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316 ルシファーさん、オタク説

 学院長への報告を終えて部屋を出た聡史たちは真っ青な顔を並べながら廊下を歩き出す。三人とも頭ではこのとんでもなくヤバい状況を思い浮かべてはいるが、どうにも口に出すのは躊躇ってしまうような雰囲気。だがここで聡史が口火を切る。彼自身なんだかそうせざるを得ないような感情に駆られた結果かもしれない。



「それでどうするんだ? ジイさんと学院長を引き合わせるなんてどう考えても嫌な予感しかしないぞ」


「その場でバトルでも始まったりしたら、さすがの私でも裸足で逃げだしますわ」


「何とか止める方法はないのかしら?」


 どうやら三人が懸念するポイントはジジイと学院長を引き合わせるという恐ろしいイベント自体にあるよう。戦闘狂の二大巨頭とでも呼ぶべき二人が邂逅した結果、どのような化学反応が生じるのかまったく予想がつかない。そして三人とも頭に浮かべるのは、学院長とジジイが戦い始めて首都圏一帯が瓦礫の山に変わり果てる黙示録の如き未来図。



「ともかく学院長がジイさんの元に出掛ける前になんとしても対策を立てよう」


「お兄様、ハッキリ言わせていただくと見通しは限りなく暗いですわ。学院長とおジイ様が本気で暴れ出したら、私たちでは止めようがありません」


「そうよね~… ルシファーにでも相談してみましょうか」


 美鈴のこの一言が思いがけない波紋を投げかける。今まで真っ青だった聡史の表情だが、急に色ツヤを取り戻している。



「そうだったな。こういう時一番頼りになるのはルシファーさんだ。美鈴様、どうかお願いします」


「そうですわ。あの二人の間に入ってもらうには、やはりルシファーレベルの神様が一番です」


 聡史に続いて桜までがこの話に乗っかってくる。というか、他には思いつかなかったよう。神様だったらカレンはどうかという話もあるが、何しろ駆け出しなものであの二人を引き剥がせるかと言われれば到底ムリであろう。そうなると銀河を統べる神々の一柱であるルシファーに頼る以外これといった方法が見当たらない。



「じっくり話し合わないといけないから、廊下で立ち話ってわけにはいかないわね」


「それでは一旦私たちの部屋に参りましょう」


 桜の提案で三人はエレベーターに乗り込んで管理棟の最上階へ。美鈴と桜はリビングのソファーに座り込んで、その間に聡史はお茶の用意をしている。普段は緊急時に突然開催される美鈴の脳内会議だが、今回は事が事だけに落ち着いた雰囲気で始まるよう。美鈴は自分の意識とは別に体内に潜む存在に呼びかけを開始。



「ルシファー、ちょっと相談したい用件があるのよ。返事してちょうだい」


「・・・・・・」


「ルシファー、どこかに出掛けているの? 緊急の用件だから早く返事をしてよ」


「我は現在重要なイベントに対応している最中であるゆえ、今は話し掛けるでない」


「重要なイベント? 太陽系とか銀河規模で何か事件でも起きたのかしら?」


「・・・・・・」


「ルシファー、聞こえているんでしょう。返事くらいしてくれてもいいじゃないの」


「もうしばし待て。手が離せるようになったらこちらからアクセスする」


 そう言い残して美鈴の意識からルシファーの気配が消え去る。余程緊急を要するイベントが起きているのだろうと思い直した美鈴は、一旦現実の世界に舞い戻って聡史から給仕された紅茶を一口。



「美鈴、ずいぶん早いな。もう相談が終わったのか?」


「そうじゃないわ。どうやらルシファーは今手が離せないらしいのよ。何かのイベントが発生しているらしくて、そちらが一段落したら向こうからアクセスするって言い残して消えちゃったわ」


