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328 弥生の学院見学

叔母親子と出会った聡史たちは……

 突然の対面からやや時間が経過すると、聡史兄妹と叔母親子にもそこはかとなく事情が察せられてきたよう。ひとまずは関係者全員がソファーに腰を下ろして、ここから本格的な状況確認と魔法学院に関しての具体的な話が開始されていく。この頃には聡史たちはかなり落ち着きを取り戻している様子だが、叔母たち… ことに娘の弥生は依然として表情が硬いまま挨拶と返事以外の言葉を発することはほとんどない。



「康子叔母さんはずっとアメリカにいたんだろう。なんで急に日本に戻ってきたんだ?」


 聡史としても叔母がアメリカに旅立った深い事情は何も聞いていない。単に父親から「アメリカで仕事をすることになったからしばらく会えない」とだけ耳にしている。



「アメリカに行ったのは私たち夫婦の離婚絡みよ。ちょうどあちらに日本よりも自由に研究させてもらえる仕事もあったし、いい機会だと思ってね。日本に戻ってきたのは、本格的な量子コンピューターなんて代物を自由に取り扱えるっていう話に魅力を感じたからね。まだ正式にここでお世話になると決めたわけじゃないけど」


 アメリカでも初歩的な量子コンピューターがようやく稼働を開始したばかり。いくら優秀と言えども叔母のアメリカでの立場からしたら最先端技術の漏洩を防止する意味で実際にその目で見て触れる機会など到底あり得ない夢のまた夢という状況。そこに日本政府… 厳密にはダンジョン対策室が楢崎博士に声を掛けてきた。曰く…



「量子コンピューターを自由に使ってもらっていいですよ」


 おそらくこのような甘い勧誘の謳い文句があったのだろうと察しはつく。楢崎博士からしてみれば大変魅力的な提案だが、現在取り掛かっている研究とか娘の学校の問題等々、すぐに「はい」とは言えない事情も絡んでくる。そこで弥生の夏休みに合わせて勤め先の研究所に休暇を申請して、現在母娘で急遽帰国して伊勢原に滞在と相成っている。



「そうだったんだ… それじゃあアメリカの家なんかもそのまま放置してあるってことなのかな?」


「ええ、着替えと貴重品だけトランクに詰めてほとんど身ひとつで帰国したの。家具や研究に使っていたパソコンなんかも置きっ放しよ」


「そうだったんだ。急な話で大変だったね」


 聡史の口振りはやや同情的に聞こえるが、その実「量子コンピューター」と聞いて何もかも放り投げて帰国した叔母の行動力にやや呆れ気味。この叔母、いわゆる「研究バカ」に該当する性格で目の前に興味を惹かれる研究対象がぶら下がると猪突猛進で突っ込んでいく傾向がある。



「それで康子叔母さん、この施設の感想はどうかな?」


「まるで夢のようね。一体どこからこんな高度な技術を得ているのかしら? 私がアメリカに行っている間にいつの間にか日本のコンピューター工学は一気に何世代も進化したとでもいうの?」


「まあその辺はおいおいにわかってくるんじゃないかな。俺の口からはこれ以上詳しい話は出来ないけど」


 この場に置かれているのはあくまでも銀河連邦が設置した量子コンピューターに接続されている端末に過ぎない。コンピューターの本体ははるか上空の宇宙空間に鎮座している。これらの日本と銀河連邦の技術支援等についての遣り取りに関しては、さすがに時期尚早としてまだこの叔母たちには明かされてはいなかった。 


 聡史と叔母の話が一段落したような気配に、ここで不意に桜が口を開く。



「弥生ちゃん、久しぶりの日本の居心地はいかがですか?」


「ここと官舎の往復だからほとんどわからない。でも食事は美味しい」


 依然として無機質な表情から繰り出される抑揚のない言葉。ここまで感情を押し殺していると、さすがの桜をしても弥生が何を考えているのか読み取れない様子。そもそも従姉といえども物心ついてから顔を合わせた回数は十数回。今回の顔合わせにしても十年ぶりなだけに、いきなり心を開けというのも無理からぬことと納得できる。



