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326 異空間戦闘記

お待たせいたしました。かなり長い内容となります(当社比2倍)

 突進してくるモンスターたち。彼我の距離はおよそ400メートルといったところ。学院長はもう少し引き付けてから攻撃を加えるつもりのようでまだ引き金を引こうとはしない。


 先頭を切って突っ込んでくるイビルジョ〇的なモンスターの姿が、学院長が覗き込んでいるスコープの中で徐々に大きく映し出されてくる。照準を付けるは眉間のど真ん中。これはいきなりのヘッドショットをお見舞するつもりか。かくして十分に距離を詰めてきたイビルジョ〇に向けて学院長の愛銃から死の弾丸が放たれていく。


 ドッパ~ン


 周囲に轟く大爆発。しかも暴走魔力が炸裂したとあって、その威力は並大抵ではないはず。だがイビルジョ〇は驚くことにほとんどダメージを受けた様子もなく健在な模様。体を覆う皮膚やウロコがよほど頑丈に出来ているのだろうか。そういえば体の表面が光沢溢れるメタリックに輝いているのは、もしかしたら防御力が尋常ではなく高い証拠なのかもしれない。



「初撃を耐えたか。まあ誉めてやろう」


 独り言を口にしている間に学院長の銃にはすでに次弾が装填されている。再び照準を付けて発砲。今度はイビルジョ〇の頭が見事に吹っ飛んで、その巨体が草原にドウという音を立てて崩れ落ちる。初弾が撥ね返された様子を見て学院長は、怒りのあまりに荒れ狂うイビルジョ〇がクワっとばかりに開いたその口に狙いを定めていた。体は強固な装甲で守られているとはいえ、さすがに口蓋の内部まで頑丈というわけにはいかなかったらしい。ポッカリと開いた大口に飛び込んだ魔力弾が豪快に炸裂すると、イビルジョ〇の頭部はものの見事に吹き飛んでいる。


 モンスターたちの惑星は魔物たちの楽園… というには程遠い苛烈な生存競争に置かれているのだろう。そんな過酷な環境下において巨大なモンスター同士が爪と爪、牙と牙、あるいは炎を吐き出したり稲妻を纏って敵に対抗したりと、種ごとに独自の進化を遂げながら苛烈な生存競争を生き抜いてきた。だが学院長が手にする小銃のようにピンポイントで開け放った口蓋の内部を狙ってくるといった攻撃方法がなかったのが、モンスターたちには災難であったよう。その精密射撃の前になす術なく、最初の1体は初めて足を踏み入れた本橋家の敷地で命を散らしている。


 次いで学院長目掛けて突進してきたのはウラガンキ〇。ティラノザウルスに酷似した外観のイビルジョ〇に比べて、こちらは全体的にややずんぐりした印象を受ける。手足やシッポが短くてその分体表面の装甲が厚いように感じられる。さらに背中の部分にはビッシリと並んだ突起状の角のような… 要は全身が固い装甲に包まれた戦車のようなモンスターと考えればいいのかもしれない。


 だがこのウラガンキ〇も、学院長の口蓋内部へのピンポイント攻撃によって呆気なくその命を散らしていく。残るはジンオウ〇のみ。そちらに銃口を向けようという学院長に対して、横合いから声が掛かる。



「神殺し殿、そうそう急くではない。残りの1体くらい、このワシに譲っても問題はなかろう」


「本橋殿がそのようにお考えならば、この場は一旦引きまする」


 どうやらジジイは自分の出番が無くなるのを恐れたようで、たまりかねたように学院長に「待った」を掛けたらしい。独り占めはズルいだろう… どうせこの程度の子供っぽい思惑に違いない。


 学院長が銃口を下げるのと同時にジジイはゆったりした歩調で前進開始。その視線の先に映るジンオウ〇の双子の弟は、その二つ名である雷竜に象徴されるように体から無数に飛び出ている角状の突起の先端から高圧電流が放電されている。この点がジンオウ〇が他のモンスターと異なっている点であろう。だがジジイはそのような些細な点など全く気にも留めていない様子。それどころか…



「ハァ~、ハッ」


 手の平に闘気を集めると、これはもうお約束に等しい先制太極破発射。それもご丁寧にこれまで見たこともない高威力の闘気の塊がジンオウ〇に向かって飛んでいく。



 ドゴドゴドゴドゴドド~ン


 この世の終わりが訪れたかと思わせるような大爆発が引き起こされるが、吹きすさぶ爆風などそよ風のごとしという表情でジジイと学院長はまったく気にも留めずに受け流している。まるでこの二人にとってはこの程度の爆風なと取るに足らない威力だった模様。だがモノリスの外で待機している美鈴の表情は、異空間の内部が大きな衝撃で揺れたこの出来事に思いっきり顔を引きつらせてのは言うまでもない。



「ほう、どうやら無事らしいのぅ」


 巻き上がった砂埃が晴れると、ジジイの視線の先にはいまだ健在のジンオウ〇の姿。だが健在とはいってもあれだけの大爆発の直撃を食らったせいで体を包む突起がきれいさっぱり取り払われて、見てくれが何だか貧相なフォルムに。例えて言うならハダカデバネズミが巨大になったかのよう。しかも角状の突起が失われたおかげで電流を放出可能な部位が失われて、あれだけ荒れ狂っていた稲妻がすっかり影を潜めている。こうなってはジジイにとってみれば、単なるガタイの大きな獲物に過ぎない。



 ガァァァァァァ


 いきなりのジジイによる手荒い歓迎に怒り心頭なジンオウ〇が巨大な咆哮を上げて威嚇する。だがその瞬間ジジイの姿はジンオウ〇の視界から消え去る。もちろん実際に消えたわけではない。雪駄履きに袴姿にも拘わらずあの素早さに定評がある桜すら楽々超える速度で猛ダッシュすると、あっという間にジンオウ〇の前足の辺りに取り付いている。



