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315 異世界から魔法学院へ

すでに模擬戦週間が始まった学院ですが、一方の聡史たちは……

 異世界での任務を終えた聡史たち。ディーナ王女や侍女たちも合流してこれからアライン砦を出発するところだが、何やらひとりだけ帰還を渋っている人物がいる。



「のう、聡史よ。本当に日本に戻らねばならぬのか?」


「当たり前だろう。俺たちはジイさんを迎えに来たんだから、手ぶらで帰ったらバアさんに怒られるだろう」


「ワシはこの世界が気に入っているゆえ、もう少々逗留していたいんじゃがのぅ」


「絶対にダメだぞ。自衛隊の皆さんに迷惑だし、何があっても日本に戻ってもらうからな」


「融通がきかぬ孫じゃのぅ。仕方がないゆえ、日本に戻ったら戦争にでも出かけるとするか。ほれ、ウルトラマンに露助が攻め込んだらしいからのぅ」


「ジイさん、どこの世界にウルトラマンが攻め込まれるストーリーがあるんだよ。ウクライナの間違いだからな。あと『露助』ってなんだよ?」


「露助は露助に決まっておるじゃろうて。ワシのジイさんは旅順に攻め込んで敵陣に一番乗りを果たしたと自慢しておったぞ」


「日露戦争かよ。先祖代々ウチの家系は血の気が多すぎだろう」


 聡史はとんでもない先祖を持ったものだと呆れ顔。どうやらこのバトルジャンキージジイが誕生したのは、祖先から連綿と受け継がれてきた長い年月の積み重ねが昇華した結果のよう。そしてさらにこの先桜や茜によってその血脈は子孫に代々受け継がれていくのであろう。



「血の気が多いなどとんでもない話じゃ。これでもワシは十分自重しておるぞ」


「どの辺が自重なのか教えてもらいたいな。一番自分が見えていないのはジイさんじゃないのか? 仮にもう一度外国に行こうものなら、今度生まれてくる新しい孫の顔は絶対に拝めないと覚悟しろよ。そろそろ母さんもキレる頃合いだから、いよいよ親子の縁を切るのも視野に入れているはずだ」


「おお、そうじゃったのぅ。新しい孫が生まれるまでは大人しくしておこう。孫の顔を見てからでも遅くはなかろう」


 このジジイ、実は聡史たちの新たな兄弟が生まれてくると聞いて口には出さないが心待ちにしている節がある。現在三人の孫がいるとはいえ、全員がそろそろいい年齢。そんなところにもってきて新たな赤ん坊が生まれるとなればジジ馬鹿がハッチャケるのはやむを得まい。とはいえ戦争に出掛けるのを完全に諦めていない様子もその口振りから伝わってくる。聡史としても中々頭が痛いところ。



「何はともあれ絶対に日本に戻ってもらうからな。新しい孫の顔が見たかったら、ちゃんと従ってくれよ」


「わかったわい。心残りではあるが戻るとしようか」


 心からの渋い表情を浮かべるジジイ。戦闘狂につける薬はないものだろうか? 


 ともあれジジイが納得したので、聡史たちやディーナ王女一行が第一陣としてヘリに乗り込んでいく。彼らの他に日本に帰還する隊員300名を3機のヘリがピストン輸送でダンジョンまで運ぶ。当然聡史たちにはダンジョン最下層のラスボス排除という任務が与えられているのは言うまでもない。何を置いても最下層に出向いてラスボスを討伐しなければ先には進めない。だがジジイは目の前に立つラスボスに対して…