「あちらの学校はどうしているんですか?」


「ハイスクールはそろそろ新学期が始まる。9月から2年生」


 桜と弥生は約2歳年が離れているが、その名の通り早生まれなので学年はひとつ差。日米の進学時期の違いで本来ならば今年ハイスクールに入学するはずだったが、飛び級で同学年の生徒よりも1年早くハイスクールに入学していた。その経歴からして、やはり母親譲りの優秀な頭脳の持ち主なのかもしれない。



「もし康子叔母様が日本で生活すると決めたら、弥生ちゃんはどうしますか?」


「ひとりでは暮らせないから日本に残る」


「それでしたら知り合いが誰もいない学校に通うよりも、私たちと一緒に魔法学院で勉強しませんか? 学院長から『特待生待遇で編入を認める』と言われていますの。しかも私たちの特待生寮はベッドルームが一部屋空いていますわ」


「えっ、俺たちの部屋で暮らすのか?」


「お兄様、どうぞご安心くださいませ。可愛い女子と見れば見境ないお兄様の魔の手から弥生ちゃんをキッチリと守って差し上げますわ」


「誰が見境ないんだ。従姉の女の子に手など出さないぞ。あまり人聞きの悪い言い方をするんじゃない」


 聡史は大きめの声で否定するが、すでにこの時点では手遅れな模様。叔母母娘から氷のようなジト目が飛んでいる。



「叔母様、弥生ちゃん、ツカミの軽い冗談ですわ」


「桜、冗談にしても悪質すぎるぞ」


「お兄様はけっして手を出しませんの。常に大勢の女の子に囲まれているにも拘らず、鈍感が過ぎますのよ。ですからどうかご安心してくださいませ」


 どうやら聡史の疑いは晴れたようで、母娘からのジト目が若干弱まっている。だが依然警戒感は残っているよう。桜も親戚の前でよくもこんな爆弾を落としてくれたものだ。


 ここで聡史は何とか誤解された自らの立場を回復しようと話題を変える。



「詳しくは聞いていないんだが、弥生ちゃんは戦略級の魔法スキルがあると耳にした。どのようなスキルなのかこの場で俺たちに明かすのは可能か?」


「お母さんから口止めされている」


「弥生、聡史君たちなら信頼が置けるから教えても大丈夫よ」


 どこのサイトにも痕跡なしに潜入してパスワード解除の必要もないハッキングスキル。こんな人物がいると知れたら、世界中の各国が血眼になって手に入れようとするだろう… 楢崎博士は学者としての見識から自分の娘の危険性を十分に把握していた。そのため弥生本人には魔法スキルに関して厳重な緘口令を強いたのは言うまでもない。だが現在目の前にいるのは親戚であり、しかも自衛隊の関係者。これなら安心して頼れるだろうという判断が働いたよう。



「私の魔法はネットワーク上でしか発動しない。魔力で情報体を創造して、あらゆるサイトへの不正アクセスが可能」


 さらにオペレーションルームの責任者が続ける。



「楢崎中尉、彼女はつい先程ロシアの多連装ロケット弾の管制システムに侵入してプログラムを書き換えて、同国の弾薬集積基地の破壊に成功しました」


「これはまた想像以上だな…」


 聡史ですら弥生の魔法スキルは想像の範疇を超えているよう。二の句が継げないというのはまさにこのような状態かもしれない。だが桜は深く考えない性格なので、今ひとつ弥生の術式が孕む危険性に気が付いていないらしい。したがって覚束ない理解ながらも強引に話を進めようと…



「それでしたらますます魔法学院への編入をお勧めいたしますわ。魔法スキルを学ぶ環境は完璧に整っていますし、ここに通うにも車で5分少々です。しかもセキュリティーは万全ですわ」


「桜ちゃん、私としては弥生の身の安全が第一なの。魔法学院ってそんなに安全な場所なの?」


「ええ、安全は保証付きですわ。過去には人民解放軍の遺伝子強化部隊1個中隊による攻撃やバチカンの連中の魔法攻撃、それからバンパイアの襲撃など色々バラエティーに富んだ事件がありましたが、悉く無傷で撃退していますの」


「なんだか安全とは程遠いような気がするんだけど」


 桜の説明の仕方! 一般の人間にとっては到底安全などと呼べるレベルではないだろうに。なぜこのような物言いしかできないのか… 基本的に脳筋の戦闘狂だから仕方がないのかもしれない。だがよせばいいのに桜はさらに話を続ける。



