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325 異空間

大変お待たせいたしました。ジジイと学院長が大暴れ……

 学院長とジジイが姿を消した異空間を見つめる美鈴。その表情は自信に満ちているようでもありながら、どこかに一抹の不安を感じるようでもある。


 さて話が横に逸れるが、ここで異空間について簡単に説明を加えたいと思う。過去に何度か美鈴が創り出した異空間ではあるが、これらは魔力的に生成された作り物の空間と表現できる。言ってみれば美鈴のイマジネーションの中から生み出された空想上の広がりであって、現実的にはまったく実体のない場所と考えて差し支えない。そんな実体があやふやなものを美鈴の魔力によって仮の現実性を持たせたうえで異空間として存在させている。例えとしては微妙だが、RPGの仮想空間を魔力で現実世界に具現化したと考えてもらえるといいかもしれない。


 このような創られ方をしている都合上、魔力的な異空間には自ずとその強度に限界があるのは至極当然。逆に美鈴の類稀な魔法能力をもってして創造したからこそ、聡史と学院長が訓練に用いたりバンパイアの襲撃に備えて罠を仕掛けるといった用途に使用可能だった。要するに美鈴がいくら魔力を込めて異空間を創造したところで、強度的にはこの辺が限界というのが本当のところ。


 そして今回、学院長とジジイが邂逅するという常軌を逸する程ヤバいイベントに際して二人が何らかの形で戦うことは当初から想定内であり、もちろんその際に美鈴が場所の提供を求められるのは十分事前に予想された。このような流れで、美鈴は異空間の強度がどの程度あれば怪物同士のぶつかり合いに堪えうるのかを量子コンピューターを用いて計算している。その結果として魔法で創生した異空間では話にならないくらい強度不足という厳しいデータが弾き出されていた。


 このデータを基に「自分に任せておけ」と胸を張ったルシファーさんと脳内会議が開催される。その結果として導き出された回答は「銀河の他の惑星から適当な空間を召喚すればいい」というものだった。もちろんその空間を選定する条件として、知的生命体が存在しないとか大気の構成や気圧が地球と近いなどといった様々な注文が付いた。これらのこと細かい要件を満たす惑星を量子コンピューターで検索した上でルシファーさんの力でその一部を切り取って本橋家の西側の空き地に召喚したのが、ただいま目の前にデンと置かれたモノリスの正体。


 魔力で創生した空間とは違って実在の空間を持ち込んでいるため、その空間自体の恒常性保持力が強く働いて学院長とジジイの戦いにも耐えられるだろうというルシファーさんの見解。美鈴自身も「ルシファーが強度を保証するのなら大丈夫だろう」とは考えている。


 だが他所の惑星からの空間を召喚するという行為自体大きな問題がある。というのは、実在の空間を二つも同一の場所に置くことはできないという物理的な制約が加えられるため。下手をすると同一箇所に置かれた空間同士が互いに反発して打ち消し合って大規模な消滅という結果を招きかねない。そこで元々この場に存在した空き地の空間は一旦美鈴が収納魔法で異次元に送り込んである。その分の空いた場所に、ルシファーさんがモノリス状の異空間を召喚している。二人の共同作業によって現状この場の異空間が保たれていると考えていい。


 もちろんモノリス状の異空間を取り巻く周囲はルシファーさんの力によって強化されており、並大抵の衝撃では破壊される恐れはないはず。さらに地球外の惑星の空間ということで、地球との直接的な接触を避けるためにその境界線には幾重にも渡ってバリアーが構築されている。その結果としてこの異空間はこの場に実在するものの、ある意味では波間に浮かぶ船のような別種の不安定さをもたらしている。だが万が一他の惑星の空間と地球の空間が直接触れてしまうと、場合によっては非常に不味い事態が起こりうるそう。そのような理由で地球外の空間をこの場に直置きはせずに、バリアの被膜によって包み込むという措置を講じている。


 美鈴の心情としては後は運任せていうか、神様にでも縋って何とかしてもらおうという心境のよう。もちろんその神様とは、銀河の暗黒の支配者であるルシファーさんに他ならない。