「なんだって、銀河の神様にとって手が離せない用事なんて余程のことだろう。想像するだけで鳥肌モノだぞ」


「本当ですわ。さっきの学院長の依頼も背筋が凍りましたが、美鈴ちゃんのほうも色々と取り込んでいるんですね~」


 美鈴の中でルシファーが何をしているのかまったく予想もつかないまま待っている三人。しばらくすると、ようやく美鈴の脳内に声が響いてくる。



「我が依り代たる娘よ、一体何事であるのか?」


「ああ、やっと返事をしてくれたわね。重要なイベントって、一体何をしていたのよ?」


「うむ、我が推しメンとのデートイベントである。数十時間かけてようやくデートまで漕ぎ着けたゆえに、最後まで見ずにはいられぬであろう」


「デートイベント? 何の話なのかしら?」


「ほれ、つい最近リリースされた〔ときめきガールフレンド(仮)〕で現在詩織ちゃんルートを攻略中なのだ」


「銀河の神様がギャルゲーに熱を上げるなぁぁぁぁ!」


「バカを言うでない。このギャルゲーというジャンルは中々に奥が深きもの。日本人の精神や心理を理解する上では非常に役に立っておるぞ。ことに恥じらいやらときめきやらという感情は我々統合意識体には持ちえぬ概念ゆえに、このゲームを通して日本人の感情パターンを推察しているところである」


「ギャルゲーで日本人の精神パターンを推し量ってほしくないわよ。作り物の都合のいい感情だから、現実には当て嵌めないでもらいたいわ」


「そうかな、中々現実に基づいて再現されておるような気がしてならぬぞ。寄せられたレビューにも『共感しました』という声が多々見受けられる」


「モテない男たちの歪んだ恋愛意識なんて参考にしないでよ。どうせパソコンの前に張り付いて外出なんか滅多にしない引き籠りの意見なんだから、一般的な日本人の感情とは懸け離れているわよ」


「これ、娘よ。かような偏見を持たずに広き心で物事を受け入れる姿勢が肝要であるぞ。ニートの若者たちに無礼であろう」


 どうもルシファーさんはギャルゲーに変な意味で感化されてニートに同情的。どうか銀河統合意識体の一員としてもっとしっかりしてもらいたい。



「この場でニート論争なんて始めるつもりはないから、私の話を訊いてもらいたいのよ」


「ギャルゲーについて我の解釈をもっと語りたいところではあるが、そなたがそこまで言うならば仕方があるまい。申してみるがよい」


「実は学院長と聡史君のご祖父が会うらしいんだけど…」


 美鈴の口から詳しい事情が吐き出されると、ルシファーは興味深げな反応を返してくる。



「なるほど、神殺しとレベル3600の超人か… これは面白そうな邂逅といえるであろうな」


「そんなのんきなことを言っている場合じゃないでしょう。万が一両者の対立などといった事態が起きたら想像もしたくない被害をを引き起こしかねないわ」


「まあその懸念は無きにしも非ず。だがその際は我が介入して事を収めるゆえに、そう心配しなくともよいであろう。それにしても神殺しに匹敵しうる人間の存在など我もまったくノーマークであった。中々にこの日本という国は面白きものよ」


「すべてを見通せる統合意識体にしては、おジイ様を知らなかった点に抜かりがあるんじゃないのかしら?」


「そなたはネット上であらゆる事象が検索可能だからといって、すべての知識を理解しているわけではなかろう。我とて統合意識体の端末に過ぎぬゆえ、興味が向かう場所に優先的にリソースを振り分ける必要がある。本体とは違って通常時から全知全能の神というわけにもいかぬ」


 その話の内容からして、ルシファーにも情報収集が無限に可能というわけではないよう。銀河の中心にある統合意識体から複数に枝分かれした末端に過ぎない以上、自ずとその許容量には限界があるらしい。とはいえその限界とやらは、人間の目からすれば途方もない量なのであろうが… 美鈴の立場からしたら「ギャルゲーをしている暇があるならジジイの情報くらい集めておけ」というツッコミを入れたいのは山々な心境かもしれない。実際ここ数週間ルシファーはゲームに明け暮れており、外部の情報を完全に遮断した状態だったらしい。