「それからつい先日横浜の花火大会に出掛けた折には、怪しげな妖怪を操る術者との死闘を繰り広げましたわ。まあ、ほぼ私ひとりの活躍で退けましたからどうぞご安心ください。私レベルの魔法学院生ともなると、命を狙われるなど日常茶飯事ですの」


 多少話は盛っているが、当たらずとも遠からず。確かに中国の帰還者をペロッと片付けたのは桜で間違いない。だがよく思い返してもらいたい。事情聴取が面倒だからと言ってお面で顔を隠していたのは誰だったのか? 言動と行動が一致しないぞ。


 ともあれこんな話を訊いて大喜びで子供を魔法学院に通わせる保護者がいるかどうかはまた別問題。楢崎博士は表情を硬くしながら口を開く。



「桜ちゃん、弥生の魔法学院編入はお断りの方向で…」


「康子叔母さん、ちょっと待ったぁぁぁ」


 慌てて聡史がストップをかけている。ちなみに弥生の表情もドン引きしたままで、何も声を発しようとしない。



「聡史君、いくらなんでもそんな危険な場所に娘を通わせるなんてあり得ないわ」


「いやいや康子叔母さん、ちょっと冷静になって考えてもらいたいんだ。確かに桜が喋った話は事実だ。でも仮にどこかから弥生ちゃんの魔法スキルの件が漏れたら、日常的に彼女はありとあらゆる敵対国や組織に身柄を付け狙われる可能性が高い。常に身の回りに護衛が付く生活を送らせたいのならそれはそれで仕方ないと思う。でも魔法学院に通ってもらえれば、少なくとも自分を守る方法は身に付くはず。俺だって初級魔法程度だったら教えられるし、もっと高度な魔法の使い手もいる。弥生ちゃんに必要なのは周囲が安全を保障することではなくて、彼女自身で身を守れる力を手に入れることじゃないのかな」


「お兄様、さすがですわ。私もその点を言いたかったんですの。弥生ちゃん、魔法学院に通っていただけましたら、誘拐犯の50人や100人程度なら軽く殴り倒す技術を私が教えて差し上げますわ。どうか大舟に乗った気持ちで任せてください。それに狙われるのは弥生ちゃんだけとは限らないんですよ。悪辣な工作員によって叔母様を人質に取られる可能性もありますの。弥生ちゃんの手で叔母様を守りたいとは思いませんか?」


 兄妹の説得に、母娘は「確かに一理ある」という表情に変化。弥生の魔法スキルを知られたら、一体何か国の工作員が行動を開始するのかわかったものではない。



「聡史君、弥生のためだったら私はどうなってもいいのよ。それよりも自分の身を守る方法が身に付くというのは本当なのかしら?」


「お母さん、私のためにお母さんが犠牲になるなんて絶対に我慢できない。私がお母さんを守ってみせる。だから魔法学院に通う」


 今まで人形のように表情を強張らせたまま感情を表に出さなかった弥生が、この時初めて自らの口で強い意志を示した。その表情は何かを決意した強い意思に溢れているかのよう。父親との離婚騒動などを経て母ひとり娘ひとりの生活が長かった分、この親子には世間一般よりもずっと強い絆があるらしい。



「弥生、あなたが無理することはないの。お母さんがあなたを守るから」


「でも現実的に銃を突き付けられたら、今の私たちにはどうにもできない。だから私がもっとしっかりと魔法の力を身に着ける」


「そんな… 私はあまり気が進まないわ」


 どうやら桜の「50人や100人は殴り倒す」という意見はさらッと無視している弥生。本能的に桜の危険性を感じ取っているのかもしれない。すでに魔法スキルが発現している以上は桜に付いて格闘スキルを伸ばすよりも、聡史や美鈴の手解きを受けながら魔法スキルを伸ばしていく方向が近道であろう点は言うまでもない。この点においては、桜個人は完全に勧誘に失敗している。まあ、好き好んでバイオレンスに彩られた修羅の道に入っていこうという物好きはそうそう滅多にいるはずもない。