   ◇◇◇◇◇






 モノリスの内部に入り込んだ学院長とジジイ。外部で不安げに見守っているギャラリーの心配など他所に至極ノンビリとした会話を交わしている。



「ほほう、面妖な箱と思ったが、こうして内部に入ってみると広々としておるのぅ」


「私と本橋殿との手合わせならば、この程度の広さの場所が必要と考えたのでしょう」


「なるほど… 確かにあまり狭い場所で戦うのはワシとしても性に合わぬな。ついつい周囲に迷惑をかけてしまうゆえ」


「レベルが3600もあれば、わずかな動きが周囲に与える影響は甚大なはず。思い切って力を発揮する場がないという点には同情いたします」


「まあ確かにワシも満足に体を動かせずにおったおかげで不興をかこっておったが〔だんじょん〕なるモノに出会って久しぶりに心行くまで暴れた心地よ。近いうちにまた出掛けたいと考えておるわい」


「日本には12箇所のダンジョンが存在いたします。いずれ他のダンジョンにお出掛けくださるのも結構ですが、その際は我ら自衛隊か、少なくともお孫さんには声を掛けていただけるようお願いします」


「左様か、まあ、心しておこう」


 ダンジョンの最下層は異世界各地に繋がっているだけに、仮にジジイがひょっこり魔族の国などに現れて暴れ出すと、せっかく苦労してまとめた平和条約が反故になりかねない。このような事情が絡んでくるためにジジイに勝手を許すのも不味い。可能ならば魔法学院の学院長に就任してもらって、首に縄をつけておきたいというのがダンジョン対策室の本音かもしれない。


 モノリスの内部に足を踏み入れると、その大地は背の高さが10センチほどの牧草とよく似た植物に覆われており、広々とした草原に所々背の低い灌木が生えている。一面緑のジュウタンは見渡す限り地平線の先まで繋がって、一見すると地球上のサバンナとさして見分けがつかないような光景。唯一違いがあるとすれば、桁違いに魔力の濃度が濃い点であろうか。その他に特異な点としては、両者が入り込んだ箇所だけ光が渦を巻いて佇んでいる。おそらくはこの光の渦を抜ければ元の空き地に戻れるという目印になっているのだろう。



「さて、ずいぶん歩いたようじゃが、そろそろこの辺で良いであろう」


「本橋殿が『良い』と仰るのならば、私には異存はありません」


 これまでうららかな草原を散歩するがごとくに歩を進めていた学院長とジジイだが、どうやらこの場でおっぱじめるらしい。



「さすがは神殺し殿じゃのぅ。これから一戦交えようというのに微塵も動揺する気配がない」


「それなりに場慣れしています。一言申し付けておけば、これから始めるのは殺し合いではなくて単なる手合わせです」


「左様であったな。ワシとしたことがついつい気が逸ってしまってな。して、神殺し殿は得物はいかがいたす?」


「初手は本橋殿にお付き合いして無手で臨みましょう」


「遠慮なさらずにご随意に得意な得物を用いて構わぬわい。もっともワシは強いて武器など使うつもりはないがな」


 と言いつつもジジイは両手にアダマンタイトの籠手を装着している。レベル3600と最高強度の籠手の組み合わせは、どれだけ凶悪な破壊力をもたらすのか想像もつかない。対して学院長は本当に武器を手にせずにこのジジイと立ち合うつもりらしい。本当にどこまでも怖いもの知らずな性格をしている。


 

「いざ」


「参る」


 いよいよ怪物同士の戦いの火蓋が切られる。互いに様子を窺いながらの静かな立ち上がり… にはならなかった。


 ジジイが待ち切れぬとばかりに一気に距離を詰めると、右の拳から渾身のパンチ(衝撃波付き)を放っていく。常人なら反応出来ない勢いで繰り出された右ストレートだが、学院長は首をヒョイとスウェイして避けると、カウンターの音速越えミドルキック(当然衝撃波付き)。もちろんその動きはジジイにしっかりと見切られており、驚くことに右の拳を繰り出してこれを迎撃。


