320 真美の抱えるもの
個人戦トーナメントはいよいよ佳境に……
「第129回パーティー会議~」
準々決勝が終わった日の夕食後、特待生寮には桜の景気良さげな声が響いている。
「桜、パーティー会議なんてどうせいつもの口実で、実際は単なるお茶会じゃないか」
「お兄様、それは心外ですわ。お茶会に興じているのはひとりだけですの」
桜が視線を送る先には、無心でパフェを食べている明日香ちゃんの姿。ここ数日のダイエット作戦が功を奏して、桜から甘~いデザートへの許可が出たらしい。
「桜ちゃん、それよりもわざわざ呼び出して何の用かしら?」
ストレートに質問をぶつけたのは美鈴。彼女の他にはもちろんカレンも顔を揃えている。
「美鈴ちゃん、その質問を待っていましたの。個人戦トーナメントは明日で終了いたします。そして来週からはいよいよ私たちの出番ですわ」
「チーム戦の話か。それがどうしたんだ?」
聡史のまるっきり気のない応えに憤懣やるかたないという表情で噛み付いてくる桜。
「お兄様、ようやく巡ってきた私の活躍の場に対してその態度はあまりに不誠実ですわ」
「不誠実って、そんな大袈裟な話じゃないだろう」
「いいえ、お兄様、それは違います」
「何が違うんだ?」
桜が何を言いたいのかサッパリ掴めない聡史。もちろん聡史だけではなくて、美鈴とカレンも首を捻っている。明日香ちゃんだけは久しぶりのパフェに夢中で、ここまでの会話は一切耳に入ってきていない。
「お兄様、よく聞いてください。個人戦を通じて御覧になった通り全体のレベルアップは明らかですわ」
「そうだな、昨年よりも戦いのレベルそのものが上がっている」
「その通りですわ。ですから私たちデビル&エンジェルとしてもウカウカしていはいられませんの」
「だからなぜ急にそんな話になるんだ?」
「本当に話の流れを理解しないお兄様ですわねぇ~。ここは『パーティー全員が一致団結して頑張ろう』と盛り上がる場面ではないですか?」
どうやら桜は熱血青春路線を想定していたようだが、周囲との温度差がヒドイことになっているのが不満らしい。せっかくチーム戦を前にして盛り上がろうという思惑を完全にすかされて「えっ、何その反応?」という表情。ここで美鈴が現在の自らの心情を桜に理解しやすいように説明開始。
「確かに生徒たちのレベルは上がっているけど、でもねぇ~…」
「美鈴ちゃん、何やら続きがありそうな言い方が気になりますわ」
「だって、そうでしょう。ついこの間、レベルが10や20上がったくらいではどうにもならない怪物をこの目にしたばかりだし」
「そうだよな~… 自分のジイさんがレベル3600と訊いてしまうと、なんだか色々とアホらしく思えてしまう感は否めないなぁ~」
美鈴の発言に聡史まで同調している。これまでジジイとの関わりが少ないカレンだけが、今一つ実感が湧かない表情を浮かべる。そして…
「美鈴さん、聡史さん、何もそこまで投げやりにならなくてもいいのではないでしょうか。怪物と言うなら、私の母もいますし」
「ああ、そうだったわね~」
美鈴にしてはずいぶんと気だるげな応え。カレンは母親の話を持ち出してこの何とも言えない空気を払拭しようと試みたのだが、どうやら完全に裏目に出ている模様。普通の人間がどう努力しても絶対に追いつけない高み… そんな場所に立つ人間を直接その目で目撃してしまって聡史と美鈴は何ともやり切れない思いに駆られている。もちろん美鈴はルシファーさんの力を借りれば例の二人に対抗可能だが、素の自分にはそこまでの能力がないのは自覚している。
だが桜だけはめげない姿勢を崩さない。
「お二人とも、いつまでそんな腑抜けた態度なんですか? 目の前に高い山があれば越えてみせる… そういう気概を見せてもらいたいですわ」
「桜はジイさんを超えるつもりなのか?」
「当然です。ひとたび武の道を志したのなら、頂点に立たずして何が面白いのですか。私はどんなに時間がかかってもおジイ様を超えてみせますわ」
この前向きさが桜の最大の武器かも知れない。場の空気が少しだけ桜の勢いに引っ張られて明るくなる。ちなみに明日香ちゃんはパフェの容器の底に残っているわずかなアイスクリームを掻き出そうと懸命にスプーンを動かしている最中。