「さて、ワシの一撃に耐えられるかのぅ?」


 一声かけてから右の掌打を脛の部分にお見舞いすると、その衝撃はこれまたいかにも頑丈そうな金属っぽいウロコを通り抜けて内部に浸透していった。と思った次の瞬間、反対側からあり得ない程の猛烈な威力を保持したまま突き抜けていく。同時にその大木のような前足の内部が破壊されるグシャリという音が聞こえて、ジンオウ〇の体が耐え切れずに地面に沈んでいく。これはもしかして例のヤツではないだろうか? そう… ジンオウ〇は転倒して起き上がれない。


 おそらくは何十トンもある巨体なだけに、4本の足でその重たい体を何とか支えていたのだろう。その1本でも欠けてしまうとたちまち行動不能に陥るのは自明の理。かくしてジンオウ〇はすでに死に体となって、ジジイにトドメを刺されるのは待つばかりの哀れな存在となり果てる。


 そしてジジイは何を思ったのか、立ち位置をジンオウ〇の後ろ脚の方向に移す。そして地面とは多少の隙間がある腹部を相当な勢いで蹴り上げた。


 ウガァァァァァァ


 つい最近横田と元原が桜によって地上50メートルの空中遊泳に招待された事件があったような気がするが、今回のジジイの所業はそのような生易しいものではない。何十トンもあるジンオウ〇の巨体をロケットのような加速で大空に打ち上げており、そのシルエットは見る見る小さくなっていく。



「多少は加減したゆえ、そろそろ落ちてくるかのぅ」


 ジジイの言葉通りジンオウ〇の体は高度2千メートルに達した直後に落下に転じて、今度は地面に向かってグングン加速しながら高度を下げてくる。


 ちなみにルシファーさんは、あちら側の惑星の大地を高度3千メートルの範囲に渡って切り取った後に地球に転移していた。もし仮にジジイが手加減なしにジンオウ〇の体をもっと高く打ち上げていたら、下手をするとモノリスの天井を突き破ってキリ揉み回転しながら大空に飛び出していく謎の物体として物議を醸したかもしれない。時刻はちょうど小学校の下校時間。集団下校する子供たちや通学路の安全を見守るお母さん方に恐ろしいトラウマを植え付けるようなとんでもない光景が目に焼き付けられる一歩手前であった。危ない、危ない…


 ジジイがジンオウ〇の体を大空に堕ち上げてから2分15秒後に、その巨体は重力に導かれて大地に戻ってくる。猛烈な地響きと衝撃を伴って着地したジンオウ〇は巨大なクレーターの底でピクピク痙攣している。ジンオウ〇はシビれて動けない… ではないよう。いかに固い外殻に体が包まれていようとも、高度2千から何十トンもある巨体が落下した衝撃は途方もないはず。外殻は見た感じほぼ原形を留めていても、その内部の骨格や筋組織、そして多くの器官がミキサーにかけられたようにグシャグシャになっているのは間違いない。


 やがて断末魔の痙攣も徐々に間隔が開いてきて、ジンオウ〇はその命を散らせていく。



「本橋殿、お見事です」


「ふ~む、見かけによらず手応えがなかったのぅ」


 このジジイにはどうやら何を言っても通じないらしい。少なくともこれらのモンスターは、学院長の魔力弾を弾き飛ばせるポテンシャルを秘めている。学院長ならではの経験による機転で簡単に仕留めてはいるが、その実ルシファーさんが言う通りに銀河最凶種のモンスターの名は伊達ではないはず。


 

「さて、立ち合いに水を差されましたようですので、本日はこれまでといたしましょうか」


「左様じゃな。ワシとしてもやや不完全燃焼ではあるが、この辺が潮時じゃろうて」


 どうやらジジイも引き際を弁えているらしい。踵を返してモノリスから外に出る光に渦に向かおうとした。だが両名とも同時に何かの気配に気付いたように足を止める。



「どうやら第2陣の登場ですね」


「わざわざお代わりを用意してくれるとは、その健気な心意気には敵ながらアッパレ送りたくなるわい」


 プロ野球界の大御所のような発言を伴いながらも、ジジイの表情が俄かに歓喜に包まれる。どうやらこれから始まる2回戦に期待を膨らましているよう。そうこうするうちに反対側の光の渦が煌めきに包まれたかと思ったら、今度は先程よりも二回りほど大きなモンスターが続々登場。その数は優に20体以上で、凶暴な目を輝かせてはジジイと学院長を獲物と認識して舌なめずりしている。


 どうやら先程出現した3体は先遣隊らしい。というよりもファミレスにやってきたDQNたちの間でよくあるように…



「おい、先にいって席を取っておけ」


「ウス、先輩方、俺たちに任せてくださいよ」


「窓際のいい席を確保しろよ」


「先輩、いってきます」


 このような感じで、モンスターの世界でもパシリ連中が一足先に様子見をしにやってきたのだろう。そして様子を知らせに戻ってこない後輩に痺れを切らした先輩方がこうして直々にご登場と相成った模様。だが先輩方の眼前には、だがすでにモノを言わぬ死体となった後輩たちの姿。



「チ-ス、先輩。俺たちヤラれちゃったけど、先輩たちはどうか頑張ってください」


「目も当てられないくらいの犬死でしたが、先輩方ならやってくれると信じています」


 このような出迎えを受けたかどうかはわからないが、モンスターたちの状況は大よそこんなモノだろう。


 かくして日本が誇る怪物2名と銀河最凶種モンスター20体の戦い第2ラウンドの火蓋が切って落とされる。


 もちろん結果などわざわざ言うまでもないだろう。学院長の遠距離射撃によっていきなり半数まで数を減らされたモンスターの群れにジジイが突撃を敢行して、次々に大空に向けて生体ロケットを発射していく。20体すべてを片付けるまで5分もあれば十分。こんなジジイと学院長の組み合わせ… 考えるだけでもあまりに恐ろしすぎる。