「康子叔母さん、ひとまずは学院を見学してみないか。弥生ちゃんも最終的な結論を出すのは見学をしてからのほうがいいだろう」


「そうね~… 見学くらいだったら」


「うん」


「施設の駐車場に車が停まっているから今から早速見学に向かおう。部隊長殿、二人を連れだして大丈夫でしょうか?」


「ああ、ちょうどミッションが終了して一段落だから、しっかりとご案内してきてくれると助かるよ」


 ということでオペレーションルームの責任者と母娘共々了承したので、兄妹は二人を案内して駐車場へと向かう。ワゴン車に乗り込むとあっという間に魔法学院に到着。



「ハイスクールよりも広い」


「普通の学校と比べるとずいぶん立派な施設なのね~」


 広大な敷地に建てられる数々の学院施設に目を丸くする母娘。桜が先頭に立って向かう先は管理棟。まずは学生食堂に案内すると、夕刻が近いこともあって授業を終えた生徒がくつろいでいる様子が目に飛び込んでくる。そして最もカウンターに近い席では…



「桜ちゃんの目を盗んで食べるパフェは最高ですよ~」


「明日香ちゃん、自主練をサボって本当に大丈夫なんですか?」


「心配いりませんよ~。桜ちゃんは伊勢原駐屯地に呼び出されていますから、鬼の居ぬ間に命の洗濯ですよ~」


「誰が鬼ですって?」


 背後から聞こえた声に明日香ちゃんは一瞬膠着。ギギギという音を立ててゆっくりと首だけで背後に振り返ると、そこには腕を組んで仁王立ちの桜の姿。明日香ちゃんはそのまま何も見なかったという表情で首を正面に戻す。



「クルトワさんが桜ちゃんの話をするから、変な幻が見えましたよ~」


「明日香ちゃん、現実を受け入れしょう。幻ではなくって本物の桜ちゃんです。バレてしまった以上、ここは素直に謝るしか…」


「クルトワさん、そんなに心配いりませんよ~。私には何も見えませんから… フギュ~」


 背後から明日香ちゃんの両頬が思いっ切り左右に引っ張られている。よくぞここまで伸びるものだと感心するくらいに明日香ちゃんの顔は横方向にその面積を拡大中。



「自主練をサボってパフェ三昧とはいい根性ですわね~。おかげで顔にまでこんなに脂肪が付いていますわ。これはダイエットのし甲斐があるというものですの」


「フグフグフググ~」


 何か言おうと試みるも、ちゃんとした言葉にならない明日香ちゃん。両手を前に突き出してバタバタさせるが、虚しく空を切るだけで桜は力を緩めようとはしない。だがそこに…



「桜、案内の最中なんだから手を離すんだ」


「そうでしたわ。サボっている明日香ちゃんを見た瞬間、無意識に体が動いてしまいました」


「施設見学中の康子叔母さんと弥生ちゃんにあまりみっともない光景を見せるんじゃない」


「お兄様、お言葉ですがみっともないのは明日香ちゃんだけですわ」


「誰がみっともないんですかぁぁぁ」


 涙目になって両頬を抑えながら懸命に抗議の声を上げる明日香ちゃん。だがその声は兄妹にスルーされる。ここでクルトワが…



「聡史さん、後ろにいる方々はどなたですか?」


「ああ、この二人は俺たちの親戚なんだ。魔法学院の施設見学できている」


「そうなんですか。もしかしたら学期の途中で編入してくるんですか?」


「それは見学の結果次第かな~」


「なるほど… 将来はお仲間になるかもしれないんですね。初めまして。私はクルトワと申します。この学院に留学しております」


 明日香ちゃんとは違っていいとこのお嬢様であるクルトワは立ち上がって優雅なカーテーシーで自己紹介。母娘はクルトワの気品ある態度にやや気圧されながらも「初めまして」と頭を下げている。



「それじゃあ見学の続きに戻るから」


「明日香ちゃん、今日サボったツケはキッチリと支払っていただきますわ」


 桜の宣告で明日香ちゃんがガックリとテーブルに突っ伏したのを見届けてから学校見学が再開される。食堂を出る間際に叔母がコッソリ聡史に話し掛ける。



「魔法学院と訊くからには厳しい場所なのかと思っていたんだけど、ずいぶんゆったりしているのね」


「ああ、あの二人はまあ例外というか…」


 聡史が言葉に詰まっている。明日香ちゃんの実態を説明するとなると1時間や2時間ではとてもではないが事足りない。端的に言い表す言葉が見つからないせいで、聡史はこの話題をはぐらかすしかない状況。