「まあいいか、ジイさんのことなんか考えてもこっちが疲れるだけだ。それで桜、チーム戦がどうしたんだ?」
「お兄様もやっと話に乗ってくれますのね。私としては来週から始まるチーム戦では圧倒的な力の差を見せつけて優勝する所存ですの」
「桜、そこまでひとりで盛り上がるんじゃないぞ。お前が考えるべきは、いかに対戦相手の怪我を少なくするかだけだ」
「桜ちゃん、本当にその通りですから。試合が終わるごとに怪我人が運び込まれてきて、療養棟は結構な忙しさなんですよ」
カレンまで聡史に同意するかの意見。模擬戦週間開幕以来ずっと療養棟に詰めているので、治癒を施す側の意見を述べるのは当然だろう。試合のレベルが上がった結果、それに比例して怪我を負って運び込まれる生徒が目立つのも揺るぎ無い事実。それゆえに、さすがの桜も言葉に詰まっている。
「桜、ともかく張り切り過ぎないようにしてくれよな。模擬戦だというのを忘れるんじゃないぞ」
「仕方ありませんわねぇ~」
聡史とカレンの説得が功を奏して、桜ひとりが盛り上がった挙句に暴走するという事態は回避したよう。さすがに模擬戦の場で死屍累々の惨状は不味いだろうと、本人も思い直したらしい。
するとここで美鈴が意外な方向から意見を述べる。
「そういえば前々から思っていたんだけど、去年の八校戦のフォーメーションが私からすれば不満なのよね」
「不満? 美鈴、どういうことなんだ?」
昨年の八校戦では美鈴は常にリーダーポジションに立っていた。そして実際には何もしないままにほとんどの相手を桜が片付けて、聡史がちょっとだけ手を貸しながら指示を飛ばして、明日香ちゃんとカレンが敵チームのリーダーを討ち取る… 大体の試合においてこんな流れで勝ちを収めていた。だがどうやら美鈴には、このような試合展開が面白くないよう。
「だって私が何もしないうちにあっという間に終わってしまうんだから、つまらないと感じるのは仕方がないでしょう」
「でも美鈴は前衛の位置には立てないだろう」
「そんなのやってみないとわからないじゃないの。それに武器だって持っているわよ」
「美鈴の武器… 何かあったかな?」
「これよ」
美鈴は収納からとある物体を取り出す。それは以前ダンジョンで聡史から受け取ったヒノキの棒に相違ない。もちろん美鈴の魔法で強化していあるので、鉄よりも硬くて頑丈な仕様。ヒノキの棒を手にして挑戦的なドヤ顔を向ける美鈴に聡史が呆れた口調で答えを返す。
「いやいや、美鈴が前衛に立つのはさすがに不味いだろう。今まで格闘系の訓練をほとんど積んでない上に、今年から試合で使用可能な魔法が大幅に制限されているんだ。いきなり無理はさせられない」
聡史が口にする魔法の使用制限とは、爆裂系や範囲魔法の使用が禁止され、殺傷力が低い強風系や氷の礫などといった特定の術式のみ使用を許可されていることを指す。しかも弾数が1試合について20発以内と定められており、これは魔法使いにとってはかなり手足を縛られた状況。だが学院側としても、これくらい厳格な制限を設けないと生徒の安全確保が難しいと判断してのルール変更であった。唯一救いがあるとしたら、シールドのような防御系の魔法に関しては制限がない点だろうか。
だが美鈴には聡史の主張はまったく届いていない。
「聡史君、大魔王をバカにしないでよね。たとえ前衛に立ってもきちんと対処してみせるわ」
「本当に大丈夫なのか? そんなヒノキの棒で…」
「こんなものを使わずとも平気よ。私の魔法を見くびっているんじゃないの?」
「前衛なのに魔法で対処するっていうのか?」
「もちろんそのつもりよ。まだまだ未公開の引き出しはたくさんあるから楽しみにしてちょうだい」
美鈴のおかげで当初の沈滞したムードから一転して聡史との間で話は白熱している。桜はこのような遣り取りを待ち望んでいたようで、その表情は歓迎ムード一色。ちなみに明日香ちゃんはすっかり空になったパフェの容器を名残惜しそうに見つめたまま身じろぎひとつしない。
「というわけで、私もリーダー以外の役回りを任せてもらいたいのよ」
「仕方がないなぁ~。美鈴の意見も考慮に入れて各自の役回りを考えてみるか」