 こうしてしばらくモノリスの内部で様子見して待機の後、これ以上新たなモンスターの登場はないようなので、二人は改めて外部へと繋がる光の渦に飛び込むのであった。






   ◇◇◇◇◇






 ようやくジジイと学院長がモノリスの外に出てくる。この様子を見て一番胸を撫で下ろしているのは美鈴で間違いない。ホッとしすぎて今にも地面に座り込んでしまいそう。


 そんな美鈴の陰の苦労を知ってか知らぬか、桜が両者に声を掛ける。



「学院長、おジイ様、手合わせはいかがでしたの?」


「うむ、最初のうちは中々に満足いく戦いが出来ておったが、途中からちと様相が変わってきてな」


「と言いますと?」


「何やら見慣れぬ魔物が出て参って、久方ぶりに少々羽目を外して暴れた次第よ。のう、神殺し殿」


「まあ大体その通り。どうやら空間を転移してこちらにやってきたモンスターのようだな。すべて片付けてあるから、なんだったら内部の様子を確認してくるといい」


 シレっとした表情で物凄い出来事を語る両者。確かにあれだけ敵に手も足も出させないままに討伐を終えたのならば、その発言はもっともかも知れないが… そしてこの発言に思いっきり首を突っ込んでくるのはもちろん桜。



「それは興味が湧きますわねぇ~。お兄様、ぜひとも内部を見学したいですわ」


「そうだな… 美鈴、俺たちも中に入れるか?」


「ええ、大丈夫よ」


 こうして桜を先頭にして、聡史、美鈴、カレンの計4名が、期せずしてモンスターとの戦場と化したモノリスの内部へと足を踏み込んでいく。そしてもはや地面が方々で捲り上がって草原とは呼べなくなった戦場跡に広がる光景に一同はさすがにドン引きしている模様。



「さすがは学院長とおジイ様ですわ。こんなモンスターをあっという間に討伐するなんて…」


「頭を吹き飛ばされているのは学院長の仕業かな? 暴走魔力の気配がわずかに残っているぞ」


「となると、クレーターの底に横たわっているのはおジイ様が片付けた個体でしょうかね?」


 聡史とカレンが状況を冷静に分析している最中だが、ここで美鈴に異変が生じる。いきなり彼女の了承もなしにルシファーさんが意識の表層に登場してきたよう。



「なるほど、さすがは神殺しと最凶のバトルジャンキーの仕業よ。よくもまあ、銀河最凶種モンスターを赤子のようにひと捻りか」


「美鈴、急にどうした… って、ルシファーさんじゃないか」


 その急なご登場に聡史が驚きの声を上げているが、ルシファーさんは委細構わず聡史に用件を告げる。



「そこなる若造よ、この場に横たわる死体を回収して銀河連邦の輸送船に運び込んでもらいたい」


「一体どうするんだ? 素材の回収でもするのか?」


「素材といえばそうかも知れぬな。ほれ目を凝らしてみるがよいぞ。これらの生物の体表を構成している物質に用があるのだ」


「物質? 何か用途があるのか?」


「観察力が足りぬな。体表を覆うウロコが妙に金属めいておるであろう。実は我がこの大地を切り取って召喚した惑星〔おとめ座ベータC〕は、サジタリウム鉱石が地表付近に大量に含有されておる。このサジタリウムはオリハルコンやアダマンタイトより硬度において若干劣るものの、その加工のしやすさと熱耐性が高いゆえに宇宙船の表面素材として重宝しておる。銀河の内部では常に品薄な希少金属で、その価値は純金やプラチナとは比較にならぬ」


「なるほど… 回収するのはいいけど、伊勢原の輸送船に運んでどうするんだ?」


「ニブい奴であるな。あの地では現在天の浮舟を建造しておる最中であろう。不足しがちなサジタリウムがこうして簡単に供給できるとあれば、建造ペースが容易に捗るはず」


「そうか、やっとわかった。それならばすべての死体を回収しておこう。桜、手伝ってくれ」


「わかりましたわ」


 という成り行きで、兄妹がこの場に転がっているモンスターの死体を次々にアイテムボックスに放り込んでいく。ルシファーさんとカレンはその様子を満足げに眺めているだけ。もっともカレンの収納容積はさほどではないので、この場は兄妹に任せざるを得ないという事情らしい。


 実は銀河連邦政府としても前々から〔おとめ座ベータC〕に関してそのスペクトラム分析によってサジタリウム鉱石が豊富という調査結果を得ていた。そのため何回か調査団を送ったものの、すべて全滅に終わって手を出しあぐねている。ちなみに全滅の原因となったのは大気中に含まれる超高濃度の魔力だった。通常の人間は突然高濃度の魔力を体内に取り込むといわゆる魔力酔いを起こして意識が混濁してくる。おそらくはこのような原因で次々に倒れていった隊員は、最終的にモンスターに襲われて命を散らしたのだろう。


 ではなぜこのような環境下に入り込んでもジジイと学院長は平気で活動していられたのだろうか? その答えは両者のステータス上の最大魔力量に関係してくると考えられる。そもそもがジジイのような超高レベルともなると、ステータス上の最大魔力は膨大な数字になってくる。その数字は軽く見積もっても兆や京を超えてさらに上の桁まで達していることであろう。だが基本的に濃度が薄い地球上ではこの膨大な数字の上限まで魔力が吸収されるケースはまず考えられない。つまり学院長やジジイは地球にいる限り巨大な魔力タンクにいつでも空きがある状態ということになる。そのおかげで異空間の大気から少々の魔力を取り込んだところでほとんど影響を受けない。これは何もジジイや学院長に限った話ではなくて、桜や聡史にも当て嵌まると考えてよい。彼らたちにしても体内の魔力の充足率は高くても80パーセント程度。有体に言えばモノリスの内部で1週間程ぶっ通しで生活していれば、ようやく充足率が100パーセントに達するであろう。