「聡史よ、これなる魔物はワシが片付けてよいのか?」


「ジイさんが手を出すとまた地震が起きるから、この場は桜に任せてもらいたい」


「つまらんのぅ」


「お兄様、手早く片付けてきますわ」


 そう言いつつ7つの首をもたげるヒュドラに向かっていく桜。



「メガ盛り太極波~」


 いつものように一撃でラスボスを倒すと、桜は意気揚々と戻ってくる。



「ふむ、まあまあの威力じゃな。桜もしっかりと鍛錬を積んでおるようじゃ」


「おジイ様、これでも威力は控えめにしてありますわ。周囲に迷惑が掛からないように配慮するのも時には必要ですから」


「まるでワシが何も配慮していないような口振りじゃのぅ」


「ジイさん、一昨日山をひとつブッ壊しておいてその言い草はどうなんだ?」


 聡史に何を言われようが、ジジイにとっては馬の耳に念仏状態。右から左に華麗に聞き流している。アライン側のダンジョンの最下層が片付いたので、聡史はこの場に残って日本に戻る自衛隊員の誘導に務める。美鈴は一旦地上に戻って、ここまで隊員を最下層まで案内する係。よって桜が、ジジイやディーナ王女たちを伴って光の回廊を一足先に渡っていく。


 美鈴の誘導によって隊員たちは最下層に転移魔法陣で運ばれてくる。ある程度の人数が揃ったタイミングを見計らって聡史がゴーサインを出すと、隊員たちは小隊ごとにまとまって光の回廊に足を踏み入れて異世界に別れを告げる。ようやく日本に戻って家族に会えるとあって、彼らの表情は嬉々としたもの。


 その頃、回廊を渡った先では桜たちが最下層のラスボスと対峙していた。世界を渡った出口に当たる伊予ダンジョンのラスボスはデス・ストーカー。全長100メートル越えの巨大サソリが、これまた強大な2本のハサミといかにも毒々しい色の致命的な毒を滲ませた尾の毒針を振り上げながら侵入者を待ち受ける。



「では私が手早く片付けてきますわ」


「これ、桜よ。独り占めはいかんぞ。初めて目にする魔物ゆえ、このワシに任せんか」


「おジイ様、私が安全第一で倒しますからどうか見ていてくださいませ」


「大丈夫じゃ。ワシも安全第一でこの刀を使って倒すゆえに、そなたは大人しく見ておるのだ」


 腰に差したムラマサをスラリと引き抜くジジイ。どうやらいつもの戦い方ではなくてこの刀でデス・ストーカーに挑むらしい。通常であればラスボスを相手にする際は強力な魔法やスキルを用いて敵の動きをある程度押し止めてから時間を掛けて倒していくのが定石。だがこのジジイは敢えてムラマサだけで勝負を挑もうとしている。他の人間であれば「なんて無茶を」と言われるであろうが、そこはレベル3600オーバーの怪物ジジイだけに、どうやら桜もこの場の判断を相当迷っている様子。



「よしよし、堅物の聡史と違って桜は話が分かっているわい。すぐに終わらせてくるゆえに、ここで待っておるのだぞ」


「あっ、おジイ様。お待ちください」


 桜の逡巡を肯定と受け取ったのか、それともハナッから従うつもりがなかったのか… ともかくジジイはムラマサを手にしたまま勝手に歩き出していく。迎え撃つデス・ストーカーは口から毒気の混ざった息を吐きながら虎視眈々と単独でやってくる獲物を捕食する態勢。攻撃が届く範囲にジジイが踏み込んだ途端に、その巨体とは不釣り合いなほどの速度で左右のハサミが伸びてくる。


 シュン、ガコガコン


 だが最初の攻防は実に呆気ないものだった。ジジイがムラマサを一閃すると、デス・ストーカーの両のハサミがスッパリ切断されて床に落ちている。まるで金属の塊が落下してような轟音がホールに響くが、ジジイは表情一つ変えずにムラマサを手にさらに前進を開始。行く手に聳え立つようなデス・ストーカーの足… 1本が高速道路の橋脚程の太さがあるものをいとも簡単に切り捨てていく。左側の5本の足が全て斬り落とされると、デス・ストーカーの体は支えを失って巨体が斜めに倒れ掛けのような状態に。それでもまだ攻撃への意欲を失わないのか、大剣のような毒針が取り付けられている巨大な尾をムチのように振り回す。その瞬間ジジイの目がギラリと光を発するとムラマサを横薙ぎに一閃。尾は根元から断ち切られて床にドウという音を立てて転がっている。