渋々といった表情で聡史が美鈴の意見を取り入れる旨を認めるが、ここでさらにカレンが爆弾投下にかかる。
「聡史さん、どうせでしたら毎試合ランダムにフォーメーションを組むのはどうでしょうか。実戦では事前に準備したフォーメーション通りに進まないケースもありますから」
「どうするんだ?」
「試合ごとにアミダクジでフォーメーションを決めましょう。これなら誰からも不満は出ません」
「面白そうですわね~」
カレンが提示した突拍子もない意見に桜が同意している。少々基本から外れたところでデビル&エンジェルのメンバーならそれなりのフォローが利くし、どう転んでも負けるようなことはないと踏んでの発言らしい。
「本当にクジで決めていいのか?」
「今回はそれでいきましょう。明日香ちゃんもいいですわね?」
「えっ、桜ちゃん、パフェのお代わりですか?」
「その耳は何のためについているんですかぁぁぁ! ちょっとくらい話題に参加しなさい」
久しぶりのパフェがあまりに美味しくて、話の内容にまったくついていけない明日香ちゃん。ともあれ今回の模擬戦はアミダクジでフォーメーションを決めるという異例の事態がこの場で決定されるのであった。
◇◇◇◇◇
翌日は金曜日。午前中に個人戦トーナメントの準決勝、午後には各学年の決勝が行われる予定となっている。学年順に第1訓練場で試合が組まれているが、1年生の第1試合に登場したのは学であった。相手は同じブービートラップのメンバー岩谷良平。パーティーで前衛を務める剣士だ。さすがに同じパーティーだけあって、互いに相手しにくそうな表情を浮かべつつ開始戦に立っている。
「覚悟はしていたけど、学とはやりたくないな」
「まあ、そう言わずに互いに持てる力を出そうよ」
「どうかお手柔らかに頼む」
良平は誰よりも学の力を知っているだけに、すでに勝敗に関しては達観した表情になっている。自分がどこまで学に食い下がれるか… 実力を試す意味でこの一戦に臨もうという考えのよう。まあ無理もない。実家への帰省から戻ってきたと思ったら学の実力が良平の目からすればとんでもない領域に達していたのだから、結果に関しては試合前から諦めがつくというもの。
そして試合自体は10秒もかからずに終了した。学の拳が良平の鳩尾にめり込んで勝敗は決している。
「良平君、大丈夫だった?」
「強烈な一撃だったけど、なんとか自力で歩けそうだ。お前には呆れたよ。つくづく同じパーティーでよかった」
今にも吐きそうな気配をグッと堪えて、学と握手を交わす良平。学だけでなくてこんな頼りになるメンバーがいると、ブービートラップの将来は明るいかもしれない。
1年生のもう1試合は安部優一が勝利して、その結果決勝戦は〔中本学 VS 安部優一〕という因縁の顔合わせとなる。生徒会に強引に放り込まれて茂樹によって鍛え直されたおかげで挫折から這い上がった優一が、今回は学相手にどんな戦いを見せるのか楽しみな一戦となった。
1年生の準決勝が終わると、次は2年生の出番。第1試合は美晴と真美のぶつかり合いが組まれている。
青の門から自信満々に登場してくる美晴に対して、赤の門から出てきた真美はやや表情が硬い。やはり一昨日昨日と立て続けにセクハラ攻撃を受けた心理的ショックが抜けきっていないよう。
「試合開始ぃぃ」
審判の声が響くと、両者は開始戦から徐々に前進開始。真美は両手にする細剣を器用に操りながら攻撃を加え、美晴は通常の倍の勢いで振り下ろされてくる剣を軽快に盾で捌いている。だが受けに回っているように見える美晴は…
(おかしいな~… なんだか真美さんにいつものキレが全然ないんだけど)
盾で剣を受け止めながら、真美の変調に気が付いているよう。確かに両手から繰り出される2本の剣の回転は速くて盾で撥ね返すには相当な集中力が必要。だが美晴からしてみればそれだけであった。相手を仕留めようとか上回ろうといった気迫がまったく乗っていない剣など、美晴からすればただの数うちゃ当たる的な感覚。しかも一本調子なのでリズムを合わせれば楽々と受け止められる。
(真美さんはどこか調子悪いのかな~? それじゃあここはひとつ、牽制の意味を兼ねてこちらから前進してみるか)