「それじゃあ、学院長とおジイ様の間に何かあったらルシファーが解決してくれるっていうことでいいのね」


「任せておくがよかろう」


「わかったわ。これで一安心できそうだから、また用件が出来たら呼び掛けるわ」


「よいよい、我はこれからゲームに戻るゆえ、ヒロイン全員を完全攻略するまでは話し掛けるでないぞ」


 ギャルゲーに夢中で今一つ頼りにならないルシファーは、再び美鈴の意識下に潜り込んでいく。今回のような込み入った脳内会議の際は美鈴の本体は一種のトランス状態に陥る。目を閉じて寝ているように見えるが、眼球だけは頻繁な動きを繰り返しつつ時折手足がピクリと反応する。外部からするとリアルな夢でも見ているように見受けられるに違いなく、聡史と桜はそのような状態の美鈴を心配そうに見守っていた。


 やがてその瞳がゆっくりと開いていく。



「美鈴、戻ってきたのか?」


「ええ、大丈夫よ」


「それで、ルシファーさんは何と言っていたんだ?」


「いざとなったら何とかするから任せろとは言っていたわ」


「そうか、だったらひと安心だな。それで重要なイベントって何だったんだ? 俺たちに関係する話か?」


「そ、それは…」


 ここで美鈴が口籠る。まさか「ギャルゲーに勤しんでいました」などとは身内の恥を晒すような心地でとても部外者に明かせない。



「な、なんか、銀河の遠くの地域で何かあったみたい。詳しいことは私も理解できなかったわ」


「そうなのか、ルシファーさんも色々と大変なんだな」


 ダメっ、絶対にギャルゲーの件は言えない… 聡史たちが純粋にルシファーさんを信じている以上、美鈴としても口外するのは思いっ切り憚られる状況。これ以上聞かれたくないので、この場は話題の転換を図るしかない。



「これで一安心だし、そろそろいい時間だからお昼にしましょうか?」


「そうだな、心配し過ぎて腹が減るのも忘れていた」


「そうですわね。お昼ご飯にしましょう。今更気付きましたが、お腹がペコペコですわ」


 兄妹も賛成しているので、三人は特待生寮を出て食堂へ向かう。美鈴としてはルシファーの情けない姿が表沙汰にならずに済んでホッとした心地のようだった。






   ◇◇◇◇◇





 学生食堂は午後の対戦が始まっていることもあってか閑散としている。ほとんどの生徒は仲間の応援や対戦の中から自らに役立ちそうな技を学び取ろうとスタンドに詰めかけている。そんな人の少ない食堂ではあるが、とある一角だけはお花畑のような雰囲気でのんびりとデザートを楽しむ一団が…



「クルトワさん、桜ちゃんの目を気にしないで食べるパフェは最高ですよ~」


「やっぱりデザートは落ち着いた気持ちで楽しむのが一番ですね~」


 昼間から食後のパフェに興じるのは、いつものごとくデザート友の会の面々。明日香ちゃんとクルトワだけではなくて、近くには大福を頬張る玉藻の前と稲荷寿司を食す天狐の姿。


 ことに目立つのは明日香ちゃんのこれでもかと言わんばかりに気を抜いた態度で、どうやら桜が異世界に赴いている間ずっとこの調子だった節が窺える。



「これ、明日香よ。主殿のご不在を喜ぶような態度はいかがなものじゃ」


「左様であるぞ。あまりに主殿に失礼とあらば、我らがグランドに引っ立てても構わぬぞ」


 さすがに明日香ちゃんがやりたい放題にならないように大妖怪2体が多少なりとも戒めているらしいが、桜が不在ともなれば両者ともテンションがダダ下がり。その分だけあまり厳しい監視はしてはいないので、明日香ちゃんとクルトワが羽を伸ばすのも当然か。



「タマさん、お言葉ですがタマさんだっていつもに比べてたくさんの大福やお団子を食べていたじゃないですか。私たちのことを言えた義理じゃないですよ~」


「無礼な。この大福は生徒たちが必勝祈願で祠に供えたもの。すべてありがたくいただかねば彼の者たちの祈願が成就せぬのじゃ」


 模擬戦の必勝を祈って裏山の祠に供え物を置く… 勝つためならワラにも縋りたくなる生徒の気持ちもわかる気がする。そのような生徒が多ければ多いほど、天狐と玉藻の前の腹が満たされていく仕組みがすっかり出来上がっているのは魔法学院という特殊な成り立ちゆえなのか…