 それよりも博士は大きな勘違いをしているよう。談話室で聞いた桜の話から想像するに魔法学院は鬼共の巣窟のようなイメージを抱いていただけに、明日香ちゃんたちのお気楽な姿でその考えが少々改まっているのかも。明日香ちゃんのサボり癖がへんなところで役に立っている。


 

 一行はそのままエレベーターに乗って管理棟の最上階へ。聡史がカードキーで特待生寮のロックを解除して部屋の中へ。玄関を入った途端、叔母と弥生が立ち尽くしている。



「何この部屋… 豪華すぎじゃないの?」


「叔母様、特待生の特権ですわ」


 税金で造られたとは思えない方なホテルのスートルーム張りの内部に思わず声を上げている。そして今は使用していないゲスト用の寝室のドアを開くと…



「この一部屋だけで十分学生寮じゃないの。あなたたちはどれだけ贅沢しているのよ」


「その分学院に大きな貢献をしていますわ。むしろこの程度の報酬ならバーゲンセール並みに安いほうですの」


 桜のあまりに不遜な発言に、叔母と弥生は目を丸くするほかない。



「きれいな部屋…」


「弥生ちゃん、お兄様がこまめに掃除していますから、部屋中がピカピカですわ」


 かつてはゲストルームとして美鈴や明日香ちゃんが宿泊していたが、彼女たちも同じフロアの別の特待生寮が宛がわれているので、今は全く使用されないままで時折聡史が掃除しに入るだけで放置されている。ちなみに桜はまったく兄を手伝いはしない。



「学院に編入してくれたら弥生ちゃんはここで暮らすことになる。学院で生活する間は俺たちがほぼ付きっ切りでガードするから、どうか安心してくれ」


「確かに二人が一緒に生活してくれたら安心だけど…」


 弥生が何か言う前に叔母が横から口を挟んでくる。どうもこの叔母、娘に対してやや過保護な面があるよう。母娘で10年ほど生活してきたので、このような傾向はやむを得ないのかもしれないが。



「叔母様、弥生ちゃんもそろそろ将来を見据える年頃ですの。叔母様から離れて自立していくいい訓練にもなりますわ。ここはぜひ弥生ちゃんの意思を尊重して学院への編入を認めていただけると、私たちも嬉しいですわ」


「そうね~… いつまでも子供だと思っていたけど、そろそろ自立も考えないといけない年よね」


「お母さん、私はここにお世話になりたい。聡史お兄ちゃんと桜お姉ちゃんが一緒なら大丈夫」


「そう… おなたが望むのなら、私はもうこれ以上反対しないわ。聡史君、桜ちゃん、どうかこの子をよろしくお願いします」


「叔母様、大舟に乗ったつもりでお任せいただいて結構ですの。1年後には見違えるように逞しくなった弥生ちゃんをご覧に入れますわ」


 桜のテンションが異常に高い。こういうケースだと過去のデータを参照するに往々にしてとんでもない暴走をするのが常。聡史にとってはいかにして桜を押し留めるかに頭を悩ます日々が続くと予想される。


 その後は魔法の訓練場などを見て回ってから、管理棟3階の面談室へ。副学院長から編入に関する手続等の説明が行われる。ついでに楢崎博士の処遇に関して魔法学院付きの職員に正式に任官が決定されて、管理棟の単身職員の寮に住むこととなった。エレベーター1本でいつでも娘の部屋に行けるとあって、楢崎博士はガラにもない大喜び。一旦アメリカに戻って研究所の退職や弥生の退学の手続きを行いつつ、向こうのアパートメントを引き払ってとんぼ返りで日本に戻ってくる等々、今後の予定も具体的に決まる。


 博士がアメリカに向かっている間、弥生は一足先に魔法学院での生活をスタートさせる。


 伊勢原駐屯地の官舎にある弥生の衣類等は、この日のうちに桜が同行して全てアイテムボックスに突っ込んで特待生寮に運び込む手筈。気が早い桜に急かされるようにして、そのまま母娘は魔法学院を辞していく。






   ◇◇◇◇◇






 桜が弥生に同行している頃、聡史は学院長室に呼び出されている。ソファーに座る聡史の前には、いつものように厳めしい顔が… こうして何回呼び出されても、聡史的にはまったく慣れない。むしろ学院長の秘密をあれこれ知る程、得も言えぬプレッシャーに押し潰されそうになっている。