 ドッパ~~ン


 蹴りとパンチがぶつかり合っただけで周囲に轟く大音響が発生すると同時に、あり得ない勢いの衝撃波が撒き散らかされる。たった1発のぶつかり合いで草原の草は広範囲で捲れ上がり、赤茶けた土が露呈する。まるで大規模空襲が敢行されたかのような被害が周囲に広がっているが、そんな中でも両者は平然とした表情で拳と拳、蹴りと蹴りの応酬を繰り返す。その度に大気は猛烈な勢いで攪拌されており、摩擦で強烈な静電気を発する。やがて帯電した空気は雷鳴を轟かせて稲妻の白い光を纏いつつ、地面に黒い焦げ跡を残していく。だが一旦戦闘モードに入り込んだこの両者にはまるでその轟音が聞こえぬよう。目の前の相手の技にひたすら意識を集中して、1発でも当たってしまえば命を簡単に持っていくような強烈なパンチや蹴りを捌きながらカウンターを繰り出していく。その途方もないレベルの戦いは、さながら世界に破滅をもたらすような勢いまでお互いの動きを昇華させていく。


 大気を震わせる衝撃波が連続で轟いて、周辺の大地はあたかも削り取られたかのような大穴が多数。ほんの20秒程度の攻防だけで、辺り一面まるで戦場のような無残な光景。間っ平らな大地だからこの程度の被害で済んでいるが、仮に建物などが近くに在ったらすべて倒壊していることことだろう。



「ガハハハッ、これは愉快。かつてここまでワシの技を受け止める猛者はおらんかったわい」


「人の身でよくぞここまで技を突き詰めたもんですね。こうして実際に対峙してみると、本橋殿の戦いへの執念がよくわかります」


 大笑いしながら拳を振るうジジイと、冷静な表情で受け流す学院長。現段階では剛の拳で先手を取るジジイがやや優勢か。対する学院長はジジイの意表を突く素早い動きで襲い来る拳を回避しつつ、時折カウンターを放つ戦い方に専念している。



 この頃、モノリスの外では…



「お兄様、いよいよ始まったようですわ」


「桜、みなまで言うな。俺の耳にも異空間の内部から響くヤバそうな音が聞こえてきている」


 先程も説明したが、モノリスの外殻はルシファーさんの力によってこれでもかという具合に強化されている。それだけならまだしも、幾重にも覆われたバリアーで包み込まれているので内部の音が外に漏れるなどという事態は到底考えられない。この状況を間近で見て取った聡史は真顔で尋ねる。



「なあ美鈴、俺と学院長が異空間の中で戦闘訓練していた時って、外部にこんな音が聞こえていたのか?」


「そんなはずあるわけないでしょう。異空間というのは今私たちが立っている空き地とは理論上まったく別の場所よ」


「だったらなんで実際に内部の音が聞こえてくるんだ?」


「私の口から説明しなくても、聡史君だって気が付いているでしょう」


「やっぱりそういうことか」


 美鈴がハッキリと説明したわけではないが、聡史も何となく事情を察したらしい。要は今モノリスの内部で行われている怪物同士の戦いの影響は、空間の差異や次元の違いなどを超越して外部に届いているということに他ならない。おそらくは超新星爆発に匹敵する膨大なエネルギーが、モノリスの内部で暴れ狂っているのだろう。しかも双方の怪物たちが、このとんでもないエネルギーのぶつかり合いを楽しんでいるのだから余計にタチが悪い。



 さて、話をモノリスの内部に戻すとしよう。


 外側で顔を見合わせて心配している聡史たちをよそに、ジジイと学院長は相変わらず涼しい表情で打撃技のやり取りを継続中。その1発1発が異空間ごと破壊するかのような強烈なエネルギーを秘めているにも拘らず、阿吽の呼吸で互いが放ったエネルギーの奔流を吸収しつつの打撃合戦。こんなバカげた暴力の嵐をその辺で仕出かしたら、すでに関東一円が更地になっていることだろう。二人をモノリスの内部に押し込んでおいて本当に良かった。