 この様子を離れた場所から気配を殺して見つめる聡史たち。



「どうやらあそこら辺だけは平常運転のようだな」


「明日香ちゃんがダラけ切っているのが手を取るようにわかりますわ」


「二人とも逃げてぇぇ、早く逃げてぇぇ」


 美鈴が緊急警報を呼び掛けるが、その声が明日香ちゃんたちに届く前に桜はダッシュで移動開始してあっという間に彼女らの前に立っている。



「おお、主殿ではありませぬか。お帰りと耳にしておれば出迎えに参ったものを」


「ほんにその通りなのじゃ。主殿のご尊顔を拝めて生き返る心地なのじゃ」


 尻尾を振りながら歓迎の意思を示すペットたち。だがそれとは裏腹に、スプーンを手にしたままで真っ青な顔で固まる明日香ちゃんとクルトワがいる。



「さ、さ、さ、さ、桜ちゃん… なんで前触れもなく帰ってくるんですか」


「そ、そ、そ、そ、そんな急に帰ってこられても心の準備が…」


「今さら隠し立てしても無駄ですわ。二人の行状はポチタマから聞き出しますから、あとでしっかりと体を動かしてもらいます」


 桜からの宣告に震えが止まらない明日香ちゃんたち。次第に額から大量の汗が噴き出てくる。逮捕状を突き付けられた容疑者状態で、しかも桜裁判官は一切の反論を許さないことで定評がある。



「さ、さ、桜ちゃん、今から心を入れ替えますから、どうか見逃してくださいよ~」


「お、お願いです。どうか広い心で見逃してください」


 胸の前に両手を組んで慈悲を乞うものの、こんな今更の二人を桜が見逃すはずもない。容赦なく鉄槌が下るのは間違いないだろう。



「寝言は寝て言えですわ。今日は学院長から『休め』と言われていますから手は出しませんが、明日からはキッチリと監督いたします。食べた分だけはしっかりと動いてもらいますわ」


「もうイヤぁぁぁ」


「誰か助けてぇぇぇ」


 逃げ場を失った明日香ちゃんとクルトワの叫びだけが、人の少ない食堂に響いていく。


 


 

   ◇◇◇◇◇






 翌日、ルシファーから言質を得てひと安心の聡史たちは、2年生の模擬戦の格闘部門が行われる第2訓練場へとやってきている。スタンドで応援しながらクラスメートの戦いぶりを観戦しようと座っていると、聡史の姿を発見したブルーホライズンのが集まってくる。ことに昨日は試合の都合で聡史に挨拶できなかった真美と美晴がグイグイ前に出る。