 攻撃手段をすべて失ったデス・ストーカーにはもうなす術はなかった。ジジイは今一度正面に回り込むと、あの山を崩落させた斬撃をお見舞いする。哀れデス・ストーカーの体は真一文字に両断されて、真っ赤な輝きを放っていた両眼は黒く濁って事切れている。



「おジイ様、お見事ですわ。何よりも周辺に被害が出ていない点が素晴らしいです」


「まあ、ワシもヤレば出来るジジイじゃからな」


「一体いつの間に刀の技を身に着けたのですか?」


「なに、以前戯れで覚えたまでよ。子供のお遊び程度のものゆえ、さほど自慢するモノでもないわい」


 いやいや、これほど鮮やかにデス・ストーカーの体は断ち斬った腕前は、間違いなく達人をはるかに凌駕しておりもはや神域に片足を突っ込んでいる。聡史はつい先日ジジイの刀の技に触れる機会があったが、初めてその目にした桜には相当な驚きをもって受け止められているよう。


 ともあれこれで無事に地上に戻るルートの安全が確保できたので、桜は出現した転移魔法陣に一行を導く。



「私は自衛隊の皆さんを誘導しなければなりませんから、おジイ様とディーナさんは管理事務所の飲食コーナーで待機していてください。出来ればおジイ様が勝手にほっつき歩かないように見張りをしていただけるとありがたいですわ」


「ワシは痴呆老人か?」


「頭のネジが抜けているという意味では大差ありませんわ。ということで、しばらく地上で待っていてくださいませ」


「桜ちゃん、おジイ様のお相手は私たちがしっかりと務めますから、どうか皆さんを安全に誘導してください。それでは一足お先に地上に向かいます」


「ディーナさん、どうかお願いしますわ」


 ジジイの世話を買って出た王女は、何やら自信ありげな表情を浮かべている。ワガママジジイをどうやって大人しくさせようというのか、実のところ桜には想像もつかなかった。一抹の不安を抱えながらも、桜はジジイを伴った王女一行を見送る。


 その後は光の回廊を渡ってきた自衛隊員が続々と到着して、異世界からの転移は2時間ほどで順調に終わる。最後に桜が待っている最下層に到着したのは聡史と美鈴であった。



「桜、ご苦労だったな。隊員は全員転移を完了した。ジイさんはもう地上にいるのか?」


「お兄様、お疲れさまでした。すでにおジイ様は地上に戻っていますわ。ディーナさんが責任もって監視に当たると言ってくれたのですが、本当に大丈夫なのかちょっと心配ですわ」


「ここで喋っていても埒が明かないわ。私たちも地上に出ましょう」


「美鈴の言う通りだな。転移魔法陣に乗ろう」


 こうして聡史たちは約2週間ぶりに日本の地へと帰還を果たした。ダンジョンのゲートをくぐって事務所のカウンター脇を抜けて飲食コーナーに足を踏み込んでみると、そこには目を疑うような光景が…



「素敵なおジイ様、はい、ア~ン」


「ほほほ、至福のひと時じゃのぅ。ほい、ア~ン」


「おジイ様、私からもどうぞ。はい、ア~ン」


「寿命が延びる心地じゃわい」


 両脇に座る侍女たちがスプーンに載せたアイスクリームを口元まで運んでジジイに食べさせている。もちろん老人介護ではなくてどこかのお色気たっぷりのお店で接待するような雰囲気で… 言うまでもなくジジイの表情はニヤケっ放し。



「キャー、おジイ様ったらカワイイ」


「今度私たちに体術を教えてくださいね」


「無論じゃ、ワシの教えを受ければたちどころに強くなれるぞい」


 両脇だけではなくて、周囲に侍女たち全員が集まってジジイをノセまくっている。どこのキャバクラに迷い込んできたのかという光景に聡史兄妹は呆然自失。美鈴だけはディーナ王女の横に近寄って、この状況の説明を求める。



「ディーナさん、何がどうなっているのかしら?」


「美鈴さん、無事の到着お疲れさまでした。おジイ様が大人しくしているように侍女たちに歓待させてだけですよ。実は彼女たちは日本に来る前に色仕掛けの訓練も受けているので、せっかくだからこの場でその成果を試してみただけです」