 話が横道にそれたが元に戻すとしよう。


 聡史と桜が20数体のモンスターの死体をすっかり回収した直後、カレンが異変に気付いて声を上げる。



「あちら側にある光の渦の様子がおかしいです」


「ふむ、まだモンスター共の残党が残っているようであるな」


 ルシファーさん、ずいぶんと冷静に現状を分析しているけど、本当に大丈夫なのだろうか。さらに続けて…



「女神よ、そなたは回復以外手を貸すでない。若造と小娘よ、そなたら二人で片付けてみるがよい」


「わかりましたわ。私もひと暴れしたかったので、心置きなく戦いますわ」


「あっ、桜ちょっと待つんだ」


 聡史の制止を振り切って桜が飛び出していく。牙を剝いて立ちはだかるはイビルジョ〇型のモンスターが1体。ダッシュで駆け寄り渾身のパンチを撃ち込む桜。だがその一撃は簡単に固いウロコに阻まれてまったくダメージを与える様子はない。それどころかイビルジョ〇の前足がやや体勢を崩した桜に向かって伸ばされて、その体を思いっきり薙ぎ払っていく。



「ヘブッ」


 ギリギリ右手でブロックした桜だが、イビルジョ〇の攻撃の勢いを受け流せずにそのまま空高く吹き飛ばされていく。



「桜!」


「桜ちゃん!」


 桜が一撃で吹き飛ばされるなど、聡史にとってもそうそうあり得ない光景。思わずその口から身を案じる言葉が飛び出るのはやむを得ない。だが桜は余程のダメージなのか、草原をゴロゴロ転がった先で立ち上がれない様子。



「カレン、桜の回復を頼む。俺がヤツを足止めしておくから、何とか桜を助けてくれ」


「聡史さん、わかりました」


 短い遣り取りで互いに頷き合うと、聡史はイビルジョ〇の正面へ、カレンは桜の元に駆け寄っていく。



「しばらく俺と付き合ってもらうぞ」


 アイテムボックスからフラガラッハを取り出して構える聡史。対するイビルジョ〇は咆哮を上げて突進開始。だが聡史は敢えて攻撃はせずに回避に専念している。ここは我慢して、桜が戻ってくるまでの時間稼ぎに費やすつもり。


 聡史に向かってイビルジョ〇が前足を伸ばしたり鋭い牙が生え揃った大口をカッと開いて襲い掛かってくる。だが聡史はその攻撃の一つ一つを冷静にいなしながら、兎にも角にも桜の回復を待つ態勢。ところでよくよく見てみると、聡史の剣技にわずかながら変化がある。以前は効率を重視して振るっていた彼の剣だが、剣の軌道や勢い、その他にも足の運びや体の捌き方等々、以前とは格段の違いを発揮している。


 どうやら異世界に赴いた際にジジイから伝授された〔合理の教え〕を聡史なりに試行錯誤しながら自分のモノにしようと努力しているよう。もっともそうそう簡単に身に付くはずもないが、それでも以前よりは格段に伸び伸びと剣を振るっている。その効果で剣から放たれる斬撃がイビルジョ〇まで届いており、はっきりしたダメージこそ負わせていないものの、かなり相手をイラつかせている。その間にもカレンは桜を抱き上げて、懸命に回復の光を照射し続ける。どうやらすでに意識は戻っているようで、後はブロックした際に折れてしまった右手の骨がくっつけば完了する。


 そのまま粘り腰で聡史が時間を稼ぐことおよそ10分、ようやく立ち上がった桜が戦線に復帰する。



「お兄様、お待たせしましたわ」


「桜、もう大丈夫なのか?」


「ええ、何しろカレンさんの回復の術ですから、骨折前よりも調子がいいくらいですわ。さて先程不覚を取ってしまった分キッチリと埋め合わせいたします」


「桜、逸るんじゃないぞ。こうして対峙してわかったが、こいつはダンジョンのラスボスが子供に見えるくらいの強敵だ。油断すると一気に追いつめられるぞ」


「承知しておりますわ」


「わかっているなら話が早い。今からフォーメーション・アルファを発動する」


「お任せくださいませ」


 フォーメーション・アルファ… 兄妹が異世界に召喚された当時、格上の魔物を相手にする際に用いた戦術パターン。具体的には前面で桜が囮となって敵を引き付けて、その間に聡史が死角に回って徐々にダメージを与えていくという戦い方となっている。この戦術が有効に働くかは囮役を務める桜の動き如何に懸かっており、ヒット&アウェイでイビルジョ〇を撹乱できるかどうかがすべてと言っても過言ではない。当然ながら囮を務める桜には過重な負担がかかるが、強敵を目の前にして今更四の五の言っている場合ではない。


 ということで聡史が徐々に下がって桜が前進する形で立ち位置を交代していく。イビルジョ〇は聡史を追いかけようとするが、横から割り込む形で桜がその動きを妨害。せっかくの得物を取り逃がしたとでも勘違いしたのか、イビルジョ〇のヘイトは一気に桜に集まっていく。先程は攻勢に出ようとした結果パンチを撥ね返されて一気に形勢逆転を喫した桜だが、囮役と割り切って動けばイビルジョ〇をいくらでも翻弄できるよう。巧みなステップでその攻撃を躱しながら、常にイビルジョ〇の注意を引き付けている。


 その間に聡史は気配を消したまま巨大モンスターの横側に位置を移す。狙うは後ろ脚の足首の部分。体表が固いウロコに包まれているとはいっても、可動部にはわずかな隙間があるはず。そう考えてイビルジョ〇の足元を観察していくと、予想通りにウロコとウロコの間に大きな隙間がある。当然聡史はその隙間にフラガラッハを差し込んでいく。と同時に空いている左手に暴走魔力を発生させつつ、剣の表面を伝ってイビルジョ〇の体内に注入。