一際強めに真美の剣を盾で撥ね返すと、美晴はその勢いを乗せて前進して真美に向けてシールドバッシュを加えていく。
「あっ」
真美には美晴の意図がわかってはいた。だが思うように体が動かずに、さほど威力のないシールドバッシュをまともに食らっている。そしてそのまま後方に吹き飛ばされて意識を失った。
「勝者、山尾美晴」
「真美さん、大丈夫か? あんな牽制の一撃で飛ばされるなんておかしいぞ」
勝ち名乗りと同時に倒れ込んだ真美に駆け寄る美晴。勝つには勝ったが、こんな情けない真美の姿を見たのは美晴としても初めてで、その表情には勝利の喜びよりも当惑した様子が色濃く入り混じっている。
ともあれ意識を失った真美はそのまま療養棟に運ばれていく。付き添い役の千里と控室で大慌てで装備を解いた美晴とほのかが療養棟に向かう。渚は次の試合に出場するし、絵美はその付き添いでこの場を離れるわけにはいかないので、心配そうな表情を浮かべながらその姿を見送るのだった。
◇◇◇◇◇
担架で療養棟に運び込まれた真美。すぐにカレンの手で治癒が行われて20分ほど経過すると意識を取り戻す。
「気分はどうですか?」
「はい、おかげで特に痛い箇所はありません」
問い掛けられて起き上がろうとする真美だが、カレンに制されて再びベッドに横になる。
「軽い脳震盪ですから、このまま一晩ここで様子を見て問題がなければ明日には退院です」
「真美さん、心配したけど良かった」
「気を失ったときはどうなるかと思ったけど、この調子なら大丈夫そうね」
カレンの診断結果を聞いて、ベッドの脇で様子を窺っていた千里とほのかが安心した表情で真美に話し掛けている。美晴は真美を気絶するまで追い込んだのを気にしているのか、彼女にしてはえらく殊勝な態度で俯いたまま。ようやく口を開いたかと思ったら…
「真美さん、本当にゴメンナサイ」
腰を90度に曲げて深く頭を下げている。たとえ脳筋であっても、こうしてしっかり謝れるのが美晴の憎めないポイントかも。
「美晴ちゃん、気にしないでいいのよ。精神的に色々あって試合に集中できなかった私が悪いんだから」
「精神的って… 真美さん、一体何があったの?」
ほのかが口を挟んで聞き出そうとするが、真美は口をつぐんで横に首を振るだけ。どうやら例の試合中のセクハラの件は、真美自身あまり他人に聞かせたくないらしい。
そのままベッドに寝ている真美を見守るように三人が椅子に腰掛けている。しばらく時間が経過すると真美が口を開いた。
「カレンさん、トイレに行ってもいいですか?」
「ええ、誰か補助して一緒についていってもらえるかしら」
「「「全員でいきます」」」
千里、ほのか、美晴の声がキッチリ揃っている。三人掛かりでゆっくりと真美の体を起こして立ち上がらせると、両脇と後方を取り囲むように廊下に連れ出していく。
「みんな大袈裟なのよ。ひとりでもちゃんと歩けるのに」
「万が一何かあったら大変だから」
「今日のうちは出来るだけ安静にしてもらわないといけませんからね」
重症患者扱いされる真美のほうが逆に戸惑いを覚える程の過保護な状態でトイレに連れていかれている。
だがここで、なんとも言えない不幸な偶然が起きてしまった。病棟の外れにある男子トイレからパジャマ姿で出てくる生徒… その生徒こそ、真美に急所を蹴られていまだに痛みが引かない元原であった。時折腹の底から突き上げてくるような痛みに顔色が悪い元原。だが彼の姿を見た途端、真美は真っ青な顔になってガタガタ震え出す。
「真美さん、急にどうしたの?」
「元原のバカがどうかしたのか?」
ほのかと美晴が事情を訊き出そうとしても、真美はガクブル状態で首を左右に振るばかり。そして…
「イヤァァァァ」
と大きな声を上げたかと思ったら、またもや意識を失ってその場に崩れ落ちていく。そんな真美の姿に慌てたのはブルーホライズンのメンバーたち。大急ぎで真美を抱え上げると、そのまま病室にUターン。
「カレンさん、大変だ! 真美さんがまた気を失っちゃったよ~」
「えっ、何ですって?」
カレンとしては脳震盪の治癒は完璧に施したつもり。こんな短時間で再び意識を失うとは毛頭考えていなかった。女神の目を用いて真美の状態を確認すると、身体的には何の問題も見当たらない。となると何らかの精神的な理由で真美が気を失っていると考えるほかない。