「師匠、昨日は出迎えられなくて申し訳ありませんでした」


「いや、気にしないでくれ。ちょうど試合とタイミングがぶつかったんだろう。それで結果はどうだったんだ?」


「もちろん勝ちました。1回戦なので相手はDクラスの人で、それほど苦労せずに勝ちを収めました」


「そうか、良かったな。2回戦以降は俺もスタンドから応援するつもりだから、日頃の成果を発揮するんだぞ」


「わかりました。師匠が応援してくれたら普段よりも力が発揮できそうです」


 真美が嬉しそうに聡史と喋っている。その横では早く自分の順番が来ないかとジリジリしているガニ股… いや、美晴が横から割り込んでくる。



「師匠、昨日の私の試合は会心の一撃が決まったんだよ。シールドバッシュ1発で相手が吹っ飛んでいったんだから」


「美晴、ちゃんと怪我させないように注意したのか?」


「いや~、それが脳からオロナミンが出てきて興奮していたせいか、相手は即療養棟送りになっちゃったよ」


「お前はいつから頭の中が元気ハツラツになったんだ? オロナミンじゃなくてアドレナリンだろう」


 ここにもジジイに負けず劣らずの横文字に弱い人間がいる。Eクラスのなかでも図抜けて頭の出来が残念な美晴だけに、この程度は挨拶代わりの軽いジャブともいえる。



「さすが師匠は難しい単語を知っているな~。そのアリナミンが出たんだよ」


「疲労回復しているじゃないか。アリナミンじゃなくてアドレナリンだ」


 美晴と喋っているといつまで経っても掛け合い漫才が終わらない。よくぞここまで純粋にボケられるものだと、聡史も感心しきり。


 それよりも学年トーナメントのほうだが、お荷物であったEクラスが最強集団になったおかげで、割を食ったのがB~Dクラス。ほとんどの生徒がEクラスやAクラスの生徒との1回戦で敗れ去って姿を消している。1回戦が終了した段階でEクラスの生徒は全員勝ち残っており、残った椅子をAクラスの大半と幸運の女神に微笑まれたほんの一握りのBクラスの生徒が占めるという構図が出来上がっている。そして本日からはEクラスとAクラスの対抗戦の様相を呈してきた2回戦が火蓋を切る。


 その最初の試合に登場してきたのは渚。手には愛用の疾風の槍ではなくて刃を潰した金属槍だが、その表情は自信に満ちているよう。さらには分厚いプロテクター越しにもはっきりとわかるモデル体型と相まって、全校男子の間でも秘かに人気が高まっている。青の入場門から登場した渚に対して実際に他のクラスから男女を問わず声援が送られているのは、彼女の人気ぶりを裏付けている。



「格闘部門の2回戦を行います。赤、Aクラス、矢神隆司。青、Eクラス、片野渚」


 スピーカーから紹介の音声が流れると、スタンドのボルテージが一気に上昇。EクラスとAクラスの力関係を占ううえで重要な一戦がスタートする。



「始めぇぇ」


 審判の合図と共に構えを取りながら開始戦から徐々に前進していく矢神。対して渚は半身で槍を構えて不動の姿勢で待ち受ける。Aクラスの矢神隆司もクラスでは5本の指に入る剣士だけあって、その構えは中々堂に入っている。距離を詰めにかかる矢神に対して渚は身じろぎもせずに構えたまま。


 剣と槍の切っ先が触れ合う位置まで矢神が前進すると、そこから試合は一気に動いていく。横薙ぎで槍を弾いてその隙に懐に潜り込もうとする矢神だが、渚の槍術はその程度の単純な動きでどうにかなるような代物ではない。槍を弾かれたのは相手が突っ込みやすくするためのフェイントで、素早く切り返して下段の払い。しかもその狙いは踏み込んできた矢神の前方の足。その足が着地するかしないかの瀬戸際を見透かしたように槍の穂先が当たって、遠心力も加わった大きな力で出足払い… いや、そのような生易しい技ではなかった。レベル120手前の渚が振るった槍は矢神の足を払ったにとどまらずその体を宙に浮かせて真横に吹き飛ばしている。


 ゴロゴロと芝生の上を転がっていく矢神に最後は首元に槍の穂先を突き付けて、この一戦の勝敗が決する。



「勝者、Eクラス片野渚」


 勝ち名乗りを受けてスタンドに手を振る渚。もちろんその視線の先に捉えているのは聡史の姿。渚の成長ぶりを讃えるように聡史も大きく頷いている。


 対して茫然自失の状態なのは矢神のほう。作戦通りに懐に潜り込んでいくチャンスは十分だったはず。だが想像以上の素早さで切り返された槍がまさか自らの出足を払ってくるとは思いもよらなかったよう。しかもその威力は足を払っただけで簡単に体が宙に浮いてしまうという、スピードとパワーを兼ね備えた渚の槍の技術に完敗を喫している。


 挨拶を終えて満面の喜びで退出する渚と、反対に肩を落としながら戻っていく矢神。勝負の世界は時に残酷で、敗れた側には受け入れがたい結果を突き付けてくる。だがこれもまごうことなき現実。敗れた矢神にはこの敗戦を次の機会に生かしてもらいたい。


 控室に戻って防具を解いた渚は、喜び勇んで聡史や仲間が待っているスタンドに戻ってくる。



「師匠、2回戦を突破しました」


「いいタイミングで出足を払ったな。狙っていたのか?」


「まあ、頭の中では策の一つとして考えてありました」


「なるほど、ということは他にも策があったんだな」


「取り敢えず思いつく限り相手の動きは想定していました」


「そうか、事前の準備がしっかりできていのは良かった点だ。いいぞ、この調子で次も頑張るんだ」


「はい、ありがとうございます」


 気合と勢いで相手に攻撃を仕掛ける美晴とは違って、渚は冷静に動きを読んで何手も先を見越しながら戦うタイプ。実戦では魔法も使用するので、自ずとそのような冷静な戦い方を身に着けていったのであろう。半面予想外の攻撃に対して受け身に回る場面がある。欠点とまでは行かないまでも、相手が強力になってくる程この点をどうやってカバーするかが今後の課題となってくるかもしれない。