 次第に白熱している両者の戦い。すると二人とも無意識のうちに体内からヤバいものが吹き上がってくる。ジジイの体は身長の3倍にも及ぶ闘気に包まれており、ますます気合いが乗って絶好調。対する学院長の体はと言えば万物を分解する暴走魔力が覆われており、いかにも物騒な気配を漂わせる。


 ジジイの闘気は太極破に代表されるようにその猛烈な破壊力で外部から敵を爆散させる。対する学院長の暴走魔力は内部に浸透して内側から敵を破壊する。例えるならジジイが南斗で学院長が北斗。南斗の聖帝と北斗の伝承者の戦いのような相容れぬ両者の攻防が繰り広げられる。闘気と暴走魔力が互いを食い潰そうとぶつかり合って逆に打ち消し合うという、通常の人類ではおよそ考えられないようなど派手な戦い。異空間の内部とはいえ天が裂けて地を叩き割るような途轍もない破壊が続く。


 その恐ろしいばかりの攻防の最中、つとジジイが一歩引いて構えを解いている。



「本橋殿、急にどうされたか。まさか怖気づいたのではなかろうな?」


「ガハハハッ、ここまで興が乗る手合わせに怖気づくとは笑止千万。だがな、神殺し殿。ワシはそなたの戦いぶりに違和感を禁じ得なくてのぅ。確かにホレボレするような体術ではあるが、どうにもそなたの真の力を引き出しているとは思えぬわい」


「さすがに本橋殿の目は欺けぬか。確かに私の戦い方は体術一本やりではないが、ここで本性を見せるのはいささか大人げないと遠慮していた」


「何を言うか。真の武芸者の前で遠慮など無用。是非ともそなたの本性なるモノを見せてくださらんかな」


「後悔しませんか?」


「二言ナシ」


「それでは」


 ジジイの要望を叶えるべく学院長が取り出すは愛用の自動小銃。もちろんバンパイアの大群を鼻歌交じりに殲滅した例のアレに相違ない。



「なるほど、得心がいったわい。神殺し殿は銃使いであったか。それにしては見事な体術、心から感服いたしましたぞい」


「本橋殿に褒めていただけるとは、私としても一生の誉れと受け取りましょう。さて、ひとたび銃を握ってしまえば手加減など叶いませんが、本橋殿はそれでよろしいか?」


「ガハハハッ、銃を突きつけられる経験など親の顔よりもしょっちゅう見てまいったものでな。対処法は体が覚えているゆえに、どうか遠慮なくぶっ放していただきたい」


「ならば改めて参る」


 確かにジジイが自慢げに語る通り、かつて戦場に赴いた際には銃弾だけでなくて砲弾やミサイルが飛び交う激戦地を生身で駆け抜けた経験を持つ。だが今回学院長が手にする小銃から打ち出されるのは暴走魔力で形成された銃弾。果たしてジジイはどのような対処するのか、これは興味が湧くところ。


 タタタ


 学院長が小銃を構えると、軽い発射音を伴ってあの凶暴な魔力弾が発射される。双方の距離は約20メートル。これは銃を手にする人間からすると極々至近距離と表現して差し支えない。



「ハッ」


 だがジジイは瞬時に右手から衝撃波を放つ。もちろんその威力は桜とは比較にはならない。どちらかというと小型の太極破に相当する威力で魔力弾に迫ると、あっという間に連射された3発の銃弾を飲み込んでキノコ雲が上がるほどの大爆発。もちろんジジイはこの爆発を隠れ蓑にして学院長に接近すると、思いっ切り右フックを放つ。



「クッ」


 このジジイの反撃にさすがの学院長も慌てて回避。もちろん学院長がやられっ放しで済ますはずもなく、体を逸らしながら曲芸まがいのハイキックでパンチを押し留める。しかもこの崩れた態勢から照準を合わせると、躊躇いなく引き金を引く。