ということでカレンの右手から精神を癒す光が発せられる。目を閉じたまま怯えた表情の真美だったが、光を受けるとその表情が見るからに和らいでいく。
そのまま様子を窺っていると、程なくして真美は再び目を開いた。カレンのおかげで幾分精神的にも落ち着いており、運び込まれた際真っ青だった顔色も回復している。
とここで、カレンが口を開く。
「一体何があったのか教えてもらえますか? 秘密は守ります」
「実は…」
真美の重たい口がポツリポツリと連日の試合における横田と元原のセクハラ攻撃の実態を語り出す。カレンは冷静に話を訊いているが、一緒にいる美晴以下のブルーホライズンのメンバーたちは顔を真っ赤にして今にも元原の病室に殴り込みに出向きそうな勢い。
「元原をブッ飛ばそうか」
「あいつどこの病室に隠れているんだ?」
「虱潰しにドアを開ければすぐに見つかるはず」
物騒な内容を口にするブルーホライズン。だがここでカレンが待ったを掛ける。
「ここは療養棟です。暴力沙汰は控えてください」
「「「は~い」」」
「わかってもらえたら、あなた方は戻ってください。真美さんの面倒は私に任せてもらえますよね」
有無を言わせないカレンの態度に、さすがの三人も逆らおうなどとは到底思えない。今のカレンにはそれだけの迫力がある。
「わかりました。真美さんをよろしくお願いします」
ペコリと頭を下げて病室を出ていく三人。その後ろ姿を見送るカレンと真美。二人っきりになったところで、カレンがさらに突っ込んだ話を切り出していく。
「端的に言いますと、セクハラを受けた際の心の傷がPTSDを引き起こしているようです。とはいえどうもそれだけではないような気がするんですが、真美さん自身に何か他に思い当たる節はありますか?」
「実は私の両親が過保護で、子供の頃からずっと『男の子は乱暴だから近付いてはいけません』と言われ続けてきました」
幼い頃から親に刷り込まれた考えというのは子供に大きな影響を与える。真美はそんな両親の影響で幼稚園や小学校では男子と接するのは極力避けて、むしろ恐怖心を抱いていたらしい。中学からは結構有名な女子校に入学していたのだが、3年生の時に「このまま親の敷いたレールを進んでいいのだろうか?」という疑問が頭に浮かんで魔法学院を受験したそう。もちろん両親は大反対だったが、反抗期真っ只中ということもあって真美が押し切って入学を果たしたという過去が彼女の口から語られる。
「そうだったんですか。でも傍から見ていると聡史さんには積極的に迫っていたような…」
「実は最初のうちはみんなに合わせつつも、心の中で『男性と関わるのは悪いことじゃないか?』という罪悪感のようなものがありました。でも師匠はいつも優しくて、私たちを常に導いてくれる存在だとわかってから少しずつそんな気持ちはなくなっていきました」
「なるほど… 聡史さん限定で男性恐怖症が徐々に薄まっていったというわけですか」
「はい、たぶんそんな感じです。でも今回のセクハラの件で、自分がものすごく汚されてしまったような気持ちになって… 今考えると、自分で自分を追い詰めていたというか…」
「そうですか… どうしましょうかね~」
カレンはしばし考えを巡らせる。自らの力で真美の記憶を改変してもいいのだが、ここはもっとい方法があるという考えに至った。その時カレンのスマホに呼び出しの連絡が入ってくる。
「どうやらまた急患が入ったようです。また後でお話を訊かせてください」
「はい、わかりました」
病室から出ていくカレンの後ろ姿を見送る真美。わずかな時間自分が抱える心の闇をカレンに打ち明けただけだが、こうして誰か他人に喋ってみるとその分だけ気持ちが軽くなったような心地に浸っている。
(男性恐怖症か… 確かにその通りかもしれないわね。師匠以外の男性に触れるのは、いまだにすごい嫌悪感があるし。自分で乗り越えていかないと私自身将来もっと困るかもしれないのに)
などということをツラツラ考えているうちに、ドアをノックする音が響く。
「はい、どうぞ」