「楢崎博士並びに楢崎弥生の魔法学院への取り込み工作ご苦労だった」


「学院長、取り込み工作っていうのはちょっとどうかと…」


「それにしてもなんでお前たち兄妹の周りにはこんな規格外の能力の持ち主が集まるんだ? 代々特殊な力を秘めた一族なのか?」


「まさか、そんなはずはありません。現に自分の父親は平凡なサラリーマンですし、母親はごく一般的な主婦です」


 どうやら学院長的には、例の怪物ジジイに続いて登場した弥生という戦略級の魔法スキルを持った存在が聡史の周囲に現れた事態にやや呆れているらしい。だがあの怪物ジジイは母方の祖父で弥生は父方の従姉。この辺を学院長は一緒くたにして「一族」と呼んでいる。聡史としてはこの点をキッチリしたいところだが、傍目からすると同族と捉えられても仕方がないのかもしれない。



「それで楢崎弥生に関する魔法学院としての基本方針だが」


「はい、お聞きします」


 聡史が何か言う前に学院長が切り出してくる。こうなると聡史は学院長の圧に逆らう術など無きに等しい。



「当面は量子コンピューターのオペレーションルームでの活動が優先だ。あちらで何かミッションがあれば授業は二の次で立ち合ってもらいたい」


「了解しました」


「あちら側で特に何もない時は学院での訓練を行ってくれ。当面はレベルの上昇と一般的な魔法スキルの習得を進めるのが望ましいだろう」


「本人が身を守れる程度でよろしいですか?」


「それだけでは足りない。早いうちに最低でもレベル100くらいを目指してもらいたい。それでこそ真の戦略級魔法使いといえる」


 聡史の背筋に一筋の汗が流れる。現時点でもネットワーク上で無敵の力を発揮する弥生がもしレベル100に到達したら、下手をすると世界中のコンピューターをすべて同時にハッキング可能となるのではないだろうか… このような空恐ろしい未来予想が聡史の胸中に過っている。



「が、学院長は弥生に何をやらせるつもりですか?」


「そうだな~… まずは世界中の核兵器のプログラムを破壊して使用不能にしてもらえると助かるな。さらに将来的には量子コンピューター同士のハッキング合戦などという事態も想定される。このような事態に直面した際には何としてもこちらが勝利を収める必要がある。その切り札こそが楢崎弥生だ」


 学院長の未来展望は聡史の何十倍も先を見越しているよう。このブッ飛んだ予測に、さすがの聡史も無言で固まる。



「楢崎中尉、貴官ならこの程度は予測していると思ったが?」


「いいえ、到底そこまで考えが及んでいませんでした。弥生を一人前に育てるのは、想像以上に重要な任務だと心に留め置きます」


「そうしてくれ」


 特殊な魔法スキルを持った従姉を魔法学院で保護する… その程度の認識で勧誘にあたっていた聡史だが、学院長の言葉に思いっきり頬を殴られたような衝撃を受けている。これは気を引き締めてかからないとダンジョン対策室… ひいては日本政府の期待に応えられそうもない。さらに掘り下げると、弥生の育成は国民の安全に繋がる重要なミッションとさえいえる。ひとりの魔法使いの肩にこれほどの国の命運が懸かるといった事態は、聡史にとっても未知の領域。ひいてはこの先ずっと続いていくであろうレプティリアンとの戦いは、従来の戦争の様相を一変させるのではないだろうか… そんな考えが聡史の内部に頭をもたげている。


 レプティリアンに考えが至ったついでに、聡史は学院長に訊きたいことがあったのを思い出す。



「学院長、本日量子コンピューターのオペレーションルームでロシアの多連装ロケット弾管制システムのハッキングを行っていましたが、日本政府はロシアと敵対すると決定したと考えてよろしいのでしょうか?」


「ほう、面白い質問だな。続けろ」


「はい。以前学院長から『今回のロシアによるウクライナ侵攻は、あの国の大統領がレプティリアンに反旗を翻した現象』と聞いていました。日本が今後レプティリアンに対処していくためには、ロシアは味方として遇する可能性もあったのではないかと考えています」


