さて、エリザベスよ。不埒者たちを一列手前に引っ立てて並べよ」


「御意。衛兵、侯爵どもを残らず引っ立てよ。他の者は下がるのだ。さもないと大魔王様のお力に巻き込まれかねぬぞ」


 命令によって動き出した兵士たちは、手際よく20名ほどの侯爵一派をより玉座に近い場所に並べていく。その間に他の廷臣たちは身を屈めたまま距離を置いている。



「それでは準備も整ったようだな。今から我が詐欺師かどうか明らかにしてやろう。そなたたちはよく見ているがよい。我は指先をほんの少しだけ動かす。たったそれだけでそなたらの命を奪ってみよう」


「だ、大魔王様、どうかお許しを」


「案ずるな。我は詐欺師なのであろう。そう信じておればそなたらは助かるに違いない。自らの命を懸けて我が詐欺師であると証明するがよかろう」


「どうか、どうかお許しを」


「悔い改めまする」


「お慈悲を」


 自分の命が懸かっていると聞いて、侯爵たちは真っ青な顔で命乞い。もっともそんな今更な反省の態度を示したところで美鈴が許すはずもない。容赦なく右手を前に突き出して親指と中指でパチンと音を立てる。


 ズーン


 指を鳴らしただけで発動したのは美鈴お得意のグラビティ・プリズン。5倍の重力に包まれた侯爵一派は、圧し掛かる物理的な重圧によって床に這い蹲る。もちろんこれだけで体中の関節が軋む激痛を伴うのだが、それ以上に苦痛をもたらすのは肺が押し潰されて満足に空気を取り込めなくなる点。放置しておくと身動きできぬままに窒息という過酷な運命を辿りかねない。



「・・・・・・」


 この光景を目の当たりにした魔族たちは息を呑んでいる。いくら魔法に関する適性に優れた魔族であっても、これほど高度な魔法の行使には相当な魔法式の詠唱を要する。それを指先を鳴らすだけで実現してしまう大魔王の魔法の力に圧倒されて声も出せない。しかも重力という概念を知らない魔族たちにとっては、美鈴の行使した術式そのものが全く未知の存在。思えば1年前、レプティリアンが扮する宰相の正体を暴いた際には桜が飛び掛かっていた。魔王城に在籍する魔族たちにとっては、大魔王の魔法を初めて目にする機会。それだけに相当なインパクトをもたらしているのは言うまでもない。


 パチン


 再び美鈴の指から音が発せられるとグラビティ・プリズンが解除される。ようやく肺に流れ込んだ空気を貪るように吸い込む侯爵たちだが体中の骨格や筋肉が悲鳴を上げており、床に這い蹲ったまま身動きひとつできないよう。ここまで追い込まれると、もはや哀れをもよおすレベル。



「これで大魔王が如何なるものかわかったであろう。それでは不逞のウジ虫共に沙汰を申し渡す。爵位剝奪の上ナズディアポリスからの追放を命じる。このまま城門の外へ打ち捨ててまいれ」


 美鈴の表情は氷のように冷たい。地獄の閻魔様でももうちょっと罪人に対して優しく語り掛けるのではないかというレベルに冷酷非情なまま。これ程までに凍てついた氷のような冷たさを発揮するのは美鈴自身初めてであろうが、それは聡史でさえもドン引きするレベル。仮に誰かを比較の対象にするなら、それはもう学院長に並ぶ恐ろしさと評してもよいだろう。


 さて美鈴が侯爵たちに申し渡した爵位剥奪と王都からの追放という罰だが、これは緩やかな死刑に値する。満足に体が動かない状態で門外に打ち捨てられたとしたら、いずれは衰弱死するか魔物のエサとなるのが通常の定め。要は「そのままの垂れ死ね」という過酷な命令といえる。