 ウゴガガァァァァ


 当然ながらイビルジョ〇は聡史のこの攻撃に気付いたようで、上半身を捩りながら聡史に向かってその咢を向けていく。だが今度は前方の桜が、注意が疎かになって伸び切っている首に太極波を1発お見舞い。聡史に向かった意識をたちまち自分の方向に引き戻している。


 その間になおも聡史はイビルジョ〇の足首を集中攻撃。数回に渡って暴走魔力を注入し続けた結果、どうやら部位破壊に成功した模様。足首の自由を失ったイビルジョ〇は、目に見えて動きが悪くなっていく。足を破壊すると聡史はジャンプ一閃。そのままイビルジョ〇の背中に飛び乗って体長の半分を占める巨大な尾を破壊しにかかる。胴体と長い尾の付け根に相当する部位にウロコの隙間からフラガラッハを突き立てると、同様に暴走魔力を注入。何とか背中にいる聡史を振り落とそうと尾を振り回すイビルジョ〇だが、肝心のその尾は左右には自在に動くものの上下の可動域はさほど大きくない。よって聡史には届かぬままに無駄に空を切るのみ。再び上半身を捻って聡史に食い付こうとしても、またもや桜の太極波が着弾して強引に注意を前方に引き戻されていく。


 尾の付け根を攻撃されてさらに動きの自由を失ったイビルジョ〇は背中を震わせてなんとか聡史を振り落とそうと懸命だが、そんな単純な攻動きが聡史に効果を及ぼすはずもなく次第に追い詰められていく。


 そのまま聡史は大胆にもイビルジョ〇の首元に場所を移すと、またもやウロコの隙間に剣を突き刺していく。そのまま剣に沿って暴走魔力を流していくと、イビルジョ〇は反射的に大口を開いて咆哮を上げる。



「今ですわ、メガ盛り太極波~」


 桜の右手から放たれた渾身の一撃は、イビルジョ〇が大きく開いた口の内部に飛び込んでそのまま大爆発。バラバラと多数の牙が方々に吹き飛んで、ついに動きを止めて大地に横たわる。



「これはオマケだ」


 聡史は延髄に相当するの部分にトドメとばかりにフラガラッハを突き刺しては、大量の暴走魔力を流し込んでいく。かくして兄妹の連携によって、モンスターの討伐は無事に終わる。ジジイと学院長の手に掛かるといとも簡単に倒されたモンスターではあったが、それはあくまであの両名が反則級の実力を持っているからに他ならない。ジジイと比較して桜のレベルは5分の1、聡史に至っては9分の1に過ぎないわけだから、これだけ苦戦するのは当然といえる。


 だがそれよりも驚く事態が発生した模様。



「お兄様、突然レベルが上昇しましたわ。それも7段階も」


「桜、俺は23段階上昇したぞ。もしかしてこのモンスターたちはもの凄い経験値を獲得できるのか?」


「どうもそのようですわねぇ~。私も信じられない心地ですが、この先この空間でモンスターを倒していけば、相当なレベルアップが望めるような気がしてきますわ」


「俺も同感だ。もっとも経験値に見合う分だけ相当に手強いのは事実だがな」


 聡史やまして桜レベルになると、レベルが上昇するなど3か月に一度あるかどうかの出来事。それがこれだけまとまって一気にレベル上昇となると、もはや本人たちにとっては盆と正月がいっぺんにやってきたような気分に違いない。ということで無事にイビルジョ〇の討伐を終えた兄妹は死体を回収してから待機しているルシファーさんとカレンの元に戻ってくる。



「ご苦労であった。それなりに苦戦したようだが、良い経験であったな」


「聡史さん、桜ちゃん、無事に討伐を終えて何よりです」


「とんでもなく強力なモンスターだったけど、なんとかなったよ」


「あの程度の敵をひとりで片付けられないとは、私もまだまだですわ」


 兄はホッとした表情だが、妹のほうはどうやらジジイ宅に足繫く通って更なるレベルアップを企んでいるよう。本当にこの娘はどこまで強くなりたいんだか…



「それでは目的も果たしたことだし、外に出るとし… ふむ、何やら雲行きが怪しいようだ」


 誰もがこれで今回の騒動はお仕舞と一呼吸置いたその時、みたびあちら側の光の渦が発光し出す。桜はなんだかヤル気になっているが、聡史はどうやらお腹いっぱいといった表情で渦を見つめている。そして…



「これはまたロクでもないモノが出てきおったな」


 ルシファーさんが呆れたような声で呟き、兄妹は唖然として見つめ、カレンは無言を貫いている。輝く光の渦から登場したのは旧神とかグレートオールドワンズなどと呼ばれる某神話集に登場してくる不気味な神々とそっくりな見た目をした連中。〔這い寄る混沌〕と表現して差し支えないスライム状の不気味な物体や〔ルルイエの深きモノ〕のような巨大なタコ状の世にも奇妙な生物などに加えて、どうやらその不気味な連中を支配している主神格の個体の姿もある。〔名状しがたき○○〕という呼び名がこれ程しっくりくる生物は、よほどのことがない限り銀河中にも存在しないであろう。しかも大挙して押し寄せてきた集団はその数50体以上。さすがにこのような狂気に満ちた群れを前にして、あの桜でさえドン引きしている。おそらくその心境は「モンハ〇が終わったと思ったら今度はラブク〇フトか…」といった具合に不平のひとつも飛び出してきそう。



「ルシファーさん、あいつら何者なんだ?」


「ふむ、一口で言ってしまえば邪神であるな。そもそも神とは優れた統治力と世界を生物の楽園と成すために遣わされた真理と理性の体現者。だがあれらはその真逆の存在で、本能が赴くままに他者を支配して命を貪る… かようなモノでもなまじ力が強いゆえに支配者と崇められてしまうケースが多々あるのは困ったものよ」