 渚の出番が終わると、ひとり間を置いて頼朝が登場してくる。遠目からでもひと目でわかる大柄な体格は学年でもナンバーワン。ちなみに学力は下から数えて十何番目。



「青、Eクラス、藤原頼朝。赤、Aクラス、山崎卓也」


「試合開始ぃぃ」


 頼朝は両手で握るロングソード、対して山崎は小型の盾に片手剣という戦士スタイルで挑んでくる。先につっかけたのは頼朝で大上段から振り下ろした剣を叩きつける。だが山崎は左手の盾で受け止めてから横薙ぎに剣を振るっていく。



「おっと、危ない、危ない」


 もちろん相手の剣の軌道を読み切った頼朝が少し体を後退させて空振りに終わらせる。大抵の人間はこうなると頼朝が距離を置いて仕切り直しに出ると予想する。山崎も当然そう考えて真横に振るった剣を引き戻して態勢を整えようとする。だが彼が剣を引き戻している最中に頼朝は予想外の攻撃に打って出る。なんと相手の剣目掛けて自分の剣を上段から思い切って振り下ろした。



「あっ」


 戻している最中の剣を狙われるとは思わず山崎の反応が一瞬遅れる。その間にも頼朝の剣が猛烈な勢いで襲い掛かり山崎の剣を上から叩いた。両手剣対片手剣、190センチ超の頼朝対普通の体格の山崎、こうなると結果は目に見えている。したたかに打ち付けられた山崎は剣を取り落とさなかっただけでもまだマシなほうだが、肝心の右手が痺れて使い物にならない状況。



「叩き落せなかったか」


 頼朝は残念そうな表情だが、当分山崎が剣を扱えないのは明白。ニヤリと笑みを漏らすと、再び上段から剣を振り下ろす。使い物にならない右手は諦めて左手の盾で受け止めようとする山崎。左半身になりながら懸命に盾で防ごうとする。


 だがこれも頼朝の計算の内。相手が半身になって剣がそう簡単に振るえなくなった状況を見越しての上段の剣だった。軽く盾に当てるに留めて頼朝は右肩を突き出す態勢で一気に前進を図る。いや、それは前進などという生易しいレベルではない。どこからどう見ても紛れもないショルダーチャージ。


 ここ最近頼朝はその体格を生かしてダンジョンでオーガを相手に体全体でぶちかます動きを磨いていた。盾を持った防御の固い相手だったら盾ごと吹き飛ばせばいい… こんな脳筋らしい短絡的な発想から生まれたのだが、実際にやってみるとレベル110の人間が放つタックルは凶悪兵器ともいえる破壊力。オーガごときであったら一撃で戦闘不能に追い込む猛威を振るう。


 右肩を突き出したまま山崎に迫る頼朝、体ごと盾にぶち当たった結果山崎の体は後方へと吹き飛ばされていく。先程の渚は洗練された技術にパワーを乗せて相手を宙に浮かせていたが、頼朝の場合は力押しそのもの。洗練さの欠片もない。だが効果は抜群で、山崎が立ち上がる気配なない。



「勝者、Eクラス、藤原頼朝」


 こうして勝ち名乗りを受けた頼朝。頭の造りはチョットだが、こうして立っていると一介の偉丈夫に見えてくる。続けざまにAクラスに勝利を収めて湧き上がるEクラス。こうして2回戦もEクラスが中心でトーナメントは進行していくのであった。

ルシファーさんがオタクの道を突き進み… 美鈴にとって頭の痛い問題はさて置いて、模擬戦トーナメントは順調に進んでいきます。果たして誰が決勝に勝ち進むのか? この続きは出来上がり次第投稿します。どうぞお楽しみに!


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