「さすがね、私たちには思いもよらない方法だわ」


 マハティール王国の貴族社会では、時に子女たちに必須の技術として房中術が教え込まれるケースが多々ある。女性が色仕掛けで配偶者となる男性を虜にする技術は貴族家の繁栄のためには当然と見做されており、いい意味でも悪い意味でも貴族社会のひとつの風習に過ぎない。


 とここで、ジジイのだらしない様子に呆気に取られていた聡史が再起動を果たす。



「ジイさん、いつまで鼻の下を伸ばしてるんだよ。いい加減にしろ」


「なんじゃ、聡史はもう戻ってきたのか。今ひと時ゆっくりしておればよいものを」


「孫の前で開き直るな。なんでこうもやりたい放題なんだ?」


「いやな、ワシも最初はもっと遠慮しておったのじゃが、そちらのお嬢さんに写真を撮られてな。でもって、大人しくしていないと家族にバラすと脅されたんじゃ。だったら羽目を外して思いっきり楽しまないと損じゃろうて。不覚にもハニーフラッシュに引っ掛かってしもうたわい」


「ハニートラップだからな。なんでキューティーな女主人公の必殺技に引っ掛かるんだよ。駐車場に迎えの車が到着しているから出発するぞ」


「もったいないのぅ。嬢ちゃんたち、また機会があったらジジイと楽しく喋ろうぞ」


「おジイ様、その際はよろしくネッ」


「もう、お茶目なおジイ様なんだから」


 侍女たちもなんだかノリノリで止まらないよう。どこかで変なスイッチでも入ってしまったのだろうか? ともあれ会計を聡史が済ますと、一行は伊予駐屯地から迎えに来たワゴン車に乗り込んでダンジョンを出発する。


 異世界に赴任していた隊員たちも一旦同駐屯地に入って、そこで装備を解いてから各自個別に各家庭へと戻っていくのであった。






   ◇◇◇◇◇






 翌日、聡史たちはヘリで伊勢原駐屯地まで戻ってくる。



「ジイさん、俺たちはこのまま魔法学院に戻るから、ジイさんは大人しく家に帰ってくれよ。もう婆さんには連絡してあるから、勝手にどこかに行くと二度と家に入れてもらえないぞ」


「仕方がないのぅ。ひとまずは大人しくするしかあるまい」


 こうしてジジイを乗せたワゴン車を見送ると、聡史たちはおよそ2週間ぶりに魔法学院に帰還する。すでに伊勢原駐屯地に到着したという一報をカレンに入れていたので、彼女からその話を訊き付けた面々が校門の前に集まって一行を出迎える。



「聡史さん、お帰りなさい。桜ちゃんと美鈴さんもお疲れさまでした」


「カレン、何か変わったことはなかったか?」


「事件という点では特段何もありませんが、報告に関しては本人から聞いてください」


「本人? どうしたんだ?」


「はい、まずは順番で美咲ちゃんからね」


 カレンに促されて聡史の前に出る美咲。もちろん厨2病全開モードなのは言うまでもない。



「クックック、悠久の大魔導士にはさしたる称号ではないが、下々の者たちに我の力を示す時を得たまでのこと」


 ペシッ


「痛~い」


「そういうのいいから」


 スムーズに流れる朝の挨拶のごとくに、聡史と美咲の間でお約束の遣り取りが交わされる。どうもこれがないとまともな会話が始まらないよう。



「それで、何があったんだ?」


「い、い、い、1年生の魔法部門で優勝した」


「そうだったのか。よく頑張ったな、おめでとう」


 聡史から頭をポンポンされている美咲は、優勝が決まった時よりも嬉しげに笑っている。その笑顔は、心の中におり淀んでいる闇を吹き飛ばすかのごとし。クラスの仲間からの祝福も嬉しかったが、やはり聡史から褒めてもらうのは美咲にとって何よりも格別なご褒美のよう。