 美鈴からの命を受けたエリザベスは、即座に配下に指示を出す。



「大魔王様、承知いたしました。衛兵、謁見終了後に応援を呼んで速やかに反逆者を追放いたせ」


 その声に反応した2名の衛兵がホールを出ていく。大魔王様の命令をいち早く実行に移すために応援を呼びに行ったものと思われる。応援がやってくるまでの間、身動きできない元侯爵たちは残った衛兵たちによって壁際に転がされて放置。一応の片づけが終わったと見るや、再び美鈴が口を開く。



「これで宮廷に跋扈する不埒者は排除出来たな。それでは我からの施政方針を述べる。クルトワ、ここからはそなたに任せようぞ」


「大魔王様、承知いたしました」


 来訪していないはずの大魔王の降臨という予想外のアクシデントはあったものの、再び美鈴の台本通りにクルトワが紙に書かれた施政方針を読み上げる。その内容は、食糧援助の実施や産業育成の基本的な方向性に始まって多岐に渡った。これらがすべて軌道に乗れば、ナズディア王国にとってもはや戦争の必要など見当たらなくなるような画期的な提案も含まれている。



「…以上になります。これらの政策を速やかに実施するための体制はエリザベスを中心に作り上げてもらいます。大魔王様、これでよろしいでしょうか」


「うむ、挙国を一致して新たな国造りを目指してもらいたい」


「「「「「「「大魔王様、バンザ~イ」」」」」」」


 廷臣一同からの歓声が上がる。あまりに斬新すぎていまだその実行に理解が追い付かない者が多数ではあるが、仮にこのような政治が実行されたらナズディア王国にとっては平和で豊かな生活という夢のような話。こうして謁見を終えた美鈴とクルトワは、廷臣たちの期待に満ちた目に見送られながらルノリア宮へと去っていく。






     ◇◇◇◇◇







 一旦応接室に集まった美鈴たち。明日香ちゃんとクルトワはさっそくリュックの中身を漁り出している。



「お話が長すぎて退屈しちゃいましたよ~。でもお仕事の後のお菓子は格別です」


「私も頑張りましたから、クッキーをひと箱とチョコレートを二つくらい食べてもいいですよね」

 

 相変わらず自分を思いっきり甘やかしているデザート友の会。あとで後悔してもすべては自分の行いの結果だと受け入れてもらいたい。


 楽しそうにお菓子を頬張る二人とは対照的に、美鈴の目は虚ろで死んだ魚のよう。心配した聡史が横から声を掛ける。



「美鈴、大丈夫か? お~い、美鈴さ~ん」


 耳元で声を掛けても何も反応がないので、何回か肩を揺すったところでようやく美鈴の意識が現世に戻ってくる。



「ああ、聡史君。ちょっと疲れたから部屋に戻るわ」


 そのままフラフラとした足取りで宛がわれた部屋に消えていく美鈴と心配そうに見送る聡史。


 部屋に戻った美鈴はといえば、ベッドの上に体育座りをして頭から毛布を被っている。


(はぁ~… またやってしまった~。あれだけ表に出ないでクルトワに任せようと決心していたのに、なんで我慢が効かないのよ~。魔族の前に立つと日頃の10倍くらい頭に血が上りやすくなるのはどうにかならないかしら)


 どうやら今回の降臨も、美鈴にとってはまたひとつ記憶から消し去りたい黒歴史を積み上げてしまったよう。ブルブルと首を左右に振ったり頭をポカポカ叩いたりしながら記憶を追い出そうとしても、そうそう簡単にいくはずもない。


 そのうち諦めたように美鈴がベッドに寝転がって、布団を頭から被って真っ暗闇に身を沈める。こうでもしていないと、つい先ほど繰り広げた忌まわしい記憶でどうにかなってしまいそうな羞恥心に苛まれてしまう。そのまま布団の中に創り出された暗闇に身を任せて、自らの心の中に湧き起こる羞恥と葛藤を繰り返す美鈴であった。

ひとまずは宮廷内に蠢く反逆者たちを粛正した大魔王様。次は本腰を入れて内政改革に取り組むようです。この続きは出来上がり次第投稿いたします。どうぞお楽しみに。


それから、読者の皆様にはどうか以下の点にご協力いただければ幸いです。


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