 タタタ


 さすがに体が触れ合う距離から銃弾を発射されると、あの怪物ジジイでも避けるのは簡単ではない。したがって空いている左手に多めの闘気を急遽集めて3発とも握り潰す。時折桜が見せる芸当ではあるが、どうやらジジイにも同じ手が使えるらしい。というよりもどうせジジイのほうが本家で、桜は教えてもらったというオチではないだろうか。それよりも手の平の中でとんでもない大爆発が起こったにも拘らず、ジジイは平然としている。一体どんな防御力をしているのだろうかと不思議になってくる。


 ともあれ学院長が最も得意とする格闘スタイルは、小銃を手にしながら接近してきた敵は体術で仕留めるといういわゆるガンカタ。さすがのジジイでも飛んでくる銃弾を至近距離で捌きながら学院長の蹴り技に対処するのは少々分が悪いと見切ったようで、ある程度の距離を取りながら飛んでくる銃弾に衝撃波で応戦というやや膠着した状況。とはいえ暴走魔力と衝撃波のぶつかり合いは、相変わらず途轍もないエネルギーを空間内にバラ撒いている。



 このような感じでジジイと学院長の戦いがますます熱を帯びてくるにつれて、次第に顔色が悪くなってくるのは外で待機している美鈴。ことに学院長が銃を取り出したあたりから、大規模な爆発の余波で空間が所々ダメージを負っており、その修復で頭脳をフル回転させている。修復に関する演算自体は量子コンピューターに任せてはいるものの、適切な量の魔力を破損個所に流しつつ空間の最適化を図るのは相当に骨の折れる作業。しかも修復しなければならない箇所が時を追うごとに増えており、美鈴は言葉を発する余裕もなくなっている。



「おい、美鈴、顔色が悪いけど大丈夫か?」


「今話しかけないで」


 どうやら相当に切羽詰まっている様子が聡史にも伝わってくる。というか聡史自身、美鈴がここまで追い込まれている状況というのを初めて目の当たりにした気がする。その間にも空間内部では小型核爆弾並みの爆発が相次ぎ、モノリス全体を揺るがしている。さらにヒートアップする怪物同士の戦いは容赦なし。爆発の間隔はますます短くなっていく。


 空間内部で大暴れする二人のおかげであまりに破壊のペースが速すぎて、とうとう美鈴の修復が追い付かなくなる。このまま放置しておけないので、やむなく脳内でルシファーさんとコンタクト開始。



「ルシファー、このままではそう時間がかからないうちに異空間が壊れてしまうわ」


「これは我にとっても想像以上の出来事であるな。神を凌ぐ人間同士の戦いとはかようなものか」


「呑気な感慨に耽っている場合じゃないでしょう。この状況を何とかしてよ」


「う~む、やむを得まい。こうなったからには異空間をこの地に固定するしかないであろうな」


「固定? その結果どうなるのよ?」


「多少の副作用が生じるが、さほどの影響はないはず。このまま放置しておくよりは安全を確保できるであろう」


「それじゃあ早くやってよ」


「急かすでない。物事は慎重に行わなくばならぬ。ことにかような異界の空間を地球に持ち込むとあらば、なおさら慎重であらねば。ということゆえに、しばらく話し掛けるでないぞ」


 もう自身の手に負える事態ではないと悟っている美鈴は、この場はルシファーに任せる一手しか残されていない。やむを得ずにその言葉通り無言で様子を見守る。


 

「まずは双方の空間を区切るバリアーを取り除こうぞ」


 幾重にも張り巡らされているバリアーを1枚1枚解除していく。最後の1枚が消え去ると同時に異空間は船が海の底に着底する際のようなズーンという低音を響かせながら、ゆっくりと本橋家の空き地に鎮座する。周囲の空間との同調も無事に終わって、異空間はついに地球上の空間と同一軸の位置に置かれた。



「娘よ、そなたが収納しておる地球上の空間を、あちらの世界に送るぞ」


「えっ、『空間を送る』ってどういうことかしら?」


「異世界の空間をこちらに呼び寄せて実体化させてしまったのだから、その補償としてこちらの空間を送るのは当然。さもなくば釣り合いがとれぬであろう」


「なんだかすごく危険極まりない気がするんだけど仕方ないわね。収納魔法でこの位置に仕舞ってあるから、そのままルシファーの力で送り込んで」


「承知いたした」


 ルシファーが返事をした瞬間、美鈴の意識の中から本橋家の空き地が消え失せる。どうやら宇宙空間を転移してはるか遠くの惑星に飛んで行ってしまったらしい。モノリスの内部には広大な土地が広がっているが、これは魔力によって空間を広げているだけで、元々異世界から召喚した土地は本橋家の空き地と同じ面積に過ぎない。等価交換の法則がここにも生かされている。