「続いては、千里ちゃんね」


「師匠、2年生の魔法部門で優勝しました」


「そうか、さすがだな。練習通りに行けば間違いないと思ってはいたが、改めてよくやったぞ」


「ありがとうございます」


 2年生の魔法競技会では千里のウオーターカッターが他を寄せ付けずに圧勝していた。5体のゴーレムを倒すのにかかった時間は聡史をも上回る2.12秒。第2位の生徒が2分57秒だったのと比較して、どれほど圧倒的だったのかお判りいただけるであろう。ちなみに魔法部門の上位はEクラスの女子生徒が1位~6位までを独占している。


 千里の他にもこの場にブルーホライズンの渚、ほのか、絵美が顔を出しているが、真美と美晴は来ていない。



「渚、他のメンバーは試合があるのか?」


「はい、師匠。真美さんは午前の最後の試合で、美晴はたぶん今頃終わっていると思います」


「そうか、全員勝ち抜いているのか?」


「ここにいる三人は、昨日までに1回戦を勝ち上がりました」


「それを聞いて安心した。気を抜かずに次も頑張るんだぞ。俺も明日からは観戦できそうだから、スタンドから応援する」


「師匠が付いていてくれるなら、もう勝ったも同然ですよ」


「師匠、次の試合も頑張りますから、絶対に見ていてくださいね」


「私たちの中から必ず優勝者を出しますから」


 鼻息も荒くグッと拳を握り締めるブルーホライズンのメンバーたち。個人戦から特待生が除外されている以上は、この中から優勝者が出る公算が強いのも事実。


 こんな感じで一通りの報告が終わるのを見計らって、カレンがこの場をシメにかかる。



「それでは伝えたいことは全部終わったようですし、聡史さんたちは学院長が待っていますから」


「そうだな、まずは先に報告を済ませておこうか」


「はい、こちらへ」


 カレンに伴われて聡史たち三人はそのまま学院長室に向かう。いつものように厳しい表情かと思ったら、意外や意外、学院長はいつもの百倍くらい穏やかな顔で彼らを出迎える。



「急な異世界派遣の任務、ご苦労だった。無事に本橋氏を連れて帰ったのか?」


「はい、祖父は大人しく家に戻っているはずです。それから物資の引き渡しと交代要員の移送も無事に完了しました」


「そうか、それは良かった。さて、三人に折り入って頼みたいことがある」


 やっと任務が終わったばかりなのに今度は一体なんだ? …そんな表情を聡史たちが向けるのも無理はない。たった今学院に戻ってきたばかりなのにまた新たな任務とはとんでもないブラック学院だ。



「実は秩父の第11魔法学院に関しての話だ。知っているかどうかはわからないが、魔法学院の管轄に関しては防衛省と文科省が半々で権限を握っている。現在12箇所ある魔法学院の内6か所を防衛省出身の学院長が管理し、残りの6箇所を文科省の出身者が管理している」


「そうだったんですか。生徒としてはそんな裏側の事情までは知りませんでした」


「本来は防衛大のように防衛省が全てを所管する予定だったのだが、文科省が天下りポスト欲しさに横槍を入れてきた。『高校として認可を得たいのならばポストを寄越せ』という大人の汚い話だ。結局妥協の産物で双方の省が半分ずつ統括するという中途半端な形態が出来上がっている」


「ややこしい話は分かりませんが、文科省が良からぬ考えで魔法学院に手を出してきたのは何となく理解しました」


「こうした妥協の結果現在の魔法学院が運営されているのだが、防衛省と文科省との間に温度差があるのがここ最近改めて浮き彫りになってきた。防衛省としては国民の安全が最優先という国防にも大きく関わる観点から真剣に次世代のダンジョン調査員を育成しようと臨んでいるのだが、文科省にとっては全国に数ある高校のひとつという認識しかない。悪い言い方になるが、天下り官僚を養うための腰掛として学院長のポストを握っているに過ぎない」


「はぁ~、もっと真剣にやってもらわないと困りますね~」


 さすがに聡史にしても官庁同士の縄張り争いに首を突っ込む気はないので、今一つ気が乗らない返事を返すしかできない。それにしても異世界から戻って早々に、学院長がなぜこのような話を持ち掛けてくるのか大いに疑問が浮かぶところ。