「いや困っている場合じゃないだろう。あんな連中が出現してしまった以上、この場で何とかしないと」


 聡史と桜は過去に異世界において暴虐の限りを尽くす邪神を倒した経験がある。だが今目の前に顕現してきた邪神の群れははるかに邪悪で強大に映っている。こんな別口の怪物たちを目の当たりにしながら桜でさえも飛び掛かろうとはしないのは、やはりそういうことだろう。だがここでルシファーさんがおもむろに口を開く。



「そこなる女神よ、そなたに任せるゆえに邪神どもを打ち倒すがよい」


「はい、ルシファー様の仰せのままに」


 ルシファーさんとカレン、共に神格を持ってはいるが、その立場そのものが大きく異なっている。ルシファーさんは銀河本店の取締役クラスに対して、カレンは地方の営業所で採用されたばかりのピカピカの新人OLくらいの上下関係だと思ってもらえば正解だろう。神々の世界においてそのくらいの差があるため、お偉いさんの意見にカレンは従わざるを得ない立場。



「カレン、ひとりで大丈夫なのか?」


「上手くいくかどうかはわかりませんが、ひとまずはやってみましょう」


 淡々とした表情で聡史に応えるカレン。その胸のうちにはいかなる手段を思い描いているのか、もちろん聡史には想像のしようもない。



「それでは始めます。神の杖よ、この場に顕現して邪悪なるモノを打ち滅ぼせ」


 両手を広げたカレンの体から眩い光が生じると、付近一帯の土壌から夥しい細かい粒子が舞い上がって上空に集結していく。その粒子が寄り集まって50本にも及ぶ棒状に形を整えると、邪神の群れ目掛けて方向を微調整しながらに一斉に降下準備に入る。カレンは「杖」と呼んでいたがその鋭利な穂先はどちらかというと槍に近いかもしれない。


 すっかり攻撃態勢が整ったようだが、カレンが女神の力で作成したのは純度100パーセントを誇るサジタリウム製の神の杖。カレンが手を振り下ろすと、それらが邪神の群れ目掛けて降下開始。重力に導かれてとんでもない速度に達すると、そのまま地上にひと塊になっている邪神の頭上から殲滅の雨を降らせていく。さらにカレンは気前よく追加でもう50本の槍を作成しては第2次攻撃を敢行。これまで〔慈悲と親愛の女神〕の名に相応しく回復や防御結界で周囲を守る役割に専念していた形のカレンだが、やはりそこは新米とはいっても本物の女神。やることが実に大掛かりかつ、邪神たちに確実な滅亡をもたらすように計算され尽くしている。


 しかもこの槍は上空で形成されている際には具体的なサイズがわからなかったが、地上に接近してくるにつれてその長さが優に30メートルを超えていると肉眼でも明らかになってくる。かつて米軍が同名の〔神の杖〕なるチタン製の金属棒を衛星軌道に打ち上げて敵国に落とすという計画が漏れ伝わっていたが、女神の鉄槌はそのような生半可なオモチャではない。邪神たちの頭上から刻一刻とその存在すら否定するかのように迫りくる。そして見事着弾。


 測ったように邪神たちの頭の先から胴体までキッチリと貫いているのは、美鈴のイージス術式同様に量子コンピューターの計算データで落下地点を解析したおかげだろう。さらにトドメとばかりに第二弾の槍が降り注ぐと、邪神の群れは狂気に満ちた呻き声を上げながらその体を聖なる光で焼き尽くされていく。


 光が収まるとそこに邪神たちの存在の痕跡は一切見当たらずに、ただ墓標に代わって棒状のサジタリウムが地面に突き刺さっているだけの光景が広がる。



「女神よ、我の想像を超えて中々に見事な手並みであった」


「お褒めにあずかり光栄でございます」


「さてそこなる若造、せっかくゆえにあれなるサジタリウムの槍も回収してまいれ。これだけあれば天の浮舟の更なる大量建造が可能となるであろう」


「はいはい、わかりました」


 ヤレヤレ人使いが荒いな~… などと考えつつ、聡史は延べ100本に及ぶサジタリウムの槍を回収。この槍1本で天の浮舟1隻の表面コーティングが賄えるらしい。つまりカレンのおかげで純度100パーセントのサジタリウムが100隻分手に入った計算。これは非常に恐ろしい数字に他ならない。その上モンスターのウロコを精錬して抽出する鉱石まで加えると、とんでもない数の天の浮舟艦隊が出来上がりそうな予感。回収作業を終えた聡史は、ここで以前から気になっていた話をルシファーさんに対して切り出す。



「なあ、ルシファーさん」


「いかがいたした?」


「確か以前、レプティリアンも邪神の一種だと聞いた覚えがあるんだけど」


「うむ、確かにそのように伝えた気がいたす」


「だったらなんでルシファーさんたち銀河の偉い神様たちが直々にレプティリアンの殲滅に乗り出さないんだ?」


 この異空間に現れた邪神の群れに対して即刻殲滅を命じたルシファーさんの態度とレプティリアンに対してやけに慎重な姿勢が、聡史にはいまひとつ結びつかないらしい。素朴な疑問といえばその通りだが、聡史にとってはこの場で解決しておきたかったよう。



「ふむ、良い質問であると同時にまこと愚かな質問であるな」


「どういう意味だよ」


「その疑問に至るのは褒めるに値するが、そなたは今ひとつ神々に対する認識が不足しているという意味で愚かと表現しただけ」


「認識が足りなくてゴメンナサイ」


「まあよい、そこまで自らを卑下する必要もなかろう」


 ルシファーさんも中々理不尽。認識不足を指摘しておきながら自身を卑下するなとは、思いっきり相反する課題を聡史に突き付けている。



「さて、我ら神々が直々に手を下すとしたら、日本以外の他の諸国はすべて更地に戻して、その地にいる人間の命を悉く奪う方向に舵を切るであろう」


「ずいぶん過激な手段だな~。なぜそんな地球滅亡レベルの手段を用いるんだ?」


「レプティリアンは人の中に身を隠しておる。我ら神々にとっては人間なのかレプティリアンなのかをいちいち見分けるのは極めて面倒な作業。ならばノアの箱舟規模の災害を起こして日本以外の国をリセットするほうがはるかに手っ取り早い」