「真美さん、お待たせしました。私は何かと忙しいので、代わりに真美さんの心を癒してくれそうな人を召喚しました。後は二人に任せますから、どうぞごゆっくり」
と言ってあっという間に身を翻して去っていくカレン。その表情は実にイタズラっぽい。だがカレンが出ていくと入れ替わりに入ってきた人物を見て、真美の瞳が思いっ切り見開かれる。
「し、し、師匠…」
「真美、大丈夫か? 女子の病室にズカズカ入り込むのも問題かと思って遠慮していたが、カレンから呼び出されて顔を出した次第だ」
そう言いつつベッド脇の椅子に腰掛ける聡史。真美はベッドを起こしている状態で、口をパクパクさせている。
「カレンから治療に協力しろと言われたんだ。手を出してもらえるか?」
「は、はい」
おずおずと右手を差し出す真美だが、次の瞬間その瞳が驚きでさらに見開かれる。
「し、師匠… 急に何を…」
「いや、カレンから『真美の手を握っていろ』と命令されたんだ。こうしていると真美が元気になるからって」
どうやら聡史には細かい事情は伝えられてはいない様子。単に「病人を励ますには手を握るのが一番」という話を吹き込まれただけで、聡史は忠実に行動に移しているに過ぎない。
だが真美のほうはそんな呑気な状況ではなかった。いきなり聡史に手を握られて、顔がカッと熱くなるのを感じてもう頭の中はパニック状態。
「し、師匠… 急にふざけないでください」
「イヤか?」
聡史に問われて真美はハッとする。こうして手を握られているのが不快かというと全くそうではない。むしろウレシ恥ずかしで混乱はしているが、右手から伝わってくる聡史の体温を感じているのは心地よかった。
「そ、その… イヤじゃありません」
「だったら元気になるまでこうして手を握ってやる」
「はい、ありがとうございます」
不器用ではあるが、聡史から向けられる優しさに触れていると真美自身の気持ちが徐々に軽くなっていくのを感じている。
(男性は乱暴じゃないんだ。現に師匠はこうして私を守ろうとしてくれている)
真美の心を固く戒めていた両親によるくびきが徐々に解されていくような… そんな感覚が広がっていく。もちろん幼少期に長い時間を掛けて形成された思い込みがこんな短時間で解消するはずはない。だが真美の心の中で男性に対する良くない思い込みは着実に薄まっていく。
それに聡史に対する好意も相まって、真美はたっぷりとこの心地よい時間に浸りっ放し。この時間は昼食まで続く。
「あの~、師匠」
「どうした?」
「そろそろお昼の時間です」
「そうだったか。何か食べたいものはあるか?」
「師匠と同じものでいいです」
「わかった、食堂からテイクアウトしてくるから、ちょっと待っていてくれ」
「はい、ご迷惑をおかけします」
「気にするな」
一旦席を外す聡史の姿を真美は見送る。しばらくして戻ってくると、聡史はアイテムボックスから2人分のパスタランチを取り出す。
「いただきます」
「飲み物もあるからな」
アイスコーヒーも2人分用意されており、聡史にしては中々気が利いている。実はカレンが食べやすいメニューをセレクトしたのだが。
食後また聡史が手を握る。先程とは違うのは、二人の会話が弾みだした点か。学院での生活のことやダンジョンでの体験の話などに混ざって、真美の生い立ちなども語られる。
「そうだったのか。真美はお嬢様育ちだったんだな」
「そんな、お嬢様などではないです。ただ両親が過保護すぎて、そのツケが今私に降りかかっている感じです」
「大丈夫だ。人間は変わろうと思った次の瞬間から変われるものだ。重たい鎧は脱ぎ捨てて楽になれ」
「はい、そうします」
午前中とは打って変わった真美の明るい声が病室に響いている。その様子をたまたま通りがかった廊下で耳にしたカレンは「聡史さん、グッドジョブ」と小声で呟くのだった。
精神的に参っていた真美もようやく回復の兆し。個人戦は決勝戦を迎えて、今年の優勝者が決まりそうです。さらに桜が待ち侘びるチーム戦も間もなく開幕とあって、ますます目が離せません。この続きは出来上がり次第投稿いたします。どうぞお楽しみに!
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