「まあ、ヤル気がない程度だったらさしたる問題ではないのだが、4月に新設された秩父の第11魔法学院に赴任した学院長が何かと問題のある人物でな」


「どのような問題があるのでしょうか?」


「文科省のキャリア官僚なんだが、悪い噂が付きまとっている。金に汚くて業者からリベートを受け取ったり、部下に対してパワハラまがいの言動があったり… まあ、これだけでも問題なのだが、憲兵部が内偵を進めるうちに看過できない更なる大問題が浮かび上がってきた」


「いや、それだけでも十分逮捕されるような事案ではないでしょうか?」


「いや、賄賂やパワハラなんて全然可愛い話だ。実はな、こいつには外務省のキャリア官僚に仲がいい大学の同期がいるんだ。この外務省の官僚が、西川がまとめた魔法術式をアメリカに流すように第11魔法学院の学院長に持ち掛けている。もちろんビックリするような高額が背後で動いているのは間違いないだろうが、それよりもあの魔法式が国外に漏れたら安全保障上の大きなリスクが生じる恐れがある」


「確かに私の魔法式があれば、比較的簡単に高威力の魔法が使えるのは間違いありません。仮に外国や犯罪組織に渡ったら、場合によっては社会に大きな混乱を引き起こしかねませんね」


 今度は美鈴が横から口を挟んでいる。魔法式を開発した当事者だけに、その危機意識は聡史や桜の比ではないよう。



「西川が言う通りだ。ということで、現在の第11魔法学院長は近々憲兵部に逮捕される見込みだ。有罪となれば二度と世の中には出てこれないだろう」


「厳重に管理されている魔法式を部外に持ち出す危険性は、マジックアイテムの違法流通どころではありません。学院長、どうか持ち出される前に早く手を打ってください」


「ああ、すでに魔法式自体は例の学院長が触れないように管理されているそうだ。さて第11魔法学院からゴミを排除した後なんだが、後任に再び文科省の官僚が据えられたら同じ轍を踏みかねない。そこで防衛省側としては、民間人から学院長を起用する方針を打ち出している」


「民間人ですか… 誰か適任者がいるんでしょうか?」


「ひとりいるだろうに。つい最近、単独でダンジョンを攻略した御仁が」


「ええええええ! まさかウチのジイさんですか?」


「その通りだ。私と岡山室長の間では、これ以上の適任者はいないという意見で一致している。ということで近々本橋氏を説得に向かう予定だから、今のうちに心積もりをしておいてもらいたい。もちろん今この場にいる三人には私と同行してもらう」


「・・・・・・」


 三人とも無言… いやどちらかというと白目を剥いて天井を見つめているだけ。あのジジイを第11魔法学院の学院長に迎える… まだ未熟な生徒たちの目の前に本物の地獄を召喚するつもりなのだろうか?



「どうした? 特に反論もないようだから同意したと受け取っておくぞ。話は以上だ。今日はゆっくり休め」


「「「…失礼します」」」


 力なく返事をして三人は学院長室を出ていく。ドアの外に出て顔を見合わせた瞬間「とんでもないことになった」と真夏にも拘らずガタガタ震え出すのであった。 

 

何やらジジイに関する雲行きが怪しい方向に。そもそもあのワガママジジイが学院長就任などを承諾するのか? 先行きは不透明なまま、本格的な模擬戦週間が進んでいきます。この続きは出来上がり次第投稿します。どうぞお楽しみに!


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[気になる点] ふと思ったのだけど 名前に『美』の入った女子が多い気がする キャリア官僚は馬鹿か?結局は自分の首を絞める事になる自国の不利益になるような行為は慎むべきだが? [一言] ジジイが一気に主…
[一言] 第11魔法学院は体術特化になりそうだな
[良い点] 岡山さんさすがにただのスイーツ友の会会員ではないですね。明日香ちゃんこの人がどれくらいの大物かわかってないのでは?もしくは気にしてないか [一言] 千里が明日香ちゃんに負けてトーナメントに…
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