「なるほど… 壮大すぎて納得しかねるけど、確かにその話には一理ある」


「だがこの手法はデメリットが大きい」


「それはそうだろうな」


「日本に対して銀河連邦が継続的に援助をするとしても、一気に地球全体の人口が減ると文明レベルが自体下がるのは否めない。そなたも理解しているように、現状の日本は食料や鉱物資源、化石燃料等々、多種多様な物資を国外から輸入している。仮にこれらが途絶えたとしたら、さすがに日本だけは無傷というわけにはいかなくなるであろう」


「確かにその通りだな~」


「それゆえに我らが直接手を下すのではなくて、日本の科学技術と防衛力を向上させつつ、然る後に人に紛れているレプティリアンを焙り出して個別に滅ぼしていく方向を選んだまで」


 直接手を下さないといっている割にはこのルシファーさんは武漢やバチカンを更地にした過去があるのだが、聡史は敢えてその件には触れずにいようと心に決めた模様。



「ということは、これから先日本人が世界に果たすべき役割が重要になってくるということだな」


「左様、そなたも中々わかってきたではないか。さて、そろそろよい刻限であるゆえに我はこの娘の中でひと時眠るとしよう。ああ、サジタリウムはなるべく早めに輸送船に届けるように」


 それだけ言い残すと、ルシファーさんはあッという間に美鈴の内部に潜り込んで消えていく。代わって美鈴の意識が表層に浮上。



「もう、バカルシファー! 本当に勝手なんだから」


「まあそう怒るなよ。美鈴もおおよその事の成り行きはわかっているんだろう」


「ええまあ… でも自分の意思とは関係なく後方に押し込められるのは不快以外の何物でもないわ」


 美鈴的には相当におかんむりなよう。とはいってもいつまでもこの場にいるわけにもいかないので、聡史たちはモノリスの内部から外に出ていく。そこにはなぜかドヤ顔の学院長とジジイが待っている。



「ずいぶん時間がかかったようだな」


「はい、学院長。モンスターの死体を回収していたら、新たなモンスターが現れました。討伐にかなり手を焼いていました」


 ここでジジイが首を突っ込んでくる。



「さて、かようなサンスターに手古摺るとは、我が孫ながらまだまだのようじゃのぅ」


「ジイさん、サンスターじゃなくってモンスターだぞ。歯磨き粉の話題から離れてもらえないか」


 ここまで使い間違えるんだったらわざわざ横文字を使用することもなかろうに… もっともこのジジイに何を言っても無駄だと、とうに聡史も諦めているのは言うまでもなさそう。


 ということで何とか無事に今回のミッションを終えた一行は、ワゴン車に乗り込んでジジイ宅を去っていく。もちろん母屋で待っていたご祖母様から「夕食を食べていけ」と引き留められたが、忙しい学院長の都合に合わせざるを得ず後ろ髪を引かれる思いでワゴン車に乗り込んでいた。






   ◇◇◇◇◇






 夕方の6時近くになって、聡史たち一行は魔法学院へと戻ってくる。だが正門で学院長を降ろした後に残りの面々はそのまま伊勢原駐屯地に隣接した緩衝地帯に停泊中の輸送船へとそのまま向かう。



「ようこそ魔法学院の皆様方。私は資材調達担当のエルム=イサヤと申します」


「お忙しい所をありがとうございます。実はルシファーさんの申し付けを受けてこうして顔を出した次第です」


「なんと! ルシファー様からのお話ですか。ということはかなりの重大事項だと考えられますね」


「その通りです。実はとある手段でサジタリウムが大量に手に入りまして、一刻も早くこちらの輸送艦に届けろと命じられました」


「これはまた驚きですな。よりにもよって手に入りにくいサジタリウムですか。大量と耳にいたしましたが、一体いかほどの量でしょうか?」


「このまま引き渡したいので、可能でしたら資材倉庫に案内していただけますか?」


「もちろんです。どうぞこちらへ」


 ということで輸送船の倉庫にやってきた一行。聡史と桜が協力してまずはアイテムボックスからカレンが錬成した槍を取り出す。ズラリと並ぶ合計100本の純サジタリウム製の槍に頬を引き攣らせる資材担当者。



「それからサジタリウムを高濃度で含有したウロコを持つモンスターの死体があるので、今から取り出します」


「は、はい、どうぞ」


 もはやそれだけの言葉を発するのがやっとの様子。ということで広大な資材倉庫のかなりの部分を占有する20体以上のモンスターの死体がデデーンとお出ましになる。



「これで全部です」


「た、確かにこのウロコの光り方はサジタリウムに間違いなさそうです。それにしてもこれ程の量が一度に手に入るとは…」


 この時点でイサヤ氏はあまりの感激に両眼から涙を流している。もちろん聡史たちにはその理由が思いつかず、なんで泣いているのだろうかと首を捻るばかり。



「それでは確かにお渡ししましたので、以後の用途に関してはすべてお任せします」


「ちょ、ちょっと待っていただきませんか。皆様はここにあるサジタリウムに一体どれほどの価値があるかご存じですか?」


「いいえ、特に関心がありません」


 それはそうだろう。ルシファーさんが召喚した異空間からタダ同然で手に入れた物資だから「どれほどの価値」と言われてもまったくピンと来ていない。



「正直に申し上げましょう。ここにあるすでに精錬されたサジタリウムだけで、地球の価値に直すと… おそらく日本の国家予算の2倍程度にはなるでしょう」


「「「「なんだってぇぇぇぇ」」」」


 今度は聡史たちが目玉ドコーン状態。日本の国家予算が100兆円強なので、その2倍となると約200兆円。自分たちがタダ同然で手に入れたサジタリウムにはとんでもない価値があるとようやく気付いたよう。