「ああ、先日貴官に確かにそう言ったな。だが私はこうも言ったはずだ。『あの大統領はタイミングを間違えた』と」


「確かにそう聞きました」


「では別の角度から考えてみろ。現段階で日本は対レプティリアン戦争の準備が整っているとは言い切れない。この現状で日本にとって最も不味いシナリオは何だと考える?」


「ロシアとウクライナの戦争が長引いて世界がより混乱する状態でしょうか?」


「当たらずとも遠からずだな。戦況が悪いロシアが焦って核兵器の使用に踏み切った場合、世界中を巻き込んで第3次世界大戦が勃発する。こうなると日本もレプティリアンとの戦いどころではなくなるのが目に見えているだろう。これが現状考えられる最悪のシナリオだ」


「確かにその通りです」


「それに世界大戦ともなればレプティリアンの思う壺だ。ヤツらは人間の苦しみや悲しみがエネルギーになる。しかも人口削減計画が前倒し出来て、世界大戦が実現した暁には手を叩いて喜ぶはずだ」


「日本としては世界大戦という最悪な事態を回避したいというわけですね」


「そうだ。最低1年半、いや1年後であればロシアは日本の味方としての利用価値はあった。だがここを勘違いするなよ。あくまでもこちらが利用するだけだ。ロシアは日本から見れば歴史的に潜在敵国。けっして共闘など出来ない相手だ」


 明治になる以前からロシアは不凍港を獲得するため東アジアにおいても南下政策を実施していた。このような政策がやがて日露戦争に繋がっていく。学院長はこの点を「歴史的な潜在敵国」と評したのであろう。



「教訓として覚えておけ。時間の経過と共に世界情勢が変われば、敵と味方はあっという間に入れ替わる。現在の状況ではロシアの行動は日本にとって迷惑でしかない」


「学院長が言わんとしていることは理解しました」


「それにな… 無能で働き者の味方は最も危険な存在だ。ある意味敵よりも恐ろしい。岡山室長はこのタイミングでウクライナに侵攻したロシアを切り捨てたと考えてもらって差し支えない」


「怖い人ですね」


「まあということで、様々な状況を加味して日本としては一刻も早く紛争が終結する未来を選択した。その間に秘密裏にレプティリアン対策を進めるのが望ましいと判断した結果だ」


「反論の余地はありません」


「それでだな… ロシア上空に天の浮舟が潜入しているのは知っているよな」


「ハッキングしたロケット弾の着弾を確認したと聞いています」


「それだけだと思っているのか? まあ今夜を楽しみにしていろ」


 ニヤリとした笑みを浮かべる学院長を残して、話を終えた聡史は特待生寮に戻っていく。聡史の質問等々話が長引いたせいで、すでに桜と弥生は荷物をすべて運び込んでいる。そのまま夕食に向かってこの日は就寝となる。






   ◇◇◇◇◇






 学院生がそろそろ起床する明け方になって、ロシアの十数か所の軍事基地や弾薬の補給地点が突然謎の攻撃にあって爆発炎上を繰り返し大騒ぎとなった。


 数少ない目撃者の話によると…



「何もない上空から赤い光が地面に向かって落ちてきたと思ったら、突然基地が大爆発をした」


 ほとんどの証言がこのような要領を得ないモノで、爆発の原因に関してはまったくの謎のまま。だが被害のほうは目を覆いたくなるような規模。多くの予備役を徴集して兵力の補充を計っていたロシアとしては、この被害を以ってウクライナ戦線の更なる縮小を余儀なくされるのだった。

 



 その頃、市ヶ谷のダンジョン対策室では…



「ロシア軍の補給拠点、当初の予定通り破壊に成功しました」


「うむ、ご苦労だった。これでロシアは継戦能力を失ったに等しい。紛争が早期に解決する可能性が高くなったな」


 満足そうに頷いているのは岡山室長。今回天の浮舟が搭載するレーザー砲を発射して基地の破壊を命じた張本人。



「それでは天の浮舟は撤収します」


「いいだろう。乗員たちを労ってやってもらいたい」


「了解いたしました」


 相変わらず誰にも気付かれないように暗躍する自衛隊。天の浮舟による今回のロシア軍基地の空襲は、またとない戦術データを自衛隊にもたらすのであった。



魔法学院への編入が決定した弥生。教室に連れていかれて授業に放り込まれるが…… この続きは出来上がり次第投稿いたします。どうぞお楽しみに!


それから、読者の皆様にはどうか以下の点にご協力いただければ幸いです。


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