「よろしい、これで空間同士の交換はすべて片付いた。ここにあるモノリスは地球上の空間に生まれ変わったゆえに、外殻の強度は自在に強化可能」


「ルシファーに任せるわ」


 すでに美鈴は異空間に関しては手を引きたい表情。これ以上関わっているとロクなことにならないという予感が働いている。ということでルシファーによってモノリスの外殻はさらに強化されて、怪物たちが内部で暴れようともビクともしない状態に。



「ところでルシファー、さっき『副作用がある』って言ってたわよね。どんな副作用なのか説明してもらえるかしら」


 美鈴の脳裏にはとんでもなく不味いことが起きるのではないかという懸念が広がっているよう。眉間にシワを寄せながら、自身の内部に潜むルシファーから回答を引き出そうとする。



「うむ、その件であるが… 実はこちらに呼び寄せた空間は銀河連邦指定の第一級立ち入り禁止区域の惑星でな」


「その一言を聞いただけでイヤな予感しかしないじゃないの。何がちょっとした副作用よ」


「まあそう言わずに最後まで聞くがよい。地球上の名称では〔おとめ座ベータC〕と呼ばれる地球とほぼ環境が変わらぬ惑星なのだが、この星はとある特徴があってな」


「特徴? どんな特徴なのかはっきりおっしゃい」


「うむ、魔力濃度が異常に濃いゆえに、独自の生態系が出来上がっておる」


「生態系? 知的生命体が存在しない惑星という条件で検索したはずよね」


「知的生命体に該当する種は存在しておらぬ。ただしこの惑星、魔力が濃いゆえに脊椎動物すべてがいわゆる魔物と化しておる。いわば魔物によって創り上げられた生態系が維持されておる惑星」


「なんて物騒な惑星を選んでいるのよ~。でも宇宙空間を隔てているから、地球に大した影響はないはずよね」


「そうとも限らぬのが面白い所でな。不思議なことに空間を今回のように交換すると距離を隔てた双方の場所にパスが繋がる。ほれ、そなたも目にしたであろう。ダンジョンの最下層と同様の現象が発生するのだ」


「ということはこの空き地が異世界と繋がったということ?」


「その通り」


 どうやらレプティリアンによって創造されたダンジョンもこのような手法で生み出された模様。さらに詳しく説明すると異世界のダンジョンを一旦地球の地下に転移させてからこれをコピーして元の世界に戻してパスを繋げたらしい。元々存在した地球の地下空間はどこかの次元にポイッと捨てた可能性が高い。非常に乱暴な手口だが、これが人間の迷惑など一切顧みないレプティリアンの悪辣な発想といえよう。


 さてルシファーから説明を受けている美鈴だが、そのあまりにも荒唐無稽な内容に回復しかかった顔色が再び悪くなっていく。



「ねえ、ルシファー。確か『第一種立ち入り禁止区域の惑星』って言っていたわよね。もしかしてとんでもない怪物が生息しているんじゃないでしょうね」


「それが実のところハッキリしておらぬ。過去6度に及んでフル装備のパワードスーツ調査部隊を送り込んだが、全員がその日のうちに消息を絶っておる」


「襲われているよね。それって絶対魔物に襲われて全滅しているよね」


「そうそう案ずるでない。モノリスの内部で依然暴れている2名の傑物がいかに銀河最悪の魔物に相対するか、それはそれで楽しみではないか」


 ルシファーの発言でようやく美鈴にもその目論見が明らかとなった。要は銀河連邦政府でさえも手を出しかねる危険な惑星の魔物をジジイと学院長に相手させようという魂胆に他ならない。まさに悪魔の発想と言えよう。ご本人は「悪魔ではない」と言い張っているけど。