「実は資材担当者といたしまして、非常に値の張るサジタリウムをいかにして手に入れようかと日々頭を悩ませておりました。それがこれほど大量に入手できるなど、まさに夢のような心持ちです」


「あ、ああ、そんな気を遣っていただかなくても大丈夫ですから」


 まさか200兆の価値とは知らなかった聡史が、こちらもイサヤ氏と同様に頬を引き攣らせて返答している。とはいえ引き渡したモノを今更返してくれとは言えない。そもそも元手はほとんどかかっていないんだし。聡史の返事を聞いたイサヤ氏がさらにヒートアップ。



「皆さんは天の浮舟一隻の値段をご存じですか?」


「さあ… 見当もつきません」


「日本円にして1隻当たり約3兆円。そのうち8割方はサジタリウム調達に必要な価格となります」


「ゲッ、想像以上に高かった」


「ですが皆様のおかげで予算が大幅に余ります。そこでどうでしょうか。天の浮舟を思い切って100隻まで増強いたしませんか? もちろんまだまだ予算に余裕があるので、そうですねぇ~… 現在日本が開発中の次期戦闘機をコッソリ魔改造するのはいかがでしょう。銀河連邦製の超高出力エンジンとレーザー砲搭載で大気圏内をマッハ10で飛行可能です。もちろん操縦はAI知能が行う無人機なので、不足しがちなパイロットの定数は気にする必要ありません。ああ、性能は折り紙付きですよ。月面基地まで宇宙空間を飛行可能ですから、どうせなら一緒に宇宙戦艦や宇宙母艦などの建造もおススメです」


 熱く語るイサヤ氏だが、当然ながら聡史たちにそのような重要事項を決定する権限はない。いや、正確にはルシファーさんにはあるのかもしれないが…



「え~と… 自分たちにはお答えしかねる事案なので、その辺は政府と協議いただけるとありがたいです」


「そうですか… ルシファー様でしたら必ずや承認いただけると思ったのですが」


 いかにも残念そうな表情のイサヤ氏。資材担当とはいえ彼も天の浮舟建造の一翼を担っているだけに、技術者としての魂が大量のサジタリウムのおかげで否が応にも燃え上がっているよう。


 ともあれ聡史たちは、イサヤ氏の情熱的な提案を日本政府に丸投げという形で何とか宥めることに成功する。用件が片付いたら長居は無用とばかりに、脱兎のごとく輸送艦から飛び出していく。

 

 学院に戻る道すがら、桜が口を開く。



「カレンさんが精錬したサジタリウムがまさかの200兆円とは、ほとほと恐れ入りましたわ」


「私も価値を知らずに、値段を聞いた時にはさすがに泡を食いました」


「この話を明日香ちゃんが訊き付けたら、きっと鬼のような形相で怒り出すに違いありませんわ。『パフェが何杯食べられると思っているんですかぁぁ』… みたいな感じで」


「実際にありそうですね~」


 いやいや、200兆円をパフェに換算する… その発想自体がどこか間違っているだろう。でも明日香ちゃんならばたぶん… そんな気もしてくるのは否めない。その一方で、聡史と美鈴はと言えば…



「美鈴、今回の異空間の一件は、どうやら完全にルシファーさんの掌で転がされていたようだな」


「そうねぇ~… アレも結構腹黒い性格をしているから、油断も隙もあったもんじゃないわね」


「ずいぶんヒドイ言い草だな。まあ性格に難はあっても、日本の行く末を考えていてくれるようだから、その点はありがたいんじゃないかな」


「わからないわよ。どこかの時点でクルッと掌返しするとも限らないし。それはそうとして、今回巻き込んでしまった形の学院長とおジイ様はご立腹されていないかしら? 私的にはその点がちょっと気掛かりなのよ」


「学院長は大丈夫じゃないかな。日本の防衛に役に立つなら、この程度のことで腹を立てる性格じゃないだろう。それからジイさんのほうはたぶん逆だろうな。怒っているというよりも、むしろ喜んでいる公算が高い」


「それならいいんだけど…」


 このような会話を交わしながら、一行は魔法学院に戻っていくのだった。





   ◇◇◇◇◇






 翌日の早朝、こちらはジジイの邸宅。朝っぱらから道着に袴姿のジジイがいそいそとモノリスに向かっている。その後ろを付いてくるのは孫娘の茜。



「おジイ様、何やらこの真っ黒い箱の内部には手強い魔物がいると聞きつけました。どうか私も同行させてくださいませ」


「まあ別に良いじゃろうて。内部には入れるものであればな」


 と言いつつモノリスの入り口を潜っていくジジイ。どうやら本日も内部でモンスター討伐に勤しむつもりのよう。どうりで気が急いているはず。朝の運動替わりにモンスターの討伐… それも自宅の敷地で可能とあっては、この戦闘狂のジジイを止めるなど不可能。


 そして茜もジジイに続いて内部に入り込もうとする。


 ピシャ


 だがジジイの時は素直に開いた入り口が茜を弾き出している。美鈴がパスを与えた人間でないと内部に入れないのだから当然といえば当然。だがそのモノリスの仕打ちが悔しいのか、茜は入り口の脇で体育座りをしてブツブツ文句を呟いている。そんな寂しい体勢のまま悔しさのあまり目には涙を浮かべつつ、ジジイが出てくるのを待ち続ける茜であった。

なんとか326話でここまで描き切りたいと考えているうちにどんどん内容が膨らんで完成までにかなりの時間を要してしまいました。待っていた読者の皆様、大変申し訳ありません。


さて話のほうですが、次回から舞台は魔法学院に移ってさらに別の場所へ。どこに飛んでいくのかはお楽しみということで。この続きは出来上がり次第投稿いたします。どうぞお楽しみに!


それから、読者の皆様にはどうか以下の点にご協力いただければ幸いです。


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