 とまあこのような会話が美鈴の脳内で繰り広げられている間に、モノリスの内部が急に静かになる。



「なんだか静かなんだけど、内部で何が起きているのかしら?」


「さて、勇気があるならその足で中に踏み込んでみればよいであろう」


「誰がそんな危険な真似をするのよ。ともかく今は、何事もなく二人がモノリスから出てくるのを祈るしかないわ」


「そうであろうな。いずれにしても時が経てばわかることゆえ、今は静かに待っているがよかろう」


 色々と不安はあるものの、美鈴はルシファーが言うままにこのまま息を潜めて待つしかなかった。






   ◇◇◇◇◇






 さて、急に静かになったモノリスの内部は一体どうなっているかというと…



「本橋殿、急に構えを解いていかがなされたか?」


「ふ~む… ちと異様な気配を感じてな。ほれ、あそこで何か始まるようじゃ」


 学院長がジジイが指し示す方向に目を遣ると、そこには怪しげな光の渦がいつの間にか出来上がっている。おそらくこの渦こそがルシファーが言っていた二つの空間が繋がった証拠に違いない。もっともそのような事情など全く与り知らぬジジイと学院長。いつの間にか戦いの手を止めて並んでその渦を眺めている。


 そのまま光の渦を観察していると、やがてその光がひときわ強く輝いたと思ったら渦の内部から巨体を揺るがしながらこれまで見たこともないいかにも凶暴そうな魔物が登場してくる。


 まず先陣を切って登場したのはイビルジョ〇的なモンスター。続いてジンオウ〇の双子の兄弟で、最後に登場してきたのがウラガンキ〇のソックリさん。これだけ揃うとついつい「ひと狩り行こうぜ」と声を掛けてくなってくる。だがこの凶暴そうなモンスターの姿をその目にしてなおかつ、ジジイと学院長は顔色一つ変えずに微動だにしない。もしかしたらこの二人にとっては銀河連邦でも手に負えない凶悪モンスターすら「ひと刈りにしてやるか」程度の認識に過ぎないのかもしれない。


 この沈黙を破ったのはジジイ。



「面白そうな連中が登場してきたが、ワシがまとめて面倒を見てもいいかのぅ?」


「本橋殿、さすがに相手の手の内がわからぬゆえ、ここは私の遠距離攻撃に任せていただきたい」


「左様か、せっかくフレシュミント・アップが終わったゆえひと暴れしようかと思ったのじゃがのぅ」


「本橋殿、もしやウォーミングアップのことでしょうか? 本橋殿の言い様では歯磨き粉の宣伝にしかなりますまい」


 横文字に弱いジジイがここで本領発揮。普段は必要なセリフ以外は口にしない学院長がツッコミに回るという驚くべき事態が発生している。



「細かいことを気にするでない。たまにかようなハイカラな言葉を使わねばボケてしまうからのぅ」


「本橋殿の先程までの動きには一切の衰えなど感じませんでしたが」


「ガハハハッ、その辺は気合いでどうのでもなるものよ」


 お得意の精神論がジジイの口から飛び出る頃合いには、渦から登場してきたモンスターたちはかなりの速度でこちらに向かって接近している。



「それでは始めましょうか」


 小銃を構える学院長。その照準は先頭を進むイビルジョ〇の頭部に定められている。


 こうしてルシファーさんの悪魔的な意図にノセられる形で、期せずしてジジイと学院長という日本を代表する怪物2名と銀河の超S級モンスターはここに戦いの火蓋を切るのであった。

しばらく激務が続いたので、お盆期間中は投稿を休ませていただきました。おかげさまで疲労も回復いたしまして、本日から投稿を再開させていただきます。ジジイと学院長によるモンスターハントが始まりましたが、果たして銀河最強のモンスターにどのように対処するのか。そしてどうせ巻き込まれるであろう聡史たちの運命は…… この続きは出来上がり次第投稿いたします。どうぞお楽しみに!


それから、読者の皆様にはどうか以下の点にご協力いただければ幸いです。


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